#139 堕電使たちの求め/円卓の崩壊
「アンヌ……」
青夢は目の前の光景に、肩を落とす。
自機ジャンヌダルクから放たれた、アンヌの意思を内包したエネルギー体はシャルルたちを巻き込み法騎イザボー・ド・バヴィエールを取り込み(ついでに彭侯も取り込み)。
そのエネルギー体は内包している者たちを焼き尽くし、瞬く間に消滅させてしまった。
その残滓というべきか、光り輝くエネルギー粒子が地上に降り注いでいる。
それは綺麗ではあるが、青夢の心を癒すものにはならない。
「アンヌ……」
「魔女木さん!」
「まったく、ようやく捕まえたわ魔女木! 世話が焼けるわね!」
「魔女木、大丈夫か?」
そこへ、マリアナたちの機体群が青夢のジャンヌダルクを取り囲む。
「み、皆……うん、ありがとう……」
「!? ……も、もう……あなた! 本当に魔女木さんであってよね?」
茫然自失とする青夢の言葉に、マリアナは混乱する。
青夢が(マリアナや法使夏の弁を借りるならば)素直に彼女たちに礼を言うという普通のことができていたのは青夢の中身がペイルだったからだと既にマリアナたちは知っていたからだ。
それ故に、今回も中身はまだペイルなのではと彼女たちが青夢を疑うことは無理からぬことだった。
「うん、大丈夫……」
「……そう、まあ何はともあれ……わたくし以外の相手に屈していなくて何よりであってよ!」
「そ、そうですねマリアナ様! ……ま、まあ私も! まだミリアのことで返しきれていない借りがありましたから!」
「魔女木……無事でよかった。」
「……うん、ありがとう。」
マリアナたちがそれぞれに素直ではない言葉をかける中で、剣人のみが素直に青夢の帰還を喜ぶ。
――姫。
「ええ、悔しいけど。あのイザボー・ド・バヴィエールをやられちゃったという訳ね……まったく、私の獲物だったものを。」
――……申し訳ございません。全ては私の及ばぬ点が原因でありまして、あの凸凹飛行隊とやらは今回ばかりは
「あら? そんなこと誰も言っていないわ。シュバルツ、もしかして。あなたあの娘たちに情でも湧いたかしら?」
――め、滅相もございません! 私は、姫一筋でございます!
「ええ、分かっているわシュバルツ……今のはただの意地悪。」
――……解せず、申し訳ございません。
「ほほほ、だからいいのよ!」
尹乃はワイルドハント中核部で、シュバルツと戯れる。
と、その時だった。
――!? ひ、姫! あれは!
「なあに、シュバルツ……ん!? あ、あれって!」
「ま、マリアナ様!」
「どうしたのであって、雷魔さん……な!?」
「ば、馬鹿な!」
「そ、そんな……ね、ネメシス星が!?」
シュバルツも尹乃も、凸凹飛行隊の全員も驚いたことに。
なんとネメシス星――もとい、第二電使の玉座の姿が、透明になって行くのだ。
「あ、アンヌ!!」
青夢は手を伸ばすが。
第二電使の玉座は、完全に透明になりはたと消えてしまった。
「まったく、重ね重ね情けないわアルカナ……あら?」
ダークウェブの最深部。
ここで宇宙戦を見守っていたアリアドネだが、ふと気づく。
――ダーク、ウェブノ、ヒメギミヨ……
――ワレラノフクシュウヲ、ドウカ……
「あらあら……あなたたちはダークウェブにアップロードされた魂――堕電使たちね。」
いわば、魔男の殉教者たちである。
その者たちが、復讐を求めていた。
「……でも、今は待ちなさい。その内に、ね……」
アリアドネは微笑み、堕電使たちを宥める。
その後、第一電使の玉座に一時駐留した青夢たちは地上の本部より帰還を命じられ。
地上に、帰ったのだった。
◆◇
「ええ〜、魔法塔華院社長! それは本当ですか?」
「はい、今回全世界の皆様には多大なご心痛をおかけし申し訳ございません……」
記者たちの前でマリアナ母は、頭を深々と下げる。
