#56 最終海選開幕
「やあれやれ……今日も相変わらず穏やかじゃないわね。」
青夢は、自分たち一般生徒の巡洋艦・駆逐艦がいる海域を挟んで。
視線をぶつけて火花を散らし合うマリアナとレイテに呆れ返る。
次期生徒会のメンバーを、VR艦隊シミュレーションゲーム・WFOによる海戦の結果で決める総選挙・生徒会総海選。
その緒戦が、ギリギリまでマリアナたち現職艦隊に有利だったものの、劣勢の対立候補艦隊提督レイテ自ら最前線に出て一発逆転勝利を決めるという結果に終わった日の夜。
敵戦闘飛行艦―― フォール曰く、幻獣機飛行艦夢魔之騎馬が突如現れたが、何故か自衛隊機の攻撃を受けてもこの戦闘飛行艦は無傷という不可解な事態となっていた。
そこへ凸凹飛行隊が駆けつけ、彼女らとの交戦となったが。
こちらも戦うどころか、機体が何やら言うことを聞かないという不具合に見舞われ。
結局は取り逃してしまい、その数日後。
聖マリアナ学園では第二海選の日となっていた。
まずこの第二海選は、現職艦隊に数の不利がある。
しかしそれを予測済みだった彼女たちは、作戦を展開していた。
そうしてその作戦通り、現職と対立候補両艦隊の旗艦同士の一騎討ちとなっていた。
その結果は現職艦隊の勝利に終わり、両軍共に一勝一敗という状態で。
この日――最終海選の日を迎えた。
「さあて……今日はどんな面白い結末を迎えてくださるかしら呪法院さん?」
「あらマリアナさん……そうはおっしゃるけれど、あなたこそ油断していると足元を掬われますよ?」
「あらあら、中々の減らず口ね?」
相変わらず、穏やかな雰囲気とはいかないようだ。
「じゃあ青夢。……やっぱり、現職艦隊に行くんだね。」
「うん……ごめん、真白、黒日。」
惜しむ真白と黒日の視線を受けつつ。
やはり青夢は、今回も現職艦隊の方に自身の駆逐艦を向かわせる。
真白・黒日も名残惜しげではあるが。
彼女たちも自身の駆逐艦・巡洋艦を対立候補艦隊に向かわせる。
――投票ありがとうございます。では、投票結果は……聖マリアナ学園魔女訓練学校、全校一般生徒40000人のうち……現職艦隊20000票! 対立候補艦隊20000票! すなわち戦力非は……5:5です!
自動音声は、最終海選の投票結果を伝える。
「うん、五分五分か。」
「まあ、この投票結果がどうあれ。最終海選は、行われるんだけどね……」
剣人の呟きに、青夢はぼそりと返す。
――では、これより……この戦力比による海戦を、始めます!
「ええ、最終海選ね……よろしくってよ!」
「今度こそ打ちのめします……マリアナさん!」
もはや何度目か――いや数え切れない程ではなくまだ三度目か。
マリアナはその座乗する旗艦・法機戦艦から、レイテもその旗艦・ウィガール艦から、それぞれ睨み合う。
今回は、二つのパターンを考えていた。
一つは、第二海選の勝者たる現職艦隊の方が多くの票数を得ること。
その場合は、緒戦と同じく物量戦をまずは展開する方向で行く方針だったのだが。
実際にはもう一つのパターン――すなわち、数の上では拮抗してしまうことになってしまった。
――では最終海選……始め!
