#173 草木の滅び
「く、何この喇叭の音は!」
「み、耳障りであってよ……これは!」
「ま、マリアナ様!」
「く、こ、これは!」
東京湾上空に突如浮かんだ、七つの俯いた巨大な人影。
そのうち一つの人影が吹き鳴らした喇叭の音が、今湾に向かおうとしている法機ジャンヌダルク搭乗の青夢や湾内で待機していた法機戦艦内のマリアナ、法使夏、剣人を苦しめていた。
「さあ新たなる木男の騎士団長――幻獣機バルバトスの騎士、ルート・ラディーナ! 今一人目が喇叭を吹き鳴らしました! 今こそ草木の滅びを、齎しなさい!」
「はっ、姫君のご命とあらば……御意に。」
そうして更なるアリアドネの言葉により現れた、幻獣機バルバトス騎乗の騎士ラディーナは。
自分以外にも三人の、それぞれ量産型ではない幻獣機に騎乗した騎士たちを率いて現れた。
いや、それだけではなく。
「! あれは……まさか木男の母艦ユグドラシル!?」
空から現れたのは、かつてアメリカでひと暴れしていた父艦ユグドラシルだった。
「……hccps://baptism.tarantism/、セレクト 巨樹の炎 エグゼキュート!」
「!? な!」
しかしその父艦ユグドラシルを、青夢たちが見ていると。
父艦はたちまち、燃え上がる。
ああ、いいだよ驚けば……これが父艦トールの新しい姿だあ! どうだあ? いいんべ!――
「あ、ああ……」
青夢は呆気に取られながらこの光景を見る。
そう、この光景はまさに。
真の争奪聖杯決戦の際、東京湾に自らの艦体を打ち立てて橋頭堡と成した父艦トールそのものだった。
だが今は、尚も空中で停止したまま父艦ユグドラシルは燃えている。
が、次には。
「! く、なんか火の塊があの母艦から剥がれ落ちて……あ、あれはまさか量産型の幻獣機!?」
青夢が更に驚いたことに。
父艦ユグドラシルの燃え上がる艦体から、火を纏った幻獣機スパルトイが剥がれ。
そのまま凄まじい速さで、街へと向かう。
「ま、マリアナ様!」
「言われるまでもなくってよ……主砲、発射」
「hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
「! な……魔女木さん、あなたという人は!」
法機戦艦内でも、戦闘体勢に入るマリアナたちだが。
青夢も戦闘体勢に入り。
その法機戦艦を通じて、自機の力を大いに振るう。
「四の五の言ってる場合じゃないわ皆! 艦砲射撃で敵機を撃ち落とすの、飛行隊長命令よ!」
「く……止むを得なくってよ!」
「は、はいマリアナ様!」
「ああ、飛行隊長の命令ならば!」
青夢の言葉にマリアナたちも、動き出す。
「我が行手を……いや、王や姫君の行手をあくまで阻むというのか!」
ラディーナは騎乗する幻獣機バルバトスの肩よりこれを見ていた。
弓を携えた狩人のようなその幻獣機はゴグマゴグやグレンデルと同じく、右肩に騎士を乗せる形になっているのだ。
「空飛ぶ法機……我らが王や姫君の行手を阻む敵。ならばその露払いは、この私が……セレクト。矢の雨 エグゼキュート。」
淡々とラディーナが唱えた術句により。
幻獣機バルバトスは構えていた弓に矢を番えて放つ。
その矢は無数に放たれており。
たちまち、法機戦艦や法機ジャンヌダルクを襲う。
「!? く、hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン! hccps://jehannedarc.wac/GrimoreMark、セレクト 栄光の壁 エグゼキュート!」
青夢は再び、自機と法機戦艦に命じ。
光線による防壁を、展開する。
「ふん! 高々そんなものでは防ぎ切れまい……ならば更に追加しよう、防ぎ切れるか小娘え!」
ラディーナは幻獣機バルバトスに命じる。
たちまちバルバトスは、更に矢を番えて放つ。
以前よりも多くの矢が、青夢たちを襲う。
「く! こ、このままじゃ……」
「hccps://graiae.wac/edrn/fs/stheno.fs?eyes_booting=true――セレクト ブーティング "目"! ロッキング オン アワ エネミー エグゼキュート! やっちゃえー!」
「hccps://graiae.wac/deino、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!」
「hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズファング エグゼキュート!」
「01CDG/、デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート!」
「え?」
「! こ、これは!」
が、その時。
放たれた大量の矢を、術句と共に放たれたこれまた大量の誘導銀弾群が迎撃し。
