#172 新たなる円卓の始動
「はーあ……」
「だ、大丈夫なの青夢? 今日は今までで一番青いよ?」
「青夢?」
「……うんごめん。ありがとう……」
懐沢市内の喫茶店にて。
円卓を囲みながら真白・黒日・青夢は茶を飲んでいた。
真の争奪聖杯が決してから、既にひと月ほど経っている。
そして真白と黒日の今しがたの言葉通り、青夢は顔色も青く円卓に突っ伏している。
行儀はまったくよくないが、それを気にする余裕は今の彼女にはなかった。
や、矢魔道さんが魔男の騎士……それだけじゃなくて、お父さんも魔男の、騎士……?――
真の争奪聖杯決戦の後、延々と。
青夢は目の前に示された二つの現実に、尚も押しつぶされそうになっていた。
◆◇
「あ、新しい魔男の12騎士団……?」
青夢は尚も心の整理がつかぬまま、首を傾げている。
時は、あの真の争奪聖杯決戦の直後。
勝ち残った巨男の父艦トールが、突如として現れた騎士たちの幻獣機により喰らい尽くされた直後に遡る。
「ええ……新たなる円卓の幕開けです! これまで12騎士団のそれぞれの頭を担っていた騎士団長たちは一掃され、新たな騎士団長たちが押し立てられましたよ……今日、ここにねえ!」
東京湾上空に浮かびながら、尚もアリアドネは高らかに笑う。
「……お父さん! 何で……何でお父さんがそこに!? 矢魔道さんだって、何で!?」
「ま、魔女木さん……」
青夢の耳にはそんな言葉など入らず。
ただただ二つの現実を受け止め切れずに混乱していた。
「そう、彼——レオシュライン・ヴァイスには色々と協力してもらっていましたよ。いいえ彼のみならず、そこのカイン・レッドラムにもね!」
「き、協力……?」
アリアドネがかけた言葉は、青夢たちを更に混乱させる。
「ええ……ヴァイスが作り上げたこの電賛魔法による支配——白騎士による支配がまず齎され! さらにレッドラムにより、それまで私たちの王と魔男の騎士団以外いなかった騎士団たちが分裂し! 赤騎士による魔男と魔女の争いが齎されたのです!」
「!? き、騎士団たちの分裂……? それってどこかで……」
しかし青夢は混乱しつつも。
アリアドネの今の言葉に、ふととっかかりを覚える。
それは、確か。
元々この円卓は我が王のもの。あとは私だけがお仕えすればよいものを……ある事件により、他の連中も抱えねばならなくなったのだ!――
「あの時マージン・アルカナが――飯綱法盟次が言ってたあの言葉は! 矢魔道さんによって騎士団が増えたってことだったの……?」
青夢ははっとする。
まさか。
「そう、白と赤の騎士! 更にこの世に間接的とはいえ、飢えを齎した黒の騎士は今九州に! そして死を齎した蒼の騎士は……ここにいますね?」
「! ぐ……」
そんな青夢のことなどお構いなしに。
アリアドネは、更に続ける。
黒の騎士とは言うまでもなくシュバルツのことを、そして蒼の騎士とは青夢のことを言っていた。
「白の騎士による支配、赤の騎士による争い、黒の騎士による飢え、蒼の騎士による死! そうして魔男の殉教者たる堕電使たちの求め、魔男の滅び! ……既に、七つの封印のうち六つの封印が解かれています。ついにこの時が来ましたね……間もなく最後の封印――七つ目の封印が解かれようとしています!」
「! む、六つの封印……七つ目の封印……?」
アリアドネはまた言葉を続ける。
青夢たちは尚も混乱し続けるばかりだ。
「ヨシ、アリアタン! イマコソ、ムシケラノゴトキアノマジョドモナド……」
「ええ私の王……そうしたい所ではありますが、あれをご覧ください。」
