#143 その名はシルフ
「待っててママ! 今助けに行くから!」
作戦も無視する形で、半ば軍規を無視する形でマギー・I・C・フォスターは地上へ落ちて行く。
ワイルドハントの一部に紛れて宇宙に行き。
そうしてそこから一部を千切るような形で、今アメリカ本国へと落ちて行く最中である。
「感謝するわ、ミスアラクネ!」
そんなマギーが感謝していた相手は、他ならぬアラクネだった。
◆◇
――さあ、力があればどうするの?
「あ、あなたは……?」
時は、まだ沖縄でマギーが自衛隊との共同戦線に当たっていた頃に遡る。
アメリカ本国が襲撃されていると聞いて歯痒い思いをしていた彼女の脳内に聞こえて来たのは他ならぬ、アラクネの声である。
――今は私が誰か、ではなく。あなたの望みを言って欲しいの。さあ……hccps://baptism.tarantism/、サーチ!
「わ、分かったわ……私は、私の母国を救いたい! Saving My Homeland by Myself!」
マギーはアラクネの声に後押しされ、自身の願いを唱える。
すると。
「ん!? こ、これは」
マギーは突如、未経験の感覚に襲われる――
◆◇
「ん……?」
そこでマギーはふと、目を覚ます。
ここは、どこか。
見れば、真っ暗な空間に。
光の線で繋がれた網のようなものが下に見える。
ここは――
「ようこそ……ダークウェブへ。」
「!? ……あ、あなたは?」
そう、ここはダークウェブの最深部である。
「いらっしゃい、私はアラクネ。」
「あ、アラクネ? ……Wow! あの時確か、Aoi=Toichiの傍らにいた?」
「ええ、その通りよ。」
突如見えたその姿に、マギーは合点する。
そう、例の電賛魔法システム障害の際その原因が全世界に向けて発表された時。
あの蒼――クイーン・バベルの傍らにいた人物であると今気づいた。
「……あなた、力が欲しいんだったわね?」
「Y,Yes! 今、ママがいるアメリカ本国に……魔男とかいうTerroristsがいる! だから」
「ええ……母国を、救いたいのよね?」
「! Y,Yes……」
アラクネはマギーの顔を覗き込む。
心の奥底を見通すような目だ。
マギーは赤面し、思わず目を逸らす。
「……と、とにかく! 私は早くママの所へ行かないと! ママが」
「ええ……いいわ! あなたの母国を救いたいと思うのは本気ね……」
「あ、当たり前でしょ!」
アラクネはそこで納得したように言った。
そうして。
「さあ……Let's say Your Wish again!」
「Y,Yes!」
アラクネから願いを再び言うように促され。
マギーは。
「hccps://baptism.tarantism/、Search, Saving My Homeland by Myself!」
願いをとなえる。
すると以下のURLが提示される。
hccps://sylph.wac/
「さあ、Let's Select!」
「Select hccps://sylph.wac/! Download!」
眼前のURLを選びダウンロードしたのだった。
◆◇
「さあどうしたんべ、ホスピアー殿お! セレクト、ファイヤリング 巨神の雷!」
「ふん、舐めるなっしょ! ……セレクト、ビーイング トランスフォームド イントゥ 群生形態 エグゼキュート!」
アメリカ本国バージニア州の海岸。
「OH、My God!」
「Escape! Hurry、Escape!」
逃げ惑う住人たちなどお構いなしに、今ここでは大蛇――幻獣機父艦ヨルムンガンドと。
巨人――幻獣機父艦トールは激しく組み合っている。
そのまま、巨男の騎士団長アロシグがトールに右腕の雷鎚を振り上げさせた隙にパーツ毎に分離した幻獣機父艦ヨルムンガンドが絡みつき動きを封じる。
と、その時。
「Terrorists, Go Home Hurry!!」
「!? な、何だべ!」
