#184 地を灼く硫黄の業火
「矢魔道さん……」
青夢は未だに、周囲の戦場――いや正確には矢魔道と盟次が激突している戦場を見て逡巡していた。
「赤い騎士……貴様さえ、貴様さえいなければ! 今頃はまだ、マシになれたかもしれないというのに!」
「それは少々とばっちりというものですね、アルカナ騎士団長! ダークウェブの王を裏切ったのも女王に取り込まれたのもあなた。そして……裏切り者のあなたを、抹殺しろとの命も降っています!」
宙飛ぶ幻獣頭法機レッドサーペントと宙飛ぶ法機パンドラ――互いの乗機を激突させつつ。
矢魔道と盟次は舌戦をも繰り広げる。
「ははは、面白い! できるものならばやってみるがよい!」
「ええ、こちらの台詞ですよ!」
盟次は応じ。
矢魔道もまた言葉を返し、ぶつかり合いはますます加速していく。
「しかし……また警告しておきますが、早く僕が率いて来た空宙列車砲は潰しておいた方がいいです。さもなくば、地上の馬男の騎士団との共同で地上を、硫黄と火の雨が焼き尽くしてしまいますからね!」
「! な、何ですって!?」
青夢はそこで矢魔道の言葉に驚く。
しかし考えてみれば当然ともいえる。
何せかつて、空宙都市計画の際に現れた空宙列車砲は地上を砲撃するために宇宙に来ていたのだから。
「ほう、人の作戦を真似てくれるとはなあ……どこまでも苛立たせてくれる!」
盟次は矢魔道に対する怒りを更に強める。
◆◇
「hccps://takiyasya.wac/、セレクト! 髑髏剣 エグゼキュート!」
「hccps://vouivre.wac/、セレクト デパーチャー オブ 金剛鎌弾! エグゼキュート!」
一方、東京湾方面では。
自衛艦隊も、馬男の飛行艦月戦車へと攻撃を加えて行く。
「……予想よりも潰し切れないな。」
シャルルは月戦車の司令室から戦場を睨み歯軋りする。
尚も空中では火がぶつかり合い、爆煙が立ち込めている。
「やれやれ、ひとまずの露払い程度と思っていたが。これは中々に苦しい戦いになるか! ならばこれはどうだ……」
シャルルは手を打つ。
すると。
「hccp://baptism.tarantism/、セレクト 悪魔の交響曲 エグゼキュート!」
「hccp://baptism.tarantism/、セレクト……」
司令室内のシャルル以下八人の騎士は、一斉に術句を唱えていく。
すると。
「くっ!? こ、これってまた喇叭……さ、最後の第七の喇叭が……?」
「ま、マリアナ様! しかしまだ空の人影の内七人目は喇叭を吹いていないようです……」
マリアナたちは頭をつん裂くような雑音に苛まれる。
しかし法使夏の言った通り、これまで喇叭を吹いていた六人の電使たちはともかくも七人目の電使は吹いていない。
「これは……そうだ! 魔女木があのネメシス星とかいう仮想世界に囚われた時にも感じた雑音だ!」
「!? あっ……まさか!」
剣人が気づく。
そう、この音はネメシス星での戦いの際にもシャルルたちが披露したものだった。
「騎士団長閣下、攻撃が止みました!」
「ああよいことだ……さあ、火力を最大にせよ! 今にこの地上を、硫黄の業火で焼き尽くさせてくれる!」
「はっ!」
そうして月戦車の構成機群の獅子頭口腔内には、再び爆炎の光が滾る。
それは艦体を構成する機体全てに滾り――
「hccps://martha.wac/ セレクト! 子飼いの帯 エグゼキュート!」
「hccps://circe.wac/!」
「hccps://medeia.wac/!」
「edrn/fs/gogmagog.fs?arts=TwinStream――セレクト !! ツインストリーム エグゼキュート!!」
「むう!? これは……新手か!」
「これは、魔女辺さんたち!?」
が、そこへ。
高空から月戦車に対し、三本の火線が叩き込まれた。
それは、無論というべきか。
「さあさあメアリーさんにミリア! あたしらもやったるでー!」
