#28 ダークウェブの王
「くうっ! 泡の水流が」
「んんんん!? んん!」
法使夏の空飛ぶ法機ルサールカによる必殺技たる泡の集まった水流―― 儚き泡が空賊専用潜水法母に迫り。
メアリーもこの事態にはさすがに狼狽し、尹乃は更に動揺している。
魔男との三度の戦いを経た後。
正式に魔法塔華院コンツェルンの傘下となった同飛行隊は、正規任務としては初となる空賊からの輸送飛行船護衛任務を受けていた。
そうして昼間、海上に空賊の拠点がないか探したが見つからず。
夜、マリアナと法使夏・ミリアは輸送飛行船の護衛にあたっていた所を今、空賊に襲われる。
しかしその戦闘中に現れた幻獣機グレンデルは、何度でも蘇る幻獣機であり。
ミリア機はそれにより不意をつかれ撃墜され、マリアナと法使夏も絶対絶命の危機に陥るが。
その状況を察知した青夢が駆けつけ、事なきを得る。
しかし、そこに魔男の騎士団長アルカナが現れ。
少しその威容を見せつけると、ここが青夢ら凸凹飛行隊の死に場所ではないと告げ。
幻獣機グレンデルを連れてその場を去る。
そうして、その戦いの翌々日。
自ら空賊専用飛行船・風隠号に座乗して現れた王魔女生グループの若社長・尹乃と凸凹飛行隊は戦闘となるが。
そこへ現れたのがあの招かれざる客たる、幻獣機グレンデルである。
そのグレンデルからマリアナを庇い、ミリアは乗機ごと叩き墜とされるが。
ミリアを案じる法使夏や青夢をマリアナは諫め、戦いに改めて集中させる。
しかし、グレンデルの特性によりその討伐を試みた空賊――ひいては飛行船に座乗する王魔女生尹乃は大いに苦戦させられる。
が、そこに現れた矢魔道が乗って来た新機体により。
カーミラは真の性能に目覚め、幻獣機グレンデルを撃退し。
更に、空賊の風隠号をも撃墜して戦いを終わらせる。
が、その後の捜索でミリアは見つからぬまま凸凹飛行隊は法母に戻り。
ジャンヌダルクの予知を使った青夢は、それによりミリアの行方を突き止めて空賊の新たな飛行船へとマリアナ・法使夏共々駆けつける。
しかし、青夢らの計らいでミリアとの再会を果たした法使夏は。
なんと、そのミリアに襲撃されてしまう。
ミリアは青夢や法使夏・マリアナを罠に嵌めるため待っていたと語った。
そのままミリアは自らの望みを唱え。
法使夏もまた、自らの望みを見出して唱えた。
そうして、ミリアは"ダークウェブの王"により。
法使夏は、アラクネの導きによりそれぞれに力を手にしていた。
その一方、魔法塔華院コンツェルンの企業城下町が一つ・縦浜市に。
マリアナらが海上警戒を解いた隙を突いて水隠号と同艦載の水上法機数機で攻め寄せていた。
しかし、戦いのさなか空賊長たるメアリーは潜入していた女魔男としての本性を表して水隠号を乗っ取り縦浜港を襲っている。
と、そこへ現れたのはミリアとの決戦を半ばやり過ごして来たルサールカら凸凹飛行隊の三機体である。
凸凹飛行隊はしかし、やはり一筋縄にはいかぬメアリーの動きに翻弄されるが。
空中にいるソードのアシストもあり、ステルス能力によって身を隠していた水隠号を見つけることに成功し。
そのまま、今に至る。
「くっ、しょうがないがマイボオス! 悪いけどあんたは、助けられないね……セレクト、コントローリング 幻獣機!」
「んんんんんん!? んん!」
迫り来る攻撃を前に水隠号艦内のメアリーは。
無情にも尹乃を助命しないことを告げ。
そのまま術句を唱える。
尹乃は口も塞がれていて話せないながらも、必死に抗議する。
が、やがて。
「んんんんんん!!」
泡の水流はこれまた無情にも、命じられるがままに無機質に水隠号を包み込み。
そのまま泡の一つ一つが爆発し、水隠号を粉微塵に破壊する。
