#153 滅びゆく騎士団たち
「いやだよお……ねえ、リオル!」
愛三はまだリオルに縋りつきながら、泣きじゃくる。
彼は最終的に、今彼女がいるギリシアンスフィンクス艦の後方にある双猫の戦車座乗の騎士団長レーヴェブルクと。
そして柄にもなく愛三を、命を懸けて救ったのだった。
だがそれは、愛三には受け入れられるものではなく。
今に至る。
「れ、レーヴェブルク騎士団長! 今ならば」
「……去るぞ。」
「! れ、レーヴェブルク騎士団長! しかし」
この様子を双猫の戦車から見ていたレーヴェブルクの側近騎士たちは、彼にこの隙の進撃を進言するが。
レーヴェブルクは意外にも、撤退を指示する。
「魔女たちにより狼男の騎士団殲滅、しからば我らも危険に直面しつつあり。ならば撤退以外選択肢あらんや。」
「し、承知致しました! し、しかしならばリオルの遺体だけでも!」
「いや、あの魔女に委任がよし。魔男に墓なし。ならば、せめて墓を立てること能う者を……」
「……はっ。」
レーヴェブルクの言葉に、配下の騎士たちも納得した様子になり。
その意を汲み取り、彼座乗の旗艦は回頭し去って行く。
「スフィンクスの魔女よ。我が部下のこと、お前に頼まん……」
「! は、はい……!」
去り際に愛三に対しレーヴェブルクは、言葉をかけ。
そのまま旗艦を去らせる。
「や、やっとあのデカい狼を倒したか!」
「ん? こ、虎男の騎士団が撤退して行く!」
そうして自衛艦隊も戻って来るが。
事態を把握しきれていない彼女たちは、撤退する騎士団を見て混乱する。
「うう……ううう! リオル……」
「愛三、応答なさい愛三!」
「! お、お姉さん……?」
と、その時。
長姉の夢零から、通信が。
「大丈夫か愛三!」
「こ、虎男の騎士団がいるって聞いて! さ、さっき狼男の騎士団も北海道に来たって聞いたから心配だったんだけど」
夢零だけでなく、次姉の英乃に三姉の二手乃からも通信が。
「うん、ありがとうお姉さん……私はだいじょーぶ。だけど……リオルが。」
「え!? り、リオル……? ま、まさかスフィンクスの騎士アルシン・リオルのこと!?」
「な、そ、その騎士がどうしたって!?」
「め、愛三! な、何が起きたの!?」
が、末妹からの思いもよらぬ言葉に。
姉たちは混乱する。
「リオルが……私を守ってくれて……死ん、じゃっ、た……」
「! な、ま、魔男があなたを!?」
「ええ!!??」
しかし更に。
愛三からの言葉に、姉たちは驚く。
まさか。
◆◇
「あ、あの爆発は!」
「ほう……? 見て見なければならんなあ、一体どの騎士団長が……ん? これは……」
一方、宇宙でも。
狼男の騎士団の最期を告げる篝火たる、尹乃により貫かれた父艦スコルとハティの――ひいては、その先にある地上の父艦フェンリルの爆発は青夢とアルカナの目にも入っていた。
「ふふふ、新たに狼男の騎士団長が逝ったか……いや、それだけではないな。虎男の騎士団の……騎士団長ではない、一介の騎士か! 騎士団長同士ならばいざ知らず、そんな奴にやられるとは愚か者め!」
アルカナはコマンドを見て、嘲笑する。
「もうこんな所で油を売ってる場合じゃないわね……マージン・アルカナ! そこを退きなさい!」
「おやおや……それは無理だなあ!」
しかし青夢は、もはや出し惜しみは無用とばかり。
そのまま法騎ジャンヌダルクを、アルカナの魔人艦ブレイキングペルーダへと突撃させる。
「この第二電使の玉座には、アップロードされた魔男たちの魂がいるの! だから……今すぐにでも救わないと!」
「なるほど、それが貴様の狙いか。相変わらず全てを救うなどと青臭い夢とは、それを聞いては尚更退けんなあ!」
法騎と魔人艦は組み合いながら、両騎の操縦者同士は舌戦をも交える。
――姫、ウルグルおよびその側近と……リオル、共に討ち死にです。
「そう、報告ありがとう……これで私たちも、手が汚れてしまったのね。」
――いいえ姫! 止めは私と、リオルが自ら! 故に姫が、あのような者のために悩まれることなど
「いいのよシュバルツ、お気遣い感謝するわ……まあ、あなたの姫たる者自ら手を汚すくらいのことはしなくてはね。」
――姫……
一方、そのウルグルを葬った尹乃とシュバルツは地上を見ながら話していた。
シュバルツの報告に尹乃は。
かつてウルグルがそうであったように、そのウルグルを倒した自分は人殺しであるという事実が重くのしかかりそれを必死に噛み締めている。
「でもびっくりしたわ。リオルからの急な頼みをあなた、私に相談なく受け入れたんですもの。」
