#155 その名はエインガナ
「くっ、これは……このオーストラリアにも、強力な法機があったということか!」
バーンは今しがた攻撃を食らった座乗艦ニーズヘッグの艦体を眺めたのち、目の前の敵機を睨む。
そこには。
「defo! 私がいる限りこのオーストラリアの人々や……動物たちには、手出しできないから!」
法機エインガナを駆る、ミシェル・A・G・イングリードである。
オーストラリア空軍に所属している軍人であり、初花と同様少し前にアラクネから強力な法機を与えられていた魔女たちのうち一人である。
◆◇
「Hi,My Friends! 今日も元気そうね、カンガルーもコアラも!」
時は、一年前に遡る。
ミシェルはオーストラリアの森の中で動物たちと戯れていた。
非番の日にはこうして自然の中を歩くのが、彼女の楽しみなのである。
――動物たちが好きなのね。
「! w、Who?」
と、その時。
どこからともなく声が聞こえた。
それは言うまでもなく。
――私はアラクネと言う者よ……これを見て。
「!? w、What's this! くっ……」
アラクネの声である。
そうしてその声と共に、ミシェルの頭に何やら光景が浮かぶ。
それは。
――よし、当たったわね魔女木!
――しかし……これでは、わたくしたちがここにいますと言っているようなものでは?
――だーかーら、早く移動してって言ってんの雷魔法使夏!
――指図しないでよ魔女木!
――バーン騎士団長……今こそあなたと直に戦えます!
日本での光景だ。
かつてバーンが操る父艦バハムートと。
法使夏操る空飛ぶ法機ルサールカの能力で水流の中を飛ぶ凸凹飛行隊の法機群が。
その水流の大元たるルサールカを先頭に海中を移動しながら空対海の戦いを繰り広げる光景である。
「い、今のは……」
――今日本で行われている戦いよ。この先世界中に……このオーストラリアにも魔女の敵、魔男の手が翳めるかもしれないわ!
「! w、What hell! わ、私はどうすれば?」
光景を見終えたミシェルは、いきなり突きつけられた現実に戸惑う。
まさか。
――早くしないと、このオーストラリアにまで被害が及んでしまうかもしれない!
「そ、そんな……」
ミシェルはしゃがみ込む。
この森も、動物たちも、家族もあんな人たちに踏みにじられてしまうというのか?
――でも大丈夫よ、私があなたに力を与えてあげるから……さあ! あなたの願いを聞かせて、hccps://baptism.tarantism、Search!
「y、Yes! わ、私はこの動物たちも人々も守るわ……Guarding Animals and peoples!」
アラクネのやや唐突な、かつ有無を言わさぬ雰囲気の言い方に。
ミシェルは自分の願いを唱える。
すると。
「! What's this!」
彼女はたちまち、未経験の感覚に襲われ――
◆◇
「ん? こ、ここって……?」
ミシェルはふと、目を開ける。
真っ暗な空間に。
光の線で繋がれた網のようなものが下に見える。
ここは――
「ようこそ……ダークウェブへ。」
「!? ……あ、あなたは?」
無論ここは、ダークウェブの最深部。
そしてそこにいるのはアラクネである。
「私はアラクネ。この空間――ダークウェブの女王と呼ばれる者よ。さああなたに力をあげるわ! でも……まず一つ。あなたは何故、この森を守ろうとするの?」
「! そ、そんなの!」
「I'm born in Australia……私がこのオーストラリアに生まれたからよ! 母国を愛さない人なんて、どこにいるの!?」
ミシェルは、ややアラクネに食ってかかるように言った。
「! I,I'm sorry……私、言い過ぎて……」
「……いいえ、私こそごめんなさい。今ちょっと、言い過ぎてしまったのは私の方だから。」
「m,Ms アラクネ……」
しかしアラクネは、そんな彼女を抱きしめて謝る。
そうして。
「あなたの気持ちは――願いはようく分かったわ! さあ……今一度願いを! hccps://baptism.tarantism!」
アラクネはミシェルに、再び願いを言うよう促す。
「Yeah……Search! Guarding Animals and peoples!
