#54 退けない海選
「……駆逐艦、巡洋艦さらに突撃! それについて行く形で私たちも進むわ、敵に数の優位を見せつけるのよ!」
「了解!」
「レイテ様の仰せのままに!!」
「はい、僕はレイテ様と共に!」
レイテは、前衛たる一般生徒艦隊に命じて敵の現職艦隊を追い詰めて行く。
数での優位をまずは活かさんとばかり、戦力を全面展開しての戦いである。
「ぐあっ!」
「ま、マリアナ様! 我が方の損害率あっという間に三割です!」
「くっ……全艦隊、後退! 巡洋艦、攻撃は続けつつ補給のため、前衛を駆逐艦に交代! 駆逐艦は攻撃を開始しつつ、前衛に陣を展開!」
「了解!」
「雷魔さん、巡洋艦に補給を!」
「は、はいマリアナ様!」
現職艦隊は、その数の差もあってか。
かなり、押され気味である。
次期生徒会のメンバーを、VR艦隊シミュレーションゲーム・WFOによる海戦の結果で決める総選挙・生徒会総海選。
その緒戦が、ギリギリまでマリアナたち現職艦隊に有利だったものの、劣勢の対立候補艦隊提督レイテ自ら最前線に出て一発逆転勝利を決めるという結果に終わった日の夜。
敵戦闘飛行艦―― フォール曰く、幻獣機飛行艦夢魔之騎馬が突如現れたが、何故か自衛隊機の攻撃を受けてもこの戦闘飛行艦は無傷という不可解な事態となっていた。
そこへ凸凹飛行隊が駆けつけ、彼女らとの交戦となったが。
こちらも戦うどころか、機体が何やら言うことを聞かないという不具合に見舞われ。
結局は取り逃してしまい、その数日後。
聖マリアナ学園では第二海選の日となっていた。
先述の通り現職艦隊は、敵たる対立候補艦隊の駆逐艦、巡洋艦に押され気味である。
いや、水上艦ばかりにではない。
「なんやなんや、こうもこれ見よがしに爆雷ばっかり! ……と思ったら。なんや、隙ありやないか!」
対立候補艦隊書記候補・赤音の操る潜水法母である。
彼女は現職艦隊が後退を始めて綻んだ弾幕の間を縫う形で、素早く動く。
しかし、その時。
「はっ!」
「くっ、魚雷霆群かいな! ……現職の書記さん、お久やな!」
突如飛んで来た魚雷霆を迎え撃ちながら、赤音が叫ぶ。
目の前には現職書記・星術那の操る潜水法母が迫っていた。
「何や何や、今回は水上艦の爆雷頼みで自分は遊んどるんや思うたら来たなあ!」
「当然です。私は逃げも隠れもしません!」
星術那は発射した魚雷霆を追う形で、赤音の潜水法母に自艦も迫らせる。
「ははは、怖いなあ姉ちゃん! ……けど、本当にそんな弾撃ちまくってええんかいな!」
「くっ! まだあなたも、割合弾を残していましたか……」
しかし、赤音も負けじとばかり。
飛んで来た魚雷霆を迎撃し、余った魚雷霆を星術那めがけて差し向ける。
「爆雷、食らえ!」
「くっ! 何や……魔女木の姉ちゃんかいな!」
と、そこへ。
水上の青夢艦より、爆雷が多数放たれて赤音の潜水法母と星術那の潜水法母の間に弾幕を展開する。
「やっぱり方幻術剣人は当てにならない……一旦下がって、日占さん!」
「ええ、魔女木さん。」
青夢が先ほど下がった巡洋艦群に含まれていた剣人についての愚痴を溢す間に。
星術那は自艦を、後退させる。
「くっ、逃げるな書記の姉ちゃん! ……や言いたい所やねんけど。ここはあたしも下手したら爆雷の餌食や、一旦引き返すでえ!」
赤音は歯軋りしつつも、同じく自艦を下がらせる。
「ふう……って、落ち着いている暇なんかないんだからね!」
青夢は一息吐きつつ、目の先にある水上艦を睨む。
それは。
「青夢う、あの現職会長に何か言われて働かされてるんでしょ!」
「今すぐあたしたちが解放して上げるからね……その艦を沈めて!」
「うわっ、私宛の誘導銀弾多数じゃん! ……殺る気満々で、何より何より!」
誘導銀弾群を差し向けて来た真白の乗る駆逐艦、黒日の巡洋艦だった。
青夢は戸惑いつつも。
「誘導銀弾、発射!」
自艦より、応戦する。
と同時に、先ほど一度は下がった赤音の艦にも目を光らせる。
「海中にも海上にも……まったく、向かう所敵だらけじゃない魔法塔華院マリアナ! はーあ、その尻拭いを私がするのか……」
青夢は自身の肩にかかる任務に、息が詰まる思いである。
――第二海選での作戦で大事なのは、この中の二人です。
――そうよ魔女木さん……まず一人目はあなた!