――ええ、姫……私にはあのリオルの懇願が他人事には思えなかったのです。
尹乃は次に、リオルから協力を頼み込まれた時のことを思い出し始める。
そう、あの時の彼はかなり切羽詰まった様子だった。
頼む、私は! あのスフィンクスの魔女を……龍魔力愛三を救いたいのだ! ――
――奴にとりましては恐らく……龍魔力愛三は、私にとっての姫だったのではないかと。
「……なるほどね、まああなたがそう思ったのなら私に有無を言わさなかった理由も分かるわ!」
――……申し訳ございません!
尹乃の言葉にシュバルツは、改めて謝罪する。
「……さあてと。もはやこの宇宙には用がないわ、地上へ戻りましょう!」
――はっ、姫!
かくして、この宇宙に未だ存在する残り二つの戦場に関しては不可侵とばかりに。
尹乃はワイルドハントを駆り、地上へと降下して行く。
「hccps://andromeda.wac/、セレクト 流星弾 エグゼキュート!」
「おおおお! ……セレクト、生贄一呑み エグゼキュート!」
その残り二つのうち、青夢とアルカナの戦場を除いた残る一つ。
初花が駆る法機アンドロメダは多数の弾を浴びせかかるが。
ホスピアーが最後の意地で動かし続ける父艦ケートスは大口を開けてそれらの攻撃を呑み込んで行く。
「q、Quoi! しぶといわね……」
「はははは! 僕を舐めるなっしょおお!」
そのままこの戦いは、尚も続く。
◆◇
「hccps://sylph.wac/、Select 風元素! Execute! Let's rain!」
「おお! あ、雨だああ! 冷たいだああ!」
そうして、アメリカでは。
巨男の父艦トールが全身より炎放つ形態・炎人形態のまま陸地へと迫っており。
それを防がんとしてマギーのヘリ型法機シルフが、トール周囲を飛び回りながらその炎の勢いと動きを止めようとしていた。
「……なあんちゃってだよおお! ははは!」
「Oops! 何てこと……全然火が消える気配がないなんて!」
が、トールは勢い衰えず。
アロシグを乗せたまま、尚も陸地へと進撃していく。
「あ、アントン騎士団長! 我らも」
「いやまだだ……まだ画期的な策が!」
マギーとやむなく手を組んでいる木男の騎士団。
ズネイにより促されるが、父艦ユグドラシル座乗のアントンは。
慎重居士な性格が災いし、動きが取れずにいた。
「なあるほどお、風の攻撃だか! ならオラたちも!」
「あいさー! ……セレクト、台風の魔神 エグゼキュート!」
「!? こ、これは炎の竜巻……? !? あ、危ない! hccps://sylph.wac/、Select 風元素! Execute!」
「ぐう!? ……ん!? し、シルフの魔女!」
しかし、アントンらが手をこまねいている間に。
アロシグは部下に命じ、父艦トールに融合している別の父艦テュポーンの力を使わせ。
それによりユグドラシルに、炎の嵐が迫るがマギーがシルフを操りその炎の竜巻を防ぐ。
「ははは、いいだよお! だけど……俺たちには勝てないだああ!」
「Oops! きゃああ!」
しかしシルフの風は、炎の竜巻に押し負け。
その竜巻に機体が掠り、機体表面を覆う幻獣機スパルトイは何機かお釈迦となる。
そのままあわや、シルフは墜落しかけるが。
「く、癪だが! hccps://baptism.tarantism/、セレクト 枝籠の中の鳥 エグゼキュート! ぐっ! こ、この!」
「! w、What! R、Resourer!」
何と父艦ユグドラシルが、上部の枝群を鳥籠状に変化させて受け止め。
そのまま、炎の竜巻をもその鳥籠部で受け止める。
「What、だと? それはこっちのセリフだ! 何故法機などでこんな無茶を」
「Yes……あなたたち、一緒に戦っているんだからもうMy Friendよ! まあ、終わったらまた戦わなきゃだろうけど……今は私が、あなたたちも守る!」
「し、シルフの魔女……」
艦内から響くアントンの問いに、マギーは気丈に答える。
「き、騎士団長! このままじゃ」
「! そうか……すまんなズネイにアップルシード! 女にこんなことをさせておいて我ら男が指を咥えているなどと、何と情けない!」
しかし艦体の限界を訴える部下たちの声に。
アントンはようやく、決断する。
「ズネイ、お前の幻獣機マンドレイクをシルフへ!」
「は、はい! ……え!?」
「w、What! な、なんで?」
が、アントンのその言葉にズネイもマギーも驚く。
幻獣機を?
