#135 蝸牛角上の戦い
「ペイル・ブルーメさん……改めて初めまして! 私は魔女木青夢……今度こそ、全てを救うわ!」
――魔女木青夢……ここであなたの夢は夢のまた夢と消えるわ! 全てを救うというなら、当然そこには私も含まれるんでしょうけど。私とあなたは二者択一――相容れない存在! そんな私を、まだあなたは救えると言えるの?
「ええ、やってみるわ! あんたは、私なんだから!」
――ふっ……あーあーあ、どこまでも馬鹿ねあなたは!
どこから響いて来ているのか、蒼騎士ペイル・ブルーメの声と青夢の声がぶつかり合っている。
その青夢の目の先には、第二電使の玉座外の宙飛ぶ法機イザボー・ド・バヴィエールが。
更にその隣には、青夢の法機たるジャンヌダルクの姿がある。
――くっ、鬱陶しいわねえ! この、あっちへ行きなさい!
ペイルは非常に不愉快そうに、迫り来るジャンヌダルクに言う。
しかし、ジャンヌダルクは青夢の意思を汲み。
イザボー・ド・バヴィエールを追い回し、第二電使の玉座周辺から追い払う。
「さあて……まあ、信じられるか分からないけど。黒騎士さんとやら、私はあんたにここは任せたから。」
「ああ……承知した。」
青夢は振り返り、シュバルツにそう告げ。
そのまま、コントロールルームを出て行く。
「まったく……凸凹飛行隊か。ある意味では、私と姫と同じなのかもしれんな……」
シュバルツは後ろで眠り仮想世界に意識を移しているマリアナたちを見遣り、なんだかんだで助け合っている彼女たちのことを考え笑みを漏らす。
「……と、私も気を緩ませている場合ではないな。……姫!」
――ええ、シュバルツ……数の不利はワイルドハントで補えても、これは中々厄介ね!
が、シュバルツはすぐに顔を引き締め。
自身の"姫"たる、尹乃と交信する。
◆◇
「……hccps://jehannedarc.wac/GrimoreMark、セレクト オルレアンの栄光弾 エグゼキュート!」
「あら!? くっ……またあなたなのね、忌々しい"救国の乙女"さん!」
その頃、ネメシス星内ボルトーでは。
レッドドラゴンよりアンヌの命ずる光弾の波状攻撃が押し寄せ。
バベル――が同化する使い魔ナアマも、盛大に渋い表情である。
「さあ、今のうちですマリアナさんたち!」
「え、ええアンヌさんとやら! まあ……わたくしに指図とはあまり褒められたものではなくってよ!」
アンヌが敵の隙を作り出し。
マリアナと剣人は彼女に促され、改めて体勢を立て直す。
「……hccps://camilla.wac/、セレクト、ファング オブ バンパイヤ! hccps://camilla.wac/GrimoreMark、セレクト 吸魔力源 エグゼキュート!」
「……hccps://clowrey.wac/、セレクト アトランダムデッキ! hccps://clowrey.wac/GrimoreMark、セレクト ダブルスプレディング! 女教皇――怖い女帝の裁き、悪魔――地獄の土産! エグゼキュート!」
「なっ……くう! 私を!」
そうして。
マリアナの術句によりフィーメイルバンパイヤより空間支配の力が、剣人の術句によりキメラより二つの炎が放たれる。
いずれもグリモアマークレットにより通常能力が強化・応用されたものであり。
たちまちアンヌが既に放った技と合わせてナアマを、足止めする。
「すごいわ、マリアナさんたち! もうそんなに」
「ええ、魔法塔華院コンツェルンを背負って立つ者! 舐めないで頂戴!」
「ああ……右に同じくだ!」
「いやミスター方幻術、あなたは魔法塔華院コンツェルンの後継ではなくってよ! ていうか……まさか、わたくしの婿を望んでおいで!?」
「な……の、望む訳がないだろう!」
剣人の一言に、マリアナは食ってかかる。
「ええ確かに進化はしているけど……それで私を倒したつもりかしら、あなたたちい!」
「くっ!」
「この!」
「hccps://jehannedarc.wac/、ビクトリー イン オルレアン! hccps://jehannedarc.wac/GrimoreMark、セレクト 栄光の壁 エグゼキュート!」
が、ナアマもそこで終わるタマではなく。
束縛を振り切り、フラン星界軍に一撃を喰らわせるが。
アンヌの防衛により、どうにか事なきを得る。
「あらあら……でも駄目じゃない! 防衛とは所詮後手に回ることなんだから!」
「くっ!」
「ぐうっ!」
尚もナアマは痛打を与えて行く。
と、その時である。
――女王様! 私に、身体を……幻獣機ミュルミドーンを与えて!
「あら、蒼騎士さん……あなたの頼みならいつでも聞いてあげたい所だけど、ごめんなさい! 私今、いい所なの!」
――ええ、私も今いい所なの……だからお願い! 幻獣機ミュルミドーンを与えて!