! こ、これは……」
それに応じたミシェルにより、彼女自身の願いが唱えられる。
すると彼女にURLが示される。
hccps://eingana.wac/
「これがあなたに与えられる力よ……さあ、ミシェルさん!」
「Yes……Select hccps://eingana.wac/! Download!」
ミシェルはアラクネの導きにより。
法機の力を、ダウンロードする――
◆◇
「hccps://eingana.wac/、Select! 虹の彼方 Execute!」
「くっ! 左舷被弾!」
「何をもたもたしている、艦載の幻獣機デッドリースパルトイ群を多く発進させよ! そうして本艦は群集形態に移行だ!」
「り、了解!」
そうして、今に至る。
バーンは自艦の周りを飛び回り、虹の火線を次々と浴びせて行くミシェルのエインガナを煩わしそうに睨む。
折角足場を築こうとした所へ、この仕打ちである。
「まったく、あのベリットとやらを送り込んでいたアルカナといい……皆俺の邪魔をするのかあ!」
バーンは怒りに震える。
もはや何度も何度も、こう邪魔されては敵わんと。
「……セレクト、ビーイング トランスフォームド イントゥ 群集形態! エグゼキュート!」
「ああ、幻獣機デッドリースパルトイ群は散開! 構成機群は父艦ニーズヘッグの原形を維持したまま突撃せよ、何が何でもここであの法機を墜とす!」
「はっ!」
「Oh! あれは……なるほど、私を脅威と見做してくれたようね!」
バーンの指令により本格的戦闘形態への移行を見せた父艦ニーズヘッグを見たミシェルは、身構える。
「Yeah……私にそんなに力を使ってくれるなら、出し惜しみをしてはいられないわね! hccps://eingana.wac/、Select! 今際の紐解き、Execute!」
「!? な、何だ! また法機に動きが!」
ミシェルは法機エインガナに命じる。
たちまちエインガナからは虹の七色のエネルギー触手を伸ばし、父艦ニーズヘッグの前衛に布陣する幻獣機デッドリースパルトイ群を拘束する。
「これは!?」
「ご安心を、このようなもの振り切れぬデッドリースパルトイたちではございませぬ……さあ騎士たちよ!」
「はっ!」
バーンは少々動揺するが。
部下たちはデッドリースパルトイ各機を動かしてエネルギー触手を断ち切る。
「Yeah……それは簡単に切れるわ、だけど! その時は」
「!? く、何!?」
が、その刹那。
デッドリースパルトイ群は、一斉に爆発してしまった。
「その時は……The Endよ!」
そう、これぞ法機エインガナの力。
切られた瞬間に繋がれていた者たちを爆砕する、技である。
かくしてオーストラリア戦線も、混乱を窮めて行く。
◆◇
「マージン・アルカナ、手を上げろ! 貴様を拘束する!」
「な、ち、ちょっと!」
関東の作戦本部に、青夢と盟次が降り立つなり。
自衛官たちが銃口を向け、盟次を取り囲んだ。
「魔女木さん、まあ今回ばかりはお手柄であってよ。わたくしたちにとっての憎い仇を、連れ帰ってくれたとは!」
マリアナも珍しく、青夢を誉める。
「そ、そんなんじゃ……とにかく、話を聞いてください!」
「ああ話は連行してからだ……さあ!」
「はい!!」
「ふっ……ああ、私を連れて行くがいいさ!」
「い、飯綱法盟次!」
青夢の引き止めも虚しく。
盟次は、連行されて行く。
と、その時。
「大変です! ち、中国に魔男が!」
「!? な、何! く、今中国地方にいる魔女辺たちは」
「い、いえ中国地方ではありません! ち、中華人民共和国に……!」
「な、何!?」
飛び込んできた女性自衛官の言葉に、場は騒然となる。
◆◇
「やれやれ……まったく、すでに五騎士団が滅びた上に。魔男の騎士団も事実上のリタイア……実に魔男の12騎士団も半減してしまうとはな! だがいい……我々雪男の騎士団は、これより中国を攻める!」
「はっ、クラブ騎士団長!」
一方、その中国では。
幻獣機父艦バーサーカーズマーチを駆る雪男の騎士団長ギガ・クラブが迫っていた。
「まったく……しかし、まだ敵は五騎士団もいるということでもある! ならば……我々はひとまず、ここを足場に」
「hccps://xiwangmu.wac/、セレクト! 死鎌爪 エグゼキュート!」
「!? く、これは!」
しかし、クラブが自艦を香港へと進めようとしたその時。
どこからか光の斬撃が飛来し。
バーサーカーズマーチ艦体を、斬りつける。
ダメージはさほどでもなかったが、クラブは動揺する。
「く、どこかに法機でもいるのか!」
「か、艦後部に機影が!」
「何!? く!」
クラブは艦の後部を睨み、機影を見咎める。
「やはり邪魔をするのか、魔女め! 今すぐ去れ、それならば命は助けてやるぞ?」
「没有……ここから先は行かせない! 私の、朋友のいるこの国には!」
法機西王母を駆りつつ鬼苺は、目の前のバーサーカーズマーチを睨みながら言う。