#52 令嬢の意地
「せ、生徒会長の座をかけての総選挙ですか、お母様。」
「ええ、その通り。但し……今も申し上げた通り、公約などいくら掲げられた所で面接突破能力を推し量れる程度のこと。なので……その総選挙は、VR艦隊シミュレーションゲームにより行います!」
「!? ぶ、VRゲーム!?」
マリアナは母アリアより社長室にて話を聞き、心底驚く。
次期生徒会のメンバーを、VR艦隊シミュレーションゲーム・WFOによる海戦の結果で決める総選挙・生徒会総海選。
その緒戦が行われた日の夜。
敵戦闘飛行艦―― フォール曰く、幻獣機飛行艦夢魔之騎馬が突如現れたが、何故か自衛隊機の攻撃を受けてもこの戦闘飛行艦は無傷という不可解な事態となっていた。
そこへ凸凹飛行隊が駆けつけ、彼女らとの交戦となっているが。
時は、更に生徒会総海選の前に遡る。
「ええ、近く大々的に報道されますが……我が魔法塔華院コンツェルン、そして龍魔力財団に王魔女生グループと、名だたる企業が同時にTOBを画策しているピュクシスコーポレーションというVRゲーム企業がありましてね。」
「は、はあ……」
マリアナは今一つ確信のないまま頷く。
どうにも、母や他の企業がVRゲーム会社などに注目し出したことが解せないのだ。
「我が魔法塔華院コンツェルンとしては、その社のVR技術を何としても取り込みたいと考えていますの。しかし、買収先に選ぶ条件としてピュクシスコーポレーションが提示して来た条件は……このVR技術を社会的に有効活用する方法を見出すことだったの。」
「! な、なるほど……それで、生徒会総選挙という形なのですね。」
しかし今の母の言葉で。
マリアナはようやく、合点がいく。
なるほどゲームに限らず、これからを担うであろうVR技術を取り込もうというのか。
更に魔法塔華院コンツェルンにとってのその有効活用方法として考えついたのが、生徒会総選挙という形だったのだ。
と、その時。
急にノックの音が社長室中に響き渡った。
「……入りなさい。」
「!? ど、どうなさいましたお母様……って! 何故あなたが?」
「失礼します、社長。……マリアナさん。」
アリアの合図により社長室に入って来たのは。
それは他ならぬ、レイテだった。
「呪法院レイテさん。今回あなたの、対立候補となる方よ。」
「な!? お、お母様。わたくしの後任に選ばれた人が彼女であるとおっしゃるのですか?」
マリアナは母に問う。
まさか、傘下の企業令嬢が自身の対抗馬とは。
「おほん! ……とにかくマリアナさん。そういう訳なので。くれぐれも敗北して、魔法塔華院コンツェルンの跡取りとして恥ずかしくならないようお願いしますよ。」
「! は、はいお母様……必ずや!」
「ええ……期待していますよ。」
アリアはいつも通り、マリアナに釘を刺す。
「よろしくお願いします、マリアナさん。」
「ええ、よろしく……」
マリアナはレイテから握手を促され、応じるが。
その心には、屈辱の念が渦巻いていた。
◆◇
「そうよ……見ていればよくってよ私に関わる人たち皆! このマリアナ、魔法塔華院コンツェルン跡取りの名にかけて。今度こそ!」
「! ちょ、待って魔法塔華院マリアナ! 勝手に」
「勝手に? それはあなたであってよ魔女木さん! この飛行隊長を差し置いて、勝手な行動を取ったのはどっちであって?」
「くっ……!」
飛び出したマリアナ座乗のカーミラを見た青夢は、彼女を咎めるが。
マリアナは意に介さず、カーミラを駆り踊り出る。
「さあ、魔男! このわたくしが――このカーミラが、直々にお相手をして差し上げてよ! 光栄に思いなさい!」
