#24 その名はルサールカ/その名はゴグマゴグ
「あなたは……アラクネ?」
「ええ、そうよ。」
法使夏の問いにアラクネは、にこりと微笑む。
魔男との三度の戦いを経た後。
正式に魔法塔華院コンツェルンの傘下となった同飛行隊は、正規任務としては初となる空賊からの輸送飛行船護衛任務を受けていた。
そうして昼間、海上に空賊の拠点がないか探したが見つからず。
夜、マリアナと法使夏・ミリアは輸送飛行船の護衛にあたっていた所を今、空賊に襲われる。
しかしその戦闘中に現れた幻獣機グレンデルは、何度でも蘇る幻獣機であり。
ミリア機はそれにより不意をつかれ撃墜され、マリアナと法使夏も絶対絶命の危機に陥るが。
その状況を察知した青夢が駆けつけ、事なきを得る。
しかし、そこに魔男の騎士団長アルカナが現れ。
少しその威容を見せつけると、ここが青夢ら凸凹飛行隊の死に場所ではないと告げ。
幻獣機グレンデルを連れてその場を去る。
そうして、その戦いの翌々日。
自ら空賊専用飛行船・風隠号に座乗して現れた王魔女生グループの若社長・尹乃と凸凹飛行隊は戦闘となるが。
そこへ現れたのがあの招かれざる客たる、幻獣機グレンデルである。
そのグレンデルからマリアナを庇い、ミリアは乗機ごと叩き墜とされるが。
ミリアを案じる法使夏や青夢をマリアナは諫め、戦いに改めて集中させる。
しかし、グレンデルの特性によりその討伐を試みた空賊――ひいては飛行船に座乗する王魔女生尹乃は大いに苦戦させられる。
が、そこに現れた矢魔道が乗って来た新機体により。
カーミラは真の性能に目覚め、幻獣機グレンデルを撃退し。
更に、空賊の風隠号をも撃墜して戦いを終わらせる。
が、その後の捜索でミリアは見つからぬまま凸凹飛行隊は法母に戻り。
ジャンヌダルクの予知を使った青夢は、それによりミリアの行方を突き止めて空賊の新たな飛行船へとマリアナ・法使夏共々駆けつける。
しかし、青夢らの計らいでミリアとの再会を果たした法使夏は。
なんと、そのミリアに襲撃されてしまう。
ミリアは青夢や法使夏・マリアナを罠に嵌めるため待っていたと語った。
そのままミリアは自らの望みを唱え。
法使夏もまた、自らの望みを見出して唱えた。
「……! そ、そうだわミリ……ミリア!?」
そこで呆けていた法使夏はふと、我に帰る。
そうだ、ミリア。
自身の、無二の親友。
その親友を、助けるために――いや。
「ミリア……あんたに殴られた頬の痛み、忘れな……あれ?」
親友に殴られたので殴り返して、仲直りする――
そんな望みを抱いた法使夏だったが、ふと自身の頬に触れて驚く。
痛く、ないのだ。
「……うん、抓っても痛くない。ここはまさか……夢の中ー!?」
法使夏は、仰天動地の思いである。
夢の、中?
親友を救わなければならないのに、こんな時にのうのうと夢の中とは。
「ほほほ……見事に、今まで来たお仲間さんたちと同じ反応ね!」
「え? お仲間さんたち……ん!?」
法使夏はアラクネの言葉に、ふと思い当たることがあった。
青夢、マリアナ、ソード。
言うまでもなく、凸凹飛行隊の面々である。
「くう……私が! マリアナ様はともかくも、あのトラッシュや元魔男と同類だなんてイヤー!」
法使夏は頭を抱える。
「ええ、元魔男ね……」
「? 何?」
「……法使夏ちゃん。ようく聞いてね? ……あなたのお友達は、これから魔男になろうとしている。」
「……え!?」
が、法使夏は。
このアラクネの言葉に、我が耳を疑ったのだった。
◆◇
一方、ミリアは。
「ここは……?」
法使夏からは姿が見えないが。
彼女もまた、ダークウェブへと飛ばされていた。
この闇に浮かぶ、光のネットワーク空間へと。
しかし、そこで彼女を待ち構えていたのは。
「……コ……ム……スメナドト……ナン……ノヨウダ?」
「っ! っ……」
『小娘などと、何の用だ?』
ギチギチという、甲殻を擦り合わせたような音の中にそれは、かろうじて聞き取れた言葉。
そう尋ねつつ背後の者はミリアの背をつつく。
何やら硬く細長いものが背中に触れる感覚を覚え、ミリアはより硬直する。
「……あなたね、ダークウェブの王様っていうのは。」
「……ホ……ウ?」
が、ミリアは。
湧き上がる恐怖を抑え、背後の者に問いかける。
すると背後の者が、歪に笑った気配があった。
