#22 この世は戦争
「み、ミリアが……空賊に攫われた!?」
「ええ。間違いなくね。」
青夢の言葉に、法使夏は動揺を隠せない。
魔男との三度の戦いを経た後。
正式に魔法塔華院コンツェルンの傘下となった同飛行隊は、正規任務としては初となる空賊からの輸送飛行船護衛任務を受けていた。
そうして昼間、海上に空賊の拠点がないか探したが見つからず。
夜、マリアナと法使夏・ミリアは輸送飛行船の護衛にあたっていた所を今、空賊に襲われる。
しかしその戦闘中に現れた幻獣機グレンデルは、何度でも蘇る幻獣機であり。
ミリア機はそれにより不意をつかれ撃墜され、マリアナと法使夏も絶対絶命の危機に陥るが。
その状況を察知した青夢が駆けつけ、事なきを得る。
しかし、そこに魔男の騎士団長アルカナが現れ。
少しその威容を見せつけると、ここが青夢ら凸凹飛行隊の死に場所ではないと告げ。
幻獣機グレンデルを連れてその場を去る。
そうして、その戦いの翌々日。
自ら空賊専用飛行船・風隠号に座乗して現れた王魔女生グループの若社長・尹乃と凸凹飛行隊は戦闘となるが。
そこへ現れたのがあの招かれざる客たる、幻獣機グレンデルである。
そのグレンデルからマリアナを庇い、ミリアは乗機ごと叩き墜とされるが。
ミリアを案じる法使夏や青夢をマリアナは諫め、戦いに改めて集中させる。
しかし、グレンデルの特性によりその討伐を試みた空賊――ひいては飛行船に座乗する王魔女生尹乃は大いに苦戦させられる。
が、そこに現れた矢魔道が乗って来た新機体により。
カーミラは真の性能に目覚め、幻獣機グレンデルを撃退し。
更に、空賊の風隠号をも撃墜して戦いを終わらせる。
が、その後の捜索でミリアは見つからぬまま凸凹飛行隊は法母に戻り。
ジャンヌダルクの予知を使った青夢は、それによりミリアの行方を突き止め今に至る。
「何で、あんたにそんなこと分かるのよ!」
「それは……まあその」
青夢は法使夏の言葉に、返す言葉が見つからず詰まる。
予知の能力がある、と正直に言って通用するものかどうか。
実際、そもそもマリアナも法使夏も。
普段は青夢の言うことなど、よほど必要にでも応じない限りは聞かないクチだ。
今回も正直に言った所で、果たして相手にされるかどうか。
「……まあいいわトラッシュ! 何にせよ今は少しでも情報が欲しいの。ミリアが空賊の拠点にいるのなら、そこに案内して!」
「……え?」
が、予想外にも。
法使夏は青夢の言葉は否定せずに、珍しく素直に聞き届ける。
親友の一大事に、変な意地など張っていられないということか。
「……分かったわ、雷魔法使夏!」
「よし、そうと決まれば」
青夢も法使夏のその心意気に感化され、また、ミリアも父の言葉通り救うべき者であると思い出し。
そのまま今にも、格納庫へ走り出そうとした。
しかし、その時である。
「お止めなさい、雷魔さん! ……生憎だけれど失態を重ねた使魔原さん一人を、空賊の拠点などから助け出すなんて。そんなリソースも労力も掛かること、このわたくしにさせる気かしら?」
「!? ま、マリアナ様……」
シャワー室より、マリアナが出て来た。
大胆にもキャミソール姿で濡れた髪を拭きつつ、マリアナは法使夏・青夢の背後より言葉を浴びせる。
「し、しかしマリアナ様」
「雷魔さん。あなたにとっては彼女は大切なお友達なんでしょうけど……わたくしにとっては、代わりの沢山いる側付きに過ぎなくってよ。」
「ま、マリアナ様!」
「雷魔さん! ……あなたももちろん、代わりはいくらでもいますのよ?」
「……はい、すみません……」
マリアナに食い下がる法使夏だが。
マリアナは容赦なく、現実を突きつける。
「ま、魔法塔華院マリアナ! そ、そこまで」
「魔女木さん! まあ、あなたには分からなくってよ。……少なくとも、ジャンヌダルクという誰も代わりがいないものを持っているあなたにはね。」
「……はいはい、そうですか! まあそうね、私には分からない。あんたみたいな金持ちのボンボンの気持ちもねえ!」
