#177 三つの災い
「あなたは……"姫"さんであって?」
「ええ、久しぶりですねマリアナさん。」
上空から現れたワイルドハントに、マリアナは驚きつつも。
そこから聞こえる"姫"――尹乃の声と至極冷静に話し合う。
「それより、早くこの海域から離脱した方がいいわよ? あの赤い水は、当たったらえらいことになるわ!」
「!? な……あの水が!?」
しかしマリアナも、次には驚く。
そう、この赤い海は先ほど放たれた魚雷群がそうであったように物体を侵食する。
それならばこの法機戦艦も、ひとたまりもないだろう。
◆◇
「ま、マリアナ様!」
「待ちなさい、雷魔法使夏さん! ここは一旦撤退よ。」
「で、でも!」
海中では周囲の水を尚も赤く変えながら、父艦レヴィアタンがのたうち回っているが。
その動きは、ワイルドハントの分身たる怪物群により押さえられている。
「安心しなさい……あちらも私が、何とかするわ! シュバルツ、この法機ヘカテーの操縦はあなたに。私はワイルドハントの方に意識を飛ばすから。」
――はっ、姫! さあ雷魔法使夏とやら、行くぞ!
「え、ええ……」
法使夏は尚も躊躇いつつも。
シュバルツが駆る法機ヘカテーに、ついて行く。
◆◇
「行くぞ!」
「くっ、回頭であってよ!」
「無理よ! 間に合わない。だから……こうするのよ!」
「!? ど、どうする気であって!?」
そうして、再び海上の法機戦艦内では。
同乗の剣人も焦るが。
尹乃はそんな彼らに。
「唱えなさい……セレクト! ワイルドハント、法機戦艦!」
「な! わ、わたくしに指図を……ま、まあよくってよ! コーレシング トゥギャザー!」
「トゥー フォーム ヘロディアス艦! エグゼキュート!」
術句を、自分と共に輪唱させる。
すると。
「! くっ、わ、ワイルドハントの怪物たちが法機戦艦の周りに!」
「こ、これは一体……? くっ!」
ワイルドハントは怪物群に分かれ。
そのまま法機戦艦の艦体に取り憑き、再構築し始める。
「さあ更に! hccps://Artemis.chal/、セレクト コネクティング エグゼキュート!」
「ん!? こ、この姿は一体……くっ!」
そうして尹乃は、更に術句を詠唱し。
聖血の杯をインストールする。
すると。
「ええ……これこそ半人半艦の力! その名もヘロディアス艦よ!」
「へ、ヘロディアス艦……?」
マリアナや剣人が驚いたことに。
法機戦艦の艦橋部は、女性の上半身のような形状になっている。
さながら下半身はそのまま戦艦の艦体の様であり。
まさに半人半艦、これぞ魔人艦というべき姿である。
「さあ……飛び立つわよ、準備しなさい!」
「え? な、と、飛び立つって何のことであって? ……くう!」
「な、何だこれは!?」
そのまま尹乃は、戸惑うマリアナや剣人をよそに。
彼女たち座乗の法機戦艦――いや、ヘロディアス艦を飛び立たせる。
その直後、ヘロディアス艦がいた海面が赤くなり。
間一髪、同艦は事なきを得た。
「ら、雷魔は」
「ああ、雷魔法使夏は私自ら保護してるわ……さあ、早く! 後はあの海蛇ちゃんにお礼食らわせてやらないとね!」
「! ええ……そうであってよね!」
尹乃の言葉を聞きつつ、マリアナはヘロディアス艦から下の海面を睨む。
「くっ! もう少しだったが残念だねえ!」
赤い海面より、父艦レヴィアタンが長大な艦体をうねらせつつ飛び出す。
「ええ……早い所あなたの止めを刺さなくってはよねえ!」
マリアナはヘロディアス艦に命じ、主砲塔を旋回させ砲口を海面に向ける。
◆◇
「さあて……まだまだこちらも戦い続けなければならないのよ! 行くわ妹たち!」
「応よ!」
「は、はい!」
「任せてー!」
そうして、龍魔力四姉妹も。
尚も続く木男の騎士団との戦いに、闘志を滾らせていた。
「ふん……ああ止めてみるがいいさ! さあ!」
ラディーナも、龍魔力四姉妹に応えるが如く。
再び矢の雨を浴びせかかる。
「英乃、二手乃、愛三!」
「ああ姉貴! hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!」
「hccps://graiae.wac/deino、セレクト グライアイズファング エグゼキュート!」
「01CDG/、デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート!」
それに対し、龍魔力四姉妹も即応する。
またもグライアイ三機と、空飛ぶギリシアンスフィンクス艦の連携により誘導銀弾群を放ち、迫り来る矢の雨を防ぐ。
「ははは、どうした! また私たちを捉えられず終いかあ!?」
「くっ! 英乃、まだ本隊は照準できないの?」
「hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート! ……く、憎いくらい相変わらず速すぎて無理だぜ姉貴!」