たちまち海面には、巨大な水柱が立つ。
「くうっ! ……何か知らないが、どうやら終わったようだな……」
ソードはその有様に、事情を全て知っている訳ではないが。
敵艦の消滅を、確認する。
「やった! やりましたマリアナ様!」
「ええ……まあ、あなたにしてはよくやりましてよ雷魔さん。」
「あ、はい……ありがとうございます。」
大喜びする法使夏だが、マリアナは冷ややかに返し。
それにより法使夏も冷静になり、慎ましく礼を言う。
「(王魔女生の社長も空賊長もどうなったのかな……セレクト! オラクル オブ ザ バージン、エグゼキュート!)」
が、そんなマリアナや法使夏を他所に。
青夢は密かに、ジャンヌダルクの能力を使う。
やがて、情報が流れ込み――
「(!? よ、よかった……よかった!)」
青夢はその情報に、喜び感涙する。
「……ん?」
全域となった海面上空の空飛ぶ法機クロウリーに乗るソードは。
水隠号が爆発した際海に立った巨大な水柱の影で、何かが飛び去るのを見ていた。
◆◇
「で、では王魔女生社長! 一体どちらに行かれていたんですか!?」
「え、ええ私は……その……その……」
それからしばらくして。
王魔女生尹乃は、記者会見の場にいた。
なぜなら彼女は十日ほど失踪しており、その弁明をしなければならなかったからだ。
その十日と少し前にあったことは無論。
水隠号が、縦浜港を奇襲攻撃した事件である。
「(い、言える訳ない……空賊共を使って魔法塔華院コンツェルンを潰そうとしましたが逆に奴らに利用されて死に体になりましたなんて!)」
尹乃はもどかしくも記者たちに何も返せず。
また、一度は死に体となったためか対人恐怖症も発症していた。
今彼女には、激しい動悸が。
「……は、はあはあ……うっ……」
「! しゃ、社長!」
「すみません、本日の記者会見はこれにて中止とさせていただきます……」
「……マリアナさん、あなたはどう見ますか?」
「……はい、お母様。」
テレビでこれを見ていた魔法塔華院コンツェルン社長母娘は、テレビを消す。
「天才少女社長、ですか……まあ若くして持ち上げられるというのも考えものですわね。所詮は、この程度といった所でしょうか。」
マリアナは尹乃について、笑うように言う。
「ええ、そうね……しかしマリアナさん。あなたも、人の批判を出来る立場ではないでしょう?」
「! お、お母様……?」
が、母の言葉にマリアナは動揺する。
「使魔原さんは、魔男方に堕ちたと聞きました……それは、あなたに責任の一端はあるのではないんですの?」
「! それは……」
マリアナは胸をグサリと突かれた想いである。
それは彼女も、責任を感じていたからだ。
「大方、失態を演じたからでしょうけれど……女性でありながら魔男に魅入られるほどの素質を見抜けなかったのは紛れもなく、あなたの失態ね。」
「は、はいお母様……」
失態を演じ続ければ切り捨てられる。
それはマリアナ自身とて例外ではない。
マリアナはいつか考えていたその事実を噛み締めた。
「……魔法塔華院コンツェルンを継ぐ者として恥じぬように。わたくしは励み続けます。」
「ええ、期待していますよ……」
母のその言葉もマリアナには、苦々しく刺さっていた。
◆◇
「……では使魔原ミリア改め、ミリア・リベラ! こちらへ。」
「はい、アルカナ殿。」
「な……あ、あれは!」
「お、女じゃないか!」
その頃。
魔男の円卓は大きくざわついている。
現れたのは。
使魔原ミリアだ。
しかし、それまでのサイドテールであった長い髪を垂らしている。
さらにはイヤリングなどのアクセサリも付け、装いも魔男のそれに変わっている。
「この度、雪男の騎士団の預かりとなりました……ミリア・リベラと申します。」
