#36 魔法塔華院・龍魔力接近す
「うう……英乃、二手乃!」
「……」
病院の一室にて。
横たわり人工呼吸器を付ける長妹と次妹の傍らで、夢零は泣きじゃくる。
愛三も、これにはただただ呆然としている。
何とか二人は、奇跡的に一命は取り止めていたが。
未だに、予断を許さぬ状態が続いていたのだ。
空賊との戦いが終わり一か月ほど後。
空戦訓練のため、再び法機母艦に乗艦していた青夢たち凸凹飛行隊だが。
幻獣機リバイヤサンの出現の報により、出撃を余儀なくされていた。
が、幻獣機と凸凹飛行隊の交戦中。
これを離れた場所から見ていた、龍魔力四姉妹の編隊より誘導銀弾が放たれ。
彼女らとも交戦となる。
しかし、その最中ミリアとメアリーによる魔男の部隊も攻めて来ており。
中々に決着のつかぬ膠着状態となっていたのだが。
突如として龍魔力四姉妹の長姉・夢零が発動させた彼女らの専用機・蛇女殺しに備わる"システム"の真髄。
彼女ら曰く、"目"。
それがどれほどのものかは底知れないが。
果たしてその"目"によって、夢零以外その戦場にいる者は皆動きを封じられ窮地に落ち入る。
しかし、凸凹飛行隊も魔男も自機の能力により窮地を掻い潜り。
さらに夢零も勝手な判断により"目"を起動させてしまったことを、実は彼女の"目"付け役だった末妹愛三に咎められ撤退し戦いはひとまず終息した。
そうして今回、魔法塔華院コンツェルンと龍魔力財団の新システム搭載艦コンペティションに参加した凸凹飛行隊だが。
そのさなか襲来した超巨大な竜型幻獣機・幻 獣 機 父艦バハムートを前に一同は、動揺する。
しかし、逆にこれを自社の新システム搭載艦・ゴルゴン艦のいい咬ませ犬になると睨んだ龍魔力四姉妹は。
そのまま艦搭載のゴルゴンシステムを使い、幻 獣 機 父艦バハムートと交戦するが。
予想外に幻 獣 機 父艦バハムートの力は強大であり、
それに対し龍魔力姉妹はついに、"目"――ゴルゴニックアイズを使用。
幻 獣 機 父艦バハムートを照準と同時に足止めし、これにより止めを刺せると龍魔力姉妹は確信。
全艦隊より誘導銀弾を放つが。
幻 獣 機 父艦バハムートは、何と不可能なはずの変形を行なって誘導銀弾を全て回避。
英乃の座乗するゴルゴン二番艦を自滅に近いやり方で葬ったことを皮切りに、二手乃のゴルゴン三番艦をも敗る。
そのまま事態を重く見た自衛艦隊も出撃するが、これもあっさりと返り討ちにしてしまった。
が、その直後に青夢ら凸凹飛行隊擁する法機戦艦の主砲からの攻撃を受ける。
これを脅威と見た幻 獣 機 父艦は、再び必殺技形態に移行し。
そのまま青夢らが自機を接続した法機戦艦と、必殺技撃ち合いとなり。
かろうじて痛み分けに終わったその戦いだったが、そこへ幻獣機を従える能力を持つ法機使い・魔女辺赤音が攻めて来たために幻 獣 機 父艦は撤退する。
そうしてひと月ほど経ち、今に至る。
「お、姉、さん……」
「……愛三、あなたにはできることはないのだから待合室にいなさい。何度言えば分かるの!」
「ご、めんなさい……」
愛三もまた、動揺を抑え切れずにいた。
と、その時である。
「失礼するわ……夢零、英乃、二手乃、愛三。」
「! お母、様……」
病室に入って来たのは、姉妹の母・元子だ。
妹たちの病床の傍らにいた夢零は、佇まいを正す。
自らの目に涙を溜め込んでいることに気づいた夢零は、手で拭う。
「夢零。……あの娘たちは、勇敢に魔男に立ち向かったのね……?」
「はい、お母様……申し訳ありません! 私は妹たちが座乗艦諸共やられていく様を、ただただ見ることしかできませんでした……」
「わ、私も! お姉さんたちがやられていくのをただ、見ることしか……」
母の言葉に夢零も愛三も、立ったまま頭を下げる。
「頭を上げなさい、二人とも。」
「は、はい……」
母の言葉に夢零は、頭を上げつつ。
愛三はともかく、自分は責任を問われることを恐れていた。
何を、言われるか。いや、何を言われたとしても受け止めなければ――
