#176 第三の喇叭
「わ、ニガヨモギ……?」
今しがた虎男の騎士団長ファングが放った言葉に、青夢は首を傾げる。
未だに、何故か空気のないはずの宇宙空間にまで響き渡るは喇叭の音である。
「ああそうだとも……このニガヨモギが地上に墜ちる時、コロリーズジャームが地上に蔓延し! 人間たちはそれに感染させられる!」
「こ、コロリーズ、ジャーム……?」
尚も耳触りな音が鳴り響く中、青夢は目の前のニガヨモギを見る。
「コロリーズジャーム――ああ、コンピュータウイルスならぬ電使細菌! これは電賛魔法システムを介して人間たちに感染する病原体だ!」
「なっ!? び、病原体!?」
果たして、その飛行艦からはファングの言葉が返る。
通信を介した声である。
「ああ……だったらこれを、墜ちる前に破壊するしかないなあ? さあ阻止して見るがよい……我らの水を穢す役割を!」
「くっ……望む所よ!」
ファングの挑発に、青夢も乗る形で臨戦体勢をとる。
「そうよ、あんたたちもどうでもよくないけど……私は! 矢魔道さんやお父さんと話をしないとなの!」
青夢はそう呟く。
そう、彼女が本当に戦いたいのは彼らである。
だから、彼らが出るまでは負ける訳にはいかない。
◆◇
「く、五月蝿いけど……hccps://rusalka.wac/、セレクト 儚き泡 エグゼキュート!」
「ふん! まったくちょこまかと!」
その頃、地上の東京湾の海中では。
やはりこちらも、三人目の喇叭を吹く音に苦しめられつつ。
のたうち回るように、法機戦艦やギリシアンスフィンクス艦下の海中を蠢く父艦レヴィアタンの周りを。
小魚のように法機ルサールカが動き回り迎撃していた。
「そうね、何のこれしきよこんな雑音……さあ愛三、今のうちに!」
「オッケー、お姉さん! 01CDG/、デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート! ……さあ、貫いちゃえ王神の槍!」
龍魔力四姉妹も喇叭の音に苦しめられつつ、先ほど照準した木男の騎士団を討つべく動き出す。
たちまちギリシアンスフィンクス艦からは、木男の騎士団への誘導銀弾群が放たれる。
「くっ……ラディーナ騎士団長!」
「ああ……任せよ! ……セレクト……」
身動きが取れない中、ラディーナは密かに術句を唱え始める。
やがて誘導銀弾群が、ラディーナ以下木男の騎士団へと炸裂する。
「や、やったぜ姉貴!」
「は、はいお姉様!」
「油断は禁物よ英乃、二手乃! 機体を構えておきなさい、誘導性再付加用意よ!」
「は、はい!!」
妹たちを宥め、夢零は尚も警戒を解かない。
何せ"目"は幾度となく破られている。
「少し爆発が大きいみたいね……hccps://graiae.wac/pemphredo、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!」
今回も油断できないとばかり、夢零は法機グライアイに座乗したまま先ほど誘導銀弾群が炸裂し爆発した空中を睨む。
と、その時。
「……セレクト。矢の雨 エグゼキュート。」
「! 英乃、二手乃!」
何と、四方八方から矢が降り注いで来たのだ。
「hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズファング エグゼキュート!」
「01CDG/、デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート!」
英乃も姉の言葉に即応して誘導性の再付与を行い。
愛三もそれを行われた誘導銀弾群をギリシアンスフィンクス艦から発射する。
それにより矢の雨は一掃された。
「やっぱり……何か大きすぎると思ったらあの爆発は!」
夢零は歯ぎしりする。
その目の先にはやはり、難を逃れた木男の騎士団の姿が。
先ほどの爆発は、ラディーナが自分たちの位置に召喚した直撃炸裂魔弾を身代わりにし。
爆発に巻き込まれる直前に、ラディーナ以下木男の騎士団の騎士たちは離脱したのだった。
「ああ、我々を侮ってくれては困るな……さあ騎士たちよ! こいつらを露払いするぞ!」
ラディーナは再び、木男の騎士団に命じる。
◆◇
「まったくまったく、目障りだねえ君たちは! まあいいさ……君たちは既に下を取られているんだ、僕が沈めてあげるよお!」
新たなる魚男の騎士団長アーク・アビッツは叫ぶ。
「申し訳ないけど、下を取られているのはあんたもだけどねえ!」
法使夏も負けじと叫ぶ。
「ははは、誰が下を取られているだって?」
「! こ、これって!」
法使夏がそのまま父艦レヴィアタンの下に回り込もうとした時。
突如として艦体表面が蠢き、かつての父艦バーサーカーズマーチのように怪物たちが浮かび上がり。
法機ルサールカへと、攻撃を仕掛ける。
「さあよくやってくれたまえ雪男の騎士団たち! 腹は任せたよ!」
「ああ、分かっているさ!」