「ふん……あのブランデンとか言う女と同じか! 魔男に女の居場所はないぞ!」
「ああ、まったく……その通りだねえ。」
魔男の12騎士団長らは口々に、ミリアを批判する。
ミリアはその様子に、密かに歯を噛みしめる。
覚悟してはいたが、やはり針のむしろだ。
と、その時。
「まあ待ちな! この娘は紛れもなく幻獣機を手にしたんだから、少なくともあたしは魔男であることを保証するよ!」
「な……ふん噂をすれば!」
「これはこれは……ミスブランデ」
「ミズ、だよっ! ミスミセスの区別は、女への差別なんだからねえ。」
メアリー・ブランデンがやって来た。
彼女は怖い者知らずにも、蝙蝠男の騎士団長ブラド・ヒミルに突っ込みを入れる。
「メアリー姐様……」
「ああ、ミリア。まあ安心しな、野郎共に好き勝手言われたなら言い返しゃいいだけなんだからさ!」
メアリーはミリアを、励ます。
「ふうむ。まあリベラ、ブランデン。……悪いが、彼らの言うことはある程度正しいよ。言わばここは、魔女社会では差別されて来た者たち。すなわち君たちは、立場逆転の身であるからねえ。」
「へえ、アルカナの旦那……ちょっと、勝手なこと言ってくれるじゃあないかい!」
敢えて黙っていたアルカナは、逆にここで敢えて口を開く。
それにはミリアもメアリーも、少し顔を暗くする。
「まあアルカナも皆も、もうよせ! 彼女らは私の管轄下なんだから、ここからは私の責任だ!」
「ほう、クラブ殿。ならば、頼みましたよ?」
「うむ。」
そこに声を上げたのは、雪男の騎士団長ギガ・クラブである。
これにより今回の魔男の円卓は、お開きになる。
「……法使夏。次こそは必ずあんたを潰す! 私の最大の汚点たる、あんたを!」
ミリアは上を向き。
法使夏への恨みを、強くする。
「……我らがダークウェブの王よ。何故メアリー・ブランデンに続き、素質があるとはいえ女に力を? 私は、恐らく拒絶なさるかと思ったのですが。」
ダークウェブの、暗闇に光の網目が浮かび上がる空間にて。
アルカナはダークウェブの王を前に一人跪き、尋ねている。
すると果たして、ダークウェブの王からはギチギチという甲殻を擦り合わせる音が聞こえる。
その中にかろうじて、言葉が聞き取れた。
「スベテハ……ワガイシ……デアル。ソレニナンジハ……ギモンヲ……モツカ?」
「! い、いうそんなことは……」
ダークウェブの王の言葉に、アルカナはたじろぐ。
「め、滅相もございませぬ! 我らがダークウェブの王――タランチュラよ。」
「フ……フフ……」
「だ、ダークウェブの王よ! それとはまた他に……お耳に入れたきことが。」
「ホ……ウ……?」
ダークウェブの王――タランチュラ。
その巨大な蜘蛛のごとき姿は直接見ずとも、近寄る者にはそれだけで恐怖を与える。
アルカナもタランチュラには縮み上がったまま、尚も続ける。
「……アラクネと名乗る、ダークウェブの女王なる者がおります。生意気にも、ダークウェブの王たるあなた様と並び立つなどと自称するとは」
「……ムウ……ナン……ダト……」
「はっ! 誠に不快なものでございます!」
アルカナの言葉にはタランチュラも、怒りを滲ませている様子である。
と、その時。
「どうされたのですか? 我が王。」
「……アア、イヤナンデモナイ。……アリアタン♡」
「あらあら……もう、我が王ったら♡」
「……これはこれは、我らが姫様。」
ふとタランチュラの斜め右後ろが光り出し、そこに浮かび上がったのは。
ダークウェブの姫君と呼ばれる少女で、タランチュラの寵姫たるアリアドネだ。
「ねえ我が王♡ 大丈夫よそんな奴、我が王なら簡単にひねり潰せるわ。」
「ソウ……ダナ……アリアタン♡」
