#157 決戦は日本にて
「け、決戦を日本で!?」
青夢は脳内に聞こえて来たアリアドネの言葉に、驚く。
――さあ……雪男、龍男は一旦手を引きなさい! ここは、決戦に備えるのです!
「くっ……はっ、姫君の御命とあらば!」
「くう……し、承知いたしました!」
いや驚いているのは、今アリアドネの声が聞こえている魔男や強力な法機を擁する全ての魔女たちだ。
その中でも今戦闘中の雪男、龍男のそれぞれの騎士団長はアリアドネの言葉に躊躇いつつも。
さりとてそこはダークウェブの姫君の言葉であり、聞かぬ訳にはいかず。
「父艦バーサーカーズマーチ、回頭せよ!」
「父艦ニーズヘッグ、撤退だ! ダークウェブの姫君の御命だからな……」
彼らは自艦を回頭させ、撤退して行く。
「な……ま、まあでもよかった! ……女夭……」
「o、Oh……何とか、戦いは終わったのね。」
オーストラリアと中国。
崩壊しかかっていた二つの戦線は、何とか持ち堪えたのだった。
◆◇
「今ここに遺体としているアルシン・リオル氏――本名、尾魔力有志氏。彼と、死んでいった魔男の人たちに対し……黙祷。」
そして一か月後。
リオル――有志の遺体が運び込まれた関東の作戦本部にて。
この本部にいる者たちも他の作戦支部にいる者たちも、通信によりこの会の様子を共有しており。
皆が揃って目を閉じる。
「……搬出せよ。」
「……ああああ! リオル、ねえ、リオル! リオル!」
「……愛三、待ちなさい。」
「……ここは、見送れ。そっと……」
しかし、北海道の作戦支部に残っていた愛三は。
出棺の時になり、堪えていたものが溢れ出す。
姉たちも、誰もそれを咎められなかった。
「……尾魔力氏は、内乱罪で被疑者死亡のまま書類送検となっている。生死を問わないが魔男の12騎士団長についてもな。」
「はい……」
会が終わり。
マリアナと青夢を前に巫術山は話していた。
当然、その書類送検されよう者の中には。
「あの……飯綱法は」
「ああ……飯綱法盟次容疑者も同様だ。まああの龍男の騎士団長に逃げられた埋め合わせは、これでできるかもしれん!」
「あ、ああ……」
巫術山の言葉に、青夢は少々心苦しい気分だった。
魔男たちの死。
救済の方法は多少判明したとはいえ、未だにそれも確実性に欠ける。
更に先ほどの愛三の涙が、図らずも青夢に改めて教えてくれたのだ。
救われない者がいるとは、どういうことなのかを。
「魔女木さん。まだ、あの魔男たちを全て救おうと考えておいでであって? 恐らくは無理であってよ……あちらは次こそ、命を奪い奪われる覚悟でやって来るわ。そんな相手を」
「……それでも! 私は」
マリアナの言葉に青夢が改めて決意を語ろうとした、その時だった。
「失礼します。魔女木青夢さんはどちらにいますか?」
「あ、はい私ですけど……」
魔女自衛官が、部屋に入って来たのだ。
「飯綱法盟次容疑者が、あなたを相手になら聴取に応じると言っているそうです。どうか、お願いできませんか?」
「えっ!? わ、私を?」
青夢はその言葉に驚く。
◆◇
「まさか……ご指名に与れるとはね。」
「ふっ……ああ、お前には話しておかねばならないと思ってな。下手をすれば有益にも無益にもなり得るこの話を。」
「……へえ。」
ガラスで仕切られた面会室にて。
そのガラス越しに青夢と盟次は、対峙していた。
「……その顔、左の傷は無くなったの?」
「ああ、これは一種のホログラムだったものだ。正体を隠すためのな。」
盟次は青夢にそう明かす。
「へえ、すごいのね魔男の技術は……じゃあ飯綱法盟次。そろそろ」
「ああそうだな……お前とおしゃべりをする時間はないか。」
盟次は少し自嘲の笑みを漏らし。
しかし次には真顔になり、青夢に向き直る。
「一つ、言っておかねばならないな。残りの魔男六騎士団を葬ればそれで終わりと思っているのならば、それは大間違いだ。」
「! ええ、そうよね……後は、あのダークウェブの王様と姫君……」
青夢は盟次の言葉に驚きつつも、その言葉の真意を察する。