「ほほう、それはそれは面白い! ……と、言いたい所だが。残念ながら、それは無駄な足掻きといった所だね!」
「な、何ですって!」
マリアナは意気揚々と夢魔之騎馬を牽引する幻獣機ナイトメアの騎士フォールに叫ぶが。
フォールはそんな彼女を嘲笑うがごとく、高らかに叫ぶ。
「まあまあそう怒りなさるな! じきに分かるから。」
「くう……まったく皆、このわたくしを愚弄して!」
フォールの言葉にマリアナは、ますます苛立つ。
かつて母に言われていたことや、レイテとのこと。
それらにより溜め込まれていた彼女の怒りは、ここで沸点を迎えたのであった。
「あなたなど、瞬く間に葬って差し上げますわ! カーミラ! ……セレクト、サッキング ブラッド エグゼキュート!」
マリアナは自機たる、カーミラに命じる。
「ま、マリアナ様!」
「仕方ないわね魔法塔華院マリアナ……hccps://jehannedarc.wac/……セレクト、オラクル オブ ザ バージン! エグゼキュート!」
「ならば、俺も! hccps://crowley.wac/……セレクト、アトランダムデッキ!」
カーミラの後を追いかける青夢らもジャンヌダルクやルサールカ、クロウリー、それぞれの自機に命じる。
しかし。
「な、何これは!?」
青夢はそこで違和感を感じる。
何と、何も起こらないのだ。
まるでジャンヌダルクが、青夢の術句にまるで従っていないような――
しかし、彼女だけでもなかったようだ。
「!? な……何をしているのカーミラ! あなたまでわたくしを愚弄するの!」
「る、ルサールカ?」
「くっ、クロウリー! どうしたのだ?」
マリアナも法使夏も剣人も、自機が言うことを聞かず混乱している。
「ふふふ……どうした、そんなものかい! 分かった、ならば次はこちらからだ……hccps://baptism.tarantism/、セレクト、デパーチャー オブ 直撃炸裂魔弾!」
フォールは凸凹飛行隊のそんな混乱ぶりを見て、好機とばかり。
夢魔之騎馬の周囲に、直撃炸裂魔弾を生成する。
そして。
「……エグゼキュート!」
「ま、マリアナ様!」
「くっ……セレクト、サッキング ブラッド エグゼキュート! ……セレクト、サッキング……もう! 何でよ!」
「ま、魔法塔華院マリアナ!」
「くっ……言うことを聞けクロウリー!」
フォールの命を受けた直撃炸裂魔弾は一斉に発射される。
青夢らは未だ言うことを聞かない自機に尚命じ続けるが、フォールが先ほども言った通り無駄な足掻きとばかり。
直撃炸裂魔弾群は、凸凹飛行隊へと迫って行き――
「くう!」
「マリアナ様は、私が!」
「もう、これまでなの……」
「ここまで、か……」
炸裂する、が。
「……ん?」
「え? あ、あら?」
「ま、マリアナ様! あれを!」
「な、なぜだ!?」
青夢らが、驚いたことに。
自分たちに命中したと思っていた直撃炸裂魔弾は、なんと見当違いな方向で炸裂し、爆発していた。
「ふふふ……どうだったかな、魔女に裏切りの元魔男諸君。私の悪夢は?」
「あ、あなた……わたくしたちを、いえ、わたくしをまだ愚弄するの!?」
フォールは夢魔之騎馬より、勝ち誇ったように笑いながら言う。
「いやいや、愚弄などと。ただ、ほんの挨拶をさせてもらっただけでね! まあなるほど……既に、ここまで結果が出ていたとはなあ!」
「け、結果?」
青夢はそのフォールの言葉に、首を傾げる。
「魔男の戦闘飛行艦、おとなしくなさい!」
「おや……自衛隊が、更に戦力を繰り出して来たか!」
と、その時。
自衛隊のウィガール艦隊が、今夢魔之騎馬の対空している戦場海域に大挙して押し寄せた。