第二海選の前に、生徒会室に呼ばれて早々青夢はそう言われて大いに狼狽した。
そして、残る一人が。
――残る一人は……あなたよ、日占さん!
――はい、マリアナ様。
先ほど青夢が援護していた、星術那だった。
青夢がそのまま言いつかった、彼女の本海選での役割。
それはこれまた先ほどのごとく、前衛の戦闘に従事しながらもう一人の作戦の要たる星術那を守ること。
「大事な作戦、ね……まあ安心しなさい魔法塔華院マリアナ! 務めだけは、果たしてあげるわ!」
青夢は高らかに言う。
何せ青夢の望みは、全ての人を救うこと。
その中には無論、マリアナも含まれているのだから。
◆◇
「さて……何から話せばよいかな?」
その頃、魔男の円卓にて。
馬男の騎士団長チャットは、今しがた照らし出された他11の騎士団長を前に報告を始めようとしていた。
「うん、まずゲイリー君。ナイトメアの騎士君――ダクス君と言ったかな? あの魔女たちを追い詰めたと聞いたが、見逃したそうじゃあないか。」
作戦の中間報告をしようとしたチャットに蝙蝠男の騎士団長ヒミルは、少々皮肉めいた言い方をする。
「ははは! ヒミル卿。それは実験のさなかであったが故よ。」
「実験?」
しかしチャットは特に気にする素振りを見せず。
笑いながら、ヒミルに答える。
「それは、どういう実験ザンスか?」
「教えるっしょ!」
これには牛男の騎士団長ボーンと、魚男の騎士団長ホスピアーも興味深々であるが。
「ううむ、ワシも言いたいのは山々であるが……それは明かせぬ。」
「! な!」
「み、水臭いっしょ!」
チャットの言葉に、ボーンとホスピアーは思わず席を立ち抗議する。
「静粛に!」
「! クラブ殿ザンスか……」
しかし、その場を。
雪男の騎士団長クラブが諫める。
「この作戦は、情報統制を施すべきものだそうだ。そうだな、チャット殿。」
「ああ、助かるクラブ殿。……敵を欺く為には、まずは味方からという言葉もある。お願いだ騎士団長方よここは一つ、騙されてはくれまいか?」
「!? えっ!?」
クラブに続けてチャットが放った言葉は、より他の騎士団長らを困惑させる。
「だ、騙されろ!? ま、まさかチャット殿、円卓への反逆を目論んでるんじゃないザンショな?」
「そ、そうっしょ! 何で我々を、騙す必要が」
「うむ、無理な要求とは百も承知! ……しかし、少しだけ待ってくれ。あと少しで、結果が出るのだ!」
「! チャット殿……」
これにはボーンとホスピアーも、抗議の声を上げるが。
チャットは席を立ち、深々と頭を下げる。
「頼む、この通りである!」
「う、うーん……ぼ、ボーン殿。」
「くっ、うっ……ま、まあ。わ、我々もそこまで鬼じゃないザンし!」
「顔を上げたまえ、ゲイリー君。……まあそもそも、ジャードとオーブは人の批判なんかしてる場合じゃない訳だしな。」
「な!? ひ、ヒミル殿!」
「言ったなっしょ!」
一応は譲歩の姿勢を見せるボーンとホスピアーだが、そこにヒミルも口を挟み、場は混乱してしまう。
「静粛にと言っている! ……だが、確かにヒミル卿の言葉も一理はあるぞボーン卿、ホスピアー卿。卿らの騎士団の失態は、未だ雪がれてはいないのだからな。」
「く、クラブ殿まで!」
