#154 その名はヘル
「な、何故貴様がここに!?」
第二電使の玉座の制御システム内へとアクセスしたアルカナは、目を丸くする。
それは彼にとって忌々しいダークウェブの女王、アラクネの姿があったからである。
「あら、あなたが求めているのはこれでしょう?」
「!? そ、それは!」
しかしアラクネは、それには答えず。
彼に、URLを浮かび上がらせて提示する。
hccps://hel.wac/
「そう、空飛ぶ法機ヘル……あなたと蝙蝠男の騎士団長が狙っていた力でしょう? 不届きにも、堕電使を全て掌握しようなんてね!」
「! くっ、なるほど……何もかもお見通しか……」
アルカナは彼女の言葉に、表情を歪める。
そう、彼が蝙蝠男の騎士団長ヒミルとの交渉材料としたのはまさにそれだった。
「だが……ならば話は早い! さあそれを」
「でもまだダメよ……」
「なっ!? く、貴様!」
しかしアラクネは、URLをかき消す。
「まあでも……あなたが取引に応じてくれるならあげてもいいわ。」
「と、取引だと!?」
そうしてアラクネはアルカナをじっと見つめて言ったのだった。
「そうね、まずは……これを見なさい!」
「!? な、何だこの頭に感じる違和感は……ぐああ!」
アルカナはそこで。
何かを頭にねじ込まれる感覚を覚え、苦しむ。
しかしその頭にねじ込まれたものを認識してはっとする。
まさか。
「はあ、はあ……い、今のは……?」
「これが世界の真実……あの青夢さんのお父上が起こした幻獣機の爆発の日から、いいえ実際にはもっと前から始まっていた筋書きよ!」
「な、何、だと……」
アルカナは絶望する。
それは、彼がこれまで信じてきた――いや、正確には信じ込まされて来たものを粉微塵に砕くだけの力を持っていたのだ。
「分かったでしょ? あなたが大好きなダークウェブの王は絶対的な存在などではない……もちろん私も。私もダークウェブの王も、所詮は筋書きに踊らされている存在に過ぎないの!」
「く、なるほどな。あの時に事故を起こした幻獣機が他ならぬ貴様だったとは……」
「ええ、そうよ。私は幻獣機にして法機アラクネ。あの時に真の女王を降しダークウェブの女王に挿げ替えられたものよ!」
「……ははは、分かった!」
アルカナは笑い出す。
それは自嘲か、はたまた現実逃避か。
しかしその笑いも長くはなく。
笑うことを止めると、アラクネの方を向く。
「だがアラクネよ……やはり所詮はあの魔女たちの元締めに過ぎんな! 私に先に重大なカードを切るとは、浅はかだった! 私がこのことを世間に公表すれば、こんな魔女社会など!」
勝ち誇るアルカナだが。
「あら……大事なカードは、これから切るのよ?」
「! な、何?」
アラクネの言葉に、首を傾げる。
と、その時。
「がああ!」
「!? と、父さん!」
アルカナは驚く。
何と、魔人艦ブレイキングペルーダに融合している幻獣機ディアボロスに内包されている彼の父・総佐が唸りを上げたのだ。
「ああ動かないで! ……あなたのお父上の生殺与奪は、この私が握っているわ。さあ……頭のいいあなたなら分かるわよね?」
「くっ! 貴様あ!」
アルカナは、彼女の行動に歯軋りする。
元よりイケすかないと思ったが、まさかこんな手まで使って来るとは。
「貴様は、魔女たちを導く者ではなかったのか!? 何故、こんなことをしてまで!」
「ああら、あなたにそんなことを言われる日が来るなんてね……でも! むしろ、私がそういう人だからこそこうするのよ! 私は彼女たちにばかり手を汚させて来た、だから! そろそろ私が、自分の手を汚しても仕方ないわ!」
「や、止めろお!」
アルカナは彼にしては珍しく、無策で感情の赴くままに彼女に訴えるが。
アラクネも覚悟ができているとばかり、一歩も引かない姿勢である。
「ならば要求を呑みなさい……あなたは今明かされた世界の真実を公表せず、私に手を貸す! そうしてくれている以上はあなたに法機ヘルを譲渡し、またお父上の安全も保障してあげる……」
「く、くう……もはやこんなもの、交渉では!」
交渉ではなくもはや、恐喝である。
「あら、あなたにそんなことが言えた義理なの? あなたが今まで他人にやって来た通り、私は多少ズルをしても交渉しようと思っているだけよ!」
