#140 滅びの始まり
「青夢、大丈夫?」
「うん、大丈夫だから。だからさ魔導香……間違えた真白も黒日も、ほら早く!」
「そう……まあ、青夢自身がそう言うなら……わっぷ!」
「え、あ、青夢?」
病室にて。
青夢は自分を見舞いに来てくれた真白と黒日を、突然抱きしめる。
ネメシス星での戦いから、既に一か月が経過していた。
「……私はあなたたち二人に長生きしてほしいから。だから、元気でね。」
「え? あ、青夢?」
「ど、どうしたの? なんか、別れの挨拶みたいな風になってるけど」
「! あ、う、ううん。べ、別にそんなんじゃ!」
青夢は二人と目を合わせる。
二人とも、青夢の中にある何かを感じ取ろうとしている様が見て取れた。
「あ、あと魔導香……じゃなくて真白! わ、私たち親友だよね? 友達以上親友未満なんかじゃないよね?」
「! あ、あ〜青夢ちゃん。もしかして、あの時のことまだ根に持ってた?」
青夢は話題を逸らすべく真白に別の話を振る。
―― ち、ちょ、青夢!
――こ、こらあ! 人の友達以上親友未満をさらっていくなあ!
――い、いやまぐろ……間違った真白、私親友未満なんかーい……
真白は青夢の言葉に、思い出した。
かつて彼女を、友達以上親友未満と呼んだことを。
そして青夢も、先述のような事情がありこの話を振ったとはいえ地味に気にしていることではあった。
「決まってるでしょ! あんなの冗談。私たちは、いつでも親友同士だよ!」
「……本当にい?」
「本当だよ、青夢、真白!」
が、黒日も真白も迷いなく肯定する。
「だーかーら、さっきまでの別れの挨拶みたいなのはナシにしよ! ほら、私たち三人ともまた会うって約束!」
「そ、青夢! まあ顔が青いのはいつも通りだけど……今日は一層青いよ! 今度はちゃんと青くない顔見せて!」
「二人とも……」
青夢は真白と黒日を見比べる。
「……うん、ありがとう真白に黒日! ……あ、間違えた黒日に真白!」
「こらああ! なあにまた体色で間違えとんじゃいい!」
「い、いや真白抑えて! ここは笑顔でしばしの別れでしょ!」
が、結局は決まらない三人だった。
◆◇
「周囲を警戒せよ!」
「はっ!」
女性自衛官たちが動き回る上空にて、ローター音が鳴り響いている。
そのローター音は魔女自衛隊の軍事ヘリである。
更には自衛隊は、街中の地上に戦闘車両をも配備し。
地対空用の誘導銀弾を空に向けて構えるなど、かつての魔男による魔女への宣戦布告――争奪聖杯時を思わせる厳戒態勢が続いていた。
しかしそれはかつてと異なり、日本のみならず世界中がそうであった。
「いよいよ、魔男との最終決戦といった所であってかしらね……」
「は、はいマリアナ様!」
「ああ……」
その状況を地上から見ていたのはマリアナであり。
彼女とスマートフォン越しに言葉を交わすのは法使夏・剣人だ。
この通り戦々恐々としている状況の原因は、他でもない。
――さあ魔女社会の皆さん……これで平和ボケの時代は、完全に終わりを告げます! これより魔男は組織としては解体、内戦となりますから……互いを、そしてこの世界を滅ぼしてもよい戦いにねえ!
こちらはかつての争奪聖杯とは違い、ダークウェブの姫君自らが告げた全面戦争である。
しかも恐ろしいことに。
「魔男が内戦……それも世界を巻き込むなんて!」
「ええ……まったくですマリアナ様!」
「ううむ……」
マリアナたちはアリアドネのその言葉に、身震いしていた。
更に彼女たちはそこまでは知らぬことだが、その内戦により他の騎士団を滅ぼし滅ぼされず生き残った唯一の騎士団のみが残るのが今回の戦いである。
「ミスター方幻術、本当にこれ以上何か分かることはなくって?」
「それは……すまん、俺も前に言った通り」
「ええ、そうであってよね……その円卓とかいう幹部会議には呼ばれるはずもない末端、であってよね?」
「……ああ。」
「もう、使えないわね!」
「……すまない。」
マリアナと法使夏から剣人は、割合理不尽な態度を取られてしまった。
と、その時。
「ごめん、遅くなった!」
「! 魔女木!」
「魔女木さん……」
「魔女木……」
駆け寄って来たのは他ならぬ凸凹飛行隊隊長である青夢だ。
「だ、大丈夫なのか!」
「ええ、こんなことでいつまでもしょげてる場合じゃないし!」
青夢は剣人の言葉に対し、気丈に振る舞う。
「魔女木さん……あなたは何はともあれ、今回は後方からの指揮であってよ! 母からの指令でね。」
「! ええ……そうね。」
が、マリアナの言葉に青夢は、少し忸怩たる想いを抱える。
「魔女木……まあ精々今回は、後ろから指咥えて見てなさい! 私たちがちゃんと戦ってあげるから!」