「ち、ちょっとトラッシュ!」
マリアナを諫めようとする青夢だが、逆にマリアナから応酬を食らい怒って行ってしまう。
「まったく、相変わらずあの態度は……申し訳ございません、マリアナ様!」
法使夏は青夢の態度に呆れつつも。
マリアナに、先ほどの非礼を詫びる。
「……翌朝には、この法母を港に着けますわよ。」
「え?」
が、マリアナは法使夏のその言葉には答えず。
淡々と、そのことを告げる。
「海上には、空賊の拠点はないようだし……もう海に留まる理由もなくってよ。」
「は、はい……おっしゃる通りで……」
マリアナの言葉に法使夏は、恐る恐る答える。
しかし、無論その心の中には。
「(ミリア、ごめん……)」
親友に対する心配が、渦巻いていた。
「(ふん、大切な親友? 全ての人を救う? まったく……綺麗言ばかり並べているんじゃなくってよ下々の者たちが! 今は、企業間戦争の時代なんだからそんなんじゃ通用しなくってよ。)」
―― この魔法塔華院コンツェルンも今や一大企業として皆様にご贔屓いただいているけれど……その地位も、決して絶対安泰などではないということはお分かりね。
―― 王魔女生グループや龍魔力財団が台頭して来ています。
マリアナは、母からの言葉を反芻していた。
「(そう、戦争とは綺麗言が通用するものではなくってよ。戦力にならない――使えないと見られれば即座に切られる。それは……このわたくしとて例外ではなくってよ!)」
マリアナは母の言葉を反芻しつつ噛み砕き、歯軋りする。
◆◇
「ふう……まあ、居場所は一応ここか。」
「なーに柄にもなく浸ってんのよ、変態ミジンコ君!」
「み、ミジンコじゃないツボワムシだ! ……って、誰がだ!」
飛行甲板上にて。
物思いに耽っていたソードだが、後ろから青夢にちょっかいをかけられ顔を赤くして怒り出す。
「……ぷっ!」
「むう魔女木の娘! これだから魔女は」
「魔女は……何よ?」
「! ま、魔女はこれだから……よく分からん者だ!」
「ふうん?」
思わず吹き出した青夢に、ソードは更に怒るが。
逆に青夢から問われ、少し戸惑いつつも答えを言う。
「……お父さんのこと、そんなに憎い?」
「! 魔女木、獅堂か……ああ、あの男が事故など起こさなければ、今頃空は我ら魔男が駆けていた! それを、お前たち魔女の社会なんかに」
「そっか……それはごめん。」
「!? なっ……あ、謝って済む問題ではない!」
更に青夢の父に関しての話題を振られたソードは、より感情的になる。
それはソードが魔男であった頃、ある意味では拠り所でさえあった出来事だからだ。
「……じゃあさ。どうやったら魔男の12騎士団、だっけ? その人たちを救えるの?」
「! そ、それは……魔女が、主導権を魔男に受け渡せばいい! そうすれば」
「じゃあさ。それをやったら今度は、魔女たちが行き場なくなるの? だったら、魔女たちはその時どう救えばいい?」
「! そ、そんなこと」
興味ない、ソードはそう言いかける。
これまで虐げられて来たのは魔男なのだから、魔女たちに次はその屈辱を――
しかしソードは言いかけはしたが、言いかけて止めた。
青夢のその目は、あまりにも真剣だったからだ。
「……セイビング、エブリワン。」
「そう、セイビングエブリワン。……私の、というかもともとお父さんの望みでもあったから。」
「! 魔女木獅堂が……ふん! 我ら魔男を虐げられる存在にしておきながら、よくもまあ抜け抜けと!」
「……そうだね、その通りだったわ。」
「! ふん……まったく、素直すぎるのはそれで調子が合わんな!」
青夢に嫌みを言いつつも、それに対して彼女は常に否定せずに言葉を返して来る。
ソードはその状況に、もどかしさを覚えていた。
「そうだよ、ソード・クランプトン。お父さんはわざと事故を起こした訳じゃないけど、結果的にあんたたちに辛い思いさせた。それに私だって……全てなんて、とても救えてない。」