尚も四姉妹を翻弄するように、その周囲を高速で飛び回る木男の騎士ら騎乗の幻獣機群。
それらは今英乃の弁にあった通り、高速過ぎて動きを捉えきれずにいた。
「hccps://MorganLeFay.wac/、セレクト 楽園への道 エグゼキュート!」
「ぐっ!? な、何だこれは!?」
しかし、その時であった。
それまで余裕を湛えていたことが嘘のように。
ラディーナ以下木男の騎士団の四人の騎士は、突如として渋い顔をして動きを止めているのだ。
「面白そうなことやっているじゃない……私たちも混ぜてもらうわ!」
「あれはまさか……呪法院さんたち!?」
よく見れば、ラディーナたちの周囲には高速で飛び回る法機群が見て取れ。
さらにそこから聞こえる声は、レイテのものだったのだ。
◆◇
「そうだ止めてみるがよい! そうすることができるならなあ!」
「Well、ジャンヌダルクの魔女さん!」
「ええ、行くわよー!」
そうして地上で徐々に魔女側の反撃が始まる中。
翻って、宇宙では。
虎男の騎士団長ファングが、その座乗艦たる飛行艦ニガヨモギを駆り立てる。
それは周囲に、何やら不穏な雰囲気を撒き散らしながら法騎ジャンヌダルクと法機シルフの連結体へと肉薄して行く。
「hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン!hccps://jehannedarc.row/GrimoreMark、セレクト オルレアンの栄光弾 エグゼキュート!」
「hccps://sylph.wac/、Select 風元素 Execute!」
それに対し青夢もマギーも、自騎や自機に命じ。
エネルギー弾幕や風の防壁を展開し、ニガヨモギの攻勢を阻む。
「ほほう……中々の防御だ。だが! このニガヨモギの能力を――電使細菌コロリーズジャームの能力を! hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 電使細菌コロリーズジャーム……」
ファングは司令室でほくそ笑む。
そうしてニガヨモギに命じる。
すると。
「!? この感覚……えい、hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン! オラクル オブ ザ バージン!
hccps://jehannedarc.row/GrimoreMark、セレクト! 栄光の電磁防壁 エグゼキュート!」
「What!? わ、私たちの周りが帯電した!?」
突如として、通信に食い込まれるような感覚を覚えた青夢が。
秘蔵ともいえるグリモアマークレットの術句を唱えると、今のマギーの言葉通り法騎と法機の連結体周りは帯電し。
通信に食い込まれるような感覚は引いて行く。
「ええ、魔法塔華院マリアナのカーミラなしじゃハッキング系の技にどうしても弱くなっちゃうことが歯痒くて。だから一か八かだけど、通信防壁を作ってみたの!」
「w、Well……なるほどね……」
青夢の言葉に、マギーは今一つ理解できないままだが頷く。
「ははは、なるほど防げたか! ここで邪魔者を排除できたらよかったのだがまあ仕方ない……ニガヨモギ、降下! 地上に水の災いを齎すぞ!」
ファングはその状況に少々、苦い表情を浮かべつつ。
いわば青夢たちが身動きを取れない今こそ好機と考え、ニガヨモギを地上に降下させる。
「! まずい、早く行かないと! シルフの魔女さん!」
「y、YES!」
これはいかんと、青夢は法騎・法機連結体を防壁展開状態のまま降下させる。
「さあニガヨモギ、地上に水の滅びを! hccps://zodiacs.mc、インストール BS-ware!
セレクト コンストラクション オブ 聖血の杯! エグゼキュート!」
降下して行く間にも、ファングは更にニガヨモギに命じ。
姿が見えなくなっている第二電使の玉座にアクセスし、新たな聖血の杯を構築し始める。
「さあ……fcp>Persephone.chal/! さあここにあれを――電使細菌コロリーズジャームをアップロードし! この艦が地上に堕ちれば、その時はあ!」
ファングはもはや思いは遂げたとばかり、勝ち誇る。
そう、それらの過程を踏めばその時。
地上にコロリーズジャームが、撒き散らされるのである。
「hccps://hel.wac/、セレクト 地獄誘い! エグゼキュート!」
「!? ぐうう!」
「!? な、わ、ニガヨモギが!」
が、その時。
地上から放たれた火線が、ニガヨモギを破壊した。
その火線の主は、無論。
「さあどうだ女王陛下、魔女木青夢! 俺も、戦ってやるさ……!」
法機ヘル及び法機パンドラを駆る盟次であった。
◆◇
「くっ!? これは……また、あの感覚か!」
一方、その頃ヘロディアス艦内の剣人も。
――許さん……許さんぞ、獅堂!
「これは……アルカナ殿、の父親?」
いつかと同じく、他人の記憶が見えることを訝しんでいた。