「……イカニモ……ワレ……ハ……だーく……うぇぶ……ノオウナリ……」
「そう……アルカナ。あの男が言った通りね……」
曰く、ダークウェブの王。
事前にアルカナより、聞いていた情報と同じだ。
「……私に、力を!」
「……クク……クククク!」
ミリアは尚も振り向かず、ダークウェブの王に告げる。
ダークウェブの王も次には、はっきりとした笑い声を上げる。
「……ナラバ……ノゾ……ミヲ……イエ!」
ダークウェブの王は、更にミリアに呼びかける。
またも甲殻を擦り合わせたような音の中にではあるが、やはり語尾だけははっきりと。
「! ええ……アベンジング、オン マイワーストエネミー!」
それに応える形にてミリアも、はっきりと叫ぶ。
◆◇
「み、ミリアが魔男に……? だ、だってミリアは……魔女じゃない!」
一方、法使夏は。
アラクネに食ってかかる。
ミリアが魔男になどと、にわかには信じがたかった。
「信じられないでしょうけど……本当よ。それこそクランプトン君は、魔男なのに空飛ぶ法機を手にしたでしょ?」
「!? まさか……ミリアは幻獣機を?」
「ええ。」
「い、イヤだ……今すぐここから出して! 私はミリアを、止めないと!」
法使夏は激しく取り乱す。
ミリアが、行ってしまう。
ミリアが、今度こそ自分の手の届かない所へ――
が、アラクネは。
「えい! 捕まえた。」
「! ち、ちょっと!」
これまで青夢らにやっていたように、法使夏を抱きしめる。
「は、離しなさい! 今行ったでしょ、私はミリアを」
「ごめんなさい。……それは、あなたにはできないわ。」
「何でよ! そうよ、そうよミリアは魔男の奴らに唆されてるんだわ! だから!」
「ミリアさんは! ……あくまで自分の意思で、魔男になろうとしているの。」
「! そ、そんな……」
それでもまだ食い下がる法使夏だったが。
アラクネは更に、無情な現実を告げる。
法使夏も心当たりがないわけではなく、このアラクネの言葉には力を失う。
ミリアは、法使夏共々ダークウェブに送られる直前に言っていたのである。
――もう御託は結構よ!
◆◇
「私を散々コケにしてくれたトラッシュ――魔女木青夢、マリアナ様――いや、魔法塔華院マリアナ! ソード・クランプトン! そして……法使夏あ!! あんたらを残らず、地獄に送る! そうよ、これが私の望み!」
「……ククク! イイ……ダロウ。ネガイ……聞キ届ケタリ!」
そうして、ミリアは。
奇しくも今法使夏が考えていることと同じことを考え、決意を固めていた。
そうだ、これぞ私の望み。
それを聞いたダークウェブの王はまた笑い。
ミリアの眼前にURLを、表示させる。
hccps://gogmagog.edrn/。
「ええ、感謝するわダークウェブの王様。」
ミリアは、不敵に笑う。
◆◇
「ミリア……ごめん、私のせいで……」
「でもね、法使夏ちゃん。……あなたはそれでも、あの娘を救いたいのよね?」
「ええ……そうよ! どういうわけか今は忘れちゃっているけど忘れられていないこの頬の痛み! ミリアに叩かれたこの痛み、ミリアにお返しして……仲直りしないと。」
再び、法使夏は。
力なく座り込みながらも、アラクネのこの言葉に対し立ち上がる。
「そう、それがあなたの望み。……さあ唱えなさい、あなたの望みを!」
「うん。……サーチ、ヒッティング マイベストフレンド バック! ……! これは」
アラクネに促されて再び願いを唱えた法使夏の、目の前には。
hccps://rusalka.wac/。
やはり、URLが。
「待ってて、ミリア……セレクト!hccps://rusalka.wac/ ダウンロード!」
法使夏は迷わず、術句を唱える。
◆◇
「セレクト! hccps://gogmagog.edrn/ エグゼキュート!」
同じ頃ミリアも、やはり術句を唱えていた。
◆◇
「くっ!?」
「うっ! この光は……まさか。」
一方、ミリアと法使夏のいる空賊飛行船・風隠II世号の砲撃と戦う青夢とマリアナだが。
突然光り出した飛行船に、青夢もマリアナも目が眩む。
それは無論二人にとっても、見覚えのある光。
「あ、アラクネさん……」
「あれは……なるほど。あれが、空飛ぶ法機が新しく出る度に出てきていた女か!」
やはりというべきか浮かびあがったアラクネの姿に。
今度は青夢やマリアナのみならずアルカナも、驚く。