「ああら……まったく、いつになくわがままねえ!」
突如現実からのペイルの声が聞こえ。
その引かない意思に、バベルも説得を諦める。
「なら……持っていけ泥棒という所かしら! hccps://myrmidon.edrn/……さあ!」
――ええ、ありがとう……セレクト、hccps://myrmidon.edrn/ エグゼキュート!
そうして、ペイルにURLを示し。
ペイルは、そのURLを選び――
◆◇
「さあて……どうしたものかしらね。」
再び、現実世界では。
青夢は第二電使の玉座の空宙列車発着所の窓から外を見ながら機を窺っていた。
この宇宙での戦場は、三つ。
"姫"と、三騎士団長とアルカナによるワイルドハントと彭侯の戦場。
そしてこの第二電使の玉座――暗黒通神衛星ネメシス。
その中たる仮想世界ネメシス星内での、クイーン・バベルと凸凹飛行隊の戦い。
そして。
「さあて……まあ最悪暗黒通神衛星はシステム本体が無事ならそれでいいわ! 所詮コントロールルームなどただのコンソール群に過ぎない……だったら多少傷つけてでも、邪魔者を排除する!」
「させるかっつーの! あっちへ行きなさいってば!」
身体を得たペイルがその操縦席に身体を据えて駆る、宙飛ぶ法機イザボー・ド・バヴィエールと青夢が遠隔で操る宙飛ぶ法機ジャンヌダルクである。
「何とかして、ジャンヌダルクと合流しないと……だけど、どうしたものか……」
青夢はそこで、考えあぐぬく。
何とかして自機に乗りたいものだが。
今そのために自機を呼び寄せれば、確実に隙を晒すことになる。
どうすれば。
「くっ! これは……腐っても魔女の杖に魔男の剣に電使の護符に通神の聖杯……四つの要素を揃えた機体ということなのね、ならば!」
思いの外苦戦させられたペイルは、意を決する。
「さあ目覚めさせなさい真の力を! 私の可愛いイザボーちゃん! hccps://Juno.char/、セレクト コネクティング! エグゼキュート!」
「!? くっ、イザボー・ド・バヴィエールが!」
青夢が驚いたことに。
イザボー・ド・バヴィエールは変形を開始し。
その機体上に女性の上半身を生やした、戦乙女の宙飛ぶ法騎へと変貌を遂げる。
「まったく、まさか私たちにここまで本気を出させるとはね……だけど! 鬱陶しいわ本当にあなたたちは。特に魔女木青夢! あなたは、所詮は蝸牛角上の戦いにのめり込んで世界を危機に陥れた。そんなあなたが、本当に"全てを救う"なんてできるの!?」
「! そ、それは……」
◆◇
「くっ、こんなものでは終わらなくってよ……」
「あ、ああ……そうだな!」
ネメシス星内。
マリアナと剣人は、ナアマの猛攻によりボロボロになりながらも味方を損耗しながらも。
尚も使い魔を操り、自らを鼓舞する。
「マリアナさん、剣人さん……ええ! 私たちは青夢からこの世界を託された身! 負ける訳には」
「あははは! もう、いい加減にしなさいよ。この世界はそもそもがVIを戦闘マシーンへと養成するために作られたもの……今、たまたまフラン星界とブリティ星界の戦争状態という設定になっているだけなんだから!」
「せ、設定……?」
しかし、ナアマの口から発せられたバベルの言葉は。
マリアナたちを、更に動揺させる。
「前から言っているじゃあないの、こんなのは所詮小さな世界! 蝸牛角上の戦いでしかないって! 分かるかしら? 今のあなたたちがやっていることは、完全な無駄なのよははは!」
「くっ、なんてことであって……」
「そんな……」
バベルは更に追い討ちとばかりに、捲し立てる。
しかし。
「……蝸牛角上だから、何なの? 蝸牛角上だからって、いい加減に生きていいの? 戦っちゃダメなの?」
「……あら、アンヌ・タルクージュ。いいえ……法機ジャンヌダルクのVI!」
「! あ、アンヌさん……」
「あ、あんたもVIなのか!?」
アンヌが声を上げ。
それに対してバベルが返し、マリアナと剣人は更に驚く。
「ええ、あのペイルが青夢とかいう娘の身体を乗っ取った時。その法機の制御プログラムも邪魔になり得るとしてこの世界に閉じ込めたの! ……さあて、私と同じく法機のVIさん? あなた、何が言いたいの?」
「あ、アンヌさん……」
「あ、アンヌ殿……」
バベルがアンヌについて説明をし。
一気に視線が、彼女へと注がれる。
「ええ、また誰が聞きたい訳でもない説明をどうも……まあ、また言わせてもらうわ。少なくとも、その設定をここにいる誰もが全うしている! ここがどんなに、外から見たらカタツムリの角の上でしかなくてもそこには、人の営みがあるのよ!」
「……へえ?」
アンヌは、怯まず。
バベルに、そして皆に訴える。
◆◇