「……ナニ? ッ!? アレハ!」
そうしてアリアドネが騎乗する幻獣機タランチュラが魔女たちを睥睨したその時。
「くっ!? な、何ですのこの光は……な!」
「あ、アラクネさん!」
東京湾上空に浮かんだ眩い光と共に現れたのは、ダークウェブの女王アラクネだった。
「……お待たせしたわね魔男、魔女の皆さん! そしてダークウェブの王と姫君!」
「やはりまたあなたなのね……ダークウェブの女王!」
アラクネとアリアドネは、間合いをとりながら睨み合う。
「……ようやくお出ましか、形ばかりフォローにでも来たということか。」
盟次はこの状況を見て、ただ一人状況を分かっているということもありせせら笑う。
「さあ……どうするの王と姫君?」
「アア……イマワシキ、ジョオウヨ! ワレノマエニソノカオ、ニドトミセラレヌヨウニ」
アラクネの煽りに、幻獣機タランチュラからは耳障りな声がより怒りを帯びて放たれる。
「お待ちください、私の王よ! ……ここは一度、撤退です。」
「! アリアタン……」
しかしアリアドネは、そんな幻獣機タランチュラを宥める。
「私たちはいずれこの魔女社会を蹂躙し尽くす……七つ目の封印が解かれるその時を待っていなさい!」
そのままアリアドネは右手を魔女たちに突き出して広げ、そこからクモの巣状に展開される光線を放つ。
「! 皆、防御展開よ!」
「! はい!」
「hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン! hccps://jehannedarc.wac/GrimoreMark、セレクト 栄光の壁 エグゼキュート!」
「hccps://sphinx.wac/、セレクト 王獣の守護 エグゼキュート!」
アラクネの呼びかけと共に。
魔女たちは、防御の術句を展開した――
◆◇
かくして、今に至る。
真の争奪聖杯が決したために、ひとまず厳重な警戒体勢は少し緩められ全国に展開されていた強力な法機は撤収し海外の法機は母国に戻ったが。
依然として自衛艦隊による、警戒体勢自体は続けられている。
「(まあ毎度のことながら……真白と黒日にこのことは話せないな。もう仕方ないわね……こうなったら!)」
「あ、青夢?」
「ど、どうしたの?」
青夢はふと、立ち上がり。
またも行儀悪くも、立ち上がったまま紅茶を呑み。
さらにクッキーを掻き込み、ぐっと口周りを右手で拭い。
「……ごめん魔導香、黒日! 私、急用思い出したから、じゃあ!」
「え?」
「あ、青夢?」
そのまま青夢は、走って店外に出て行ってしまった。
「青夢!」
「め、珍しく魔導香と真白の間違い訂正しなかったよね……」
「うん……あと、軽く食い逃げなんだけどね。」
真白と黒日は、訳が分からず立ったまま青夢を見送る。
◆◇
「……やはり来たか。」
「……まあね。お邪魔します。」
青夢は、飯綱法邸の玄関を訪ねた。
盟次も収監は解かれ、軟禁状態とはいえある程度の自由は許される状態になっていた。
要は、赤音やメアリーにミリアと同じである。
「あんた、アラクネさんからいっぱい話聞いてんでしょ!? だったら矢魔道さんのことも……お父さんのことも、聞いてたんでしょ!?」
「単刀直入だな……ああ、その通りだ。しかし前にも言った通り、俺は父を人質に取られている。そうそう勝手には、話す訳にはいかないのだ。」
「! それ、は……」
青夢は食ってかかるように言うが。
盟次の受け流すような言葉に、はっとする。
そうだ、そもそもあの話を盟次に聞かせたのはアラクネ自身。
彼女も信用できるのだろうか?