ネメシス星の決戦より一週間ほど経ち。
彼女は、電賛魔法システム障害について謝罪会見を開いていた。
「社長! 謝罪ではなく。私は、今回の電賛魔法システムと法機の安全性が保証できる目処が立ったというのは本当かとお聞きしているんです!」
「あ、はい。その通りです。」
マリアナ母は、記者たちに答える。
既にあの十魔女蒼――クイーン・バベルが世界に、今回の一件について明かしている。
マリアナ母もそれに捕捉する形でいくらか未公開の情報を開示しているが、それも全てではない。
無理もない。
今回の件は、真実を全て公にするということはできないからだ。
◆◇
「ふんふん……VI、そして意思を乗っ取られていた……と?」
「は、はい! し、信じてもらえるかどうかは分かりませんけど……」
会見の前日。
大事を取り入院中の青夢の病室を、マリアナ母が訪ねていた。
今回の一件について、説明を求めるためだ。
「……既に公開されている情報を鑑みるに、それほど大きなズレはなさそうね。よって……私はあなたの言葉を信じます。
「あ、ありがとうございます……」
青夢は、マリアナ母に頭を下げる。
「でも申し訳ないわ……今回のVIとやらや、あなたがそれに乗っ取られていたという話は公表できません。更なる混乱を招く恐れがありますから。」
「は、はい!」
しかしマリアナ母は、こう言った。
確かにVI――人工知能が人の意思を乗っ取るなどとおいそれと公表できる話ではないだろう。
それは青夢も、理解できた。
「……青夢さん。」
「は、はい! ……え?」
青夢はマリアナ母に反射的に答えるが、苗字ではなく名前を呼ばれたことに驚く。
「空宙都市計画はね、あなたのお父様の魔女木獅堂さんが取り組まれていたものだったの。」
「!? おと……いえ、父が?」
が、青夢は更に驚く。
父はこの魔女社会構築に尽力した人物であるため、マリアナ母が彼を知っていること自体はおかしなことではないのだが。
青夢たちが予てより取り組んでいた空宙都市計画。
それも父が取り組んでいたものと聞いて、ますます驚いたのだ。
「今回の一件で第二電使の玉座も行方不明になり、完全に空宙都市計画は頓挫してしまったわ。」
「も、申し訳ありません……」
「いいえ、私が言いたいのはそんなことではないわ。」
マリアナ母は、再び青夢を見つめる。
「あなたはしばらく、ゆっくり休んで。だけどその間に……この文章について、考えて欲しいわ。」
「……は、はい! え?」
マリアナ母はそう言うや、一枚の紙を青夢に差し出す。
「その文章はあの空宙都市計画の計画書最終ページに書かれていたものよ。あなたなら分かるんじゃないかと思ってね……それじゃ。」
「あ、は、はい!」
マリアナ母はそう言うや、病室を出る。
青夢はそれと共に、紙を読む。
そこには、こう書かれていた。
恐らくは、青夢の父の言葉で。
私は"バベルの塔"を、神のお怒りを買わぬやり方で建てたつもりだった。
実際、建てている最中に神の罰は受けなかった。
だが、それは勘違いであることに気づくべきだった。
何故なら神罰は、その"バベルの塔"が完成することそのものだったからだ――
◆◇
「……しかし、皆様! 今後は法機の安全性を保証いたします! ですからまた魔法塔華院コンツェルンを、よろしくお願いします!」
再び、会見の場では。
マリアナ母は様々な思いを抱えつつも、最後はその言葉で締める。
◆◇
「アンヌ……私は絶対にあなたの犠牲を無駄にしない! だけど……この言葉の意味は。」
その頃。
青夢は病室で一人、マリアナ母に渡された紙と睨めっこをしていた。
「魔法塔華院に雷魔。入らないのか?」
「え、ええ! まあそうしたいのは山々であってよ、だけど……な、何か気が引けてしまってよ!」