「……そうね、私は所詮蝸牛角上の戦いに踊らされていたわ。でも……私はどうあれ、あの蝸牛角上では人が死に物狂いで戦っていた! 設定だろうがなんだろうが関係ないわ、あそこには人の営みがあったの!」
「……へえ、何かと思えば正当化?」
現実世界では。
奇しくも、青夢はアンヌとほぼ同じ切り返しをしていた。
「そうね、結局はそうなのかもね……私は結局、現実も仮想も危険に晒した挙句! 生命の実なんて安易なものに飛びつくなんて、最低だった……」
「へえ、よくわかっているじゃないの……だったら、さっさとまたその身体を渡しなさい。私だったらあなたを」
「いいえ! それはまた別の話よ。……欲しいのなら、取ってみなさい!」
「!? あ、あれは!」
その時だった。
第二電使の玉座下部の発着所から、空宙列車が発進する。
前であれば、行き先――第一電使の玉座のあり、今は他所へと移動してしまった衛星軌道を線路のごとく駆けていく。
いや、それだけではない。
「さあペイルさん……私の身体目当てなら、こっちへ来てご覧なさい!」
「な……まさか、その列車に乗っているの!?」
ペイルが更に驚いたことに。
青夢のその声が聞こえると共に、ジャンヌダルクは旋回し、今走り出した空宙列車へと向かう。
「なるほど、自分の法機に乗り込むつもりなのね……分かったわ、そんなに潰してほしいならもう身体なんかいらないわ! あなたから先に潰してあげる!」
ペイルはふっと笑う。
そうして。
「hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト 王権否定! エグゼキュート!」
自機上空にて、王冠型エネルギーを生成し。
そのままジャンヌダルク――ひいては、青夢の乗る列車めがけて投げつける。
「来たわね! さあジャンヌダルク……急いで!」
青夢は、祈るように呟く。
もはや、一か八かの賭けだったのだ。
そうして。
「くう!」
エネルギーは炸裂し。
それはジャンヌダルクと、青夢の乗る列車を包み込んだのだった。
「ふふ……ははは、私の勝ちね! あっという間に宇宙の藻屑よ! まあでも、一応は私自身。情が湧かないでもなかったけれど。」
ペイルは勝ち誇り、しかし少し目を落とす。
まあ、何はともあれ。
これで邪魔者は、片付いた――
と、その時。
「hccps://jehannedarc.row/……セレクト! ビクトリー イン オルレアン、エグゼキュート!」
「な!? ……ぐあ!」
突如として、宇宙故に即座に収縮しつつあった爆煙の中から光線が飛来し。
それはイザボー・ド・バヴィエールの、左翼をへし折る。
「ぐっ……くっ、聖杯の力で!」
機体の損傷は、その程度だったが。
ペイルの動揺は、かなりのものだった。
「ええ、一か八かで一が出たわ……ようやく相見えたわね、私の法機!」
「くっ……魔女木青夢う!」
爆煙の中から踊り出たのは、既に戦乙女の宙飛ぶ法騎と化したジャンヌダルクである。
◆◇
「……くっ!」
「!? な、ナアマの顔が!?」
その時。
ネメシス星内でナアマと対決していたマリアナたちは、奇妙な光景を見た。
何と、ひとりでにナアマの顔左半分に傷が刻まれたのだ。
「ふふふ……やってくれたじゃあないの、魔女木青夢う!」
「え!?」
「な、何……? まさか、魔女木が!?」
バベルのその言葉に、マリアナと剣人は怒りを乗せた風に吹き付けられながらも。
現実世界での戦いが、こちらに影響を与えたことを悟った。
「ふふふ……ははは! もう、あなた方の戦いなんて茶番はこれまで。私も……そちらに行かなくてはね!」
「な……ま、待ちなさい!」
バベルは、ナアマの口からその言葉を発すると。
姿を、消す。
「……マリアナさん、剣人さん。ここはよろしくお願いします。」
「! え、ええ……」
「あ、あんたも現実に?」
「ええ。私は主人であり、親友である青夢を放ってはいけませんから……では!」
アンヌは、マリアナたちにそう言うや。
騎乗するレッドドラゴン諸共に、姿を消す。
◆◇
――さあ……行きましょう、蒼騎士!
「ええ……そうね女王様!」
現実世界では。
自らの本来の肉体とも言うべき戦乙女の宙飛ぶ法騎イザボー・ド・バヴィエールに宿ったバベルと。
乗り手たるペイルは、揃って視線の先に敵の姿を捉える。
それは戦乙女の宙飛ぶ法騎ジャンヌダルクである。
――さあ青夢、準備はいい?
「アンヌ……! ええ、さあ戦いましょう!」
そうしてそのジャンヌダルクにも、本来の意思たるアンヌが宿っていた。
ジャンヌダルクとイザボー・ド・バヴィエール。
奇しくも史実の百年戦争でフランスを明と暗にそれぞれ導いていた人物。
救国の乙女と売国の女王の名をそれぞれに冠した機体同士が、今激突しようとしていた。