そう思い、頭を上げ切った時だった。
「! お、お母様……?」
「お母様……?」
ほぼ同時に頭を上げた二人を、元子は抱きしめる。
「……よかった、あなたたちが無事で……」
「お母……様……」
「う、うう……」
母に抱きしめられた夢零と愛三は、泣きじゃくる。
◆◇
「ではバーン殿……始めてほしい。」
「……うむ。」
魔男の、円卓にて。
アルカナの呼びかけにより、他の騎士団長らも照らし出され。
これより、詮議が始まるのである。
「おほん、まず……バーン騎士団長! 今回の件、失敗したということでいいザンスね?」
牛男の騎士団長・ボーンがここぞとばかりに尋問ばりの質問をする。
「いや、それは少し違うなボーン殿!」
「な……あ、あんたには聞いていないザンスアルカナ殿!」
が、答えたのはバーンではなくアルカナであった。
これにはボーンも、顔を真っ赤にして怒り出す。
「いいや、これはバーン殿を――ひいては、龍男の騎士団を推薦した私にも責任があってのこと。」
「な、ならアルカナ殿お! あ、あんたもいざとなれば龍男の騎士団と心中する覚悟があるってことっしょ?」
アルカナの返答には、今度は魚男の騎士団長ホスピアーが質問を被せる。
「いや、心中などするつもりもない! この戦いは我らにとって勝戦となるであろうもの。であれば……次こそバーン殿には、勝利をお納めいただく!」
「アルカナ殿……」
「ふん、そんな言葉具体性がないっしょ!」
「そ、そうザンス! この状況でどうやって勝利するつもりザンスか!? 結局はあの泥棒魔女一匹に、のこのこと尻尾巻いて逃げ帰って来た腰抜けが!」
「くっ……」
しかしアルカナの次の言葉には、ボーンとホスピアーの追及も更に強まる。
確かに彼らの言う通り、今のアルカナの言葉には具体性がない。
どう、勝とうというのか。
すると。
「……ブラックマン、入れ!」
「はっ、バーン騎士団長!」
バーンの合図と共に、魔男の円卓の場へと入室したのは。
龍男の騎士団所属の騎士、ザビ・ブラックマン。
赤音により奪われた幻獣機の一つ・幻獣機メデューサの騎士である。
「な、何故ザンス! 牢屋行きじゃ」
「これはこれは各騎士団長方! ご機嫌麗しく。」
「くっ……白々しいっしょ!」
ボーンの嫌味にブラックマンは、恭しい態度で応じるが。
ホスピアーもボーンもそれで丸め込まれる方ではなく、更に不満を述べる。
「まあまあ騎士団長諸氏、ひとまず鎮まりたまえ! ……次に勝利を納めるには、このブラックマンの力がいるのだ!」
「な、何?」
が、アルカナは構わずに続ける。
ボーンやホスピアーのみならず騎士団長たちは、納得のいかぬ顔つきであるが。
「ブラックマンにも、名誉挽回の機会を与えるとしようじゃないか騎士団長諸氏! 彼の"魔弾の射手"としての腕前に賭けてみないかい?」
「! な、なるほど……マージン君、君がギリスに勝機があるとするのは彼が根拠かい……」
蝙蝠男の騎士団長ヒミルは、アルカナに尋ねる。
「ああ、察してくれて助かるヒミル殿。……まあなあ騎士団長諸氏。反対するには対案が要るのだが、そこそこは魔女共を追い詰めた幻獣機父艦とこの"魔弾の射手"の組み合わせ。さあて、これ以上の案は示せるかな?」
「くっ……」
そして、このアルカナの言葉には騎士団長たちは口を噤む。
「本当にそいつを使えば、魔女から我らが幻獣機は取り戻せるザンスね!?」
「ああ、きっと。」
「い、言ったからなっしょ! と、取り戻してくれっしょ!」
ボーンもホスピアーも、ひとまずは矛を収める気になったようである。
◆◇
――自衛隊が、魔男の掃討を実行すると宣言しました。
――自衛隊は、今回魔男の擁する法母によりウィガール艦数隻が撃破され多数の犠牲者が出たことを重く受け止め、魔男の本拠地を見つけ次第掃討作戦に移ることを決意したと発表しました。
「……ついに、そう来ましたか……」
テレビを見つつ、マリアナはため息を吐く。
縦浜にある、魔法塔華院別邸にて。
作戦会議のため、凸凹飛行隊の面々がここに集められていた。
