#161 その名は滝夜叉
「妖術魔二等空曹であります! 本官は」
「あらあら、お友達の術里さんの時と同じなのね! いいのよそんな、堅苦しくしないで!」
「え……し、しかし!」
ダークウェブの最深部にて。
召喚された力華の堅苦しさに、アラクネは微笑んでいる。
「そんなことではなくて……あなた自身の願いを私は聞きたいの。」
「! は、はい!」
しかし力華は、アラクネのこの言葉にはっとする。
アラクネは続ける。
「妖術魔力華さん、一つ聞きます。……あなたが、既に強力な法機を手にしている魔女たちを助けたいと思う理由はなあに?」
「それは……本官、いえ私は! この日本を守りたくて自衛隊に入りました。それが、いつも強力な法機を使う娘たちを後ろから見つめたり援護したりするだけで……忸怩たる思いでした、だから!」
力華はアラクネの問いに答える。
言っている内にその光景が――自衛官たる自分ではなく強力な法機を擁する弱冠十代の少女たちが魔男に、この日本を脅かす敵に立ち向かって行く様が再びありありと浮かぶ。
なおかつその時感じた、自分自身は何もできないのではという無力感も思い出された。
もうこんな思いはしたくない。
「そう、だから……だから、どう望んだの?」
「……はい!」
アラクネの改めての問いに、力華は今度は彼女の目を見つめて言う。
「だから……私も法機の力を得てあの娘たちと肩を並べたい! そうして魔男を、倒したい!」
「ええ……よくぞ言ったわ、力華さん!」
アラクネは力華のその返答に、満足げに微笑む。
そして。
「さあ力華さん……次はその意思を! このダークウェブへと、轟かせるのよ!」
「は、はい! hccps://baptism.tarantism/、サーチ! トゥー ビー ヘルプフル フォー ウィッチーズ! ……!? こ、これって!」
アラクネの促しに、力華が再び検索術句を唱えるや。
hccps://takiyasya.wac/
目の前に浮かんだのは、このURLだった。
「それこそがあなたの求める力よ……さあ、力華さん!」
「は、はい! セレクト、hccps://takiyasya.wac/ ダウンロード!」
力華は力強く、術句を唱える――
◆◇
「くっ、もういいザンス! こうなったら」
「hccps://takiyasya.wac/、セレクト 餓者髑髏 エグゼキュート!」
「!? な、何ザンスかこれは……ぐううう!」
現実世界の、東北方面にて。
ダークウェブとは違いほんの一瞬しか経っていないこちらでは、力華の割り込みで魔法が不発に終わったことをボーンが訝しんでいたが。
突如として、その命令を聞かなかった父艦グリブルンスティから伝わって来た異変を更に訝しむ。
が、そうやって彼が訝しむ間にも。
「こ、これは……!?」
「さあ、捕まえたわ牛男の騎士団!」
父艦グリブルンスティを食い破るようにして出て来たのは、父艦と同じく幻獣機の集合体たる巨大な骸骨である。
「そ、その声って……」
「ええ、妖術魔力華二等空曹であります!」
「よ、妖術魔さん! そ、それは」
「ええ……本官がアラクネさんよりいただきました法機です!」
「よ、妖術魔さんも法機を……」
この様子を見た龍魔力の姉たちも驚く。
いや、姉たちのみならず。
「よ、妖術魔さん!」
末妹もだった。
「この敵艦は本官が引き受けましたので、龍魔力愛三さんは早く関東へ!」
「妖術魔さん……」
「これまであなたたちの力を貸してもらっていた借りを返すまでのことよ、お気遣い無用! 早く!」
「う、うん……ありがとう! 行くよ、ギリシアンスフィンクス艦ちゃん!」
力華の言葉に感銘を受け、遂に愛三が動き出す。
「ふん、ありがたいな自衛官! 邪魔な牛男を抑え込んでくれてな!」
「な……龍男の母艦型幻獣機!」
しかし、翼をはためかせて飛び立とうとするギリシアンスフィンクス艦めがけて龍男の父艦ニーズヘッグが突撃を仕掛ける。
「hccps://graiae.wac/deino、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!」
「hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズファング エグゼキュート!」
「くっ……また貴様らか!」
「! 龍魔力さんたち!」
それを防ぐは、龍魔力の姉たちと自衛艦隊の連携による誘導銀弾攻撃である。
「当たり前でしょ……魔男の汚い手を妹に触れさせなどしないわ!」
「そ、そうです! わ、私たちは愛三の姉なんですから!」
「おう二手乃、珍しくいいこと言うじゃねえか!」
龍魔力の姉たちは、高らかに父艦ニーズヘッグ座乗のバーンに叫ぶ。
「さあ行きなさい、愛三!」
「うん……ありがとう、お姉さんたち!」
愛三は姉たちに守られつつ、そのままギリシアンスフィンクス艦を駆り空を駆けて行く。
◆◇
「そう、これで……これでようやく、魔女の杖のスートはカテゴリーが全て揃ったわ……」
アラクネは力華の法機による戦いをダークウェブの最深部から見守っていた。
「はあ、また力を与えるのだなダークウェブの女王……」
「……あら。そろそろアラクネって呼んでくれないかしら盟次さん?」
と、その後ろより。
盟次が声をかけた。
そう、アラクネがここに呼んだ人物は力華だけではなかったのだ。
「あなたこそ……もう心は決まったの?」
「ふん……さあ、どうかな。」
盟次は、不敵に笑う。
◆◇
「まったく……こんなことになろうとはな。もはや魔男の円卓も崩壊し父さんの命まで握られるとは……ふん、もはやどうにでもなれという者だ!」
時は、少し前に遡る。
警察により身柄を拘束されている盟次だが、もはや支えを失ったためか自暴自棄になりつつあった。
――どうにでもなれ? それはあんまりじゃないかしら。あなたのせいで、どれほどの人が迷惑を被ったと思っているの?
「!? 貴様は……ああご機嫌麗・し・くダークウェブの女王陛下!」
しかしそんな彼の脳内へ。
アラクネの声が響いている。
「そもそもよくぞ私と通信できたものだな……ここは電賛魔法システムには接続できないはずだろう?」
――あら? そんなことでこのダークウェブの通信を阻めないということはあなた自身が知っているでしょう?
「ふん……ああ、そうだな!」
どこへ行けども、この声からは逃れられないということか。
盟次はそう思い知らされ、より不快げになる。
――まあ今のあなたじゃ無理かしらね、自分のやらかしたことの重大さを自覚するなんて。ならいいわ、これを見なさい……
「!? こ、これは!」
が、次の瞬間。
盟次を、不快極まりない感覚が襲い――
◆◇
「!? こ、ここはダークウェブの」
「ええ、ようこそ。」
「! ふん、女王陛下御自ら謁見とは光栄です!」
「あらあら……そんな怒り顔で言われてもねえ。」
気がつけばダークウェブの最深部でアラクネに面通しされていた盟次は、不快さを隠そうともしない。
「まあいいわ……さあ、ご覧なさいな。あなたが招いた戦いよ!」
「な、何? ……! これは」
しかしアラクネは、本題を切り出す。
そうして彼女が指し示した方向を見た盟次は、驚く。
「れ、レイテ様……蝙蝠男と雪男は一体」
「そ、そうね……ここまで激しい爆発じゃ相討ちかも……」
「レイテ様……」
盟次とアラクネ、そしてレイテたちが見ている景色は同じく中部方面の戦場。
今しがた、互いに雷鳴をぶつけ合い起こった大爆発である。
「はあ、はあ! くっ、どこだヒミル卿う! この私直々に!」
爆煙をかき分けながら、クラブはヒミルを探す。
「僕のことかい、ギガ君?」
「! ヒミル卿……さあ、最期の決着だ!」
しかしヒミルは、自ら顔を出し。
それを千載一遇の好機とばかりに、クラブは彼へと迫ろうとする。
が、できない。
「な!? な、何故……」
「そんなことも分からないか……ギガ君! もうすでにどちらかが最期を迎えて決着はついているということじゃあないかい!」
「な……ふん、そうか。」
クラブはヒミルのその言葉を。
自分でも不自然に感じるほど、すんなりと理解できた。
