#21 令嬢の本気
「矢魔道さん!」
「すまない、遅れて……魔法塔華院さん! カーミラの新機体、お待たせしたね!」
「あ、あら……わざわざこんな所まで。」
青夢らが驚いたことに、矢魔道は。
以前の幻獣機バンパイヤとの戦闘中にジャンヌダルク用新機体を運んで来てくれた時と同様、今度はカーミラ用新機体を引っ提げて来てくれた。
その新機体は、蝙蝠のごとき飛膜を思わせる翼を持つものであり。
やはり幻獣機バンパイヤのボディが使われていることを思わせる。
魔男との三度の戦いを経た後。
正式に魔法塔華院コンツェルンの傘下となった同飛行隊は、正規任務としては初となる空賊からの輸送飛行船護衛任務を受けていた。
そうして昼間、海上に空賊の拠点がないか探したが見つからず。
夜、マリアナと法使夏・ミリアは輸送飛行船の護衛にあたっていた所を今、空賊に襲われる。
しかしその戦闘中に現れた幻獣機グレンデルは、何度でも蘇る幻獣機であり。
ミリア機はそれにより不意をつかれ撃墜され、マリアナと法使夏も絶対絶命の危機に陥るが。
その状況を察知した青夢が駆けつけ、事なきを得る。
しかし、そこに魔男の騎士団長アルカナが現れ。
少しその威容を見せつけると、ここが青夢ら凸凹飛行隊の死に場所ではないと告げ。
幻獣機グレンデルを連れてその場を去る。
そうして、その戦いの翌々日。
自ら空賊専用飛行船・風隠号に座乗して現れた王魔女生グループの若社長・尹乃と凸凹飛行隊は戦闘となるが。
そこへ現れたのがあの招かれざる客たる、幻獣機グレンデルである。
そのグレンデルからマリアナを庇い、ミリアは乗機ごと叩き墜とされるが。
ミリアを案じる法使夏や青夢をマリアナは諫め、戦いに改めて集中させる。
しかし、グレンデルの特性によりその討伐を試みた空賊――ひいては飛行船に座乗する王魔女生尹乃は大いに苦戦させられる。
そして、そこに現れたのが。
「いやいや矢魔道さん……そんな、遅くなっただなんて♡」
「あ、ああ魔女木さんもお疲れ様……」
矢魔道は、マリアナではなく青夢が自分を労ってくれたことに戸惑うが。
すぐさま、何やら咆哮が。
「おっと! ……やい、そこの幻獣機。私の矢魔道さんに手出しは許さないんだから! エグゼキュート!」
青夢はその咆哮の主――幻獣機グレンデルが矢魔道の乗る新機体に突っ込んで行くのを見咎め。
エネルギーチャージをして待機していた必殺技・ビクトリー イン オルレアンを発射する。
たちまち幻獣機グレンデルは、十字状レーザー光線により一瞬で焼き尽くされる。
「よおっし! さあ魔法塔華院マリアナ、矢魔道さんが折角用意してくれた機体大事に使いなさいよ!」
「む、魔女木さん……わたくしに指図しないでよ!」
「そ、そうよトラッシュ!」
やや浮ついている青夢に、マリアナと法使夏は渋い顔をするが。
すぐさま、離れたところで咆哮が上がる。
「! あの幻獣機がまた復活したのね……では矢魔道さん、その新機体使わせていただきますわ!」
「あ、ああ魔法塔華院さん! さあ、早く。」
マリアナ、そして新機体の操縦役である魔女と矢魔道は機体を乗り換える。
「…… hccps://camilla.wac/、サーチ コントローリング ウィッチエアクラフト・カーミラ セレクト、カーミラ リブート エグゼキュート!」
そのままマリアナは、新機体にカーミラをインストールし直す。
「この機体……あの幻獣機が使われているなんて中々悩ましいけれど……やるより他、なくってよ!」
ジャンヌダルクの新機体を得た時の青夢と同様、マリアナは幻獣機が素材となっていることに戸惑いつつも。
改めて、目標を睨む。
見れば幻獣機グレンデルは、再び風隠号へと向かって行っていた。
「さあ、行くわよ魔法塔華院マリアナ! くれぐれも作戦通りに。……セレクト、ビクトリー イン オルレアン! エグゼキュート!」
