#141 太陽と月、喰らう狼
「こ、これは……」
「どうやら本当のようであってよね……日本の直上にあたる衛星軌道上に、三基の母艦型幻獣機影が確認されてよ。」
「……そうね。」
電使衛星からのデータ解析により、先ほどのサロの声で語られたことがどうやら嘘ではなかったと判明し。
青夢とマリアナは、ため息を吐く。
「ううむ、しかもそこから地上を昼に出来る程の陽光を発することができるなど……一体どんな力なんだ?」
その傍らで巫術山も、首を傾げている。
彼女もまた、この作戦本部となっている関東方面に来ていたのだ。
「それにつきましてはわたくしたちも……申し訳ございません。」
「いや、いい……さて、どうしたものか。」
マリアナの言葉に巫術山は、上空を仰ぐ。
そこには、眩い太陽――いや、正確にはその役割を代行してしまっている魔男の父艦が見える。
「……私が、宇宙に行きます!」
「! 魔女木……」
「はあ、魔女木さん……」
そこで青夢が、声を上げた。
「今のあなたが宇宙に行って、何か役に立てると思って? 今の敵は」
「だけど! ここで……地上から指咥えて見ていても状況が変わる訳ないでしょ? だから!」
「待て、魔女木! 魔法塔華院の言う通りだ。ここは……白魔二等空曹!」
「はい、教官!」
通信を介して、巫術山が声を伝えた相手は沖縄方面の術里だった。
「hccps://vouivre.wac/、セレクト デパーチャー オブ 金剛鎌弾!」
そのまま術里は。
沖縄方面に配備されている自身の乗艦たるウィガール艦とそれに接続されている乗機たるヴイヴルに命じる。
すると、生成された金剛鎌弾は艦の発射ハッチ内に宿り。
ハッチが、上空めがけて口を開く。
◆◇
「ガルルルッ、ワオオオオン! クソカマにクソ野郎! 貴様らなど□▽●✖️」
「ふふふ……さあ、騒いでいる暇あるんならここまで来てみなさいなウルグル殿!」
「ウワオオン! 言ってくれるなあクソカマあ! さあ仔狼たち、行けええ!」
一方その頃、宇宙での衛星軌道上。
狼男、馬男、鳥男の三騎士団はそれぞれに幻獣機父艦や幻獣機飛行艦――いずれも、宇宙活動用に電使翼機関を動力源としている――を駆り睨み合う戦場にて。
ウルグルの命令と共に、幻獣機父艦フェンリルに動きが生じる。
それは命令と共にたちどころに、体の表面を蠢かせ。
それはもともと一つであった艦首——すなわち、狼の頭を三つに増やす。
かと思えばそれは、フェンリル本体より剥がれるように分離していく。
それは頭の身ではなく、見る見るうちにそれぞれの体も生成していった。
やがて本体の幻獣機父艦より、二つの比較的小柄な幻獣機父艦が分離していく。
魔弾駆逐父艦スコルとハティである。
「ああら、戦力を三つに増やしたのねえ……でも。そんなんで私の艦を止められるかしらん? いいえ……そもそも近づけるかしら!」
「くっ! これは……」
「ワオオオン! なるほどお、そりゃあすげえ厄介な話だなあ!」
幻獣機ヒッポグリフに牽引された幻獣機飛行艦太陽車の中でサロは、誇らしげに笑う。
それは夜であった地上に昼をもたらしたことからも窺い知れるように。
今は地上に指向するようにしているとはいえ、高エネルギーを撒き散らすことのできる能力を持ち並みの相手ならばまともに近づくことすら困難な代物である。
だが。
「ふん、ワシらのこの艦は月の属性! ならば、日を受けるなど得意技よ!」
チャットは臆することなく、艦を進める。
幻獣機飛行艦月戦車。
馬型の幻獣機に牽引されているそれは、今チャットが言っているように太陽車がもつ太陽の力を吸収する力を持っている。
よって、さほどの痛痒も感じることなく太陽車に近づくことができるのだ。
「なあるほど……だけど! 月なら月で、あんたらも太陽たる私の引き立て役に回ればいいことでしょうに!」
サロも未だ余裕は崩さないながら、やはり面白くはないという感情を心に満たし。
迫り来る月戦車を睨む。
が、その時。
「ワオオオン! クソカマ共お、二人だけで盛り上がってんじゃねえぞ! 俺もいるんだからなあ!」
「おおっと! く、さっき分離した幻獣機父艦が口はさむのねえ!」
魔弾駆逐父艦スコルが、太陽車と月戦車の間に割って入ったのである。
「くっ、ウルグル殿お! 邪魔を」
「ああ、チャット殿……いやチャットお! 貴様の騎士団は、早く逃げたほうがいいな!」
「何!? ……くっ!」
怨嗟を漏らすチャットに向け、ウルグルが容赦なく告げると。
月戦車の背後より、もう一体の魔弾駆逐父艦ハティが襲い掛かってきたのである。
「くう、このお! hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 月の刃 エグゼキュート!」
しかしチャットも、即応し。