「ははは……やはり、卿を侮り過ぎたか。」
「ああ、ザマあ見ろさギガ君――いや、銀河君。」
「! ふん……懐かしいな、既に捨てた名だ。男女の優位が逆転して絶望したあの日――ギガ・クラブとなったあの日、に……」
クラブは自嘲気味に笑うと。
そのまま爆煙に呑まれ、消えていった――
「……ん? あ、あれは!?」
「ははは……はははは! こんな爆発で僕たちが滅びると思ったかいギガ君! まあ……適度に肥やしにはなってくれたねえ。」
その時、レイテらが驚いたことに。
爆煙の中から、父艦ロキの上半身を生やした死爪艦が踊り出た。
「まあいいか……さあ麗しの姫君! 私蝙蝠男の騎士団長ブラド・ヒミルは、今こうして雪男の騎士団を倒しましたとも!」
ヒミルは死爪艦内で天を仰ぎ。
姫君たるアリアドネに向けて、高らかに唱える。
◆◇
「これが、あなたの招いた結果よ盟次さん?」
「……ふん! 元よりこれは真の争奪聖杯だ、魔男の12騎士団皆が滅ぼし合う運命だったのだよ!」
盟次はそんな中部方面の様子をアラクネに見せられ。
やや苦し紛れな言い分を放つ。
「いいえ、だとしても! あなたが円卓を私物化しなければ、あのタランチュラの暴走を招かずに済んだの!」
「ふん……元はと言えば貴様や魔女木獅堂が余計な手出しをしたからだ! 回避できぬ運命ならば、おとなしくそれを受け入れた方が最初からよかったのだ!」
アラクネの言葉に盟次は、尚も負けじと返す。
「いや待て……そうだ! あの女――魔女木青夢もだ! あの女も貴様や父親同様に、余計な手出しをした! むしろ貴様ら三人が、滅びを早めただけではないのか?」
「あら……中々言うのねえあなたも!」
盟次の言葉にアラクネは、手を上げる。
それは、盟次の父たる総佐の命を握る時の手である。
「ああ……父も息子のこのような情けなき姿を見るのは苦だろう! だからいい……思うがままにやれ!」
「あら……あなた、それを本気で言ってるの?」
しかし盟次は。
もはや自暴自棄のためか、そんなことを言って除ける。
「冗談で言うと思うか!? まったく、これだから……ぐっ!?」
が、次には。
盟次は自らの左頬に受けた衝撃により地に伏す。
アラクネが、彼を平手打ちしたのである。
「くっ……貴様あ! 何を」
「ああら、やっぱり屈辱なんじゃない! 女なんかに引っ叩かれて。何が冗談じゃない、よ! あなたの心にはまだ、諦め切れていない所があるんでしょ!?」
「ん……そ、それは」
しかし盟次は、アラクネのその言葉に俯く。
否定出来なかったのだ、自身の気の迷いを。
「盟次さん……あなたにはやるべきことがある! あなた自身の落とし前はちょっとやそっとで付け切れるようなものじゃないけど、あなただって今それをつけたいでしょう!?」
「くっ……ふん! どこまでも、人の心にズケズケと!」
アラクネの言葉に盟次は憤るが、内心では更に追い討ちをかけられていた。
そう、先ほど自暴自棄になったこともまた真実ではあるが。
それでも。
ただで済むと思わないことだねマージン君……僕を騙してくれたツケは、高くつくよ!――
「……ヒミルとは、決着をつけねば。」
「……あら、今言ってくれたじゃない! あなたの本心を!」
「……!? な、わ、私が!?」
いつのまにか盟次の口を突いて出たそんな言葉に、アラクネは満足げに微笑む。
「……なら行ってらっしゃい! あなたの、望みを果たすのよ!」
「な、何! ぐうあ!」
アラクネは盟次の背中をどんと押し。
盟次はまた、奇妙な感覚に陥り――
◆◇
「!? れ、レイテ様あれは!?」
「あ、あれは……ほ、法機が!? ど、どこの」
そうして、再び中部方面では。
突如として現れた法機パンドラに、レイテたちは驚く。
「おや? あれは」
「ああ、久しぶりだなヒミル殿!」
「! ああ、ああ、ああ……覚えのある声だねえ、ひどく苛立つよおお!」
が、その乗り手――無論、盟次である――の声を聞きヒミルは声を荒げる。
果たして、ヒミルと盟次は改めて相見える。




