#178 ニガヨモギ
「ニガヨモギが……」
青夢は大気圏内で爆発した飛行艦を見て、呆然とする。
彼女とマギー搭乗の法騎・法機連結体は今、ようやく大気圏内の高空域に宇宙から降りてきたところである。
彼女たちを出し抜いて地上に降下しようとした虎男の騎士団の座乗艦たる飛行艦ニガヨモギだが。
降下しようとした矢先、盟次擁する法機ヘルの力により放たれた火線によりニガヨモギは撃破されてしまったのだった。
「ああ、敵は撃破してやったぞ! さあ喜べ魔女木青夢!」
盟次は誇らしげに青夢に語り掛けている。
「……何てことしてんのよ! まだ、まだ救えたかもしれないのに!」
が、意外にも。
いややはりというべきか、青夢は盟次に抗議の声を上げる。
「ははは、誰が撃破されただって? まだ救えただって? ……やはり分かっていなかったようだな、このニガヨモギの本来の力を!」
「!? こ、この声はファング!?」
が、そこへ。
先ほど撃破されたはずの虎男の騎士団長ファングの声が響き渡る。
「!? ま、またこの感覚が!」
「くっ、何だこの感覚は!?
たちまち青夢も盟次も、コロリーズジャームが通信に食い込んで来る感覚を覚える。
「まあ……なんてな! その程度は分かっていた、さあ! hccps://pandora.wac/、セレクト 匣封印! hccps://hel.wac/、セレクト 地獄誘い! hccps://pandora.wac/GrimoreMark、セレクト! 炎匣の防壁 エグゼキュート!」
「くっ……hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン! オラクル オブ ザ バージン!hccps://jehannedarc.row/GrimoreMark、セレクト! 栄光の電磁防壁 エグゼキュート!」
しかしそれに対し。
青夢も盟次も術句を詠唱し、コロリーズジャームを防ぐ。
「くう……だけど駄目! このままじゃ私たち自身は防げても、世界の人たちには!」
が、青夢は歯軋りする。
そう、このままではファングが先ほど言った通り。
電使細菌コロリーズジャームが電賛魔法システムを介し、全世界の人体へと感染してしまう。
「……飯綱法盟次、一応聞くけど。あんたの技で、全世界の人間をこの電使細菌から守ることはできない?」
「ははは、無理だな! 俺の技もお前の技も、所詮は自分たちの周りを守るものでしかない!」
青夢は期待しないでいつつ盟次に尋ねるが、返って来たのはやはりと言うべき言葉。
「……そう。分かった、なら今からでもそのためのグリモアマークレットを組み上げるわ! だけどそのためには!」
青夢はそれを受け、むしろ事態解決に燃える。
「Well……ジャンヌダルクの魔女さん、私はどうすれば?」
「あ、シルフの魔女さん……うん、すぐまた宇宙に飛び出せるように待機しといて!」
青夢は法騎後部に連結された法機シルフのマギーからの問いかけに答える。
◆◇
「な、何ですって!? り、電賛魔法システムを介して人体に感染するコンピュータウイルス!?」
東京湾にて、魚男の父艦レヴィアタンと対峙する元法機戦艦たる現ヘロディアス艦では。
マリアナが青夢からの通信を聞き、驚いていた。
「ええ……だから! 今すぐ広まるのを防ぐために、あんたのカーミラの力が必要なの! お願い魔法塔華院マリアナ!」
「私のカーミラ……ええ、確かに通信を使った電使戦。それはわたくしの機体が得意とする方であってよねだけど! 今はわたくしたちも、お取り込み中でそれは不可能であってよ!」
マリアナはしかし、青夢にそう返す。
「さあどうしたよ臆病者たちい! 早く降りてくるがいいじゃないかあ!」
父艦レヴィアタンからはアビッツの、不遜な挑発が聞こえて来る。
「ええそうよね……だけど、力を貸してほしいの! 私が合図した、その一瞬だけ!」
「い、一瞬ですって?」
マリアナはしかし、青夢の言葉に驚く。
一瞬だけ、とはどういうことなのか?