「む、しかし……事実ではあるっしょ……」
「くっ……」
クラブの一声により、ボーンとホスピアーは押し黙る。
「ま、まあいいザンス! ……ところでウィヨル殿! 何か言いたいことないザンスか?」
「ああ、そういえば……やけに静かだと思ったら、魔男の騎士団長が何も発言してないっしょね。」
ボーンとホスピアーはそのまま、八つ当たりか話題を変え。
矛先をも、新たな魔男の騎士団長ウィヨルに変える。
「……いや、ない。チャット殿が今は明かせないというならばそれでよい。」
「ふんっ! 何も発言しないんじゃ、それはそれで会議に出ている意味ないザンス!」
「まったくっしょ!」
やはり八つ当たりか、ウィヨルの素気無い返答にボーンとホスピアーはつまらなさそうに返す。
「幾度も言わさぬように、静粛にと! ……チャット殿、引き続きよろしくお願いする。」
「うむ……ワシらに任せよ。」
クラブがまたも場を宥め、これにて円卓の会議はお開きとなる。
◆◇
「これを、コンバートするとよいですよ。」
「でとねーしょん……何これ?」
第二海選より、いやそもそも生徒会総海選より少し前。
レイテは目の前の男より手渡されたタブレットの表示を見て、首を傾げる。
「それは、大量破壊を可能とするものでしてね。数の上での不利を覆すためにでも使って下さい。」
「数の、不利……」
レイテはその言葉に思い当たるものがあった。
現職の生徒会長マリアナ。
彼女率いる現職艦隊に、恐らく最初は一般生徒からの票が集まるだろう。
そうなれば確かに、数の不利である――
「……但し、それのご多用は禁物です。」
「! 何ですって?」
不意に男が口を開き、レイテははっとして彼を見上げる。
「お相手の現職艦隊会長、魔法塔華院のご令嬢は実は強力な空飛ぶ法機を擁しているんですが。そのデータコンバートですら、固く禁じられていましてねえ。」
「は、はあ……」
それでレイテも、ようやく男の言っていることが腑に落ちた。
このでとねーしょん何某――ひいては、火炎誘爆砲をコンバートしていることがバレれば、レイテはただでは済むまいということだ。
「まあ、使っても使わなくてもそれはあなた次第……では、ご武運を。」
「あ、待って! ……え?」
レイテは歩き出した男の方を振り返る。
が、男の姿はどこにもない。
「また、夢でお会いしましょう……ふふふ。」
◆◇
「何か分からない気味の悪い人だったけれど…… 火炎誘爆砲の威力は本物だったわね。」
「? レイテ様?」
「あ、いいえ。何でも。」
そうして、再び第二海選真っ只中のWFO空間内。
レイテはふと口にした言葉をジニーに聞かれ、慌てて取り繕う。
そうレイテが、浸っている間にも。
対立候補艦隊の、そう多くはないながらもある数の差を活かした戦いにより。
現職艦隊はじわりじわりと、前線を後退させてしまった。
「左様ですか……ところで、レイテ様。敵艦隊損害率4割に到達。対する我が方の損害率、2割です。」
「ありがとうジニー……ふふふ、見えてきたわ勝負が!」
ジニーの報告にレイテは、口元を綻ばせる。
「レイテ様! あんな奴ら」
「さっさとやってしまいましょう!」
会計候補の武錬と雷破が、痺れを切らしたようにレイテに言う。
