#137 自分との戦い
「さあ……どうかしら? 自分が縛られている屈辱は?」
「ええ、まあ……最悪ではあるわね!」
法騎イザボー・ド・バヴィエールの能力、王監獄。
それは生成した王冠型監獄の中に、相手を閉じ込めるものであり。
今敵である法騎ジャンヌダルクの上半身と両翼をそれぞれ縛り付けて動きを封じていた。
「あの人たちは……さっきも聞いたけど」
「そう、魔男の騎士団所属騎士。元は、私と同じVIだけどね。」
青夢はそんな状況であっても、外を案じる。
そこには。
――姫!
「ええ、まったく……まさか、こんな宇宙で魔男の新手に遭遇するなんて!」
「くっ……邪魔をするな! 私を誰だと思っている、ダークウェブの王の御命により貴様らと同じVIの騎士を率いる者だ!」
尹乃・シュバルツのワイルドハントとアルカナ・三騎士団長の彭侯が青夢たちの戦場に首を突っ込もうとしたその時に。
現れた無数のVIによる悪魔の幻獣機を駆る騎士たちが、行手を阻む。
「ダークウェブの王……? 生憎ではあるが、我らは女王の命により貴様らと相対せとのみ言われている! その命に背くなどと、もはやそいつは騎士ではない!」
フラン星界の国王シャルルと同じ顔と声の騎士・ヴィクトリュークス。
彼はアルカナの言葉を歯牙にも掛けない。
そのまま彼のこの、脳へと直接に呼びかける声と共に。
「御意に、ヴィクトリュークス殿!」
悪魔の幻獣機群は、一斉に目の前の敵へと襲いかかる。
「ま、マリアナ様!」
「くっ……ひとまず散開であってよ! この相手は、わたくしたちにとっては一番厄介であってね……」
「ああ……そうだな!」
この場にはワイルドハントや彭侯のみならず。
マリアナたち凸凹飛行隊も仮想世界からログアウトし参戦しつつも、戦意を今ひとつ削がれる思いであり攻めかねる。
何せ彼ら――特にシャルルは。
先ほどまで、親しげに会話をしていた相手なのだから。
◆◇
「そうか……そなたらが敵を撃退してくれたか!」
「い、いいえ国王陛下! これは」
「ここにはいないアンヌ殿と、その」
「あ、あのペイルにより撃退されたんです!」
フラン星界フォートルジュ。
時は、少し遡る。
国王シャルルとマリアナに剣人、更に拘束を解かれた法使夏が謁見していた。
「ああ、帰って来てくれたのだなペイル、アンヌ。……しかし、またそそくさとどこかへ行ってしまったと。まったく、忙しないことよ。」
シャルルは天井を仰ぎ見る。
ペイルとアンヌに、思いを馳せていた。
「……が、何はともあれである。そなたらがこの国を守らんと死に物狂いになりしことは知っておる! 誠に感謝する!」
「い、いえそんな!」
シャルルの満面の笑みを前に、マリアナは照れながら目を逸らす。
と、その時だ。
――ネメシス星の皆さん♡ ……いいえ、もうあなたたちに仮初の物語は無用! あなた方には……本来の記憶、そして役割通りに働いてもらわないとね♡
「! ま、マリアナ様この声は!」
「十魔女さん! ……いいえ」
「クイーン・バベルか……」
「な、ど、どこから彼奴は!?」
「落ち着くのだ皆よ! 母上……いや、バベル! あなたはどこより私たちに?」
突如として聞こえて来たクイーン・バベルの声に。
マリアナたちも、兵たちもシャルルも大いに混乱している。
――あら……可愛い私の息子役、シャルル! ええ、遅れたけれどフラン星界の国王戴冠おめでとう!
「それはわざわざありがたきお言葉……しかし、今はこちらの問いに答えていただきたく存じます。」
――ああらつれないのねえ……ええ、私は地母神ゲーの星にいるわ! そしてさっきも申し上げた通り……あなたたちには、本来の役割も全うしてもらわないと。
「本来の、役割?」
「な、何を言うか裏切りの女王が!」
バベルの声にシャルルは首を傾げ。
近衛騎士の一人は、バベルに怒りをぶつける。
――ふふふ……なあに、その言葉遣いは!? あなた方が平伏すのは、その偽の国王ではない……ああマリアナさんたち、もちろんあなたの所の偽物女王陛下でもないわよ!?
