#3 魔男の騎士
「あ、ああ……」
青夢は目の前の光景に、既視感と激しいトラウマを掻き立てられる。
自分を虐めようとしていた、法使夏とミリアの機体が撃墜された。
それを見た青夢の瞼の裏に映るのは、あの日の父。
油臭い使い古しのゴーグルを頭につけ、青夢に――まだ幼かった彼女に、手を差し伸べている。
そして、その後。
空へと飛んだ父は、そのまま爆発事故により帰らぬ人となったのだ。
「お父、さん……」
青夢は全身を震わせる。
◆◇
――事故機体たる幻獣機は、今後使用及び製造を禁止します。
「……許さぬ。」
ソードの心に、怒りが刻まれた。
奇しくも幻獣機ドラゴンを操り、今訓練学校を襲う男ソード・クランプトンは青夢と同じ出来事を思い出していた。
まだ彼が幼き頃の記憶。
空での爆発事故。
あの事故により、女性しか適性のない空飛ぶ法機が実用化された。
軟弱な魔女共が我が物顔で、空を闊歩するこの暗黒時代の到来だ。
「さあ魔女社会よ……今こそ滅ぶがよい!」
魔男の12騎士団の一つ・龍男の騎士団の若き騎士、ソード・クランプトン。
その栄誉ある、名にかけて。
「……hccp://baptism.tarantism/……サーチ! アサルト オブ 幻獣機! セレクト フレイム・マシンガン、エグゼキュート!」
ソードが検索術句を唱える。
すると、幻獣機ドラゴンは。
たちまち炎の一撃を、再び目の前に見舞う。
◆◇
「くっ! このわたくしが……震えているというの!?」
マリアナは目の前のドラゴンによる連続攻撃に、震えている。
取り巻きたる、法使夏とミリアの撃墜。
それは少なからず、彼女に動揺を与えたようである。
「くっ……いいえ! このわたくしこそ、何者をも恐れぬ魔法塔華院コンツェルンの次期社長となる者! あれらごとき怪物など、一瞬のうちに葬り去ってくれますわ!」
マリアナは、先ほどソードがやったように。
自分を、自分の名誉により奮い立たせる。
そうして、果敢にも幻獣機に挑む。
「エグゼキュート・ダーティー・バレット、カラーリング・アサルト!」
とはいえ。
ただでさえ戦闘能力のない訓練機。
如何に魔法検索エンジンに改造を加えているとはいえ、所詮は同級生を虐めるため程度のもの。
精一杯の迎撃は、泥玉と着色弾によるものに留まった。
「ふん……どこまでも愚かだな魔女共は! …… hccp://baptism.tarantism/……サーチ! アサルト オブ 幻獣機! セレクト、フレイム・ストーム! エグゼキュート!」
そんな破れかぶれの攻撃に、ソードは怒りに任せて反撃する。
たちまち、幻獣機ドラゴンが炎を吐き出し。
翼により起こした風により、それを拡散する。
刹那、炎の嵐が吹き荒れる。
当然のごとく、泥玉と着色弾など焼き払われ嵐がマリアナ機へ迫る。
「ふふ……このわたくしの攻撃を! さあ、捉えられるものなら捉えてご覧なさい!」
マリアナは尚も余裕を湛え、機体を操る。
そのまま、鬼さんこちらとばかり幻獣機に一旦近づいたかと思いきや、そのまま間合いを取ろうと飛び去る。
「なっ……ふん、鬼ごっこのつもりか! 甘えるな!」
ソードは怒りのままに、再び検索術句を唱える。
「hccp://baptism.tarantism/……サーチ! アサルト オブ 幻獣機! セレクト・ヘルファイア! エグゼキュート!」
ソードが術句を唱えるままに、幻獣機ドラゴンは口の中に膨大な熱量を秘めた火球を作り出す。
照準するは、無論マリアナの訓練機だ。
「生意気な魔女めが……苦しまないよう一瞬の内に焼き尽くしてやろう!」
ソードの怒りに呼応するかのように幻獣機ドラゴンの口からは灼熱の炎が、放たれる。
「なっ……わ、わたくしが! こんな所で!」
その光景を見たマリアナは、自分の身体から血の気が引いて行くのを感じる。
その時炎は、既に目の前まで迫っていて――
しかし、そこへ。
「ぐうっ! ……ん? これは?」
「マリアナ様!」
「大丈夫ですか!」
「あ……親衛隊の方々〜!」
マリアナは安堵の表情を浮かべる。
