#138 乙女の献身
「まさか……魔男たちに記憶が戻るなんてねえ! ……どうしたものかしら、女王様?」
――ええ……ええ、ええ、ええ、ええ!! ひどく腹立たしいわ、この世に私の意に沿わぬものがあるなど……最悪よ!
「女王様……やはり、私とあなたは一心同体ねえ!」
目の前で繰り広げられている光景に、ペイルとバベルは。
揃って怒りを、露にする。
そのペイルたちが駆る法騎イザボー・ド・バヴィエールと、目の前の自身を象ったエネルギー体を纏う法騎ジャンヌダルク。
今やその戦いは、佳境を迎えようとしていた。
「魔女木青夢……!」
「ええ、ペイル・ブルーメ。私もアンヌも、あなたたちと同じことを望んでいるわ……決着をさっさと着けることを!」
ペイルとバベルからの怒りを受け、青夢は強く言葉を返す。
「ふふふ……素敵よおその姿! なら私たちも似せてもらうわあ……さあ、女王様!」
――ええ……hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト 王権否定!
hccps://IsabeauDeBaviere.wac/GrimoreMark、セレクト 高貴なる女王 エグゼキュート!
「! はあなるほど……こっちのスタイルを真似して来たみたい。」
――その様ね……
青夢たちが見ている前で。
法騎イザボー・ド・バヴィエールはジャンヌダルクよろしく、自身を象ったエネルギー体を纏う。
◆◇
「へ、陛下! あれは……?」
「な、何だあれは!?」
二つの法騎がぶつかり合う戦場の周辺。
その戦場に口を挟ませまいとバベルが配置した魔男たちは、ジャンヌダルクの技により能力によりネメシスでの記憶を戻されて使い物にならなくなっていた。
「何だ、何が起こったのだ!? いや、もはやどうでもよい……そこを退くのだ、騎士共! そこにいるは私の獲物なれば」
しかしアルカナは、ならば青夢を狩るは自分とばかり騎士たちに呼びかけるが。
「! な、何だ貴様は! 国王陛下に!」
騎士たちは戸惑い、素気無く返すのみだった。
元より、アルカナには従っていなかった者たちだ。
今更彼に従うような道理はない。
「くっ、私に従わぬというか……私への叛逆は王への叛逆である! 贖ってもらわねばなあ!」
アルカナはその言葉に怒り狂うや。
彭侯を駆り、目の前の魔男の軍勢へと向かう。
「国王陛下をお守りせよ!」
「はっ!」
騎士たちも即応し。
アルカナの駆る彭侯を取り囲む。
◆◇
――ひ、姫これは!?
「ええ、何か分からないけど……結果としてこれは好機よ! 行きましょう!」
――……はっ!
一方。
先ほどまでのバベルの命令は聞かなくなったとはいえ、アルカナからシャルルを守ろうとする形で結果としてではあるが騎士たちは、二つの法騎の戦場を守る役割を果たそうとしていた。
但し、あくまで彼らの守る対象はシャルルである。
よって少なくとも今は、彼らの攻撃対象もそのシャルルへと向かって行こうとしている(と彼ら自身は思っている)アルカナ駆る彭侯ただ一つだった。
ならば。
「ええ、わたくしたちも行かなくってはよ皆さん!」
「はい、マリアナ様!」
「魔女木……待っていろ!」
尹乃のみならずマリアナたちも、動き出す。
「待て、貴様ら!」
「よそ見をするな!」
――ワオーン! アルカナ殿お、しゃあねえぜ!
――ええ、その通りね。まずはこいつらを!
――ああ、そうせねばな!
「ふん……分かっている!」
アルカナは歯痒げに二つの法騎の所へと向かって行こうとする法機やワイルドハントたちを睨むが。
三騎士団長たちは青夢と戦うことへの執着などなく、目の前のシャルルを始めとする騎士たちへと意識を向けている。
アルカナもそれは止むを得まいとばかり。
結局今は、シャルルたちに当たることにした。
◆◇
「魔女木さああん! 飛行隊長のくせに毎回毎回面倒くさくってよ!」
「本当ですね……っ!? ま、マリアナ様お待ち下さい!」
「ん!? あれは……バリアが!?」
そうして青夢とペイルの戦場に向かって行くマリアナたちだが。
青夢たちの周囲には、バリアが張り巡らされていた。
――姫!
「ええ……hccps://hekate.wac/WildHunt.fs?assembled=false――セレクト、アンアセンブライズ エグゼキュート!」
やって来たワイルドハントを駆る尹乃も、この現状に顔をしかめ。
ワイルドハントを分離させ、バリアを攻撃させ始める。
「わたくしたちもやりましょう!」
「はい、マリアナ様!」
「応!」
マリアナたちも、バリアへと攻撃を仕掛けて行く。
◆◇
「まったく、鬱陶しいわねえ! 私と魔女木青夢の戦いに、そんなにまでして口を挟もうなんて!」
「皆……まあいいわ。バリアが保つ内に、決着をつけましょ?」
バリアの中で互いにエネルギー体を纏う二つの法騎は、それぞれの想いで外に向けていた目を互いに移す。
「そうね……さあ!」
――行くわよ蒼騎士!
「ええ……アンヌ!」
――うん、青夢う!
そのまま二つの法騎は、エネルギー体を纏ったまま激突する。
「はあああ!」
「このお!」
法騎はそれぞれに、腕を伸ばす。
それに合わせて纏うエネルギー体も腕を伸ばしぶつけ合う。
完全に、肉弾戦の様相を呈しており。
「くっ……捕まえた!」
「ぐうう! ふん、こんな程度ではあ!」
そのまま両騎は、組み合う形となる。
――……さあ、行くよ青夢!