「ということは……あなたとおっしゃるのであってね、クイーン・バベル様!」
「な、何をする気!?」
「そ、そうだ!」
マリアナたちも、バベルに問いただす。
すると。
――ええ、今に分かるわ……さあ、傅きなさい私の可愛い下僕たち!
「……女王の命とあらば、御意に!!」
「……え!?」
「な!」
「こ、国王陛下!?」
マリアナたちが驚いたことに。
先ほどまでの様子が嘘のように、シャルルや配下たちはその場に跪く。
――ほほほ、それでいいの! しかし……この世界に私に傅かない者は不要よ、あなたたち三人は出て行きなさい!
「!? クイーン・バベル!」
「ま、マリアナ様あ!」
「くっ……まだ、国王たちが!」
そのままバベルの目は、剣人たちに向かい。
三人は、強制ログアウトとなる。
「! 貴様ら、どうした?」
「! あなたは、黒騎士……ずっとそこにいてくれたのであって?」
「おやおや……それは感謝する!」
「黒騎士さん……」
そうして現実に帰還したマリアナたちの目の前には。
シュバルツの姿が。
「……ふん、これも姫の命令だからな。」
シュバルツは目を逸らしつつ答える。
「さて……早くしなくってはよ、皆さん!」
「はい、マリアナ様!」
「ああ……外の雲行きが、やや怪しいな。」
マリアナたちはすぐに切り替え。
先ほどのこともあって、外を飛ぶべく法機のドッキング場所へと向かう。
「さて、私もか……」
シュバルツも、姿を消す。
◆◇
「貴様ら……まあよい、所詮こいつらもただの人形共だ!」
そうして、今に至る。
アルカナはほんの少し躊躇うが、元より戦いを前に迷うばかりのタマではなく。
そのまま彭侯より艦載機たる幻獣機スパルトイ群を、発進させて行く。
「来たか……喰らうがよい、我らが曲を! hccp://baptism.tarantism/、セレクト 悪魔の交響曲 エグゼキュート! さあ皆よ……この私が指揮者であるぞ、ハーモニーを奏でよ!」
「シャルル殿!! ……hccp://baptism.tarantism/、サーチ……」
「くっ……な、何なのだこれは!?」
――ウワオウ! あ、頭が割れるぜ! 何晒してくれてんだこの●✖️⬜︎▽……
――い、いやあああ! わ、私の顔も歪んでっちゃうわ! 私の美しい顔が!
――い、いやウルグル殿にサロ殿! 少し黙られよ!
しかし、シャルルたちの――これまた、音なき筈の真空であるのに――脳内へ多数響き渡る術句の多重詠唱が迫り来る彭侯の艦載機群を足止めする。
――ひ、姫!
「し、シュバルツ! こ、これは……耳障りいえ、頭障りな音を!」
「マリアナ様!」
「くっ……これは泣きっ面に蜂であってよね!」
「あ、ああ……な、何だこの音は!?」
いや、彭侯のみならず。
ワイルドハント内の尹乃やシュバルツ、更に凸凹飛行隊の面々も苦しんでいた。
「み、皆!」
「まあ邪魔者共の心配なんてしている場合じゃないわよ、魔女木青夢?」
「……ええ、そうよね。」
相変わらず外を気にする青夢に対し。
ペイルは、また呼びかける。
「さあて、どう始末してくれましょうねえ……」
――どうせなら、このまま一息では駄目ね……思い切り苦しませるようなやり方を選ばないと!
「くっ!」
――青夢!
ペイルとバベルの意思を受け。
青夢らの駆る法騎への締め付けは、更に強くなる。
「(くっ……もうこのままじゃ……)」
――青夢……あの方法を使いましょう!
「(! で、でも……)」
青夢はそこで、アンヌの意思を受け取るが。
彼女があの方法と呼ぶ方法に、激しい拒絶を覚えた青夢は首を縦には振らない。
――ここでやらなきゃ、皆がやられちゃうの! ……いいわよね、青夢?