「あいよ、騎士団長!」
「承知してます!」
法機マルタに法機キルケ・メーデイアが飛来したのだった。
「硫黄の業火はまだ撃ち時ではないということか! ……やはり再び、悪魔の交響曲を奏でよ! 空を地を、海を震わせるのだ!」
「はっ!」
しかしシャルルも、また動き出す。
そうして。
「hccp://baptism.tarantism/、セレクト 悪魔の交響曲 エグゼキュート!」
「hccp://baptism.tarantism/、セレクト……」
「!? くっ……ま、またであって!?」
再び術句を、シャルル以下馬男の騎士団所属騎士たちが輪唱する。
これによりマリアナたちや自衛艦隊、東京湾方面の魔女たちは再び頭痛に苦しむが。
今回は、それどころではなかった。
「くっ! お、お姉さんたち、所々で爆発が!」
「きゃあ! こ、この爆発は何なの!」
「あの音……ただの雑音ではなくて衝撃波になっているんだ!」
魔女たちが右往左往していることに。
シャルルたちが放つ技は、今や衝撃波となって各所に炸裂しているのである。
「さあ邪魔者よ去れ……我らが起こす、この地上を焼き尽くす硫黄の業火の前に立ちはだかる者たちよ! いや失礼……元より邪魔者ですらないな! この我らが王の与えし、圧倒的な火力の前には!」
「うっ……あの飛行艦の艦体全てに、また光が!」
シャルルは更に、またも座乗する月戦車に命じ。
その構成機群は獅子頭の口をガバリと開け、中に火を滾らせ始める。
◆◇
「싫어……くっ!」
「已经受不了了……ぐっ!」
「Oops! く、苦しい……」
一方、朝鮮半島方面でもオーストラリア方面でも悪魔の交響曲は響き渡り陽玄、鬼苺、ミシェルを苦しめ。
その間に、蝙蝠男・龍男両騎士団付きの馬型幻獣機群の獅子頭口腔内にも炎が滾り始める。
◆◇
「くっ! やはり、この状況を変えられるのは……」
またも、東京湾方面。
剣人も苦しみつつ――本来ならば、なぜできるのか疑うべきであるが――世界の状態を把握して意を決し空を仰ぐ。
そう、この状況を変えられるとすれば一人しかいない。
それは――
◆◇
「!? こ、この声は……シャルル陛下!?」
宇宙にて。
相変わらず青夢は、ここに来て動けない状況が続いていたが。
そんな時突如として、声が響いたのだ。
――……この我らが王の与えし、圧倒的な火力の前には!
「で、でも何で……? 私、予知も使ってないのに……」
しかし青夢はここで、首をかしげる。
なぜ急に、地上にいるはずのシャルルの声が?
――ペイル!
「! あ、アンヌ……そうだね、そういえば。前にも、シャルル陛下が魔男の騎士として実体化した時。あなたが身を挺して、最後は陛下たちをネメシス星に……あっ!」
青夢はそこでふと思い出したアンヌの言葉に、ネメシス星の一件を思い出していたが。
そこで彼女ははっとする。
そうだ。
彼女がせっかくネメシス星に戻してくれたシャルルやその他騎士たちは今、こうして現実世界に出てきて悪さをしてしまっている。
その上、自分は。
今、想い人と戦いたくないからと戦いから逃げている。
ほかの者たちは、戦っているというのに。
アンヌは、身を挺してまで自分たちを救ってくれたというのに。
「……ジャンヌダルクの魔女さん!」
「そうだ……私、何してんだろ。ごめん、アンヌ私……」
「……Hey、ジャンヌダルクの魔女さん!」
「!? し、シルフの魔女さん?」
と、その時。
法騎ジャンヌダルク後部の法機シルフから、マギーの声が聞こえた。
青夢自身は自分の中に入り込んでいてずっと聞こえなかったが、ひたすら呼びかけられていたらしい。
「Well……ここは戦場なのよ? いつまで、そうしているつもり?」
「……ごめんなさい、私どうかしてた。」
マギーの責める言葉に、青夢は詫びを入れる。
そうして。
「……まったく、私は凸凹飛行隊隊長として不甲斐ないわ! だから皆、私はここで尻拭いしないとね!」