青夢も幻獣機グレンデルを睨みつつ、マリアナに指示を飛ばしながら。
自身は作戦通り、ジャンヌダルクより必殺技を放つ。
「くっ、またあの幻獣機……え?」
そして再び向かって来た幻獣機に、風隠号船橋の尹乃は怒るも。
次には、放たれたビクトリー イン オルレアンによりその幻獣機が消滅させられ拍子抜けする。
「ええ、癪ですが今はあなたの策に乗ってあげますわ…… hccps://camilla.wac/、サーチ クリティカル アサルト オブ ウィッチエアクラフト・カーミラ!セレクト、ファング オブ ザ バンパイヤ。」
「ま、マリアナ様私も」
「いいえ、雷魔さん! わたくしだけで十分よ……エグゼキュート!」
マリアナも、青夢の指図を苦々しく思いつつ技を放つ。
法使夏の申し出を蹴ってでも自分一人で、事を成そうとする。
狙うは、先ほど幻獣機グレンデルがいた辺りである。
すると、果たして。
「……くっ! これは、これまでにも感じた違和感ですわ!」
「ま、マリアナ様!」
法使夏はマリアナを案じる。
マリアナは、これまでにも幻獣機グレンデルへのクラッキングを試みた時と同じ違和感を感じる。
ネットワークに、何かが潜んでいるかのような。
しかし。
「……でも、負ける訳にはいきませんわ!」
マリアナは負けじと、ファング オブ ザ バンパイヤを更に強める。
不思議と、行ける気もしたのである。
そう、矢魔道に調整してもらったこの新機体があれば――
やがて。
「……はああ!」
「! ま、マリアナ様、奴が!」
マリアナが技を強めている間。
またも幻獣機グレンデルが復活する。
が、何やら苦しんで唸りを上げている。
「へえ……やはり、通じているようですわね! このまま、葬って差し上げますわ!」
マリアナは幻獣機グレンデルの様子を見て調子付き、さらにファング オブ ザ バンパイヤを強める。
「……! 空賊共、今がチャンスよ! 全砲門奴に向けて撃ちまくりなさい!」
「へいよ、マイボス!」
「イエスマム!」
それを見た尹乃も、チャンスとばかり。
風隠号の砲撃を、再び幻獣機グレンデルに向ける。
たちまち身動きの取れない幻獣機は、瞬く間に再び破壊された。
「ふん、ならず者さんたちが余計なことを! ……まあいいわ、このまま……ん!? こ、これは」
「ま、マリアナ様!」
マリアナは空賊らに怒りつつも、尚もネットワークへの攻撃を強めるが。
何やら手ごたえが、急激になくなっていくのを感じる。
「……ふふっ。まさかの新機体登場に助けられたようだね魔女諸君。……いいだろう、今日は撤退だグレンデルの騎士!」
戦場を見ていた魔男の騎士団長アルカナは、やや名残惜しげではあるが撤退を促す。
◆◇
「……何ですって? 幻獣機が見当たらない?」
「ああ、どこにもいないよ。」
「くっ、どこに?」
一方、風隠号の中では。
幻獣機グレンデルがどこにも見当たらないという報告に、尹乃は戸惑っていた。
「……まあ、いいわ! ふん、あの化け物も結局は臆病風に吹かれたということね……ん!? な、何この揺れは!」
しかし、尹乃がひとまず気を取り直したその時。
急に風隠号は、激しく揺れる。
そこで尹乃は、ふと気づいた。
これは揺れているだけではない。
風隠号は今、落下を始めているのだ。
これには風隠号に、動揺が走る。
「あらあら、恐らくあの幻獣機に気を取られてる隙に魔法塔華院にしてやられたねえ! だけど皆もマイボスも、動じるんじゃない! ここは……脱出だよ!」
「い、イエスマム!」
それでも一人動じないメアリーの一声により、空賊機は脱出を始める。
「……ふん、誰が動じてるですって? ふざけんじゃないわよ蛮族共! 私を、誰だと思ってんの?」