そう、残る蜘蛛男の騎士王――タランチュラ。
更にダークウェブの姫君たるアリアドネも未だ健在だ。
「ふっ……やはり何も知らないのだな! 違う、あの者たちも所詮は筋書き通りに動く存在に過ぎぬらしいぞ。」
「な! そ、そんな!」
しかし盟次から出て来た言葉は、思いがけぬものだった。
「じ、じゃあこの戦いはどうしたら終わるの?」
「ははは、それを私に聞くとは! 貴様も落ちぶれたものだなあ魔女木青夢!」
「な、な!?」
青夢はそれについて尋ねるも。
盟次はそんな彼女を笑う。
「む……そうね、あなたなんかに聞いても仕方ないわね。どうせ知らなさそうだし。
「なっ、この! ……ま、まあそうだな! 私もお前らの大好きなあのダークウェブの女王陛下から聞いただけだからな!」
「な! あ、アラクネさんがあなたに何か教えたって言うの?」
「くっ……私としたことが。」
青夢の挑発に乗るまいとしつつ、しかし情報の一つを漏らしてしまったことをアルカナは自嘲する。
「ああ、だが私もその全てをここでは明かせん! あの幻獣機に融合している私の父を人質に取られているのだからな!」
「な……あ、アラクネさんがそんなことを!?」
しかし今度は、青夢がまた驚かされた。
アラクネが人質を?
まさか。
「ああ、だから私も全ては明かせんと言ったのだ! そもそも私が魔男をいとも容易く辞めたのは、それ程の理由でもなくばあるまい?」
「ん……た、確かに、けど……」
が、盟次も青夢に畳みかける。
確かに、今にして思えば彼がどうしてここまで素直に魔男を辞めたのか疑問に思うべきだった。
しかしそれでも、未だに青夢はアラクネがそんなことをするとは思いたくなかった。
「ただ、これだけは言っておこう……我々が戦うべきは、運命だそうだ!」
「う、運命……?」
「ははは!」
青夢が迷っている間に盟次は、それだけ言うや後は口を閉してしまった。
「なるほどであってね……やはりあのダークウェブの女王様は、わたくしたちにとって信用できる方ではなくってよ!」
「な……魔法塔華院マリアナ!」
面会が終わりマリアナと巫術山にこのことを青夢が告げるやマリアナは、すっかり憤った様子である。
「そもそもわたくしたちに、まだあの真の女王とやらに関しての説明も一切なくってよ! そんな状況で」
「だとしても! 私たちがあのアラクネさんの力なしに戦える? 今この日本に迫っている魔男に対抗できるの?」
「……ふん! 魔女木さん、あなたはそれでもよくって? それ以上は考えようともしないのであってね!」
「! そ、それは……」
マリアナと言い合う青夢だが、やや思考停止していたことをマリアナから指摘され黙る。
「……まあそのくらいにしろ魔法塔華院! 確かに魔女木の言う通りだ。まだこの国を守るために彼女たちの力は、必要だからな。」
「! き、教官……」
しかし巫術山はマリアナをやや窘める。
そうして。
「さあて……作戦会議だ行くぞ! 戦略の見直しが急がれるな……」
「は、はい!!」
巫術山は二人を促し。
これから作戦支部と通信での会議をする部屋へと歩き出す。
◆◇
「さあ皆さん、ようこそお揃いで。」
「はっ、ダークウェブの姫君!!!!!!」
アリアドネの言葉と共に、魔男の円卓――既に崩壊したはずの場だ――に未だ残る13席のうち6席が照らし出される。
時は、関東本部でリオルら魔男の弔いが行われる一か月前――すなわちオーストラリア及び中国戦線から龍男、雪男の騎士団が離脱した直後に遡る。
「巨男、龍男、雪男、虎男、蝙蝠男……そして未だ姿を見せませんが牛男の騎士団! 残るはちょうどあなたたち六騎士団だけになりましたね。さあ……今こそ決戦の時です!」
「はっ、承知しております!!!!!!」
六騎士団長は深々と、席についたまま首を垂れる。
「巨男の騎士団長、ゴーグ・アロシグですだ!」
「おかげさまで龍男の騎士団長に返り咲きました、ギリス・バーンでございます!」
「雪男の騎士団長ギガ・クラブ、ここに。」
