#181 闇の太陽と蠍の尾
――さあ……魔女共。我が毒により、逝くがよい……
「め、愛三!」
「だ、大丈夫お姉さん……こ、このぐらい!」
ギリシアンスフィンクス艦を通じてジリジリと感じられる、大きすぎる手応え。
それは幻獣機アバドンズローカストたちの群体たる幻獣機アバドンが振り下ろした巨大な蠍のごとき尾による一撃を、同艦が防御をもって受け止めているからだ。
――魔女共お……かわいそうに、我が怖いだろう……? 今、楽にしてやる……
「! ひ、ひいっ!」
その尾の主たる幻獣機アバドンは、王冠を戴いた長髪をもつ顔を歪めて魔女たちに笑いかける。
今しがた彼(?)が言った通り魔女たちに、それは本能的或いは生理的な恐怖を齎すものだった。
「でも、まとまっている今がチャンスよ…… hccps://graiae.wac/pemphredo/edrn/fs/stheno.fs?eyes_booting=true――セレクト ブーティング "目"! ロッキング オン アワ エネミー エグゼキュート!」
――ん……これは?
しかし夢零は、すかさず"目"を発動する。
たちまち幻獣機アバドンは、動きを止められる。
「英乃、二手乃! 愛三を援護なさい!」
「了解だぜ! hccps://graiae.wac/deino、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!」
「hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズファング エグゼキュート!」
「01CDG/、デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート!」
これ幸いと、グライアイの英乃機と二手乃機も動き出し。
再照準した幻獣機アバドンへ向けて、誘導銀弾群を放つ。
――邪魔くさいな……一息にやらねば。 ……セレクト 、蝗毒 エグゼキュート……
しかし幻獣機アバドンは、またも不気味に微笑み。
そのまま構成機たちを一斉に攻撃体勢に移らせる。
が、なぜか構成機たる幻獣機アバドンズローカストは飛び立たず。
ただ蠍の尾を向けるのみであり。
そのまま、誘導銀弾群を喰らい――
「!? な、あ、あれは!?」
「な、何てこと!?」
が、その時マリアナたちも龍魔力四姉妹も尹乃もレイテたちも見た。
それまで統制が取れていたはずの誘導銀弾群の動きが、急に乱れ出した様を。
かと思えば、次には。
なんと、味方側たるヘロディアス艦やギリシアンスフィンクス艦に向かって来たのだ。
「hccps://rusalka.wac/、セレクト 儚き泡 エグゼキュート!」
「hccps://crowley.wac/、セレクト アトランダムデッキ! 運命の輪――倒される運命 エグゼキュート!」
「! 雷魔さん、ミスター方幻術……」
かろうじてそれらは、法機ルサールカの泡水流や法機クロウリーの光線に防がれるが。
マリアナたちの動揺は小さくはなかった。
「マリアナ様、大丈夫ですか!?」
「え、ええ大丈夫であってよ……だけど、今のは……」
「まさか……誘導銀弾群がハッキングされたのか!」
――くくく……ははは……
肯定するかのごとく幻獣機アバドンからは、またも静かで不気味な笑みが溢れる。
誘導銀弾群の攻撃では幻獣機アバドンは止められない。
それは誰の目にも明らかである。
しかし、それだけではなかった。
「……くうう!」
「! め、愛三どうしたの……っ!?」
「な!」
「き、きゃああ!」
愛三が苦しみ、姉たちがそれを心配しギリシアンスフィンクス艦を見たその時だった。
同艦が前方に展開している今幻獣機アバドンの尾を防いでいる防壁が、まるで溶け落ちるかのように崩壊していく様が見えたのだ。
「め、愛三!」
「へ、へーきだよお姉さん! ならこれでどおかな、hccps://sphinx.wac/! セレクト、大いなる謎」
「! ヘロディアス艦、ギリシアンスフィンクス艦を曳航であってよ! 一旦後退!」
「!? くっ!」
しかし、愛三が次に術句を詠唱しようとしたその時。
マリアナはヘロディアス艦でもってギリシアンスフィンクス艦を、強引に引っ張りながら回頭する。
――む……ふん、恐れを為したか魔女共。だが、隙ありだ……
「主砲塔左四十五度旋回であってよ! 雷魔さんにミスター方幻術!」
「は、はいマリアナ様! セレクト 儚き泡 エグゼキュート!」
「セレクト 、アトランダムデッキ! 恋人――燃え上がる心 エグゼキュート!」
そのまま尾を差し向けようとする幻獣機アバドンに、腹を見せているヘロディアス艦は即応し。
法使夏と剣人の法機を接続して艦砲射撃を放ち、尾に砲撃を浴びせて行く。
そうして時間を稼ぐと共に、砲撃の勢いを受けたアバドンの尾を仰け反らせることに成功する。
「砲撃、続行であってよ! あの尾を動かさせてはいけませんわ!」
「か、カーミラちゃん! いきなり危なくなあい?」
「ああ、申し訳なくってよ愛三さん。だけど……あの母艦型幻獣機に電使戦系の攻撃は仕掛けない方がよろしくってよ! でなければさっきの誘導銀弾群のように、逆にハッキングを仕掛けられかねないわ。」
「! ひ、ひいい!」
抗議しかけた愛三だが、マリアナの言葉を受け脅える。
まさか。
「そうねマリアナさん……愛三、彼女の言う通りよ!」
夢零もマリアナに同意する。
だが。
「でもそうなると……私たちもワイルドハントの構成機たちを差し向けられないわねシュバルツ!」