ますますあのアラクネさんが信用できなくなってよ!――
癪だが、マリアナが以前言ったことと同じである。
「……くっ! 私は、何を信じれば……」
「ははは、思い悩んでいるな! ああ、俺も人生を、あのダークウェブの王やら女王やらには……何より、お前の父には無茶苦茶にされた!」
そうしてしゃがみ込んだ青夢に、盟次は追い討ちとばかりに言葉を浴びせる。
「ええ……ごめんなさい、私のお父さんが」
「ふん、謝って済むことではない故にもはやそんな言葉など無意味! それにもはや俺は、へこたれてばかりではない! ……今はどうせなら筋書き――運命とやらには抗いたいとは思っている。」
「! ……飯綱法盟次……」
しかし青夢は、盟次のその言葉に顔を上げる。
彼のその顔には、僅かながら希望が浮かんでいる。
「ふん、もはや信じられるのは俺自身と、父だけだ! 俺はもう、あの女に利用されるばかりではないと結論が出たぞ! ……だというのに魔女木青夢、お前はまだ過程で止まったままか。全てを救う者が、聞いて呆れるな!」
「! ……そうね。」
青夢はゆっくりと立ち上がる。
そうして。
「あんたなんかに励まされたなんて癪だけど……全てを救うっていうのはもうお父さんがどうとかアラクネさんがどうとか関係なく私自身の願い! だから……私だって、運命と戦う!」
青夢は高らかに、宣言する。
「ふん、お前ごときを励まそうなどとは微塵も思っていないが……ああ、それでこそ俺の敵だ!」
「敵、か……まああんたとは、まだそのままかな。」
盟次の言葉に青夢は、やや不満げである。
と、その時。
「ん、スマートフォンが……もしもし?」
「もしもし、ではなくってよ魔女木さん! 早く縦浜にいらっしゃい、大変なことになっていてよ!」
「ま、魔法塔華院マリアナ……?」
青夢が電話に出るや、マリアナの切羽詰まった声が聞こえて来たのだった。
◆◇
「アリアタン♡」
「ええ改めておめでとうございますわ、私の王……ようやく、こうしてこちらの世界にそのご尊顔をお見せいただけたのですから。」
真っ暗な空間にて。
ダークウェブの王タランチュラ――もとい、幻獣機タランチュラは。
そこに騎乗するアリアドネにより撫でられ、満足げな笑みを漏らしている。
時は、真の争奪聖杯決戦から新たな騎士たちやアリアドネたちが撤退した直後に遡る。
「……お取り込み中の所、申し訳ございません姫君、王! これより我らに、ご指示をいただきたく」
「……ナニ? ワレトアリアタンノヒトトキヲ、ジャマスルノカ?」
「いえ、滅相もございません!」
しかしその真っ暗な空間に響き渡るは、ウィヨルの声である。
「いいのですよ私の王……私が呼んだのです。申し訳ございませんが私の王、そろそろ騎士団長たちもヤキモキしている頃でしょうし。」
「……ワカッタ。アリアタンガ、ソウイウナラバ。」
「……ありがとうございます、私の王! さあ騎士団長たち、よくおいでになりましたね!」
まだ不満げながらも幻獣機タランチュラは、そう言い。
アリアドネは満足げに微笑み、騎士団長たちに呼びかける。
「はっ、我らが王! 姫君!」
それに対しての騎士団長たちの威勢のいい返事と共に。
その12席全てが、次々と照らし出される。
「お待たせしたわね、自分で呼んだというのに。」
「いえ、とんでもございません!! 我ら新たなる魔男の12騎士団、王と姫君をお守りする身なれば!!」
アリアドネの言葉に、12騎士団長全てが恭しく頭を下げる。
「……よくぞいらしてくれましたね、12の新たな騎士団長たち!」
「恐縮至極にございます……」
尚も恭しく、12騎士団長は頭を下げたままアリアドネに答える。
「そう、従順にして協調性のある騎士団長たち。そこには王の威光を傘に着て他騎士団長を出し抜く者も、歪み合う騎士団長たちももういない……完璧な、円卓そのもの……」
「! 姫君、どうなさいました?」
「……アリアタン?」
アリアドネの寂しげな呟きに。
12騎士団長たちと幻獣機タランチュラは、訝しむ。
「……いいえ。何でもありませんわ私の王、騎士団長たちよ。さあ……ヴァイス!」
「……はっ、姫君。」
アリアドネは皆を宥め。
白騎士ヴァイス――獅堂を呼び出し、円卓の第1席たる自席の傍らに立つ彼が照らし出される。
「さあ七つ目の、封印は如何に?」
「……間もなく解き放たれます故、しばしお待ちを。」
「……承知しましたわ。」
ヴァイスの言葉に、アリアドネは満足げに微笑む。
◆◇
「あれが東京湾に……? 一体何が……」
そうして、またも現在。
青夢は、法機ジャンヌダルクを呼び出して搭乗し飯綱法邸から東京湾に飛来したが。
突如として東京湾上空には、七つのローブらしきものをまとい、俯いた人影が浮かんで来たのだった。
「さあ、これにて七つ目の封印は解かれます……一人目の吹き手たる電使よ、最初の奏でをお願いするわ!」
そこには姿こそ浮かばないが、アリアドネの声が響き渡り。
七人の人影のうち最も右端の一人が、顔を上げ。
同時に喇叭を取り出し、吹き鳴らす。
「さあ一人目の喇叭による解放――草木の滅びよ、今ここに!」
喇叭の音に負けじとしてか、尚も高らかにアリアドネの声は響き渡ったのだった。