これは先ほど空中で撃破された雪男の騎士団が、父艦レヴィアタンに密かに乗り込んでいたのだった。
「これは……一旦回避!」
法使夏は歯軋りしつつ、法機ルサールカを下がらせる。
◆◇
「全艦、魚雷発射用意! 海中の母艦型幻獣機を迎え撃たなくてはならなくってよ!」
「ああ……俺もクロウリーで!」
そうして、海上の法機戦艦でも。
尚もマリアナは艦の装備を総動員し、海中で蠢く父艦レヴィアタンを迎え撃っていた。
「ははは……どうしたあ!? 中々ままならないようだが、そんなことでは!」
「くっ! 頭をまた出して来ましたね!」
父艦レヴィアタンは顔を出し。
艦首たる龍頭をガバリと開けるや、勢いよく法機戦艦へとかぶりつこうとする。
「hccps://crowley.wac/、セレクト アトランダムデッキ! 皇帝――帝罰執行 エグゼキュート!」
「む、艦首閉じろ!」
しかし、法機戦艦の主砲塔からは法機クロウリー由来のエネルギー弾が放たれ。
父艦レヴィアタンは口を閉じ、頭の側面を向けて盾とする。
「魚雷発射! 海中の雷魔さんを援護であってよ!」
マリアナはその間、法機戦艦に命じ。
法機戦艦の魚雷発射管から、魚雷を多数発射する。
それらは海中に飛び込み、父艦レヴィアタンの腹へと回り込む。
「! これはマリアナ様の……はい、私も!」
それを見た法使夏も、勢い付き。
再び法機ルサールカを駆り、父艦レヴィアタンの腹へと回り込む。
「ふん、また来たか! 雪男の騎士団、迎撃だ!」
「はっ!」
しかしそこには当然、雪男の騎士団が待ち構えており。
父艦レヴィアタンの腹になっている怪物群からの迎撃が、魚雷や法機ルサールカへと放たれる。
「hccps://rusalka.wac/、セレクト 儚き泡 エグゼキュート! マリアナ様のせっかくのご好意、台無しにするわけにはいかないのよお!」
「ぐうう! 左舷被弾!」
「くっ……だが! もうじきに海の赤さは広がる、そうして! この海は我らの独壇場となる!」
グランドは被弾した箇所を見ながら苦い顔をしつつも、何やら意味深な言葉を放つ。
「ああ、そうだなグランド殿……煩わしいものには、さっさと消えてもらわないと! さあ……hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 赤き海 エグゼキュート!」
「! ま、マリアナ様の魚雷が!?」
司令室のアビッツも、グランドの意を汲み術句を詠唱する。
すると、父艦レヴィアタンの周りを薄く覆うようでしかなかった赤い水域は広がり。
かと思えば、それは襲いかかって来る魚雷群を腐食し撃滅していく。
「ははは、さあグランド殿! 後は海中を鬱陶しく飛び回る法機を!」
「ああアビッツ殿、お易い御用だ! さあ……これで終わらせよう!」
「くっ!」
法機ルサールカは先ほどの腐食を見て回頭するが。
そこへグランドも指示を出し、怪物群が父艦レヴィアタンより分離し法機ルサールカへと襲いかかる。
「! 待って、私は動き回れるからまだいいし、ギリシアンスフィンクス艦も飛べるからまだいい……でも、マリアナ様の法機戦艦は!?」
しかし法使夏は、ふと気づく。
そう、今のままではマリアナ座乗の艦が危ない。
「どうしたどうしたあ! 立ち止まっている場合か!」
「! く、もうしつこい!」
が、グランドが差し向けた怪物群も迫り。
法使夏に、マリアナたちを気遣う余裕はなかった。
「ははは、さあ来い!」
と、その時。
別の方向より迫って来る怪物群があった。
「な、また新手の……って、え!?」
法使夏はそれに怯えるが、すぐに不可解なことが起こる。
なんと、その別の方向より来た怪物群は既に迫って来ていた怪物群を撃破したのである。
「な、なんだこれは!? 誰が」
「さあ行くわよ、私の騎士!」
――は、我が姫!
グランドも戸惑っていると。
そこにやって来たのは、法機ヘカテーを駆る尹乃とシュバルツだった。
「く、何だいこいつらは!」
「な、こ、これはワイルドハントであって!?」
海上でも、アビッツやマリアナが戸惑ったことに。
突如としてワイルドハントが、法機戦艦の上空に現れたのである。
◆◇
「あらあら……魔女の娘たちも、続々と来ているわね。」
「ええ……まあ、手応えがあってよさそうです。」
その頃、ダークウェブでは。
尚もこれらの戦いを見ていたアリアドネは、ヴァイスと談笑をする。
「ウウム、ジレッタイ! イッキョニ、ホロボシテシマエ……」
「あら私の王……まあそうお怒りなさらず。今、様子を見ましょう。」
「オオ、アリアタン!」
怒りを露にするタランチュラだが、アリアドネに宥められる。
「(そうだ青夢……力いっぱい足掻くんだ、そうして私たちに立ちはだかれ!)」
ヴァイス――獅堂は、娘へと思いを馳せる。
「姫君……今はあなたこそ、僕のお仕えする人です!」
カイン――矢魔道は別の場所で待機しつつ、アリアドネに思いを馳せる。