#1 魔女の前途は多難
「サーチ・コントローリング・ウィッチエアクラフト!
……エグゼキュート!」
魔女木青夢は操縦桿を握りながら、呪文を唱える。
たちまち、コマンドを受けた空飛ぶ法機――旧日本軍が擁した推進型(機体後部にプロペラ付き)飛行機・震電を思わせる形の魔法の戦闘機だ――の、機体の尾部についたプロペラが花弁のように閉じて回る。
そのまま法機は、飛んだ。
「やった! これでマニュアル通り!」
法機のボディ越しではあるが、風を切る感覚が伝わってくる。
憧れ抜いた空への進出。
そう、これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩! (逆だと思う。)
一人前の操縦士になれば、もっと風を切れる。
もっと、高みまで――
「青夢。さあ、おいで!」
青夢の瞼の裏に映るのは、あの日の父。
油臭い使い古しのゴーグルを頭につけ、青夢に――まだ幼かった彼女に、手を差し伸べている。
そうだ。足りない、もっと高みまで――
「うわっ!」
浸り出したのも束の間、別の法機が彼女の訓練機を襲う。
「オーッホッホッホ! 魔女木さん、そんなことで満足していますの? そんなんだから出遅れ続けるんですってことよ!」
「もう……魔法塔華院マリアナ!」
天井知らずのプライドに裏打ちされた大財閥(悪役)令嬢の攻撃が炸裂する。
マリアナは窓越しに見れば、暑苦しくも長い髪をヘルメットに押し込めている。
それを憎らしげにみる青夢だが。
「ふふふ……サーチ・ティーズ・トラッシュ……セレクト・カラーリングアサルト・エグゼキュート!」
「うわっ! ちょ、これ!」
青夢は急にマリアナ機から打ち出される着色弾に驚く。
しかし、回避は不可能だ。
たちまち青夢機は、着色弾に汚されてしまった。
「おーほほほ! 皆見て、汚い法機ですことよ!」
「あーもう、おのれえ!」
◆◇
「まったく……どうしてお前はいつもこうなんだ! 何故いつもこうして、何かしら無くしたり汚したりするんだ!」
地上に降りるなり、青夢は教官からきついお説教を食らう。
「はい、すみません……」
青夢は平謝りする。
本来ならばここで、「いや、違うんですよ! あの魔法塔華何ちゃらっていうお高い女が!」と反論しても良さそうなのだが。
もはや、それをしても無駄というのは目に見えているのでやらない。
「すみませんばっかりだなお前は! 前まではお前一人が自滅する程度のことで済んだが、今度は実機訓練なんだぞ! 整備士の気持ちも少しは考えたらどうなんだ。そもそも、ようやく実機訓練に入るなんていうのが遅すぎるんだよ」
この説教は延々と続く。
そう、これまでもずっとこうだった。
先述の反論をしようものなら、「何だと、魔法塔(中略)さんがそんなことするものか! くだらない言い訳しおって!」などと言われてしまう。
これまでもマリアナの授業妨害のせいで、座学を延々と続けることになってしまった。
だからようやく、実機訓練ができると思えばこのザマだ。
「おい、聞いているのか!」
「まあまあ、先生。こんな汚れぐらい僕がちょこちょこって直しますから。魔女木さんも、心配しないで、ね?」
教官を宥めるのは、整備長の矢魔道士だ。
「ああ……矢魔道さん♡」
青夢は思わず、くらりとする。
いや、この訓練学校女子生徒ならばくらりとせぬ者はいなかろう。
「ううむ……まあ、整備長がそう言って下さるならば。魔女木、ちゃんとお礼を言え!」
「いや〜ん♡ ありがとうございます!」
「いやいや、そんなそんな。」
矢魔道はひらひらと手を振る。
その一挙手一投足が輝いて見えるのは、ひとえに青夢の恋する乙女フィルターによるものである。
さておき。
「ああ……矢魔道さん♡」
「こら魔女木! ……反省文、書いて来い! 明日までだからな?」
「……はーい……」
まあ、そうそう自分の世界には浸れまい。
すぐに現実に引き戻された青夢は、そのまま教官から原稿用紙を分捕ると、そのまま自室に戻った。
◆◇
「……はーあーあ。」
自室に戻った青夢だが、やはり課題は捗りそうもない。
これからも、あのマリアナの嫌がらせに耐えねばならないのか。
「……何よ何よ! 私なんてこんな短いヘアスタイルにしてるのに、あの女があんな長くしているのをまず怒るべきじゃないの!」
青夢は八つ当たり気味に叫ぶが、やはり不安しか見えてこない。
こういう時は。
「……サーチ・ホープ・オブ・マイフューチャー!」
スマートフォンの、空飛ぶ法機に接続したアプリに呼びかける。
しかし。
「……ノット・ファウンドですかー、そうですかー!」
答えは決まっている。
青夢はスマートフォンを放り出し、激しく床に寝返りを打った。
まったく、ついていないものだ。
「えっと、スマホに入って来てるニュースは……サイバーテロリスト集団、魔男が犯行予告、ね……ま、どうでもいいけど!」
青夢は退屈しのぎにニュース記事を読もうとするが、それは彼女の興味を引くものではなく。
より一層退屈に、拍車をかけただけに終わる。
◆◇
「……ようこそ、お集まりいただいた。騎士団長諸氏。」
暗い部屋に置かれた円卓にて、魔男の騎士団長・アルカナが呼びかける。
そう、魔男。
青夢がニュースで見た退屈な記事に乗っていた、サイバーテロリスト集団だ。
たちまち、円卓を取り囲む他11の騎士団長が照らされる。
魔男の円卓。
魔男の12騎士団による、最高諮問機関である。
円卓という、上座・下座の別がない物を使う辺り。
無論、大義名分としては、12騎士団長全員が平等なのだが。
「……まずは、アルカナ殿。あなたからご発言を。」
「うむ、いつもすまない。」
事実上、アルカナが最も発言している。
「……いよいよ、我らが動き出す時だ! さて……バーン騎士団長、作戦についてはどうお考えかな?」
「……うむ。」
アルカナの言葉に、騎士団長の一人が口を開く。
ギリス・バーン。
龍男の騎士団、団長である。
「……私の若い騎士に、小手調べをさせたい。」
「……ほう、小手調べ?」
バーンの言葉に、アルカナは首を傾げる。