「そうだ! そしてアップルシード! あの巨男の父艦が今出している竜巻の根本に狙いをつけよ! 今度こそ……決着をつける!」
「え!? あ、はい……り、了解!」
アントンは説明はせず。
とにかくやることを、ただただ指示して行くだけだった。
「さあ行かねばな……セレクト! ビーイング トランスフォームド イントゥ 宿木形態 エグゼキュート!」
「! こ、これは!?」
そうして、何と。
アントンが命じるがままに父艦ユグドラシルは、形を変える。
それはまるで槍のような形態――曰く、宿木形態に。
「おおお! 何だ何だあ、何したいか知らないんべが……無駄だよおおお!」
「くっ! それはどうかな…… セレクト、巨樹の雷! エグゼキュート!」
「おお!? な、何だあ艦諸共、向かって来るだかあ!?」
そのまま父艦ユグドラシルは、その形態のまま。
吹き付ける炎の竜巻の中を、迅雷を纏い突き抜けて行く。
それは狙い過たず、竜巻の根元へと刺さり――
「Oops! す、すごい爆風ね!」
中のマギーに感じられるほど、凄まじい爆風が吹き付けている。
そして。
「今だ、ズネイ!」
「はっ! 法機シルフ、幻獣機マンドレイク、幻獣機テュポーン! コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム 幻獣頭法機ギガンティックマンドレイク、エグゼキュート!」
「! w、What happening!? き、機体に幻獣機が……?」
マギーが、更に驚いたことに。
法機シルフに、ズネイの幻獣機マンドレイクと。
今しがた父艦ユグドラシルが突き刺さった父艦トールの箇所よりアントンの操作で引っ張り出された、父艦テュポーンの中核たる幻獣機テュポーンが合体し幻獣頭法機となる。
「安心しろ、すぐに返す……hccps://giganticmandrake.mna/、セレクト 鎮魂の台風! エグゼキュート!」
「! よ、よしいいぞズネイ……さあ、このままだ! このまま雷の嵐を纏い、果てへ行くぞズネイにアップルシード!」
「ははあ!!」
そのままズネイは、ギガンティックマンドレイクに命じ。
幻獣機と法機により全力状態のシルフ――もといギガンティックマンドレイクより齎された大嵐が、そのまま雷纏う槍型の父艦ユグドラシルを包み。
それは父艦トールへと、じわりじわり食い込んで行く。
「ぐああ! アントン殿おおお!」
「!? な、し、シルフ!?」
「ああすまんなシルフの魔女……グッドラック!」
「!? え……Oops!」
そのままギガンティックマンドレイクはマギーを乗せて離脱し。
刹那父艦トールとユグドラシルは、爆発する――
◆◇
「さあ……これで終いにしようっしょおお!」
「Oui……そうね! あなたは私がここに呼び寄せてしまった、だから私がここで!」
再び、宇宙のホスピアーと初花の戦場にて。
さんざっぱら口に流星弾を取り込んだ父艦ケートスと法機アンドロメダは、改めて対峙する。
「さあ……セレクト、生贄一呑み エグゼキュート!」
「行くわ……hccps://andromeda.wac/、セレクト 流星弾!」
そうして両者は、最後の激突とばかりに。
再び父艦ケートスは大口を開けて、法機アンドロメダに突撃を仕掛ける。
それに対して法機アンドロメダも、流星弾を発射すると思いきや。
「星の鎖! hccps://andromeda.wac/GrimoreMark、セレクト 銀河弾 エグゼキュート!」
「! は、ははは……自分を弾丸にするっしょかああ! 面白いっしょおお!」
