#15 凸凹艦内共同生活
「……サーチ! コントローリング 空飛ぶ法機ジャンヌダルク! エグゼキュート!」
「サーチ! コントローリング空飛ぶ法機クロウリー! エグゼキュート!
「……サーチ! コントローリング 空飛ぶ法機カーミラ! エグゼキュート!」
「エグゼキュート!!」
目の前に広がる飛行甲板の上で。
青夢はジャンヌダルクに、ソードはクロウリーに、マリアナはカーミラに、法使夏・ミリアはその子機たる自機に命じ、それぞれにエンジンを起動させる。
法機母艦――一昔前で言うところの航空母艦、所謂空母であるが――の甲板上に、凸凹飛行隊はいた。
魔男との三度の戦いを経た後。
正式に魔法塔華院コンツェルンの傘下となった同飛行隊は、正規任務としては初となる空賊からの輸送飛行船護衛任務を受けていた。
今法機母艦にいるのは訓練のためもあるが。
「くうう! ……よし、安定空域! 周りには、何も不審なものは見当たらず。」
「了解、と言いたい所だけど……雷魔さん、使魔原さん。念のためもう一度調べて。」
「はい、マリアナ様!!」
「むう、魔法塔華院マリアナ!」
「ふふふ……まあ念には念を入れて、よ。もしかしたら、空賊は海上拠点を持っているかも知れないんじゃなくって?」
「くう……」
青夢は食ってかかるが。
今マリアナが言ったように、彼女らが法機母艦にいる訳は、海上の空賊拠点がないか調べるためでもあった。
「まったくもう……魔法塔華院マリアナめ」
「聞こえてますのよ? 魔女木さん。」
「!? な、ま、魔法塔華院マリアナ!」
更衣室にて。
誰もいないことを確認して悪罵を呟いていた青夢だったが、驚いたことにマリアナはいつの間にかいた。
「まあわたくしもね、あなたなどと組みたくはなかったのですけれども……母の命令とあらば、止むを得なくってね。」
「そうよ、マリアナ様のご苦労も知らないで!」
「恥を知りなさい、魔女木青夢!」
「……はいはい。」
面倒くさそうに責め立てて来るマリアナと法使夏・ミリアに、青夢は同じく面倒くさそうに受け流す。
まったく、うっかり愚痴も零せやしないじゃないかと青夢は息の詰まる思いである。
と、その時だった。
「ふう、まったく! この法機母艦とやらはやたら広いな! お陰で迷って……ん?」
ぶつくさと何やら呟きながら扉が開き、ソードが入って来た。
が、瞬時に状況を読む。
今青夢を始めとする女性陣は、皆シャツの前を開け。
あられもない姿を晒しているのである。
「……きゃああ!」
「あ、あなた……失礼じゃなくって!?」
「変態!」
「この痴漢!」
「い、いや待て……これは事故で……ぐあっ!」
お約束と言うべきか、更衣室を覗いてしまったソードは。
そのまま女性陣からありとあらゆるものを手当たり次第に投げつけられK.O.された。
気を失う間際、これならば青夢との初戦で喰らったビクトリー イン オルレアンの方がまだマシだったと思うソードであった。
◆◇
「さあて……ようやくお目覚めねミジンコ?」
「ん……? う、うわ!」
が、ソードの受難はこれでは終わらず。
気づけば、縄で締め上げられていた。
「貴様……よくも、マリアナ様の!」
「こんなトラッシュの貧相な身体なんかどうでもいいけど、マリアナ様の豊満でいらっしゃるご肢体をよくも!」
「いやそれは……事実だけど酷くない!?」
法使夏とミリアのソードへの責めに、青夢が反論する。
確かに、青夢はまだまだ発展途上である。
真白と黒日と着替えている時や入浴中なども、それは強い劣等感に晒されているものだが。