――はっ、姫! 申し訳ございません、私の力及ばずで……
尹乃も法機ヘカテーを駆りつつ思い悩む。
電使戦を仕掛けられないとなれば、法機スフィンクスやギリシアンスフィンクス艦だけの問題ではない。
今尹乃が言った通り、ワイルドハントの構成機たちを操ろうとしている彼女も。
法機カーミラによる電使戦が得意技であるマリアナも、動きを封じられたということである。
「マリアナ様! 私と方幻術が海中から仕掛けます!」
「駄目であってよ! あなたたちもハッキングを仕掛けられたらどうなるか分からなくってよ! 」
砲撃を続けながら法使夏たちが訴えるが。
マリアナはその提案を差し戻す。
「れ、レイテ様! 私たちも!」
「そ、そうね……でも……」
少し空気にはなっていたが。
法機モーガン・ル・フェイを駆るレイテたちも、この現状では攻めあぐぬく。
「どう、すれば……」
◆◇
「뭣!?」
「什么!」
「What!? こ、これは……」
東京湾が幻獣機アバドンによる尾の一刺しを受けている間。
状況は朝鮮半島もオーストラリアも同じだった。
「これは! なるほど……これは、我らが王の思し召しか! よい……さあ、砕け散れ魔女共!」
ベリットは少々戸惑いつつも、座乗艦に命じる。
父艦ニーズヘッグは、今その面影が無くなり。
随行していた幻獣機アバドンズローカストの群れが全機融合し、幻獣機アバドンそのままの姿になっていた。
「いいねえ……さあどうしたかなあ魔女たちい! ほらほら来なよお!」
朝鮮半島方面のレイブン座乗の死爪艦も、やはり幻獣機アバドンズローカストの群れが全機融合し、幻獣機アバドンそのままの姿になっており。
尾による一閃を、仕掛けようとしていた。
◆◇
「くう……皆苦戦してるみたい!」
「魔女木! 早くお前も参戦しろ!」
「! え、ええそうよね……」
通信により把握した地上の情勢に一喜一憂していた青夢だが。
さりとて彼女も、今の宇宙におけるこの戦場で戦わなければならなかった。
「Mr.飯綱法! Really You ain't good at Ladies First!」
「ああああ、いいのシルフの魔女さん! さ、私たちも行こ!」
「! W、Well……ジャンヌダルクの魔女さんさえ良ければ、All OKよ!」
「せ、センキュー! さあて……!」
またも盟次に言動がなっていないと注意しようとするマギーを宥め。
青夢は法機シルフが接続している法騎ジャンヌダルクを、急発進させる。
そうしてジャンヌダルクは、今父艦フェンリルと法機アンドロメダ及び法機パンドラが戦っている側を迂回し。
「あれね、鳥男の飛行艦!」
青夢たちがそのまま、向かう先には。
前回の真の争奪聖杯時、地上に新たな太陽として夜明けを齎してしまった鳥男の幻獣機飛行艦太陽戦車である。
今度は天馬型幻獣機に牽引されているそれだが、以前との違いはそれだけではない。
「あれがこの前とは違って今は地上を暗くしてるのね……だけど真に恐るべきは!」
「! W、What? 何が怖いの?」
「シルフの魔女さん……あれは、通る所に闇を撒き散らして滞留させちゃうの!」
「! R、Really!?」
青夢は予知で先ほど把握した情報を話し、マギーはそれに驚く。
そう、今もあの太陽戦車は本物の太陽と呼応するかのように公転し闇を撒き散らし続けている。
このままではアメリカの夜が明ける時には、今の日本上空も同じことになる。
それではまずい。
「ジャンヌダルクの魔女さん……あれを、ここで破壊しましょう!」
「うん、そうね! だけど壊すだけじゃ駄目……救わないと!」
マギーの言葉に、青夢は操縦桿をより強く握る。
「ああら、また来たわねえ魔女ちゃんたちい! あたしのこと邪魔したら、許さないわよ!」
太陽戦車座乗のフリップも青夢たちの接近に気づき。
艦より、闇を撒いていく。
「hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
青夢は撒き散らされた闇を。
ジャンヌダルクの光線にて、祓っていく。
◆◇
「! あれはもしや魔女木さんの……なら、わたくしたちも負けてはいられなくってよね!」
――……ん? 砲撃が止んだか……何を企んでいるかは知らんが、食らうがよい……
一方、再び東京湾では。
突如として出来たこの隙を逃すまいと、幻獣機アバドンは仰け反らせていた尾を勢いよく振り下ろす。
無論その先は、ヘロディアス艦及びギリシアンスフィンクス艦の二隻による艦隊がいる。
「マリアナ様!」
「ええ……さあ、呪法院さん!」
「く、私にこんな役目……後で覚えておきなさい!」
しかし、その時。
ヘロディアス艦の影から飛び出した、レイテやジニーら四人による法機モーガン・ル・フェイ以下四機が飛び出す。
「hccps://MorganLeFay.wac/、セレクト!」
「楽園への道、エグゼキュート!!!!」
――何……? ぬ……何だ?
四機は高速で、幻獣機アバドンの尾の周りを飛び回る。
――ふん、苔脅しか……幻獣機アバドンズローカストたち、行け……
幻獣機アバドンは嘲笑を漏らし。
尾を構成機たる幻獣機アバドンズローカストたちへと分離させて行く。
「! 今であってよ、全艦隊突撃! 目標、敵母艦型幻獣機!」
――……何?
と、その時。
マリアナはギリシアンスフィンクス艦を後部に連結させたヘロディアス艦で、空を駆けて突撃を仕掛ける。
一か八かの、格闘戦を挑むのである。
「まったく、あなたの馬鹿がうつったみたいであってよ魔女木さん!」
マリアナは突撃しながら、自嘲気味に微笑む。