「マリアナ様、これは……」
「ええ、わたくしたちも手を拱いてばかりではいられなくってよ雷魔さん……」
「……はい。」
マリアナは傍らの法使夏に言う。
「さあて……あなた方も、何かおっしゃったらどうなのかしら! 魔女木さん、ミスタークランプトン!」
「! お、俺か……」
「……」
マリアナは次には、考え込むばかりで何も発言しない青夢とソードに水を向ける。
「お、俺は……相手が元所属騎士団長だとしても! 魔男を超えるという願い、変わってはいない!」
「ええ、だから……そのための対策を考えろと申しているのが分からなくって?」
「う、うむ……」
ようやく口を開いたと思えば、単なる決意表明であったソードに呆れる。
「魔女木さんは?」
「……」
「……はあ、魔女木さん!」
「魔女木!」
「……ん!?」
「ん、じゃないわよ魔女木! マリアナ様を無視して!」
マリアナは次に、青夢に声をかけるが。
青夢は何やら思い詰めており、気づくのに遅れてしまう。
その胸中に渦巻いていたのは、無論。
「ご、ごめん……(はあ、皆を救うってどうすれば……)」
やはり、あの父の言葉である。
と、その時。
「お、お嬢様! お客様です……」
メイドが、来客を告げにやって来た。
「? 何ですって、どなた?」
「は、はあそれが……龍魔力夢零様、愛三様と……」
「!? な、何ですって?」
マリアナも法使夏も、青夢もソードも我が耳を疑った。
◆◇
「あのコンペティション以来ですね……改めまして。龍魔力財団会長・龍魔力元子が長女、夢零です。」
「お、同じく四女の愛三でーす!」
「魔法塔華院コンツェルン会長・魔法塔華院アリアが長女、マリアナです。」
「ま、マリアナの側付きである雷魔法使夏です!」
「同じ飛行隊所属、魔女木青夢です。」
「はい、皆様よろしく。そして……やはり、そこの彼は。」
マリアナを始めとする凸凹飛行隊の面々ににこやかに挨拶しつつ、夢零はソードに目を向ける。
「……かつては魔男の一人であった、ソード・クランプトン。以後、お見知り置きを。」
「……はい。」
先ほどのにこやかさとは打って変わり、魔男という言葉には少し眉根を寄せた顔で短く応じる。
ソードもそうなることを分かってか、顔を背ける。
「……さて。龍魔力財団のご令嬢方が、このような所まで何故来られたのですか?」
マリアナは空気を変えようとしてか、早速本題に入る。
「……ご存知の通り、我が財団開発の防空システム艦・ゴルゴン艦は。四隻中二隻が大破し、各艦に座乗していた私の妹たちも今重傷となっております。」
「……お気持ち、お察ししますわ。」
夢零は悲痛な顔で言い、マリアナもそれに対して言葉を返す。
「……して、ご用件は?」
が、マリアナはあくまで冷静に本題を続ける。
すると、夢零は。
「……お願いします! どうか私たちとあなた方で共同戦線を張り、あの魔男の巨大兵器に一矢報いらせて下さい!」
「! お姉さん……」
「夢零さん……」
夢零は頭を下げ、懇願する。
正直な所、凸凹飛行隊の面々には彼女らを信用できない理由がある。
よってこの平身低頭も一種のパフォーマンスか、と冷めた見方をしつつもマリアナは、それはそれでプライドを捨てる覚悟があるとも考え直し。
「……雷魔さんや魔女木さん、ミスタークランプトンはどうかしら?」
「! マリアナ様……」
「ううむ……」
「魔法塔華院マリアナ。」
他の凸凹飛行隊の面々に、話を振る。
「は、はいマリアナ様。私は」
「まず! ……あなた方、私たちを前に襲いましたよね?」
「! ま、魔女木さん……」
「おや……」
が、法使夏のその言葉を遮り。
青夢は、核心に迫る質問をする。
「……はい、確かに。あなた方を開発途上だった"目"で拘束したことは事実です。」
「お、お姉さん……」
「ふう……」
「やっぱり……」
「ま、マリアナ様……」
「……やれやれ。」
夢零は包み隠さず、真実を話す。
これには青夢のみならず、マリアナや法使夏、ソードもため息を吐く。