「……うん、アンヌ……」
――そんな顔しないで……大丈夫。今回は青夢じゃなかったというだけよ。その内青夢にも、順番が回って来るから。
「……うん、アンヌ!」
騎体が組み合う中、青夢は浮かない顔をしていたがアンヌに窘められる。
「さっきからお喋りなんて、随分と呑気なものねえ!」
――ええまったくね! 私たちと戦う気がないのかしらあ?
「ええ……その通りよ!」
「……はあ!?」
――な、何ですってえ!?
しかし戯れで放った言葉を青夢に肯定され。
ペイルとバベルは、心底驚く。
「な……何を……何をふざけたことををを!」
――ええ……もはや腹立たしいなどというレベルではないわああ!
「くっ!」
ペイルとバベルの怒りは、エネルギー体をそのまま激化させ。
青夢を苦しめる。
が。
――……青夢は言ったでしょ? あなたたちも救うって。さあ……もう一度、戻りましょう!
「!? はあ?」
――な、何ですって?
――……はあああ!
「!? な……ぐあっ!」
――ぐう……な、何なの!?
アンヌの一言と共に、ペイルとバベルが驚いたことに。
何と法騎ジャンヌダルクを包むエネルギー体は伸張し。
そのまま本体をその場に残して、法騎イザボー・ド・バヴィエールを連れ、戦線を離脱して行く。
「!? くっ!」
――なっ! ひ、姫これは!?
「な、何ですって!?」
「ま、マリアナ様!」
「な……魔女木!」
そのエネルギー体はバリアを突き破り、マリアナたちや尹乃を驚かせる。
「!? あ、あれは!」
「へ、陛下あ!」
「!? な、き、騎士たちが!? ……っく! ぐああ!」
――ウワオオオン! な、何をするのかクソアマああ!
――わ、私たちの彭侯がああ!
――ぐう……おのれええ!
そうしてエネルギー体は、更に。
騎士たちをも焼き尽くさんばかりに取り込み、ついでとばかりに彭侯も取り込む。
――な、何のつもりなの!?
「じ、ジャンヌダルクのVI! あんた一体」
――言ったでしょ? 戻るのよ……あのネメシス星へ、私たちの故郷へ!
「な……まさかこのままネメシスに!?」
――……安心なさい蒼騎士いい! そんなことはさせないわああ!
――……くっ!?
「あ、アンヌ!」
だが、負けじと法騎イザボー・ド・バヴィエールもエネルギー体の滾りを強め。
アンヌからは、苦悶の声が。
「ははは、私たちを舐めないでよね!」
――ええ、そうよ蒼騎士! 私たちが力を合わせれば!
ペイルとバベルは、二人して勝ち誇る。
しかし。
「hccp://baptism.tarantism/、セレクト 悪魔の交響曲 エグゼキュート!」
「hccp://baptism.tarantism/、セレクト……」
「……なっ!? こ、この力は!」
――む、向けられているわ! 本来ならば魔女たちに向かうべきあのネメシスの騎士たちの技が、私たちに……シャルルウウ!!
「申し訳ございません、母上役。しかし……これもまた、おあいこでございます! さあ皆よ! アンヌを助けよ!」
「はっ! 陛下!」
同じくジャンヌダルクのエネルギー体に取り込まれつつもシャルル以下騎士たちが、懸命に術句を多重詠唱してバベルたちの妨害に勤しんでいるのだ。
――ありがとう陛下、皆! ……さあ、ペイル・ブルーメ、クイーン・バベル! あなたたちがいるべきはあの世界よ、この世界から出て行かないと!
「くっ……アンヌ・タルクージュうう!」
――まさか、あなただったとはねえ! 私たちの行手を阻み、潰す者はああ!
アンヌは勢いを取り戻し。
ジャンヌダルクのエネルギー体は、再びペイルとバベルたちを焼き尽くさんばかりに強まる。
「陛下ああ!」
「皆……ここは我らを助けてくれたマリアナたちの故郷たる、地母神ゲーの星だ! さあ、別れを告げよ。そうして我らは……ネメシスへ戻るぞ!」
「……はっ、陛下!!」
ペイルとバベルと同じく、エネルギー体に取り込まれたシャルル以下の騎士たちも。
自らの運命を悟り、祈りの構えを取り地球を拝む。
「くっ……無念よ!」
――くっ、もう少しだったのに……もう少しで、この世界も!
そのまま、ジャンヌダルクのエネルギー体は。
法騎イザボー・ド・バヴィエールもシャルル以下騎士たちも。
そして彭侯も、取り込んだ者たちは全て焼き尽くして行く――
「アンヌ……アンヌうう!」
――ごめんなさいね青夢。あんまり側にいられなかったけど……楽しかったわ。
「アンヌ……」
青夢は、今や遠くに行こうとしている親友に手を伸ばすが。
その親友は申し訳なさそうに、言葉を返す。
――それから青夢。私も矢魔道さんが好きよ! だけど……彼もまた、苦しい戦いに巻き込まれることになるから、お願いね。
「……アンヌううう!」
青夢が手を、更に伸ばそうとすることも虚しく。
ジャンヌダルクのエネルギー体は、内に取り込んだ者たち諸共、眩く光り。
消えていく――
◆◇
「……これは……」
一方、地上では。
世界各地に、光の粒が降り注いでおり。
矢魔道は外に出て、空を仰ぐ。
と、その時。
――矢魔道さん。愛しています……
「!? こ、これは……樽奇術、さん?」
矢魔道は、アンヌの意思を感じ取った。