「は、はいマリアナ様! 私もです。」
「まったく、相変わらずだな。」
マリアナと法使夏、剣人は病室前で入り渋っていた。
と、その時だ。
「!? あ、あれは!」
「! どうした、魔女木!」
「ああ、ミスター方幻術勝手に!」
「そ、そうよまったく! ……って、え!?」
病室内から青夢の声が聞こえ。
剣人にマリアナと法使夏は、病室内に入る。
しかし、その窓から飛び込んで来たのは。
「ご機嫌よう……世界の皆さん!」
空に浮かんだアリアドネの姿だった。
◆◇
「つくづく失望しましたよ……アルカナ殿! あれだけ大口を叩いておきながら、この有り様とは。」
「も、申し訳ございません……」
時は数日前、魔男の円卓にて。
11騎士団長たちの前でアルカナは、アリアドネから叱責されていた。
無論あの三騎士団長もいる。
アルカナ共々ジャンヌダルクのエネルギー体爆発に巻き込まれた彼らだが。
かろうじて生き残った輸送型幻獣機スパルトイを魔人艦ブレイキングペルーダに接続し地上に帰還したのだった。
「まったくっしょ、アルカナ殿お!」
「寝言は寝てから言うザンス!」
ホスピアーとボーンは、鬼の首を取ったように言う。
「あなたたちも……いえ、そこの三騎士団長を始めとしてこの騎士団長全てが人のことを言えた義理ではありません!」
「す、すみません……」
しかし、アリアドネに彼らや他騎士団長共々窘められてしまった。
「まあいいわ。では単刀直入に言います! ……マージン・アルカナ――ひいては、魔男の騎士団より第十三席を剥奪します!」
が、アリアドネは、次の瞬間アルカナに告げる。
それはもはや、最終通告だった。
「!? な……は、はい!」
アルカナはアリアドネの有無を言わさぬ言葉に素直に従う。
が、彼にはまだ策があった。
それは無論、他騎士団に紛れ込ませているスパイである。
しかし。
「それとマージン・アルカナ……あなたが従える騎士たちと、あなたが他の十二騎士団に紛れ込ませたスパイもここで回収させてもらいます。」
「な!? そ、それでは」
アリアドネはそんな彼の意図を読んでか、彼に更なる通告をする。
「な、何ザンスか!?」
「そ、そうザンス! す、スパイ……?」
「ええ、アルカナ殿は子飼いの騎士を他騎士団に紛れ込ませていたのです。……さあ、アルカナ殿。今までたっぷりと恩恵には預かって来たでしょう? なら……次はようやく、あなた自身の力を見せる時です。」
「な!!!???」
「くっ……」
アルカナの事実に他騎士団長は、驚愕している。
が、アリアドネは構わず続ける。
「さあ、これで第十三席は空きましたね……ではこれより! 真の第十三席争奪聖杯としましょう。しかし、その勝利条件は以前の――紛い物の争奪聖杯とは違います。」
「……はい??」
アルカナを除く騎士団長たちは、顔を見合わせる。
真の第十三席争奪聖杯?
「ここにいる騎士団のうち、勝利条件を満たして争奪聖杯を制するのはただ一つです! ……他の騎士団を滅ぼし、滅ぼされなかった騎士団だけが! 第十三席を取り、争奪聖杯を制するのです!」
「なっ!?」
が、アリアドネのその言葉は。
騎士団長たちを――この魔男の円卓を、大いに揺るがす。
「ええ、従って……もはや、仲間などと言い合う必要はありません。これからは滅ぼし滅ぼされる者同士、ならば……本日をもって魔男の円卓は、解散とします!」
アリアドネは今度こそはっきりと、高らかに告げる。
◆◇
「さあ魔女社会の皆さん……これで平和ボケの時代は、完全に終わりを告げます! これより魔男は組織としては解体、内戦となりますから……互いを、そしてこの世界を滅ぼしてもよい戦いにねえ!」
「な……!?」
再び、病室の窓から青夢たちが見る中。
アリアドネの言葉は高らかに、魔女社会へと響いていった。