「現職艦隊! 前衛の巡洋艦、誘導銀弾による弾幕を展開!」
「対立候補艦隊、前衛に駆逐艦群展開! 現職艦隊の前衛を突破しなさい!」
ここで現職艦隊、対立候補艦隊の方針は分かれた。
現職艦隊は速力で劣る巡洋艦を展開することによりまずは守勢に回る。
一方の対立候補艦隊は、速力に長けた駆逐艦を展開することにより攻勢に回る。
「マリアナ様、敵は攻撃を優先するみたいです。」
「そうね、雷魔さん。……何か焦っていらっしゃるのかしら呪法院さん?」
法使夏の言葉にマリアナは、レイテの意図を測りかねて首を傾げる。
てっきりレイテも、まずは守勢に回ると思っていたのだが。
どういう訳か、いきなり攻勢を仕掛けて来ていた。
「ふふん、やっぱり足元――もとい、海中が疎かやでえ!」
そうして、これは毎度お馴染みというべきか。
赤音率いる潜水法母は海中より、前衛を突破しようとしている。
が、そこへ。
「駆逐艦、爆雷を海中へ投下! 敵潜水法母を防ぎなさい!」
「言われなくたってやるわよ!」
「うおっと! こりゃあ……地味に堪えるなあ!」
水上艦より、対潜攻撃が降り注ぎ。
赤音は、艦の足を少し遅める。
「この中を突破しろとはなあ、まったくうちの提督は!」
赤音はこの現状の難しさに、思わず不平不満を漏らす。
「聞こえてるわよ、魔女辺さん!」
「あんた、碌に打ち合わせにも顔出さないくせに!」
「おやまあ、そらすまんなあ!」
が、通信を介して。
武錬と雷破は、赤音に嫌みを言う。
「そうだぞ、魔女辺! お前、レイテ様に」
「まあ待ちなさい、身内で争っている暇はないでしょ! ……魔女辺さん、そのまま中央突破を図りなさい。」
「! も、申し訳ありませんレイテ様!」
「おや……ま、了解や!」
ジニーも赤音を咎めようとするが。
レイテに逆に窘められてしまう。
赤音はそのままレイテの指示に従い、自らの潜水法母を再び現職艦隊に向かわせる。
「ほんまに、うちの提督はしゃあないなあ……ま、ええわ!」
「いえ、そうはさせません!」
「おや? ……やっぱりあんたかいな、現職書記の姉ちゃん!」
そしてこれまた、やはりというべきか。
赤音率いる艦の前に立ちはだかるは、現職書記の星術那率いる潜水法母であった。
「それでよろしくってよ、日占さん! 敵潜水法母を打ちのめしなさい!」
「はい、マリアナ様。」
「何や、現職会長の姉ちゃん……舐めたらあかんで!」
マリアナは星術那に命じ。
赤音はその言葉に苛つき、吠える。
「まったく……でも、何かしらこの違和感。何かを焦っているような……」
青夢も自身の駆逐艦を駆り対潜攻撃を続けつつ。
対立候補艦隊の――ひいてはレイテの行動に不可解さを禁じ得なかった。
◆◇
「さあ急ぐわよ、英乃!」
「待ってくれよ姉貴!」
生徒会総海選最終海選開始より、少し経った頃。
とある海域上空を飛ぶ、二機の空飛ぶ法機の姿があった。
龍魔力夢零と英乃の乗る三機で一つの空飛ぶ法機グライアイ、三機中二機である。
彼女らはある物体の目撃情報により、その迎撃に向かっているのである。
ある物体とは無論――
「魔女のお嬢さん方……再びの悪夢へとご招待しましょう。」
ナイトメアの騎士フォールであった。
彼は自身の幻獣機ナイトメアが牽引する幻獣機飛行艦夢魔之騎馬に乗り、再び現れたのである。
◆◇
「! ま、マリアナ様! 只今お母様・アリア様より。魔男の戦闘飛行艦が現れ、只今龍魔力四姉妹が事に当たっているとのことです!」
「……まったく、つくづく無粋な方々であってよ魔男という人たちは。」
再び、W FOの中では。
既にかなり戦いが進んでおり、現職艦隊が優勢になっていた。
「一旦中止……と言いたいところだけれど。この戦いもまた、わたくしたちにとって大切な一戦! ならば、早い所終わらせて向かえばいいだけであってよ!」
「は、はいマリアナ様!」