「な、何だっしょ!?」
突如としてバージニア上空に、火球が見え。
それはかなりの速度で、地上に落下して来ている。
今の声の主は無論、マギーである。
その火球――空飛ぶ法機シルフを包む幻獣機スパルトイの塊は空中で停止し。
そのまま火を消し、形そのものを空飛ぶ法機シルフ本来の姿であるヘリへと変化させる。
「な、あ、あれは!?」
「へ、ヘリっしょか!? だけどあれは……幻獣機スパルトイの塊!?」
これにはアロシグも、ホスピアーも驚いている。
「Shut up! さあ魔男とかいうTerrorists、私の母国から出て行きなさい!」
「あ、アメリカ人だべか!? あ、アメリカ人があの、ほ、法機? に乗ってるだべか!?」
「……嘘っしょ。」
シルフより響くは、マギーの声。
それは法機がアメリカ人にも与えられたという厳然たる事実を表していた。
「んだば、と行きたいんべけど……邪魔すんなだべ! これは俺たちの戦いなんだべ!」
「そ、そうっしょ! アメリカ人とはいえ魔女ごときは引っ込んでてくれっしょ!」
「ふふふ……Alright! もう言うだけじゃNo useみたいね! さあ……Sylph!」
しかしアロシグもホスピアーも一歩も引かず。
それを悟ったマギーも一歩も引かず。
「巨神の雷!」
「巨蛇の尾!」
幻獣機父艦トールとヨルムンガンドがシルフに攻撃を仕掛け、三つ巴の争いが始まる。
「hccps://sylph.wac/、Select 風元素! Execute!」
自機より体躯で圧倒的に勝る二つの艦からの衝撃波攻撃を同時に仕掛けられても尚、マギーに動揺はなく。
そのまま彼女が命じるがままに、空飛ぶ法機シルフの周囲に旋風を発生させる。
それは単なる風の防壁かと思いきや、さにあらず。
「Let's……Thundering!」
「ぐうあ! な、何だべかこれはあ!」
「し、信じられないっしょ! ふ、父艦並みの雷撃なんてええ!」
アロシグとホスピアーをこれまた動揺させたことに。
その旋風はたちまち雷を纏い、その一閃はより集まってトールの鎚撃とヨルムンガンドの一撃を跳ね返してしまった。
これぞシルフの能力たる、気象――ひいては大気そのものを操る異能である。
一瞬とはいえ宇宙服も着ていないマギーが宇宙に行けたのは、この異能によりシルフ機体内の気圧や大気組成を地表と同じ状態に維持していたためであった。
「まだまだ終わらないわ、Terrorists! さあtyphoon、awake!」
「くっ! あ、あれは嵐だべか!?」
「な、何てことっしょ!?」
そのままマギー自身の怒りを体現したかのごとく。
シルフは飛び上がり、上空で旋風ならぬ嵐を纏う。
そうして――
「……はあああ!」
「ぐうう!」
「く、ヨルムンガンドがあ!」
その嵐はトールとヨルムンガンドを巻き上げ、海に戻して行く。
◆◇
「うむ、何やらワイルドハントから地上に落ちて行く物体が観測されたようだが……アメリカ本国からも中々報告が上がってこないな!」
一方、日本の関東に設けられた作戦本部では。
先ほどから把握し切れぬ状況ばかりが続き、混乱していた。
「(なるほど……米軍のフォスターさんがアラクネさんから法機をもらってアメリカに……でも、これを今言っちゃうと。)」
青夢はそんな中でも、自機ジャンヌダルクの能力により状況を把握していたが。
事情が事情だけに、彼女もそのことを報告できないでいた。
と、その時。
「こちら、九州方面! いえ、正確には日本のことではありませんが……報告いたします!」
「ん? ……ああもう、分からんな! 単刀直入に言え!」
尹乃不在の九州方面を守る自衛隊部隊より、魔女自衛官が通信で報告を入れるが。
今一つ要領を得ない説明に、巫術山は更に混乱させられる。
しかしその疑問と混乱は、次の報告でより深まってしまった。
「そ、それが韓国の方に……ま、魔男の母艦型幻獣機――と呼んでよいのか分からないもの――が迫っているとの報告が!」