青夢はようやく、法騎ジャンヌダルクを動かす。
「Coucou! ちょこまかと!」
初花は歯軋りする。
相手取っていた空宙列車砲たちは衛星軌道上という直線上を逃げ回っているが。
それらは、さながら線路のポイントを切り替えるように次々と衛星軌道上を動いて行くのだ。
と、その時。
「アンドロメダの魔女さん、一人で戦わせちゃってごめん! 後は……私に任せて! 地上の魔女たちを援護してあげて!」
「! Oui……頼んだわ、ジャンヌダルクの魔女さん!」
法騎ジャンヌダルクは空宙列車砲を攻撃する役目を、法機アンドロメダと代わる。
「! 魔女木さん、動き出したんだね……でもすまない! 空宙列車砲たち、尚も走行しつつ砲撃用意! 目標、地上!」
しかしそれに気づいた矢魔道は、空宙列車砲たちに命じ。
それに応えて空宙列車砲は次々と捲れるようにして車体上半分を起こし。
その起こされた上部は砲身を形作る。
やはり空宙都市計画の際に見せた、砲撃形態である。
「矢魔道さん……悪いけれどあなたの今やろうとしていること、邪魔させてもらいます! hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン! オラクル オブ ザ バージン!
hccps://jehannedarc.row/GrimoreMark、セレクト オルレアンの栄光誘導弾! エグゼキュート!」
「!? く、空宙列車砲が!」
しかし、青夢は即応し。
法騎ジャンヌダルクからはたちまち無数の光弾が放たれ。
誘導性の付加されたそれらは、不規則に動き回る空宙列車砲群を破壊していく。
「よそ見をするとは舐めてくれる!」
「くっ! また邪魔をしますか!」
盟次も、矢魔道が動揺してできた隙を突くべく法機パンドラを突撃させる。
◆◇
「くくく、どうだ動けないだろう! さあ、焼き尽くせ」
「hccps://sylph.wac/、Select 風元素!」
「hccps://jehannedarc.row/GrimoreMark、セレクト! 大気摩擦熱波 エグゼキュート!」
「hccps://andromeda.wac/、セレクト 流星弾! 星の鎖! hccps://andromeda.wac/GrimoreMark、セレクト 銀河連弾 エグゼキュート!」
「!? くっ! ぐうっ!」
「!? こ、これは!」
そうして、地上では。
東京湾方面及び朝鮮半島やオーストラリア方面で、今まさに硫黄の業火を放とうとしていた月戦車やその他獅子頭の馬型幻獣機群に対し。
宙の青夢たちより攻撃が、降り注いで行った。
「! ち、チャンスであってよ皆さん!」
「はい、マリアナ様!」
「あ、ああ!」
「チャンスよ、妹たち!」
「ああ姉貴!」
「は、はいお姉様!」
「よ、よおっし!」
「レイテ様!!!」
「ええ、行くわ皆!」
「よおっしゃー! 今度こそかましたれメアリーさんにミリア!」
「ああ、やってやろうじゃないか!」
「はい、姐様!」
「行くわ、白魔二等空曹!」
「ええ、妖術魔二等空曹!」
「아자아자、西王母の魔女씨!」
「是、九尾狐の魔女さん!」
「Yeah、行くよ!」
それに対し各地の魔女たちが一斉に勝機を見出し、俄然活気付く。
が、その時だった。
「ヨイ、ソコマデダ……! 六ツ目マデノ喇叭ノワザワイハ、スデニコトゴトクソシサレタ……」
「!? は、ははあ我らが王よ!!!」
が、そこで。
タランチュラの声が響き。
東京湾や朝鮮半島にオーストラリア方面、及び宇宙にいる騎士団長たちはその場にひざまずく。
そして。
「そうですね私の王……まったく、新しい騎士団長たちも不甲斐なくて仕方ありません!」
「ええ、姫君。」
「お、お父さん!」
幻獣機タランチュラ騎乗のダークウェブの姫君アリアドネと、その傍らに控えている白の騎士レオシュライン・ヴァイス――獅堂の姿が。
世界各地の空及び、宇宙に浮かび上がったのだった。