マリアナは母から前に言いつけられていたことと、今しがた言いつけられたことで揺れていた。
前に言いつけられていたこととはすなわち、この最終海選では決して負けられないということ。
今言いつけられたこととはすなわち、直接的にはそう言われていないながらも暗黙的に言われた、魔男の迎撃に向かえということ。
この二つでマリアナは揺れつつも。
すぐに先述の通り、この最終海選を早く終わらせて向かうべきという結論に至る。
「そうなれば、こちらも守勢に回っている訳にはいきません……攻勢を! 前衛の巡洋艦、誘導銀弾により駆逐艦を援護、駆逐艦は前に出て対立候補艦隊を攻めなさい!」
「了解!」
「多少焦りすぎな気もするけど……止むを得ないわね!」
マリアナの指令により、現職艦隊の駆逐艦も攻勢を仕掛ける。
「レイテ様! あいつらも攻勢を仕掛けて来ます!」
「ここは、私たちも攻勢を更に強めて」
「いいえ……全艦隊、後退よ!」
「!? れ、レイテ様!」
これに対抗するつもりの武錬・雷破・ジニーだが。
レイテのその指令には、首を傾げる。
◆◇
「すまぬな、他騎士団長諸氏。ワシのいきなりの呼びかけにも関わらず、お忙しい中よくぞお集まりいただいた。」
「まったくザンス!」
「こんないきなり呼びつけるなっしょ!」
「どうしたんだい、ゲイリー君?」
同じ頃、魔男の円卓では。
馬男の騎士団長チャットが、唐突に他の11騎士団長を呼び出している所だった。
「うむ、実は……ようやく、作戦についての報告ができそうなのでお集まりいただいた次第である。」
「!? へ、へえ」
「そ、それは良いことザンスな!」
チャットのその言葉に、円卓はざわつく。
「ふうむ、ゲイリー君! なら、披露してもらおうじゃあないか。」
ヒミルもチャットに、呼びかける。
「ああ、そう言っている! ……では、ご覧に入れよう。ワシらの作戦を!」
チャットは指を鳴らす。
すると円卓の中心に、四方向ウィンドウが映し出される。
が、その映像を見て。
「な!? こ、これは」
「ああ……魔女共の学校で繰り広げられているVRゲームの映像だ!」
円卓が更にざわついたことに。
それは今繰り広げられている、聖マリアナ学園での生徒会総海選の模様であった。
◆◇
「マリアナ様! 対立候補艦隊がただただ後退して行きます!」
「これは何かの罠かしら? あのデトネーション何とやらを使うつもりであって、呪法院さん? でも……そうはいかなくってよ!」
三度、最終海選では。
さしたる抵抗も見せずに後退ばかりして行く対立候補艦隊に、マリアナは首を傾げつつも。
これを好機とばかり、現職艦隊を促して攻勢を強める。
「ぐああ!」
「く、黒日……きゃああ!」
「ああ、ごめん真白、黒日! ……でも、やるしかないの!」
「ああ、その通りだ!」
マリアナから既に、現実世界で魔男が出た一報を聞いている青夢・剣人も。
容赦なく攻撃を、対立候補艦隊前衛に向けている。
「マリアナ様、敵損耗率3割! 我が方は1割です!」
「ええ、雷魔さん! そうよ、すぐに終わるわ!」
マリアナは法使夏の言葉に、勝ちを確信し始める。
が、その時だ。
「いいえマリアナさん、ここからが始まりよ。……さあナイトメアの騎士、やっておしまい!」
「え? な、何ですって!?」
マリアナはレイテの言葉に驚くが。
何とレイテの周囲には。
たちまち駆逐艦大の巨大馬型幻獣機及び、巡洋艦大の巨大海馬型幻獣機――魔弾駆逐父艦と魔弾巡洋父艦がそれぞれ多数出現する。
「な、何これは!?」
「これは巨大な幻獣機……まさか、何故母艦型幻獣機がこんな所に!?」
前衛の青夢と剣人は間近でその有様を見て驚く。
しかし、そんな彼らをよそに。
「駆逐父艦と巡洋艦――巡洋父艦はまだあるのよ。さあまだ……最終海選を続けましょう!」
レイテは勝ち誇ったように笑い、高らかに宣言する。