初花は法機アンドロメダに、銀河に似た様子のエネルギー体を纏い。
今ホスピアーの弁にあった通り自機そのものを、弾丸と化して父艦ケートスに突撃する。
「アンドロメダああ!」
「魚男の騎士団長!」
そのまま法機アンドロメダは、父艦ケートスの口へと飛び込む。
そして。
「ははは! さあ呑み込んでやったっしょおお、これで……ぐうぁ!」
父艦ケートスは、貫かれて爆砕されてしまう。
◆◇
「鳥男、馬男、狼男、魚男、木男……騎士団長たちは次々と逝ってしまう……自ら設定しておいたことだというのに、悲しいことですね。」
「アア、アリアタン……カナシイ、カ?」
「あら私の王! いいえ、王にご心配いただく程では。」
ダークウェブの深奥。
ダークウェブの姫君たるアリアドネは死に行く騎士団長たちのログを見ながらため息を吐いていた。
「そう、あの時から――あの魔女木獅堂が幻獣機アラクネを自爆させることで私の王、あなたと! 真の女王を降した時から全ては始まっているのですね……」
「アア、アリアタン……ソレハ、ワスレラレヌクツジョク、ノハズナノダガ……オモイ、ダセン……!」
タランチュラは悶え、鳴動を起こす。
「私の王よ。お労しや……しかしお落ち着き下さい。そのあなた様の苦しみも、もうすぐ全て終わりますから……」
「アア、アリアタン……」
そんなタランチュラを、アリアドネは宥める。
「やはり鍵を握るのはあなたね……」
アリアドネはそう呟きながら後ろを振り返り、そこに積み上げられた、何やら一抱えほどの破片の山を見る。
その山の上にはややひび割れながらも原型を止めた、人の首のような形の部品があり。
その山の元の形を、物語っていた。
それはかつて、アルカナが恨めしげに見つめていた山。
「魔男と魔女の争いを齎した赤の騎士……カイン・レッドラム!」
「あの時……あの樽奇術さんと握手した時の感覚は。」
その頃、矢魔道は。
前にアンヌと握手を交わした際に蘇った昔の記憶を、再び思い出そうとしていた。
それは忘れもしない、あのアラクネに会った時の記憶。
彼とアラクネは束の間邂逅していたが。
その時アラクネの瞳に映った自分の姿を見た彼はたじろぐ。
それは何とその頃幼いと思っていた自分の、全く幼くない姿だったのだ。
――私は……大河という性別になる!
――ワシは、死ぬのか……?
「こ、これは……死んだサロ殿と、チャット殿の記憶なのか!?」
一方その頃、剣人も。
先ほどのアルカナの記憶と同じく、新たに蘇った自分以外の記憶に悶えていた。
◆◇
「おや……? ははは! 木男と魚男も滅びるとはなあ、ははは!」
「! な……くっ! 早くしないと」
「隙ありだ! hccps://zodiacs.mc/thrones、ログイン!」
「! し、しまったわ!」
そうして、青夢とアルカナの戦場では。
新たな騎士団長たちの犠牲に青夢は動揺した隙を突かれ。
アルカナに第二電使の玉座へのログインの、先を越されてしまった――
◆◇
「……ん? ここは……」
ここは、どこか。
見れば、真っ暗な空間に。
光の線で繋がれた網のようなものが下に見える。
ここは――
まさか。
「わ……私をついにお認めになってくれたのですね、ダークウェブの王よ!」
アルカナは歓喜する。
そう、ここはかつて魔女たちが法機を与えられた場所と同じく。
そして彼女たちには見慣れぬ場所だったが、アルカナには見慣れたもの。
ダークウェブの最深部である。
「ええ、歓迎するわ! ……でもお生憎様。私よ。」
「! な、き、貴様は!」
が、アルカナの歓喜も束の間。
彼の目の前に現れたのは、アラクネだった。