「(……分かったわ、アンヌ。)」
しかし、アンヌを説得すること叶わず。
青夢は渋々、了承する。
「まあでも、感謝するわ……私が目覚められたのも、他ならぬあなたがその法騎で宇宙に来てくれたからだしね!」
ペイルは青夢に語りかける。
と、そこで青夢はふと気づく。
「! そうね……あの時。私にこの法騎に宙飛ぶ翼を与えてくれたのはあなただったわね……」
青夢は思い出した。
かつてこのネメシス星大戦のようにアルカナと、初めて宇宙で戦いを繰り広げた時のことを。
あの時――大気圏に落ちて行き法騎諸共焼き尽くされそうになった青夢だったが。
なるほど……それであなたはどうしたいの?――
!? だ、誰!? ……いえ、私はあなたを……知っている!?――
ふと脳内に響いた声に、青夢は混乱した。
聞き覚えのある声ではある。
しかし、何故か思い出せない。
女には間違いないが、それはアラクネやアリアドネとも、シュバルツの姫・尹乃とも違う声だった。
しかし今は分かる。
あの時の声は。
「あなた――つまり、私自身の声だったのよね?」
「ええ……その通りよ! なるほど、まあこのタイミングで分かるのはちょっと遅いけど。でもある意味ではちょうどいいわ……話が早くてねえ! ならあの時の貸しを、今、命で払ってもらいましょうか!」
「……なるほど、そう来たのね。」
青夢の質問に嬉しそうに答えたペイルは、次に要求を突きつける。
果たして、青夢の答えは――
「……いいわ、私が倒れればそれで済むのなら。」
「へえ……意外に素直なのねえ。」
ペイルが拍子抜けしたことに、なんと承諾だった。
「……さあ、早く!」
「……いいわ、なら! それがあなたのお望みならねえ……」
――こんなにあっさり承諾してもらえるなんてね……さあ行きましょう、蒼騎士!
「ええ、女王様! ……あなたに敬意を表して、苦しまずに一瞬で逝かせてあげましょう!」
そう言うやペイルは、法騎イザボー・ド・バヴィエールを駆り王冠の監獄を飛び出す。
そうして。
「さあ……散りなさい、魔女木!」
ペイルがそう言い放ち、手を打つ。
すると。
王冠の監獄は、眩い火の玉と化して爆発した。
「! あ、あれは」
「ま、魔女木青夢の入っていた結界か! おのれ……ブルーメえ!」
その有様に、事情を知っていたアルカナや尹乃たちは自分たちも苦しみつつも反応する。
「ははは! さようなら……私の不倶戴天の敵よ!」
ペイルは、乗機の中から誇らしく言う。
「ふ、不倶戴天の敵ですって!?」
「な……まさかあの中に魔女木が!」
「お、おのれえ!」
マリアナたちも、ペイルがわざと彼女たちに聞こえさせた言葉の意味を理解して驚く。
「……さあて、残りも始末しないと」
と、ペイルが残る魔女たちに目を向けたその時だった。
「hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン!hccps://jehannedarc.row/GrimoreMark、セレクト ルーアンの火刑 エグゼキュート!」
「!? こ、これは……!?」
何と、爆発の中から現れたのは。
法騎ジャンヌダルク――を象った巨大なエネルギー体だ。
「まさか……あの爆発に耐え切ったというの!?」
「ええ、そうよ! ……それで、ようく分かったわ。あなたは私の中にある自分の大願を否定する自分自身だって! そう、あなたは越えるべき敵! ……なら、私はあなたを踏み越えて辿り着く! その壁の向こうにある、私と――親友の大願へ!」
――そうよ、そうよ青夢!
青夢も機体も、全くの無傷である。
「……アンヌ。」
――うん、青夢! さあ、大丈夫よ。何も怖くはないわ!
「……うん! …… hccps://jehannedarc.wac/、オラクル オブ ザ バージン! hccps://jehannedarc.wac/GrimoreMark、セレクト 百年戦争の語り部、エグゼキュート!」
そうして彼女たちは、周囲に光を振りまいて行く。
すると。
「!? あ、あれ……?」
「こ、国王陛下! 私たちは」
「あ、ああ……一体何が」
その光を浴びた、シャルル配下の騎士たちも。
フラン星界の記憶を、取り戻したのだった。
「な……き、騎士たちが!」
――馬鹿な、惑わされては駄目よ皆! 私に従いなさい!
「無理よ、クイーン・バベル! もう諦めなさい……彼らは人間、あなたの道具じゃないわ!」
――くっ……よくもおおお!
バベルは最後の足掻きを見せようとするが、青夢に制される。
「魔女木青夢……よくも!」
「……さあ、改めて戦いを始めましょう! もう一人の"私"。」
青夢はペイルに、にこりと微笑みかける。