「な、何だと!?」
◆◇
「ふん……ようやく我らの戦場が迫りつつあるか……」
報告通り、魔男の騎士団が一つ蝙蝠男の騎士団が巨大兵器が韓国に迫りつつあった。
魔男の巨大兵器。
と聞けば、それは大概魔女たち曰く母艦型幻獣機を指していただろう。
そう母艦型幻獣機――幻獣機父艦とも呼ばれる兵器。
それは、伝説に伝わる獣たる幻獣を象った幻獣機を超大型にしたような兵器のはずである。
が、今韓国に迫りつつあるそれは幻獣の姿を取っていない。
それは、幻獣機父艦という名にし負う船そのままの形をしたもの。
人呼んで、死爪艦。
そして、先ほど発言していた人物はこの騎士団団長たるヒミルではない。
「まったくまったく……ブレイキングペルーダなくしてはすぐにでも野垂れ死んでいただろう! だが、それも終わりだ忌まわしき魔女共。この屈辱、忘れまいぞ!」
「おいおいマージン君。君は後、僕もいなければすぐに野垂れ死んでいたかもしれないだろう?」
そのヒミルに言われ、振り返った人物。
先ほどの発言の主たる彼は、魔男の騎士団長マージン・アルカナである。
「ああ、感謝しているよヒミル殿……よくぞ、今回の件を受け入れてくれたなあ。」
「ああまったく……いきなりでびっくりしたよマージン君! まあとはいえ……君の持って来た情報は実に有用だったよ。」
本来敵対すべき二人が、何故手を組んでいるのかといえば。
それはアルカナの得意技とも言うべき、交渉によるものだった。
◆◇
「fcp> get LaplacesDemon.hcml……全知之悪魔!」
それは、未だヒミルの下に落ち着かぬ内のこと。
アルカナは自機たるブレイキングペルーダ――というよりそこに融合しているディアボロスに命じ。
ある情報を入手しようとしていたのだった。
その情報とは。
「くそっ! 何かないのか蒼の騎士!」
唯一アラクネによる導きではなく法機を得た魔女、蒼の騎士ことペイル・ブルーメの知る情報である。
ダークウェブの王や女王、姫君ほどではないがやはりアルカナにとっては最後まで底の知れない人物だった者。
そして予知を駆使してもやはり全ては知れない人物だが、それでもアルカナは情報を得ようとしていた。
「貴様の言葉の中には……ん?」
が、その時。
アルカナはペイルがその法機の意思たるバベルと交わした言葉を捉えてふと動きを止める。
女王様。あなたの名前を捩った飯綱法バベルという名前もあったんだけど。あからさま過ぎて止めたの。――
「……飯綱法、飯綱法、飯綱法おお! 貴様らごときが、由緒正しきその名を……口にするな!」
アルカナはその言葉に、ひどい苛立ちを覚える。
が、それは彼だけではなかった。
――グルル……ガルルル!
「! この声は我が機ディアボロス……いえ」
彼が我が機と呼ぶ幻獣機ディアボロスもだった。
それはアルカナにとって、単なる自機ではなく。
「……父さん。ええ、そのお怒りはごもっともにございます。ですから……我が飯綱法の誇りを穢す者は許しません!」
マージン・アルカナ――いや、飯綱法盟次は。
今や自機に融合している父――にして魔男の騎士団先代騎士団長ソーサー・アルカナこと飯綱法総佐にそう告げた。
「まったくあんな女と手を組んでいたとはな…… !? こ、これは!」
が、その時だった。
アルカナはふと、ペイルの記憶――というより無自覚に見ていたものの記録からとある情報を得る。
「……そうか、それがあったか!」
アルカナは、笑みを浮かべる。
◆◇
「ふふふ……」
「? どうしたんだいマージン君。嬉しそうだね。」
「ああ、嬉しいさ……やはりせっかくの真の争奪聖杯とは、こうでなくてはな!」
逃げ回っていた頃とは打って変わり、アルカナはすっかり勢いを取り戻していた。
かくして、世界中の人の苦しみなど嘲笑うかのごとく彼がデスゲームと称する世界大戦は駒が進められて行くのだった。