「じゃ、そういうわけだから!」
「ち、ちょっと待って魔女木さん!」
青夢は、戸惑うマリアナをよそに。
かなり強引に、話を進めて行く。
「くっ、魔女木がまた無茶をするか……いいな、それでこそ我らが飛行隊長様だ!」
ヘロディアス艦に同乗の剣人は尚も、頭に降って湧いた他者の記憶に苦しみつつ。
隣のマリアナの話から事情を察し、青夢を讃える。
◆◇
「さあ魔法塔華院マリアナ! 私が今行ったドメインに接続して!」
翻って、再び青夢やマギーに盟次が止まっている空域にて。
青夢は通信を介し、マリアナに力強く促す。
「まったく魔女木さん、あなたは何と無茶を……もう、分かってよ! hccps://camilla.wac/、セレクト ! ファング オブ バンパイヤ エグゼキュート!hccps://Persephone.chal/、セレクト コネクティング エグゼキュート!」
マリアナは、悪態を吐きながらも。
カーミラの力により、ファングが新たに構築した聖血の杯にアクセスしてくれた。
「さあて……行くわよ飯綱法盟次!」
「命令するな! hccps://pandora.wac/、セレクト 匣封印!」
「hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン! hccps://jehannedarc.row/GrimoreMark、セレクト! 匣防壁 エグゼキュート!」
そうして青夢と盟次も、おっ始める。
二人の術句を組み合わせたグリモアマークレットを、青夢は力強く唱えたのである。
「そろそろ……アクセスできるわ!」
「くっ、やはりこの感覚は襲って来るか! だが……主に俺の力が、ファングのコロリーズジャームを抑え込む!」
「ええ、それは認めてあげるから……絶対に抑え込むわよ!」
「ああ、無論だ!」
青夢と盟次は、珍しく共闘し。
今コロリーズジャーム拡散の中心となりつつある聖血の杯にアクセスする。
◆◇
「……姫君。」
「あらファング。とうとういらっしゃったのね。」
ダークウェブの最深部にて。
タランチュラに騎乗しながら現実での戦いを見ていたアリアドネたちの前に、幻獣機コロリに騎乗するファング以下虎男の騎士団が現れる。
「ええ、既にペルセポネの杯には電使細菌コロリーズジャームをインストール済みです。そうしてもう間もなく、コロリーズジャームは……ふふふ。」
ファングはアリアドネに笑いかける。
が、その時だった。
「!? く……侵入者が、ペルセポネの杯に! 小癪な……!」
ファングは侵入者を感知する。
無論それは、マリアナや青夢、盟次である。
「あらあら……仕方ないわねえあの娘たちは! まあいいわ……ファング! 何としてもコロリーズジャームを死守しなさい!」
「は、ははあ姫君!」
ファングはアリアドネの鼓舞に、力強く応える。
「(しかし、ペルセポネの杯ね……ようやく、あれが来ましたか。いよいよ近いわ、筋書きの最終章が!)」
アリアドネは少し、考え込んでいた。
◆◇
――おのれ魔女に、魔男下がりのアルカナ! よくも我が邪魔をしてくれるものだ……だが! それもすぐ終わる!
「! これは……ファングの声か!」
再び、現実世界では。
ペルセポネの杯へとハッキングを仕掛けている青夢や盟次に、ファングの声が響く。
「よかった、まだ消滅してないのね……でも! 私たちはあんたたちの、邪魔をさせてもらうわ!」
――ふん、できるものならやってみろ! hccps://Persephone.chal/、セレクト ビーイング インフェクティッド ウィズ 電使細菌コロリーズジャーム! エグゼキュート!