「はっ、まさに左様にございます。」
アリアドネの言葉に、アルカナも同調する。
が、内心では。
「(おのれ……またも! 我らが王の寵愛を独占して!)」
アリアドネへの嫉妬に、彼は塗れていた。
◆◇
「はあーあ!」
「な、何? 青夢。」
「あんた、今日は一段と青いよ?」
「ああ、ごめん魔導香……間違った真白。」
「いや、それは毎度のことながら間違ってないんだけどさ。」
訓練学校の学食にて。
お茶をしつつ青夢の親友魔導香真白・井使魔黒日は落ち込む青夢に心を砕いていた。
「ねえ黒日……間違った真白。」
「いや、それは本当に間違ってるんだけど!」
「い、いたた!」
今度は名前とは裏腹の肌色で間違えられ、真白は青夢の両頬を抓る。
「ま、まあまあ真白! ……でも青夢。そういえばあんたのクラスの使魔原って娘退学しちゃったって。それと何か関係ある?」
「!? っ……」
「え? ま、まさかドンピシャ?」
が、そんな真白を宥めつつの黒日の言葉に。
青夢は、図星とばかりの表情をする。
ちなみにミリアは表向きには、一身上の都合で退学となっているのだ。
「あ、あーあーあ……」
「な、何青夢?」
「え? ち、ちょっと!」
青夢は真白の頬抓りが緩んだ隙を見て、青夢はテーブルに突っ伏す。
あまり行儀はよくないが、今突っ込むべきはそこではない。
「うん、私さ。あんまり詳しくは言えないんだけど……結局、全ては守れてない!」
「え?」
「す、全て……何だって?」
青夢の絞り出すような声に真白・黒日は首を傾げる。
青夢も、二人には何のこっちゃと思われることは分かっていたが。
ライカンスロープフェーズと化した魔男の騎士たちやそしてミリア。
彼らを救えなかったという悔い。
さらに下手を打てば、空賊長にして女魔男たるメアリー・ブランデンと王魔女生尹乃。
彼女らだって、救えなかったかも知れなかったという恐怖。
青夢の心は、それに押し潰されそうになっていた。
と、その時。
「……しゃんとなさい、魔女木! 少なくとも……あ、あんたのおかげも1%ぐらいあって、わ、私は救われたんだからねっ!」
「……へ? って! 雷魔法使夏!」
「あ……確か、今話してた使魔原って娘の」
「ええ……親友だったわ。」
法使夏は、真白や黒日にも答える。
「まあともかく……私もいつまでもへこたれてないから! 魔女木、あんたも立ち直りなさい!」
「ら、雷魔法使夏……」
青夢は法使夏に慰められるのをやや屈辱に感じつつも。
少しは、心が軽くなる気がした。
「……さて、じゃあね!」
「え、ええ……」
「え、何? あの娘あんたのクラスの雷魔さんよね?」
「何、いつの間に仲良くなってたの?」
去って行く法使夏の背中を見る青夢に、真白と黒日は尋ねる。
「いや、全然仲良くないから! まあでも……うん、今回ばかりはあいつのおかげで元気出たわ、うん!」
青夢は真白と黒日に、にこやかにそう答えた。
「そうよ……待っててミリア! 絶対あんたを救うから!」
法使夏はミリアを想い、上を向く。
先ほど青夢からは気付かれなかったがその髪型は変わっていた。
かつてのサイドテールから、ツインテールになっていたのである。
◆◇
「お呼びでしょうか、お母様。」
「ええ……どうぞお入りなさい。」
その頃。
龍魔力財団の経営者一家たる龍魔力家。
当主の元子は、自分の娘たちを招集する。
和装の元子の呼びかけにより娘たちは、入って来る。
「ここ最近、魔法塔華院コンツェルンが物珍しい機体を擁して他の企業を脅かしつつあります。……私たちも、技術を開発しなければ。」
「……はっ、お母様!!!! 私たち、龍魔力四姉妹の名にかけて。」
元子の前で娘たちは、頭を下げる。