「虎男の騎士団長アスラン・レーヴェブルクに候。」
「麗しきダークウェブの姫君! 蝙蝠男の騎士団長ブラド・ヒミルでございます!」
「ああ、呼んだザンスか? 牛男の騎士団長ジャード・ボーンザンス!」
六騎士団長たちは更に恭しくも、アリアドネに改めて自己紹介をする。
「うおおおお! そうだべ……倒す、倒す! 他の騎士団を倒して俺たち巨男の騎士がああ!」
「龍男の騎士団こそ至高! 他の騎士団など取るに足らぬ!」
「ああ今すぐ止めないか他の騎士団長諸氏……卿らこそ倒されるべき、滅びるべき騎士団たち!」
「リオルの為にも……本戦、不可敗! 我が虎男の騎士団、負けられぬ!」
「ああまったく、あのマージンも忌々しいが……君たちこそ忌々しいなあ! 大人しく僕たち蝙蝠男の騎士団に勝利を渡してもらえれば!」
「そうザンスねえ……今まで息を潜めていた甲斐がありというものザンス! 我ら牛男の騎士団が、魚男の――ホスピアー殿の仇を取るザンスよおお!」
「ふん、仇などと! 今までさんざっぱら逃げ隠れをしていたのは卿だろうボーン殿!」
「な、何ザンスと!?」
「おほほほ、六騎士団長さん方……一旦直りなさい!」
「!? も、申し訳ございませんダークウェブの姫君!!!!!!」
しばらくは好き勝手言い合う六騎士団長たちだが。
アリアドネからは笑顔で叱責され、再び首を垂れる。
「しかし、ボーン騎士団長。決戦でも逃げ隠れなさるのは感心しませんねえ、折角これまで戦って来て直接間接問わずに他騎士団を滅ぼしていればいいこともあったと言いますのに。そう例えば……滅ぼした騎士団の力を得るとか。」
「! な、何ザンスと!?」
「! な、何だべそれは!?」
「! 初耳に候……」
が、またもアリアドネが放った言葉が場を掻き乱す。
まさか。
「おほほほ、まあそういったこともあるかもしれないというだけよ皆さん! ……まあいいわ。既に崩壊した円卓、もはや睦み合う必要はありませんね? まあ召集をかけるのには便利だったから使ったのだけれど、もう今度こそ使う機会はないでしょうね……では皆さん、良き決戦を!」
「……御意に!!!!!!」
アリアドネは最後に不敵な笑みで締め。
六騎士団長たちもそれに応じて頭を下げ。
円卓の場は、今度こそ完全にお開きとなった。
◆◇
「さあて……どこから攻めて来るんだろ魔男。」
「あら魔女木さん、怖気付かれて?」
「な! ま、魔法塔華院マリアナ!」
そして、作戦会議より一週間後。
マリアナと青夢がいるのは、やはり関東方面。
北海道に、剣人。
東北に、龍魔力の三人の姉。一応は控えで愛三もいる。
中部に、レイテら旧生徒会新候補。
近畿に、ミリアとメアリー。
中国に、赤音。
四国に法使夏。
九州に、シュバルツと"姫"――すなわち、尹乃。
沖縄に、術里たちやアメリカ軍。
「それにしても愛三さんは、控えなのね……」
「仕方なくってよ、今は"戦える人"だけ必要なのだから!」
「もう、あんたは本当に」
「あ、あれは何だ!?」
「!? え?」
しかし、その時だった。
青夢とマリアナの言い合いは、ふと中断される。
東京湾に浮かぶ、それの発見によって。
「あれは……巨大な、燃え盛る木!?」
「ま、まさか木男の騎士団か!? いや、それはもういないはず……何故!?」
それは突如現れた炎と煙を纏う巨木のようなもの。
一見すれば確かに、木男の騎士団が擁していた父艦ユグドラシルかと思われるがさにあらず。
「ああ、いいだよ驚けば……これが父艦トールの新しい姿だあ! どうだあ? いいんべ!」
「あれが、巨男の騎士団の母艦型幻獣機……? いやあれは木の上に、巨人の上半身!?」
その疑問は、少し晴れて来た煙の中に見える光景により氷解した。
木男の父艦ユグドラシルを、倒したことで取り込んだ幻獣機父艦トールだった。
「さあ……決戦一番乗りだああ!」
「くっ……防戦用意!」
この巨男の騎士団による侵攻が、真の争奪聖杯決戦の幕を上げたのである。