「!? く……また、通信に食い込んで来るこの感覚!」
「ぐっ……なるほど、今は俺たちも無防備な状態だからな!」
しかしファングは、コロリーズジャームを撒き散らし始める。
それには青夢たちも、攻めている分守りには無防備となってしまっており苦しみ出す。
「ぐっ、シルフの魔女さん……あなたは離れて! このままじゃ、共倒れに……」
「No Way! 私は大丈夫よ……私もアメリカ国民として、悪者に屈したりはしないわ!」
「し、シルフの魔女さん……」
青夢はマギーを気遣うが。
マギーは気丈に返す。
「そう、ね……私たちは、負けられない!」
青夢はそれに勇気づけられ。
攻勢の手を緩めない。
◆◇
「……とうとう、あれが来たのね。」
一方、ダークウェブの最深部では。
アラクネが顔を顰めていた。
「あれ、かいな? アラクネ姐様、まーたあたしらには分かりにくいこと言うてんなあ。」
その傍らでは赤音が、不貞腐れたように頬を膨らませている。
「ごめんなさい赤音……それでも、いずれちゃんとお話しするわ。だから今は、ちょっと待っていて。」
「ああ、分かっとるけどな……ほんまに、頼むで姐様!」
「ええ、約束よ!」
赤音とアラクネは、誓い合う。
「さあて……hccps://Persephone.chal/、セレクト コネクティング エグゼキュート!」
「姐様……」
アラクネはそうして。
ペルセポネの杯へと、アクセスを開始する。
◆◇
「ぐっ!? な、ペルセポネの杯とのアクセスが完全に閉じられた……? まさか」
再び、アリアドネたちとファングの所では。
ファングが訝しんでいる。
「あらファング……まさか、あの女王様かしら?」
「は、はい。も、申し訳ございません……」
アリアドネの言葉にファングは、萎れた様子で謝る。
「……もういいわ、さて第三の喇叭による災いはここまでということね! では……次のフェーズに移りましょう!」
アリアドネはしかし、気持ちを切り替え。
高らかに、唱える。
◆◇
「!? つ、通信の違和感がなくなった……?」
――ええ、もう大丈夫よ魔女木さんたち!
「! じ、女王陛下か。なるほど、あんたが止めたのか……」
青夢たちは、急にコロリーズジャームの力がなくなったことに訝しむが直後に聞こえて来た声によってすぐに察する。
アラクネが救ってくれたのだと。
「ええ、なんか自分が情けないな。またアラクネさんに助けてもらうなんて……」
――そんなことないわ魔女木さん! これはあらかじめ筋書きで決められていたことだから。……第十四の杯ができるということはね。
「え? それはどういう……くっ!?」
「こ、これは! ま、またコロリーズジャームか!?」
アラクネの意味深な言葉に、青夢が首を傾げていると。
またも彼女たちの頭を、大きな違和感が襲う。
それは今しがた盟次が言った通り再活性化したコロリーズジャームかと思われたが。
「N、No! これは、喇叭の音よ!」
さにあらず。
マギーの今の言葉通り第四の喇叭が吹き鳴らされたのだった。
「そ、空を見て!」
「え……? な、そ、空が暗く!?」
更に空は、みるみる暗くなって行く。
これは第四の、喇叭による災いか。
いや、それだけではなかった。
「! お、音が止んだ……って! ま、また音が! こ、これって……?」
ふと喇叭の音は、一度途切れたかと思えばまた吹き鳴らされた。
それは第四の喇叭が吹き直されたかに見えるのだが。
「私の王……いよいよ第五の災いも始まります! 騎士王直衛騎士団の力を見る時ですわね。」
アリアドネが下のタランチュラに呼びかける。
なんと、第五の喇叭も吹き鳴らされたのである。
「アア、アリアタン♡ ……サア、セカイヲクイツクセ……ワガアバドント、ソノイナゴタチヨ!」
タランチュラはアリアドネの言葉に、力強く応える。