「おやおや……これは失礼したねえ!」
が、尹乃は。
動揺を押し隠し、気丈に振る舞う。
しかし、気丈に振る舞いつつも。
いそいそと脱出のため、格納庫に向かっていた。
「キャプテン! 王魔女生の社長を乗せました。」
「よおし、そうとなればトンズラだ! ……セレクト、影隠 エグゼキュート!」
「イエスマム! ……エグゼキュート!!!!」
こうして、空賊らは尹乃を伴い。
沈みゆく船より、ステルスモードにて空賊機により脱出をした。
「ふん、まあいいわ魔法塔華院コンツェルン! 次こそは……一泡吹かせてやりますからね-だ!」
尹乃は乗っている空賊機の中で凸凹飛行隊の方を向き。
そのままアッカンベーをする。
「ミリア……ミリア-!」
「使魔原ミリア! くっ、見つからない……?」
戦いより、数時間後。
空賊らが去った後、法使夏機とジャンヌダルクは周辺をパトロールしてミリアを捜索するが。
影も形も、見当たらない。
「……そろそろ、日も沈むわ。今日の救助は、ここで中断よ。」
「! マリアナ様……」
同じく捜索をしていたカーミラよりマリアナの声が伝わる。
「くっ、こうなれば……セレクト、オラクル オブ ザ バージン! エグゼキュート!」
青夢は、ジャンヌダルクの予知を使う。
どうせすぐ見つかるだろうと高を括っていて使わなかったのである。
が、そこで得られた情報により青夢は驚く。
それは――
◆◇
時は、ミリア機撃墜の直後。
乗機より脱出する際に未だ生きていた乗機の通信回線を通じて、先ほどのマリアナの言葉を聞いていたミリアであるが。
―― わたくしの側付きに、そうそう幾度も墜とされる者がいては困るの。今はあんな人のことなど忘れなさい!
その言葉がミリアの心にどう響いたかは、言うまでもない。
「ははは……で、ですよねマリアナ様……でも、でも!」
そうして時は、空賊と凸凹飛行隊の戦いが終わった直後。
ミリアは救命ボートに変形したパラシュートに乗り海を漂いつつ。
握り拳を自分の太ももに打ちつける。
「私は、ただあなたを守りたくて……そりゃ、そんなことに……何も見返りなんて望んじゃいないですけど!」
またも握り拳を太ももに打ちつけながらミリアは一人叫ぶ。
これで自分は、もうマリアナからは見捨てられてしまった。
いや、既に見捨てられていたのかもしれない。
そして、更にミリアの怒りは。
「法使夏……あんた! あんたやっぱり私がマリアナ様から見捨てられてんの知ってて……それで私に、まやかしの希望なんか見せて!」
法使夏に向けられる。
が、ミリアの怒りはまだ収まらず。
「そもそも、あのトラッシュが……トラッシュの癖して、あんな分不相応な力得たせいで! 凸凹飛行隊なんてものができて……そうよ、元はと言えばあのトラッシュのせいよ!」
半ばとばっちり気味ではあるが、青夢にも向けられる。
「それに、私が最初にしくじったのはあのソードとかいう魔男のせい……そうよ、あいつ私を! なのに、なのにあんな男お! どの面下げてあの飛行隊に入ってんのよ!」
更には、これは正当な怒りと言えるが。
ソードにも、向けられる。
「トラッシュ――魔女木青夢、マリアナ様――いや、魔法塔華院マリアナ! ソード・クランプトン! そして……法使夏あ!!」
一通り、自分の怒りを反芻した上で。
ミリアはその怒りの根源を、論う。
あいつらさえ、いなければ――
「へえ……あいつらが憎いかいい?」
「ええ……そうよ、あんな奴ら! 何が凸凹飛行隊よ……私をコケにしやがって! 私は、私はあ!」
「そうかい……あんた、あたしに似てるよお!」
「……え?」
呆けていたミリアだが、急に聞こえた声に驚く。
それは。
「あ、あんたたちは!?」
ミリアが周りを見渡せば。
いつの間にか空賊機らに、取り囲まれていたのである。