「があああ……」
「父さん! 止めろおお!」
アラクネの力による幻獣機ディアボロス――もとい父・総佐の声が響き。
アルカナは叫ぶ。
「頭のいいあなたならもう分かっているんじゃない? 私たちが争い合うことの無意味さを。先ほど私はあの事故の日よりもっと前から筋書きは始まっていたと言ったわ、そしてあの事故が魔男結成の直接の引き金になった……分かるでしょう?」
「ぐっ……」
アルカナはアラクネの言葉に、更に歯軋りする。
魔男もまた、魔女たちにとっては真の敵ではなかったということか。
「この戦いは魔女と魔男がどちらかを滅ぼしてそれで終わりではないの! 私たちが抗うべきは筋書き――運命そのものよ!」
「う、運命……」
「しかしそれは、知っていながら今までその運命に流されて来た私を見れば分かる通り簡単に回避できるものではないの! 回避したと思ったらまた、形を変えて似たような運命が出てきて辻褄を合わせようとする……だから! 私の力だけではどうにもならないの!」
「……それで魔女たちに力を与え、俺をも取り込もうというのか! この、俺を!」
アラクネに彼は問う。
なるほど、それがこれまでのアラクネの暗躍の理由かと。
「ええ、そうよ……さあ! どうするの? 私の要求を呑んでくれるのか否か!」
「があああ!」
「や、止めろ! わ、分かった……呑む、だから! 父に危害は、加えるな……」
アラクネの仕上げとばかりの交渉に対し。
アルカナはついに、折れる。
「……ありがとうアルカナさん――いいえ、盟次さん! さあ約束通りに……これを!」
「ふん! いつか覚えていろ……」
その回答に満足したアラクネは、再び彼の前にあのURLを提示する。
hccps://hel.wac/
「くっ……hccps://zodiacs.mc/thrones、サーチ! ディフィーティング アザー 魔男! セレクト、hccps://hel.wac/! ダウンロード! hccps://pandora.wac/、セレクト 匣封印! エグゼキュート!」
「ええ……さあ行きなさい、飯綱法盟次!」
アルカナいや盟次は、術句を唱える。
すると――
◆◇
「あ、アラクネさん! な、何でマージン・アルカナと一緒にいるの!?」
現実世界は宇宙、第二電使の玉座周囲の戦場にて。
先を越されて第二電使の玉座内にアクセスされてしまった青夢だが、再起動するかのように光り出した盟次の法機を見て驚く。
何とアラクネの姿が浮かび上がったのだ。
「そ、それにマージン・アルカナのそれって……まさか、戦乙女の宙飛ぶ法騎!? な、何で?」
「ああ、簡単なことよ魔女木さん……彼が私に協力してくれるからよ!」
「!? な、え、ええ!?」
更に青夢が驚いたことに。
盟次の魔人艦は、今彼女の弁にもあった通り法騎と化していたのだ。
「で、でも何で!? だってマージン・アルカナは男で……あ!? も、もしかして方幻術と同じ?」
青夢は盟次が法騎に乗っていることを訝しむが。
すぐにその要因に思い当たる。
まさか、剣人のように法機適応可能なのかと。
が、アラクネは首を横に振る。
「いいえ、これは新たな法機ヘルを取り込んだことによるものよ! さあアルカナさん――いいえ盟次さん! 韓国に援護射撃を!」
「め、命令するな! く、しかし了解だ……hccps://hel.wac/、セレクト 地獄誘い! エグゼキュート!」
アラクネに促され、盟次は。
自機たる法騎パンドラ内部に取り込んでいる法機ヘルから、火炎攻撃を地上に放つ。
その火線が目指す先は、無論――
◆◇
「くっ! ひ、ヒミル騎士団長! 宇宙よりまたも攻撃が!」
「何! くそ、何だこれは!」
「私からだ、ヒミル殿。」
「! マージン君……まさか、いや、やはりというか! 何だ、裏切るつもりかい!?」
韓国では。
陽玄の法機九尾狐と対峙していた所へ、予期せぬ方向からの攻撃と声を受けてヒミルが叫ぶ。
「悪いな、ヒミル殿……これはダークウェブの女王からの指示だ、我々は手を切ろうではないか!」
「く、やっぱりね……君を信じた僕が馬鹿だったよ! よりにもよってあのダークウェブの女王と手を組んで僕を嵌めようなどと!」
