#4 その名はジャンヌダルク
「あ、アラクネ……?」
「……はい。魔女木青夢、ですね?」
「あ、は、はい……」
青夢は尚も戸惑いながら、目の前の女性を見る。
突然現れた、闇。
見ればそこら辺に、光の糸のようなものが見える。
その闇の中に浮かび上がる、女性の上半身。
それは、アラクネと名乗っていた。
魔女の訓練学校での、実機訓練中。
突然乱入して来た怪物が、訓練機たちに攻撃を加え。
それにより自分を虐めようとしていた、法使夏とミリアの機体が撃墜された。
それを見た青夢の瞼の裏に映るのは、あの日の父。
油臭い使い古しのゴーグルを頭につけ、青夢に――まだ幼かった彼女に、手を差し伸べている。
そして、その後。
空へと飛んだ父は、そのまま爆発事故により帰らぬ人となったのだ。
そのトラウマを想起させられた、青夢は。
次に撃墜されそうになった、同じく自分を虐めようとしていた同級生・魔法塔華院マリアナを反射的に庇っていた。
「……っ! そ、そうだ! ねえ、魔法塔華院マリアナの機体は、私の機体はどうなったの? 私は、もう死んだの……?」
青夢は慌てて、自分の手足を見回す。
何やら朧気にも見える。
自分は、死んだのか――
「まあまあ、落ち着きなさい。」
「こ、これが落ち着いていられるって言うの!? わ、私まだ、何もしてないのよ? ……矢魔道さんにだって、まだ言ってないことが」
青夢は半狂乱になり、思わずアラクネに食ってかかる。
が、その時。
「えい! ……捕まえた。」
「ん!? ……え?」
自分に向かって来た青夢の身体を、アラクネはしっかり抱きしめる。
その身体は。
この闇の中には不釣り合いなほど、暖かかった。
「落ち着きなさいと言っているでしょう? 大丈夫、あなたはまだ死んでいませんから。……あなたの意識だけが、このダークウェブにアップロードされて来たのですよ?」
「……え?」
青夢はアラクネの暖かさに微睡みかけていたが、今の彼女の言葉によりはっと目を見開く。
意識だけがダウンロード?
いや、アップロードか。
それは、つまり。
「ええ……そ、それってやっぱりもう死んでるってことじゃないのよ!」
「まあまあよしよし、落ち着きなさい青夢さん! ……今あなたは怖がっている。そういう時には自分すら疑いたくなる。でもね、そうやって疑うってことは、あなたは間違いなくここにいるってことなの。」
「! ……あ……」
またも慌てかけた青夢だが、アラクネは顔色一つ変えず。
優しく、彼女を諭してくれた。
「さあさあ、そろそろ本題に移りましょう。……あなたの、望みは?」
「? 望み?」
青夢はアラクネの言葉に、首を傾げる。
「あなたがここに来る前に、望んだことよ。……さあ、何だったかしら?」
「……私は……」
アラクネが、再びかけてくれた諭す言葉に。
青夢は、考える。
あの時は、撃墜されそうになっていたマリアナ機を。
ただただ、庇いたい一心だった。
「……魔法塔華院マリアナは、確かにいけ好かない奴だけど……でも! そんなことはあの時関係なかった。だって、私は……」
―― 全ての人を、お前が救え。
あの時青夢の心を支配していたのは、父のその言葉。
「そう……それこそが、あなたの望み! あなたを、ここまで連れて来た力です。」
「! ……そうか、これが……」
青夢はアラクネの言葉に、ようやく思い出す。
そうだ、私の望みは。
「……さあ、再び唱えるのです!」
「うん! …… hccp://baptism.tarantism/、サーチ! セイビング エブリワン!」
アラクネに促され、青夢は高らかに唱える。
セイビング エブリワン――それが、青夢の望みである。
と、その時。
「うわっ! ……こ、これは?」
青夢の前には、何やら文字が浮かび上がる。
hccps://jehannedarc.wac/。
これは。
「恐れないで、これはあなたの力。あなたが強く望み、それにより与えられたあなたの力です!」
「私に、与えられた力……? この力があれば、私は皆を守れるの?」
「ええ、きっと。」
アラクネに励まされ、青夢は背中を押される。
「よし! ……セレクト、hccps://jehannedarc.wac/! ダウンロード!」
青夢は、アラクネに促されるがままに。
検索結果を選び、ダウンロードし始める。
◆◇
「……ぐっ!? な、何だこれは……何が起きている?」
「こ、これは!」
ここは、現実世界。
ダークウェブでの青夢からすれば、ほんの数分。
現実での皆からすれば、ほんの一瞬。
その間、検索に割り込まれたソードは攻めあぐぬくが。
そのソードが、そして空を見上げてこの有様を見ていた矢魔道が驚いたことに。
青夢の訓練機から、眩いばかりの光が放たれた。
「な……? な、何なんですのこれは!」
マリアナも、これには目を瞠る。
それはやがて、何やら女性の面影を形作っていく。
「!? あ、あなたは!」
矢魔道は、その面影に見覚えがあった。
それは、彼が幼い頃に見た女性。
まさに今のように、空に浮かび上がった女性だった。
「……アラクネ……」
「? どうしたんですか、矢魔道さん?」
空を愛おしげに見つめる矢魔道に、教官が尋ねる。
「あ、いえ……」
矢魔道は、教官の訝しみを受けて。
少しバツが悪そうな有様である。
◆◇
「な、何なのだあれは!」
一方、ソードは。
今までに見たこともないその光景に、ただただ戸惑っている。
「……さあて、精々。」
そんなソードの操る幻獣機ドラゴンが、空中で止まっているのを見て。
青夢は憎々しく思い、怒りを言葉に滲ませる。
「精々、さっきのお返しをさせてもらおうじゃないの! さあ、行くわよ私の力……空飛ぶ法機・ジャンヌダルク!」
青夢は幻獣機ドラゴンをキッと睨み、高らかに言う。