艦体部を光らせ、そこから無数の光の刃を生成し放って行く。
「さあ、どうだこれで」
「ふふふ……甘いわ! さあハティ、hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 月喰 エグゼキュート!」
「! な、攻撃が!」
しかし、フェンリル座乗のウルグルより命令を受け。
魔弾駆逐父艦ハティが、ガバリと口を開く。
するとたちまち、放たれたエネルギーの刃はそこに吸い込まれていき呑み込まれる。
「ば、馬鹿な!」
「くくく……さあクソカマあ! 貴様にもだ、スコル!」
「くっ!」
ウルグルはそこで、太陽車と月戦車の間に配置していた魔弾駆逐父艦スコルを再び動かす。
「さ、サロ騎士団長!」
「慌てることはないわあ、情け無い男たちねえ! 見ていなさい、ここで私が男気を…… hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 日光砲 エグゼキュート!」
しかし、サロも引かず。
そのまま、地上に向けてのみ指向していたエネルギーをスコルの迫る方にも向ける。
たちまち今、太陽車艦体を包み込む太陽型エネルギー体より太陽エネルギーがプロミネンスのごとく飛び出し。
それはそのまま、爆風となりスコルを狙い撃ちする。
「くくく、クソカマあ! だから無駄だってんだよ! hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 日喰 エグゼキュート!」
が、ウルグルも即応し。
その命令を受けたスコルはガバリと口を開き。
たちまち向けられた爆風をそっくり、吸い込んでしまう。
「な!? わ、私の太陽車の爆風を食べたですってえ!」
これにはサロも慄く。
先ほどの月戦車の攻撃と同じく、スコルとハティにはそれぞれ日と月の力を無効化してしまう力があるのだ。
「ガハハハ、見たかあ! ワオーン! さあクソ部下共、スコルとハティであんなクソカマもチャットも一呑みしてしまええ!」
「くうう、ウルグルう! ワシらを舐めるなあ!」
「ええ、私も舐めてもらっちゃ困るわねええ! さあ私の可愛い太陽車ちゃあん、ここは地上を照らしてるだけじゃダメみたいよおお!」
しかしそれでも、チャットとサロは立ち向かう。
元より簡単に滅ぼし滅ぼされないなどと思ってはいない。
何より二人の騎士団長としての矜持が簡単に滅ぼされることなど許さない。
「ワオオオオン! ははは、無駄な足掻きだ! さあ行け」
「!? う、ウルグル騎士団長危のうございます!」
「あ!? ……ぐうっ!」
が、そんなウルグル座乗のフェンリルを。
突如地上からの攻撃が襲う。
「こ、これは!」
「ワオオオオン! これは……そうかそうか、忘れていたぜ! クソアマ共もいるんだったなあ!」
ウルグルは憎々しげに地上を睨む。
◆◇
「うむ白魔二等空曹! よくやった」
「いえ、巫術山教官! 私はまだ金剛鎌弾を発射していません!」
しかしその頃、地上では。
今まさに地対宙攻撃がなされたものの、その構えをしていながらもまだ攻撃をしていない術里は覚えがなく混乱する。
「何!? では一体」
「私です。」
「! 貴様は……"姫"とかいう奴か!」
その攻撃の主は、今九州方面にいるシュバルツの"姫"――尹乃だった。
――ひ、姫を奴呼ばわりなどと!
「いいのよシュバルツ、まあ命令系統を乱す行為お許しください。しかし、一つ提案です……私に、対宇宙攻撃を許してくれませんか?」
「な、何!?」
シュバルツを制しつつ尹乃は、本部に要求する。
「ち、ちょっと"姫"さん、あなた!」
「大変です!」
「! み、ミス・フォスター……」
沖縄から術里も抗議しようとするが、そこへ同じく沖縄に詰めている米軍女性兵士マギー・I・C・フォスターが駆け込んで来た。
「どうしたの?」
「あ、アメリカ本国が!」
マギーは、息を切らしながら言う。
◆◇
「はあい、ママ! 愛してるわ……え!? あ、アメリカに!?」
時は、少し前。
密かに母に電話したマギーはそこで、恐るべき連絡を聞いた。
それは。
「さあて……アメリカ国民たちいい! 貴様らに恨みがある訳ではないっしょ、けど……我ら魚男の騎士団の踏み台となってもらうっしょおお!」
アメリカ東海岸にて。
海から上がってきたのは、魚男の騎士団ひいてはホスピアー擁する幻獣機父艦ヨルムンガンドである。
「待つんべええ、ホスピアー殿おお!」
「おうや……アロシグ殿っしょお!」
が、そこへ。
天より落ちて来るようにして出現したのは、巨男の騎士団擁する幻獣機父艦トールである。
既に右腕は、長い柄を備えた巨鎚型――すなわち決戦兵器形態たる雷鎚形態になっていた。
こうして戦いは、やはり世界に飛び火して行くのだった。