「……では、つまり。あなた方は、一度はわたくしたちをご自身の防空システム開発の件で利用しようとした。しかし……今もまた、ご自身の都合でわたくしたちを利用しようとしていらっしゃると?」
「! ま、マリアナ様……」
「……ええ、そう見做されても仕方ありません。」
マリアナは、辛辣な謗りを夢零に向ける。
夢零もこれには、返す言葉もない。
「更にあのゴルゴンシステムは……魔男より奪いました幻獣機を使ったものです。さらに"目"の一件の際も、あなた方を幻獣機でおびき寄せました。」
「!? なっ……」
さらに夢零が白状した内容は、マリアナらの予想を超えたものだった。
場は更に、混乱する。
「そ、それでは……お帰り下さい! それでどう、あなた方を信じろとおっしゃるんですの!」
「そ、そうです! あなた方下手したら、魔男の仲間であることすら疑われかねませんよ!」
マリアナと法使夏は、もはや疑心暗鬼に陥っている。
が、その時。
「いや! ……まさか、幻獣機をも扱える魔女でも子飼いにしているのか?」
「! み、ミスタークランプトン……」
ソードだった。
誰もが予想しなかったことに、最も冷静な発言をしたのは彼であった。
「……ええ、そうです。私たちはその魔女から、ゴルゴンシステムの元となる幻獣機をお譲りいただきました。そして、彼女は今ここに。」
「!? き、来てるの!?」
凸凹飛行隊は、更に驚く。
やがて。
「……邪魔するでえ!」
「! なっ!」
勝手にドアを開け入って来たのは。
空飛ぶ法機マルタを駆り、幻獣機リバイヤサンとボナコンを操る魔女、魔女辺赤音である。
が、素顔は帽子を目深に被っており見えない。
「あ、あんた誰?」
青夢は尋ねる。
「あたしは……まあ、マルタの魔女とでも呼んどいてや!」
「ま、マルタの魔女……?」
「そや! あんたらと同じく、アラクネの姐様からもろた空飛ぶ法機、マルタを使っとるさかいな!」
「な、あ、アラクネさんから!?」
もはや何度目か分からない驚きが、凸凹飛行隊を襲っていた。
「で、では……? このマルタの魔女とおっしゃるお方が、何だとおっしゃるんですの?」
心乱れつつもマリアナは、夢零に尋ねる。
すると夢零は、待っていましたとばかりに。
「ええ……魔法塔華院コンツェルン飛行隊の皆様! 実はこのマルタの魔女さんこそが、私たちの勝利の鍵なのです!」
「え!?」
夢零は高らかに、そう宣言する。
「な、何をおっしゃるのあなた!」
「そ、そうよ! マリアナ様を騙そうなんて」
「待って! ……マルタの魔女さんとやらを、どう使えばいいの?」
「ま、魔女木さん!」
尚も胡散臭がるマリアナと法使夏だが。
青夢はむしろ、乗り気である。
◆◇
「じ、巡視船より報告! 上空に艦影あり、恐らく魔男の飛行法母かと……場所は……え!?」
魔女自衛官は、現れた幻獣機父艦の位置を報告するが。
その近くに現れた他の艦影を確認し、驚く。
無論、その艦影とは。
「またもお出ましとは……全艦、戦闘用意!」
「は、はいマリアナ様!」
「ふん、言われずとも!」
「お姉さん、私たちも!」
「ふん、言われるまでもないわ愛三。……全ゴルゴン艦隊、戦闘用意!」
魔法塔華院コンツェルン――ひいては凸凹飛行隊が擁する法機戦艦。
そして、龍魔力財団――ひいては夢零、愛三姉妹擁するゴルゴン旗艦、ゴルゴン四番艦。
合わせて三隻の、魔法塔華院・龍魔力連合艦隊である。
「来たか、魔女共の艦隊! ……ここで打ち倒し、その艦体をお前たちの墓標としてやろう!」
バーンは幻獣機父艦バハムートよりこの連合艦隊を見下ろし、高笑いをする。
「お父さん……私にできるか分からないけど、今度こそ! 全てを救って見せる!」
青夢は法機戦艦艦内のジャンヌダルクに乗り、決意を固めていた。
◆◇
「全てを救う、か……随分と殊勝なことだ!」
しかし、この青夢の決意を嘲笑う者がいた。
戦場から離れた高空よりこの戦場を見下す、もとい見下す者。
幻獣機ディアボロスに乗るアルカナである。