そこに現れたのは、マリアナの親衛隊を務める女性たちが乗る機体三機。
「でも……襲いわよ!」
「申し訳ございません、マリアナ様!」
「しかし私たちが来たからには……さあ、不届き者め!」
親衛隊は散開し、幻獣機を取り囲まんとする。
「ふん、魔女が……ハエごときが何匹戯れようと同じだ! …… hccp://baptism.tarantism/! サーチ、アサルト オブ 幻獣機! セレクト フレイム リボルバー、エグゼキュート!」
ソードは驚くでもなく、幻獣機ドラゴンに命じる。
たちまち指定された通り、幾多の火球が幻獣機ドラゴンの口元に次々生成され撃ち出される。
「くっ、……サーチ! ディフェンシング アサルト オブ エネミー! エグゼキュート!」
親衛隊機は、搭載された検索エンジン内を調べ防御術式を展開する。
マリアナや青夢たちの訓練機とは訳が違う、戦闘用の機体である。
これならば――
しかし、そう思われたのも束の間。
「くう!」
「うっ!」
「ば、馬鹿な!」
親衛隊機のバリアを、淡い期待と共に粉砕し。
親衛隊機は全機とも撃墜されてしまった。
「なっ……そんな!」
マリアナは戦慄する。
訓練機とは訳が違う、戦闘機なのである。
何故。
それほどに、この怪物は強力ということか。
「ふん……さあて、散々愚弄してくれた罪を贖わせてやろう! ……hccp://baptism.tarantism/、サーチ アサルト オブ 幻獣機! ……エグゼキュート!」
呆けるマリアナ機に狙いを定め、ソードは幻獣機ドラゴンに命じる。
たちまち幻獣機ドラゴンより、獄炎が放たれる。
「あ……あ……」
眼前に炎が迫る中でも。
マリアナは動かない。
いや、動けないのである。
動けない、動けない――
「……サーチ! ウィンド ディフェンス、エグゼキュート!」
「……え?」
凄まじい音と共に、幻獣機ドラゴンの攻撃は受け止められる。
風のバリア。
それが放たれているのは、マリアナ機の前に立ちはだかる青夢機だ。
「な……ま、魔女木さん! ト、トラッシュのあなたが何故」
「たく! 何で魔改造した魔法検索エンジンで、その程度の戦闘能力なのよ! 魔法塔華院マリアナ!」
青夢は攻撃を自身の機体で受け止めつつ、マリアナに嫌味を言う。
しかし、やはり訓練機で防ぎ切れるものではなく。
機体は軋みを上げている。
「……このまま、私死んじゃうの!?」
青夢は死を覚悟し始める。
マリアナは彼女にとっていけ好かないが、別に死んで欲しいとまでは思わない。
しかし、このままではマリアナを庇い切れないまま自分が――
―― 全ての人を、お前が救え。
「……お父さん。」
青夢はしかし、父の言葉を思い出す。
そして幻獣機ドラゴンを睨む。
「ふふふ……止めだ、愚かな魔女めが! 今、息の根を止めてやろう! …… hccp://baptism.tarantism/」
「サーチ! セイビング エブリワン!」
「サーチ! クリティカル アサルト オブ 幻獣機! ……ははは、これで……ん?」
そのまま青夢とマリアナに止めを刺そうとするソードだが。
検索術句を唱えるも、ふとおかしなことに気づく。
検索されたはずの候補が、頭にインストールされてこないのである。
ソードは預かり知らぬことだが、実は青夢が彼の検索に割り込んでいたのである。
本来ならば検索エンジン切り替えの時などだけでいいはずのエンジンURL詠唱を、わざわざ彼が行った後に。
あの、”セイビング エブリワン"の術句を唱えて――
◆◇
「ん……?」
青夢はふと、目を覚ます。
ここは、どこか。
見れば、真っ暗な空間に。
光の線で繋がれた網のようなものが下に見える。
ここは――
「ようこそ……ダークウェブへ。」
「!? ……あ、あなたは?」
ふと声をかけられ、青夢は面食らう。
そこにいたのは。
何やら闇の中に浮かび上がる、女性の上半身。
「……きれい。」
「……ありがとう。私はアラクネ、あなたの望みをもう一度。」
「……え?」
その女性――アラクネは優しく微笑む。