「ふっ……ああ、騙された方が悪い!」
正確には、少なくともアラクネとあらかじめ手を組んでいた訳ではないのだが。
盟次は裏切ったことは事実であるとして特に訂正せず、ヒミルに返す。
「ふん……一旦退却だ! 死爪艦回頭、戦線より離脱せよ!」
「り、了解!」
「ただで済むと思わないことだねマージン君……僕を騙してくれたツケは、高くつくよ!」
ヒミルは不利を感じ取り、自艦を離脱させて行く。
「! 뭣!? ま、まあいいわ……た、助かった……」
陽玄はいきなり離脱して行く死爪艦を見て首を傾げつつも。
ひとまず戦いは中断されると知り安堵する。
◆◇
「……よくやってくれたわ、盟次さん!」
「ふん……よくも抜け抜けと!」
盟次はアラクネの言葉に、苛立ち紛れに嫌味を返す。
と、そこへ青夢の法騎ジャンヌダルクがやって来た。
「アラクネさん! マージン・アルカナいや……飯綱法盟次。本部から日本に戻るようお達しが来てるわ! さっきもうワイルドハントもあのアンドロメダの魔女バリーさんも地上に降りたらしいから、私たちも早く!」
「ええ、すぐ行きましょう?」
「ふん……行けばいいのだろう行けば!」
「えっと……手を、組んだのよね? ……ま、まあいいわ! さあ行きましょう!」
青夢の言葉に対するアラクネと盟次の反応を見て彼女は。
首を傾げつつも、何となく穏やかではない話し合いが行われたことを察してそれ以上は突っ込まないことにした。
「……アンヌ、ごめん! でも必ず、また来るから!」
青夢は最後に第二電使の玉座の方を振り返りながら言う。
かくして宇宙の戦いは、これにて完全に決する。
◆◇
そして青夢たちに帰還命令が出されたのは、地上の世界各地の戦場でも異変が起きていたためだった。
「o、Oh My God……そんな……」
アメリカでも、アントン以下木男の騎士団が身を呈したことにより巨男の父艦を爆発させた戦場にて。
自機シルフを駆りながらマギーは、爆煙に包まれた光景をただただ見つめている。
少しは友誼を結べると思っていた相手。
彼らが消えていった爆煙の彼方を。
「ミ、Mr.アントン……ん!? o、Oops!」
が、その爆煙から巨大な影が踊り出た。
それはさながら、あの父艦ヨルムンガンドと父艦トールの決戦直後と重なる絵面だった。
そう、その巨大な影とは――
「やあれやれやってくれただなあアントン殿お! まあいいだ……これでこのトールは、新しい力を更に手に入れただし!」
巨男の騎士団長アロシグ座乗の父艦トールだった。
そうアリアドネが挙げた、滅んだ騎士団の中に巨男の騎士団はなかったが。
それはつまり、そういうことであった。
「しっかし、かなり力を消耗しただなあ……戦線離脱するだよ、皆!」
「あいさー!」
が、アロシグは騎士団の様子を鑑み。
そのまま艦を、アメリカの戦線から離脱させて行くのだった。
◆◇
「ああようやく私が返り咲いた……この騎士団の団長の座に! しかし、今度はその騎士団長が占める円卓の席が脅かされようとしているとは! いや、何より円卓はとうに崩壊してしまったとは嘆かわしい!」
父艦ニーズヘッグの艦内で。
目の前に見えて来たオーストラリア大陸を前に龍男の元にして現騎士団長バーンは、深いため息を吐く。
彼が一度更迭された後に騎士団長の任についたベリットは、実はあのナイトメアの騎士然りアルカナいや盟次が龍男の騎士団に紛れ込ませたスパイであり。
盟次がそれらスパイを始めとする子飼いの騎士をアリアドネに没収された際に彼も当然その対象となり、それにより返り咲けたという訳である。
「まあよい……さあて、まずはこのオーストラリアを足場として」
「……hccps://eingana.wac/、Select! 虹の彼方 Execute!」
「くっ!? これは……虹色の光線か!?」
しかし、バーンが張り切って座乗する父艦ニーズヘッグをオーストラリア大陸へと乗り込ませようとしたその時。
突如として何やら虹の火線に、狙い撃ちされる。
それは。
「Yeah……さあかかって来なさいなあ魔男たちい!」
何やら陽気な声が響く法機エインガナからの攻撃である。