#180 アバドンのイナゴ
「な、何ですって!? また世界中に魔男が!?」
マリアナはヘロディアス艦内で青夢からの報告を受けて驚く。
まさか。
「ええ、でも見えるの……日本から、次々と魔男の部隊が世界に広がっていくのが!」
青夢は宇宙から地上を見下ろし、歯軋りする。
魔男は日本から、オーストラリアと中国大陸へと向かっていた。
◆◇
「ははは、さあいよいよだなあ! 我らがダークウェブの王直々の幻獣機たちを率いることができるとは身に余る光栄よ!」
新たな、というより返り咲いた龍男の騎士団長テグル・ベリット。
かつてはアルカナ――盟次のスパイとして龍男の騎士団長だった者も、今や正式な騎士団長だった。
「さて、我らはオーストラリアを任された! さあ見えて来たぞ……幻獣機アバドンズローカスト、陣形を組め! このまま一気に攻める!」
ベリットは座乗艦たる父艦ニーズヘッグから、周囲の幻獣機アバドンズローカストの群れに命じる。
「ああ壮観だねえ! このまま朝鮮半島を経由して、中国へ、そうしてヨーロッパへアメリカへ! いやあ、かなりいい旅になるだろう……さあ、幻獣機アバドンズローカスト!」
炎に似たアミーの騎士バルト・レイブンも。
今や彼の座乗艦となった死爪艦から、周囲の幻獣機アバドンズローカストたちに命じている。
◆◇
「……そういう訳なの、お願い魔法塔華院マリアナ! 何機か回せないかしら?」
「ええ、できればそうしたくはあってよ……でも、できなくってよ! ここにいる魔女たちは、わたくしたちも含めて自分たちがやりたいようにやっているだけ。懇願しても、聞いてくれる様子ではなくってよ!」
「……そうよね。」
そうして通信越しに会話する青夢とマリアナだが。
マリアナたち東京湾の組は彼女が今言った通り、寄せ集めといった集まりで指揮系統も整備されておらず。
「それに……わたくしたちもその魔男の部隊を前にしていてそれどころじゃなくってよ!」
「……そうよね……。」
これまた、マリアナの言う通り。
――……さあ、我らが王の命である。魔女社会の者共に、見せつけてやるがよい……
東京湾にも迫っていた幻獣機アバドンズローカストの群れのせいで、戦力を他に回せる状態ではなかったのだ。
幻獣機アバドンズローカスト。
まさにイナゴのごとき姿ではあるが、その顔は王冠を戴いた長髪の人間のようになっており。
更に、尻には蠍のような尾がある。
その幻獣機アバドンズローカストの群れは、群れの中にいるであろう頭目たる幻獣機アバドンの声なき声により。
翅を更に震わせ、加速し出す。
◆◇
「……そうね。このままじゃ地上が……」
「Well、ジャンヌダルクの魔女さん! 敵は前にいるわ!」
「……そうね、今はこっちに集中しないと。」
そうして、宇宙にて。
青夢も、ひとまずは気持ちを切り替える。
「狼男の騎士団に、鳥男の騎士団、よね……?」
「ええ、さすがは魔女にしては頭のいい方! 大当たりですとも!」
目の前の光景に青夢は。
通信を介して彼らに尋ねる。
目の前の光景。
それはかつて、太陽にも匹敵するエネルギーを地上に向けて降り注がせた鳥男の騎士団の飛行艦たる太陽戦車と。
巨狼を象った狼男の父艦フェンリル。
彼らは、狼男・鳥男の騎士団である。
「う、うーん……さっきからなんかイライラするんだけど……」
青夢は新たな狼男の騎士団長にして幻獣機マルコシアスの騎士ニック・クローの言葉に突っかえるような感覚を覚える。
「ふん、言ってあげなくていいわよクロー殿! こんな小娘たち、さっさとやっておしまい!」
「え? ち、鳥男の騎士団長も変わった……のよね?」
そんなクローを促す声。
それはさながら、鳥男の前騎士団長タンガ・サロを思わせる口調だが。
「ああ分かっているさフリップ殿! さあて……行こう、フェンリル!」
今の口調は新たな鳥男の騎士団長ウインダ・フリップのものである。
そうして父艦フェンリルが、クローの命により動き出す。
「好き勝手言ってくれるじゃないか……ならばまず、この私が相手してやろう!」
これに応じたのは、盟次だった。
彼は法騎パンドラを駆り、父艦フェンリルへと突撃を仕掛ける。
「ジャンヌダルクの魔女さん、私たちも!」
「そ、そうね……もう! こっから先を全て予知できてればよかったのに!」
青夢は歯軋りする。
どういう訳かこの幻獣機アバドンズローカストたちによる攻勢の一部始終は、予知できなかったのである。
「hccps://andromeda.wac/、セレクト 流星弾 エグゼキュート!」
「! え!」
と、その時だった。
突如として通信を介して聞こえて来た声に青夢が驚く間もなく。
いつの間にか宇宙にやって来ていた法機アンドロメダが見え、そこから流星弾が放たれる様も見えた。
「くっ! これは法機アンドロメダ……わざわざ、こんな宇宙まで来てくれたね!」
クローは流星弾を父艦フェンリルに受け、歯軋りする。
――各戦線、間に合いつつあるようね……安心して! 朝鮮半島もオーストラリアも、それぞれに各国の魔女が当たっているわ!