いやだからこそ、そこはあまり触れられたくなかった。
「さあて、ミスター・クランプトン……女神アルテミスの裸体を見てしまった狩人アクタイオンのお話をご存知?」
「な、何!?」
そんな青夢はさておき、マリアナが放ったこの言葉にソードは、訳が分からず困惑する。
「ギリシャ神話の女神アルテミスは、水浴びをしている最中に水を飲みに来た狩人アクタイオンに裸を見られてしまい……復讐として彼を鹿に変えて、彼の猟犬を嗾けて喰い殺させたというお話ですわ。」
「!? ひ、ひいい!」
「(あーらら……)」
遠回しに自分を女神に例え、ソードを八つ裂きにすることをほのめかすマリアナに。
青夢はソードへの怒りよりも、彼女への呆れの方が勝った。
それにしても、どうにもソードは教官やマリアナに怯え過ぎているように見える。
これまでのソードの様子から察するに、首のチョーカーが関与していそうだが。
「(何はともあれ……こいつらとあと何日も過ごさなきゃいけないんだ……)」
青夢は先が思いやられ、ため息を吐く。
と、その時。
「ごめん、失礼するよ! ……まあまあ皆、そのくらいにしなさい。彼も、悪気はなかったんだから。」
「! や、矢魔道さーん♡」
入って来たのは、矢魔道だ。
整備士として、凸凹飛行隊に同行しているのである。
「や、矢魔道様!」
「これはこれは、どうなさいました?」
法使夏・ミリアは矢魔道の姿に緊張する。
「矢魔道さん……しかし、彼は」
「まあまあ魔法塔華院さん! ね?」
「!? ちょっ!」
尚も渋るマリアナの手を取る矢魔道に。
青夢は、嫉妬の声を上げる。
「! ……ま、まあ……矢魔道さんが、そうおっしゃるなら……」
「(……おのれえ、魔法塔華院マリアナ!)」
いつもは澄ましているマリアナも、女子校で男性への免疫がないこともあり紅潮しながら矢魔道の言葉に従う様を見て。
青夢はさらに、嫉妬の炎を滾らせる。
せっかく矢魔道の存在により少しは憂鬱な共同生活もマシになるかに思われた青夢だったが、月に叢雲花に風とはよく言ったものであった。
◆◇
「……騎士団長諸氏。お集まりいただき感謝するよ。」
魔男の円卓にて。
その円卓に向かう魔男の騎士団長マージン・アルカナのみが光に照らされている。
「ああ……まあ、僕の部下がしくじったことについて言い訳はしないが。しかしアルカナ氏よ……君こそ、今この場で叱責されるようなことをした覚えはないかい?」
次に照らされた蝙蝠男の騎士団長ブラド・ヒミルは、少し開き直り気味にアルカナを睨む。
「ああ……確かに、私は独断で戦場に赴いたね。」
アルカナはいけしゃあしゃあと、自身のことを言う。
例の二人の騎士、マギーとダルボが敗れた後に魔女たちと対峙したことだ。
「君があの戦場に赴くなど、この魔男の円卓では議題にすら上がっていなかったことだ! 分かるかい? 君は、この魔男の円卓を侮辱したも同然ではないのか!」
ヒミルの言葉は、話をすり替えようとしているようにも聞こえるが。
幸いというべきか他騎士団長らも、今の事実上のアルカナによる独壇場と化している魔男の円卓を苦々しく思っており、それを指摘する者はいない。
さぞかしさしものアルカナも、悔しく思っているだろう――
ヒミルはそう思い、再びアルカナの顔を見るが。
「確かに! 魔男の円卓で言い忘れてしまったことは申し訳ない。このことは……我らが王の密命であったが故に、仲間内にも明かせなかったのだ。」
「? 何い?」
アルカナの言葉に、ヒミルは首を傾げる。
我らが、王?