それにより大量の矢は、空中にて一掃される。
「セレクト ブーティング "目"! ロッキング オン アワ エネミー エグゼキュート!」
「!? ……ふん、なるほど。姫君からのお話にあった"目"か!」
それに加えて、今新たな木男の騎士団所属幻獣機四機を照準・足止めしようとしているのは。
「た、龍魔力四姉妹!」
「遅くなったわね……凸凹飛行隊の皆さん!」
「あたしらがいなくて、寂しい想いをさせたな!」
「た、助けに来ました!」
「さあこれで最期だよー、魔男たち!」
飛来したギリシアンスフィンクス艦と、法機グライアイ三機から響く声の主たる龍魔力四姉妹だ。
「だが……甘い! 我々を捕捉したいならば、してみるがいい! そうすることができるならばなあ!」
「ああ、もう! 動き回らないでよ!」
しかしラディーナ以下四人の騎士は、自機を素早く駆り散開し。
"目"に捉えられまいとする。
「ははは、どうしたあ! そんなものか」
「hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン!hccps://jehannedarc.row/GrimoreMark、セレクト オルレアンの栄光弾 エグゼキュート!」
「ぬっ! く、貴様は魔女木青夢か!」
戦乙女の法騎ジャンヌダルクを駆り。
青夢も高速で動きながら、幻獣機バルバトス騎乗のラディーナを捉えようとする。
「皆、私はこの騎士たちを引き受けるから! 皆はあの母艦型幻獣機から出て来てる敵機群をお願い!」
「ふん、言われなくともやるのであってよ魔女木さん!」
「ええ、マリアナ様!」
「魔女木、頼んだ!」
「さあ妹たち、私たちも!」
青夢はそのまま。
凸凹飛行隊にも龍魔力四姉妹にも、指令を出したのだった。
◆◇
「頑張っていますねえ、騎士団長たちも魔女たちも。」
「ええ……」
「……特に、あなたの娘さんも。」
「……ええ、そうでなくては。我々の前にある程度は脅威として立ちはだかってくれなくては、育てた意味がありません……」
ダークウェブの最深部にて。
アリアドネは幻獣機タランチュラに騎乗したまま、ヴァイスと現実世界のこの光景を見て話していた。
「(そう、これは全て私が始めたことだ。だから巻き込むことにはなるが青夢……お前にも最後まで付き合ってもらわねばな!)」
ヴァイス――獅堂が想いを馳せるのは。
全てが始まった、あの日のことである。
◆◇
「……すまないな伊綱保。考古学部のフィールドワークにまで付き合わせてもらって。」
「いやあいいのさ、親父も皆もこの仕事を未だに道楽とか言う中で獅堂。お前だけが、この仕事を認めてくれてるからな!」
時は十数年前。
若き日の獅堂と、傍らにいるは当時考古学者だった総佐――盟次の父である。
彼らがいるのは、何やら所々崩れた洋館のような所だった。
「しかし獅堂……この遺跡に、本当にそんなものはあるのか? その、魔法の手がかりとやらは。」
「ああ、あるさ……そうして持ち帰って、しっかり分析してやらないとなあ!」
半信半疑気味の総佐に、獅堂は自身の胸をどんと叩いて自信を示す。
そうして、その後しばらくして。
「あった……これだ!」
「お、おお……本当にあったとは!」
獅堂は洋館の中から、一つの腕輪を発見して掲げて見せる。
それは何やら、文字が刻まれ。
光の粒が湧き出しては消えて行く、奇妙な腕輪だった。
◆◇
「あの時から始まったこの戦い……始めた者としてのせめてもの責任の取り方は! 今はダークウェブの王と姫君をお守りすることだけだ!」
「あらヴァイス……独り言にしては大きいけれど、わざわざ言ってくれてありがとう。」
「……失礼いたしました姫君。しかし今申し上げました言葉は紛れもなく本心でございます!」
再び、現在。
いつの間にか心の声が漏れていたことにヴァイスははっとなり。
アリアドネに、傅く。
「ええ嬉しいわヴァイス。さあて……そろそろ。」
アリアドネは彼に微笑み返し。
そうして再び、現実世界を見る。
◆◇
「くっ!? こ、この音は!」
そうして、現実世界では。
東京湾に並ぶ七つの人影のうち。
右から二人目が顔を上げて喇叭を吹き鳴らしたのだった。
「ええ、二人目の喇叭吹きよ……存分に吹き鳴らしなさい! 二つ目の滅びの到来を祝福するための喇叭をねえ!」
そうしてまたも姿こそ現さないがアリアドネの声が、喇叭の音に負けじと響き渡る。
「さあ新たなる雪男の騎士団長――幻獣機グシオンの騎士グランド!」
「はっ、姫君! さあて……幻獣機父艦バーサーカーズマーチ、戦闘体勢へ!」
グシオンの騎士ホライズ・グランドにアリアドネは命じ。
グランドは座乗する、宇宙に浮かぶ父艦バーサーカーズマーチに命じる。
かくして戦いは、更に進んでいく。