「! あ、アラクネさん!?」
やはりというべきか、根回しをしていたアラクネは。青夢やその他強力な法機を持つ魔女たちに声を届けたのだった。
「hccps://kumiho.wac/、セレクト! 九尾――傾城の美女 エグゼキュート!」
「hccps://xiwangmu.wac/、セレクト! 死鎌爪 エグゼキュート!」
「おやっ!? ……なあるほど、中韓のレディーたちがお出ましかい!」
中国大陸への足掛かりとして朝鮮半島へ向かっていたレイブン座乗の死爪艦も、法機九尾狐と法機西王母による防衛で足止めを食らう。
「이자아자화이팅! 中国の法機の人!」
「是……行くわよ、韓国の法機の人!」
何気にこれが初顔合わせとなる陽玄と鬼苺だが、すぐに息を合わせる。
「hccps://eingana.wac/、Select! 虹の彼方 Execute!」
「くっ! なるほど……やはりエインガナの魔女か!」
オーストラリアでは、ベリットも歯軋りしている。
今しがた父艦ニーズヘッグに攻撃を加えて来たのは、法機エインガナだった。
「Yeah……さあ、始めましょう!」
ミシェルが、にこやかに呼びかける。
――と、いう訳よ魔女木さん!
「な、なるほど……でも、あの人たち機体は通常法機でしょ? 大丈夫かな……」
――ええ、大丈夫! 彼女たちの法機には既に、幻獣機が使われてるから!
「! え!?」
青夢は尚も、各国の法機について心配していたが。
いつの間にやらアラクネが、先の争奪聖杯時やその他の戦いで幻獣機を接収していたらしく。
それにより各国の法機は、知らぬ間に強化されていたという。
◆◇
「hccps://graiae.wac/pemphredo/edrn/fs/stheno.fs?eyes_booting=true――セレクト ブーティング "目"! ロッキング オン アワ エネミー エグゼキュート!」
「hccps://graiae.wac/deino、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!」
「hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズファング エグゼキュート!」
「01CDG/、デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート!」
各国の戦線が大丈夫と聞いて東京湾方面の部隊は、俄然活気付き。
動き出したのは、龍魔力四姉妹であった。
たちまち法機グライアイ三機とギリシアンスフィンクス艦の連携により、幻獣機アバドンズローカストの群れを誘導銀弾の群れが容赦なく襲う。
「ま、マリアナ様!」
「喜ぶのはまだ早くってよ! 法機ルサールカも法機クロウリーも、防衛体勢を強化! ……"姫"さん、ヘロディアス艦による艦砲射撃をお願いしてもよろしくて?」
「ええ、お易い御用よ! シュバルツ、ワイルドハントの構成機群もいくらか割くわ!」
――はっ、"姫"!
マリアナや尹乃も、動く。
(聞きようによってはとても失礼だが)元より龍魔力四姉妹の攻撃だけで倒せたなどとは思っていない。
彼女たちは先ほどの攻撃では撃ち漏らしていると確信し、ヘロディアス艦から主砲撃を加えると共にワイルドハントの構成機群を差し向ける。
「! 何か、変であってよね……」
「マリアナ様、私たちも行きます!」
「あ、ああ! あんなバッタ共は」
「! ま、待って雷魔さんにミスター方幻術!」
マリアナがしかし、幻獣機アバドンズローカストを包む爆煙の向こうに何やら違和感を感じたその時だった。
――ふん……こんなもので、我を倒せると思うてか……
幻獣機アバドンズローカストたちが爆煙から一斉に躍り出て。
一つに、纏って行く。
さながら、一つの巨大なイナゴのごとく――
「!? な、これって!」
「hccps://sphinx.wac/、セレクト 王獣の守護 エグゼキュート!」
慌てて、ヘロディアス艦やギリシアンスフィンクス艦に法機たちが動き出した所めがけて巨大な蠍の尾が、振り下ろされ。
ギリシアンスフィンクス艦は咄嗟に、鉄壁の守りを顕現させた。
「め、愛三!」
「大丈夫だよお姉さん! 私のギリシアンスフィンクス艦ちゃんは……って、な!?」
「! 愛三!」
一安心したも束の間。
鉄壁の守りが、揺らぎ出した。
――ふふふ……見たか、これぞ我。幻獣機アバドンの力……
幻獣機アバドンズローカストがより集まり形成された、巨大なアバドンズローカスト。
もとい幻獣機アバドンは、ゆっくりと顔を上げながら不気味に口角を上げる。