こいつは、何を言っているのか。
他騎士団長らも訳が分からず、騒めくが。
「…… fcp> open ×××1.×××2. ×××3. ×××4
NAME:> gests
PASSWORD:> ********」
「!? な、何だその術句は……う! うわあ!」
ふとヒミルやその他騎士団長らは次に、何やらおかしな感覚に襲われる。
それは、彼らは知る由もないことであるが。
青夢やマリアナ、更にソードがダークウェブにアクセスした時と同じ感覚なのである。
あのアラクネの導きにより、アクセスした時と。
が、決定的に違うのは。
アラクネの導きによる時は、アクセスした者が次に味わうのは希望であった。
だが、他騎士団長らは希望ではない、何やら底知れぬ恐怖を感じる。
「……! ここは、そうか……ダークウェブ」
「ああ、さあ皆……我らがダークウェブの、王がお目見えするぞ!」
「!? は、ははあ!」
そして他騎士団長らは。
この時だけ、全てを思い出す。
この闇の中に無数の光の網目が張り巡らされた光景。
さらに、ギチギチという音と共に圧倒的な存在が迫る恐怖を。
「我らがダークウェブの王よ……よくぞ。」
「ははあ!!」
他騎士団長らは平伏したまま、ダークウェブの王を迎える。
全員頭を下げているので、その王の姿は見えない。
が、その底知れぬ恐怖は感じられる。
彼ら全員が幻獣機を得た時、このダークウェブにアクセスして感じ。
現実世界に戻るや否や忘れていたあの恐怖だけは。
「申し訳ございません王よ。機密保持のためにこの者たちは、現実世界では王にまつわる記憶を全て失っております。……しかし、いえ、であればこそ! こうして王の威容を定期的に思い出させねばならないと思いまして、連れて参った次第でございます。」
アルカナが、ダークウェブの王に告げるや。
王は返事なのかギチギチという音を立てる。
他騎士団長らは尚も頭を下げたままである。
いや、正確には上げられないのだ。
やはりあの、底知れぬ恐怖故に――
「……では王よ、また参ります故。…… fcp> close。」
「!? う、うわああ!」
アルカナは王に別れの挨拶をし。
そのまま彼が唱えた術句により他騎士団長らは、再び奇妙な感覚に襲われる。
これは。
しかし、次にふと気づけば。
「!? こ、ここは魔男の円卓か……」
「わ、我らは何を……?」
他騎士団長らは、魔男の円卓に戻っていた。
ダークウェブでのことは、また忘れている。
しかし、覚えていることはある。
「はあ、はあ……し、心臓が」
「い、息が……」
それは、恐怖である。
ダークウェブの王による、圧倒的恐怖。
それだけは、覚えていた。
「さあて……私の一件は」
「そ、そんなことは……もう、どうでもいい。」
徐に放たれたアルカナの言葉に。
先ほどまでは鬼の首を取ったようであったヒミルも、追及を止める。
やはり、恐怖故である。
「そ、それより! つ、次の手だ。つ、次は」
「ははは、まあそんなに焦るなヒミル殿。」
焦り気味に呼びかけるヒミルを、アルカナは静止する。
「今、風の噂によれば……件のジャンヌダルクら強力な空飛ぶ法機を得た魔女たちは、魔女社会の内輪揉めに巻き込まれているようだ。……ならば、十分に潰し合った隙を見てからでも遅くはないだろう?」
「! あ、ああ……」
アルカナの言葉に、他騎士団長らは否応なく応じる。
彼らが覚えている恐怖は、かのダークウェブの王に対してだけではなかった。
無論、それを背景としていることもあるだろうが。
アルカナに対する、恐怖もあったのである。
◆◇
「こちら雷魔! 不審な飛行物体はありません。」
「はい、ご苦労よ雷魔さん……はい、使魔原さんどうぞ。」
「は、はいマリアナ様! こちらも不審な飛行物体はありません!」
「はい、ご苦労。」
その夜。
魔法塔華院コンツェルン傘下の輸送飛行船を護衛するは、マリアナのカーミラとその子機たる法使夏機・ミリア機である。
「(ここで、マリアナ様のお役に立って……あの時の失点を、取り戻さないと。)」
監視にあたっていたミリアが考えていたのは、護送機直衛任務時の自身の失態。
ソードにより機体を乗っ取られてしまったあの出来事である。
「(よりにもよって、あいつやトラッシュと同じ飛行隊だなんて……でも、今はあいつらはいない! これなら……)」
ミリアは青夢やソードのことを苦々しく思いつつも。
今や法機母艦で待機している彼らのことを考えても無駄と思い直し、むしろこの機会をチャンスと考えていた。
と、その時である。
「!? ま、マリアナ様! こちら使魔原、ただいま三時の方向に未確認飛行物体複数確認!」
「おやおや……ようやく、お出ましということですのね。」
ミリアからの報告にマリアナは、口角を上げる。
◆◇
「キャプテン、前方に敵護衛機と思しき機体を確認!」
「よおし……お前たち、臨戦態勢に入るよ!」
「イエス、マム!」
無論マリアナらに迫る飛行物体群は、私掠空賊の黒き空飛ぶ法機たちである。
かくして、空賊と凸凹飛行隊が相見える。