「さすがに分が悪いな…… hccps://baptism.tarantism/、セレクト……エグゼキュート!」
「!? こ、これは!?」
「くっ……また、あのトロトロした感覚!」
フォールが術句を唱えるや。
自衛官たち、いや彼女らのみならず青夢らまでもが感じたのは。
何やら覚えのある、あの感覚だ。
「ふふふ……中々楽しませてもらった。また頼むよ!」
「! き、消えた……」
フォールの捨て台詞が響くと共に。
夢魔之騎馬は忽然と、姿を消した。
◆◇
「きゃー、レイテ様!」
「前の海選、格好よかったです!」
「ありがとう、皆さん。」
「当然だ、僕たちの次期生徒会長様だからねえ!」
「私たちの、ねー!!」
それから数日後。
聖マリアナ学園の通路を歩く、対立候補たちに囲まれたレイテに。
生徒たちから、黄色い声援が贈られていた。
緒戦の最終局面で、レイテ自ら旗艦たるウィガール艦で敵前に身を晒したことが勇敢と評価され。
校内の支持を彼女は、高めつつあったのだ。
レイテも満更ではない様子で、笑顔で手を振り彼女たちに応じる。
「ところで、魔女辺さんは?」
「はい、レイテ様。彼女はまるで猫、僕たちとはあまり関わりたくないとでもいうのか自由気ままにどこかへ。」
「はああ……相変わらず協調性がないわね。」
ジニーから話を聞いてレイテは、この場にいない赤音に関してため息を吐く。
と、そこへ。
「おやおや、レイテ様。」
「対戦相手が、向こうから来ますよ?」
「ええ……大人の対応をしなくちゃね。」
雷破と武錬のささやきに前を見れば、レイテの眼前には。
現職の生徒会メンバーを率いて、マリアナが現れた。
「マリアナさん。」
「呪法院さん……緒戦での勝利、おめでとう。」
「ええ、ありがとうございます。」
レイテはマリアナの言葉に、満面の笑みで応える。
「……でもね、呪法院さん。次は負けなくってよ!」
「ええ、こちらこそ。」
レイテはまたもマリアナに、笑いかける。
「……そろそろ、次の海選ですね。では、私たちはテラスに。」
「ええ、わたくしたちはでは生徒会室に。」
そのままレイテ率いる対立候補と、マリアナ率いる現職グループはすれ違おうとする。
「……デトネーションボルカニクス。」
「!? ……はい?」
が、その時。
マリアナは肩越しに、レイテにこう言葉をかける。
「……わたくしは緒戦の最終局面で、この言葉が聞こえたわ。呪法院さん、あなたは?」
「……さあ、何のことか。」
「……そう。」
マリアナはそれを聞くや、そのまま対立候補を率いて生徒会室へと向かった。
「何よ、あの現職会長!」
「いーだ!」
「レイテ様、一体何なのでしょうかあれは?」
「……さあ、私も。」
レイテはジニーたちに、事も無げに言うが。
「(……これは、何とかしないとね。)」
内心では、やや動揺していた。
◆◇
――ご投票、ありがとうございます! これで、最初の投票結果が出ました。
「ええ、よろしくってよ!」
「はい、どうぞ?」
その後、WFOへの全校生徒ログイン時間となり。
現職艦隊と対立候補艦隊との境界となる海域に留まる、一般生徒が駆る誘導銀弾駆逐艦又は誘導銀弾巡洋艦の群集はそれぞれ投票する艦隊の戦列に加わった。
――聖マリアナ学園魔女訓練学校、全校一般生徒40000人のうち……現職艦隊15000票! 対立候補艦隊25000票! すなわち戦力非は……3:5です!
「ま、マリアナ様!」
「ふう、まあ……仕方なくってよ。」
「やりました、レイテ様!!」
「僕も嬉しいです、レイテ様!」
「ええ、でも……あくまで戦いはこれからよ!」
かくして、第二海選の幕開けとなった。