「ああ……そうだな。お前のジャンヌダルクにも、あのカーミラにも使われているあの幻獣機――あれは、ライカンスロープフェーズだった。」
「……うん。」
青夢のこの言葉には。
ソードも言わんとしていることを察し、ずばり言う。
青夢も、やはりソードは知っていたかと察する。
「あのライカンスロープフェーズってのは……魔男が自分の意識を、自分の幻獣機に合体させた状態なんでしょ?」
「……ああ。」
青夢の次の言葉を、ソードは即座に肯定する。
青夢は、瞬時にため息を吐く。
「はーあーあ、どうしよう……私、結局その幻獣機たちは――融合した魔男の騎士は救えなかった。ううん、私一人がそれを背負い込むのならいいんだけど……私は」
「あの高飛車女と、その手下二人も巻き込んだな。」
「……うん。」
青夢の言葉に、ソードは容赦なく返す。
「あーあ、そこは庇うのが女の子との話し方なんだけどなあ!」
「それはすまないが、俺はまるで女と関わりのない半生だったんでな。」
「そう……ま、ならいいか。」
青夢の軽口にも、ソードは割合真面目に返す。
「今だって、救えてない……使魔原ミリアのことも。」
「うむ……そうらしいな。」
青夢は更に、現状も口にする。
ソードも話はすでに知っていたのか、あまり多くは言わない。
「セイビングエブリワン、か……まあ考えてみれば、もう俺は魔男じゃない。俺は生意気にも、ビーイング オーバー ザ 魔男――魔男を超えるなどと言ってしまったからな。」
「ああ、そうだったね。」
ソードは頭を掻きながら言う。
そう、考えてみれば彼は。
既に騎士団を、追われた身なのだ。
「セイビングエブリワン……そもそも、そう望むこと自体が生温いと思うがな。戦争では誰かが救われる一方、誰かが捨てられるのが自明の理なんだ。」
「な、生温いかな……?」
ソードは更に、厳しく言う。
青夢も少し、たじろぐ。
「まあ、叶いそうもない願いはお互い様か。……せいぜい、お互い理想と現実の差に打ちのめされるんだな。」
「うーん、なんかあんたと同類にされるのはちょっとなあ……」
「な! ふん、そうだな……元はといえば、俺とお前は殺し合っていた! だがなるほど、お前はセイビングエブリワンとやらの為に俺を助命するというありがたい迷惑をしてくれたのか。」
「ふ、ふーん! ありがたい、迷惑ねえ……ま、まああんたにしてはいい言葉かも!」
「ふん、ありがた迷惑だ! おかげでこんな、分不相応な願いを抱いて生きざるを得なくなったんだからな!」
青夢とソードは、軽口を叩き合う。
「……では、そろそろ寝床に戻るか。」
「うん。……あの、魔法塔華院マリアナと雷魔法使夏にはこのこと」
「ああ、まあ軟弱な魔女には……重過ぎる真実か。」
「むう! その軟弱な魔女に負けた、もっと軟弱な元魔男が何言ってんのよ!」
「なっ! な、軟弱などではない! 取っ組み合いならお前など」
「あー、女の子に暴力振るうんだ! サイテー!」
「なっ……くそっ!」
ソードはこれにはやや根負けし。
「ふん、あいつらと話すことなどそもそもない! じゃあな!」
吐き捨てるように、その場を後にする。
「まったく……やっぱりムカつくな-。まあでも、少し楽にはなったかも……そうですか-、叶わぬ夢ですかー。」
青夢は自嘲気味に呟く。
が、すぐに立ち上がる。
「……今は、使魔原ミリアを救いたい!」
それは紛れもない、青夢自身の意志であった。
◆◇
「……だから、魔法塔華院マリアナ! 頼むから。」
「まったく、わたくしをわざわざ叩き起こして何かと思えば。」
善は急げとばかりに、そのまま青夢は。
マリアナを叩き起こし、ミリア救出を懇願していた。
「お願い! 使魔原ミリアは、新しい空賊の飛行船にいるの!」
「魔女木さん! それは、雷魔さんにも言った通りだけど」
「マリアナ様! 私からもお願いします。」
「ほら、雷魔さんもこう言って……って! 雷魔さん……あなた、ご自分が何を言っているか分かって?」
「……はい。」
マリアナが驚いたことに。
彼女と青夢の話し合いの場に、法使夏が入って来たのである。