「ええ、そうね……」
法使夏もやや照れつつ、青夢にそう言う。
今マリアナと青夢がいるのは、関東方面。
北海道に、愛三。
東北に、龍魔力の三人の姉。
中部に、レイテら旧生徒会新候補。
近畿に、ミリアとメアリー。
中国に、赤音。
四国に法使夏、剣人。
九州に、シュバルツと"姫"――すなわち、尹乃。
沖縄に、術里たちやアメリカ軍。
日本はこうした面々により、全面的警戒体制にあった。
「……でも、世界の他の国に強力な法機を送り込めないのは歯痒いわね……」
「……仕方なくってよ。回航させる暇もなければ、こちらも余裕がある訳ではないんだから。」
「……そうね。」
青夢はマリアナと会話をしながら、忸怩たる想いを強める。
全てを救う。
その想いがかつてないほどに、叶えづらくなっているのである。
「……さあ魔女木さん。あなたはもう寝なさい、わたくしの当直の番なのだから。」
「……分かったわ、ありがとう。」
マリアナが妙に親切なことに、普段ならば突っ込みの一つも入れるべき所だが。
青夢は妙に気を使われていることに気づいており、聞けなかったのだ。
◆◇
「……はあ、はあ。」
「どこへ行った、アルカナ殿は!?」
「あちらだ!」
「ふん……ふざけるな無知の騎士団共が!」
一方、この戦いの少し前。
アルカナは、自身を追う魔男の他11騎士団長の追手から逃れていた。
「おのれ姫君……! この屈辱、忘れまいぞ!」
アルカナは、怒りを噛み締める。
「……サロ騎士団長。衛星軌道に乗りました。」
「ご苦労様。では……始めて頂戴!」
「……はっ!」
その頃。
サロ率いる鳥男の騎士団は作戦を、開始する。
◆◇
「起きて、起きて魔女木さん!」
「ん……え!? ご、ごめん私寝過ごした!?」
仮眠を取っていた青夢はマリアナに叩き起こされるが。
天幕から漏れる日の光に、慌てて飛び起きる。
「いいえ、寝過ごしてはなくってよ! ……これをご覧なさい。」
「な、こ、これは!?」
が、青夢はマリアナが差し出して来た時計を見て驚く。
何と、まだ午前2時。
日が差すには早すぎる時間である。
しかし、現に空は黒くなく青い。
と、その時だった。
――おはよう! あ、いいえ……こんばんは皆さん! 魔男の12騎士団が一つ鳥男の騎士団団長タンガ・サロでーす!
「! こ、この声はあのオネエ騎士団長!?」
「ど、どこから聴こえて来て?」
青夢やマリアナは、突如脳内に響いて来たサロの声に周りを見渡す。
――ああ、私ねえ……今宇宙にいるのよ! 私のかわいい艦……太陽車諸共にねえ!
「!? う、宇宙に!」
青夢たちは、更に驚く。
が、これで終わりではなかった。
――あなたたち疑問に思っているでしょうねえ……何でこんな時間に、もう夜が明けたのかって! それはねえ……太陽車の力よん!
「!? な、何ですって!?」
「な、名前からして魔男の戦闘飛行艦……そ、そんなもので太陽の代わりを!?」
マリアナも青夢も、もはや何度目か分からぬ驚愕に襲われる。
まさか。
――さあ、私たちを早く倒さないと。
この艦は地球の自転に合わせて動いているから、本当に夜が明ける時間になったら二つの太陽で日付変更線以西は灼熱地獄よお? さあ、早くなさいな!
「くっ……」
青夢とマリアナは考え込む。
鵜呑みにしていいものか。
しかし、現に夜明けでもない時間だというのに空は昼間だ。
どうすれば――
「おーっ、ほほほ! なあに、私の素晴らしい力の前にぐうの音も出ないかしら?」
「さ、サロ騎士団長!」
「何かしら? ああら……あんたは!」
宇宙のその座乗艦たる、幻獣機ヒッポグリフに牽引された幻獣機飛行艦太陽車から地上を見下ろしていたサロだが。
そこへ。
「ああ、ここはワシら馬男の騎士団の領分だ! 鳥男の騎士団には引っ込んでもらおうかあ!?」
幻獣機飛行艦月戦車を擁する、チャット率いる馬男の騎士団が。
いや、それだけではない。
「ウワオオオン! よおおクソカマあ! そしてチャット殿お! こりゃあいいぜえ、活きのいい獲物が二匹も! 大量だああ!」
「あらあら……その他に品のない方まで来るとはねえ! こりゃ、ますます楽しくなりそうよねえ!」
幻獣機父艦フェンリルを擁する、ウルグル率いる狼男の騎士団までもが。
「き、急に空が昼に! ……どうしたんや、姐様?」
「赤音……来たわ、魔男たちが!」
「な、何やて!?」
その頃、中国地方の赤音は。
サロの指向性音声が聞こえず、よって状況が見えずに混乱するが、アラクネの言葉に空を見上げる。
魔男に残されたただ一席を巡る真の争奪聖杯は、こうして幕を開けた。