「まあ待ちなさい金女さんたち! ……さあてマリアナさんは、来ないのね。」
レイテは彼女らを宥めつつ、自身も痺れを切らしつつあった。
マリアナの座乗する敵旗艦・法機戦艦。
この航空主兵論の時代にはやや不釣り合いな大艦巨砲主義的兵器だが、一向に動く気配はない。
そろそろ一騎討ちを選んでもいい所だろうが、それをしないとは。
何たる腰抜けか。
レイテは、拍子抜けしていた。
「まあいいわ……って、あれは!?」
「れ、レイテ様! 敵艦載機群が多数……いえあの数は、まさか全機!?」
「な、何ですって!?」
しかしその時。
突如として湧き出たかのように見える艦載機が、陽師子の法機母艦やマリアナの法機戦艦から大挙して押し寄せて来たのである。
「れ、レイテ様!」
「ふふふ……ほほほ、マリアナ様! 敗北に狂いましたね……巡洋艦、駆逐艦、誘導銀弾を艦載機群に向けて発射! 全滅させなさい!」
「了解!」
レイテはここに来て、勝利を確信する。
艦載機という機動力など、本来数で劣る艦隊は温存しておくものだ。
それをここに来て自棄くそとばかり、全て使い切ってしまうとは。
哀れ、現職艦隊。
レイテの高笑いに呼応するがごとく、対立候補艦隊から放たれた誘導銀弾の弾幕は現職艦隊艦載機群を捉えて全滅させてしまった。
「ま、マリアナ様……全機、壊滅です……」
「ええ、ご苦労様……さあて、いよいよよ!」
マリアナは法使夏の報告を受けるや、主砲をレイテに向けつつ。
前衛の一般生徒部隊に、道を開けさせる。
「れ、レイテ様!」
「ええ、やっと出て来たわね。……手出し無用! 私たちは一騎討ちをするわ!」
レイテも自身の旗艦・ウィガール艦で前に出る。
「ん……?」
が、その時。
ジニーは何やら前に出る法機戦艦の背後で、水しぶきが立ったことに首を傾げる。
「こちらも、皆さんは手出しする必要なくってよ! さあて……ようやくお出ましね呪法院さん!」
が、もはや戦いは止められない。
マリアナもレイテもそれぞれの僚艦には、攻撃を禁じる。
「ええ、こちらの台詞ですマリアナさん!」
レイテはマリアナに答えつつ、主砲を法機戦艦に向ける。
「今回はマリアナ様、あなた自身を一瞬で消炭にして見せます! …… 火炎誘爆砲、発射用意。」
レイテはそのまま、密かにウィガール艦に命じる。
たちまち主砲に、エネルギーの火が燻り始める。
「マリアナ様!」
「来るわね……こちらも主砲を向けて差し上げましてよ!」
「ほほほマリアナさん……その主砲でどこまで拮抗し合えますかね!?」
法使夏に気遣われるマリアナに、レイテは勝ち誇ったように笑う。
決め手を擁するこちらに対し、もはや現職の旗艦はせいぜいあの二連装の主砲が限度だ。
もらった――
「マリアナ様、さようなら! …… 火炎誘爆砲……!?」
「さあ、お行きなさい!」
が、その時だった。
マリアナ擁する法機戦艦後部飛行甲板より、何と既にないはずの艦載機が三機発進したのである。
「な、何故!」
「艦載機群、 誘導銀弾・魚雷霆発射!」
「!? で、火炎誘爆砲発射」
虚を突かれ呆けてしまったレイテの隙を突き、マリアナの艦載機群が雷撃を放つ。
レイテもそれを見て、慌てて火炎誘爆砲を放つ。
「ぐうう!」
果たして、第二海選の行方は――