#134 乙女の目覚め
「ま、魔女木青夢……! っ! ……ええ、初めまして、というべきかしら?」
「な……」
シュバルツの目の前には、異様極まる光景があった。
今目の前の少女――身体こそ青夢そのものだが、曰くVIのペイル・ブルーメにより乗っ取られているという――は、自分一人で声色を変えながら話している。
一見すると、それはただ声音を変えて遊んでいるだけに見えるが。
「早かったわね……生命の実を得て、のんべんだらりと暮らすことができる御身分になれたんじゃないの? ……あら、本当に何でもお見通しなのね。でも幸か不幸か、私は生命の実を得る前に踏みとどまった! あの娘のおかげで…… ……な、何ですって!?」
「魔女木青夢と、ペイル・ブルーメなのか?」
話を聞いてみれば、分かる。
今、彼女は――いや、彼女たちは会話をしているのだ。
青夢というホストOSと、ペイルというゲストOSで。
「あの娘、ですって!? まさか……アンヌ・タルクージュが!?」
ペイルが驚き、尋ねる。
が、今回は即座には返事はない。
「何? 怖気づいたかしら、ほほ……っ!? ……誰が怖気づいたですって? そこはあなたのいるべき場所じゃないわ、出てらっしゃい! ……く、ま、魔女木青夢ううう!」
しかしペイルが、勝ち誇ると。
途端、その口からは青夢の言葉が出た後。
ペイルは苦しむ。
そして。
「……はあ、はあ……」
「ま、魔女木青夢、か……?」
「……ええ。あなたは」
「……お初にお目にかかる。我が名、イース・シュバルツ。魔男を裏切り出奔し、今や黒騎士と呼ばれる身である。」
「あ、ああ……よ、よろしく。」
青夢は身体を取り戻し。
シュバルツは驚きつつも、自己紹介をする。
◆◇
「魔女木さん!」
「魔女木!」
「ええ……まあ、あんたたちにばっかり戦わせたのは悪かったわね。」
その少し前、ネメシス星内では。
レッドドラゴンに乗りつつ、青夢は戦場を見下ろしている。
現実と仮想たるこの世界、青夢は意識を変わる変わる切り替えていた。
「お……おおお! き、救国の乙女だ! ペイルとアンヌが帰って来てくれたあ!」
「ありがとう、ペイル!!」
「……皆もごめん、心配かけたわ。」
「な、何事であって……?」
フラン星界軍は青夢とレッドドラゴンの姿に、沸き立つ。
「おお……やはり、魔女木はここでも全てを救おうとしていたか!」
「ま、まったく……罪人扱いされていたわたくしたちとは天と地ほどの差じゃなくって? 愉快ではなくってよ!」
「えへへ……羨ましいでしょ?」
剣人は嬉しげに言い、マリアナは不愉快げに言う。
青夢はマリアナに、少し勝ち誇ったように言う。
と、その時。
――あの娘、ですって!? まさか……アンヌ・タルクージュが!?
「ん……ごめん、やっぱり私は現実に専念するわ。」
「ええ、なら! 思いっきり暴れていらっしゃい青夢!」
その時。
青夢は先ほど現実世界で自身が放った言葉に対するペイルの言葉が頭に響き。
彼女は現実に意識を戻すことを決意した。
そうしてその決意を聞いた相手は、無論。
「うん、アンヌ!」
今度は生命の実により実現された世界の中の話ではない、実際に帰って来たアンヌである。
青夢はアンヌに、笑いかけると。
そのまま、姿が光に包まれて消えた。
「ま、魔女木?」
「魔女木さん?」
「ああ、安心して! 青夢は……現実世界に戻ったの。自分の身体を乗っ取る不逞な輩と戦うために。」
「あ、あなたは……?」
「ああ、名乗り遅れてごめんなさい。私は、アンヌ・タルクージュ!」
「あ、アンヌ・タルクージュ……?」
マリアナたちは名乗って来たアンヌに対し、首を傾げるばかりだ。
アラクネの話にもなかったこの少女。
青夢とは何やら親しげだったが。
無論面識のないマリアナたちは、彼女の素性を測りかね困惑している。
「……まったく、誰かと思えば間抜けな"救国の乙女"さんじゃあないの! よくもまあ性懲りもなく、生き恥を晒せたものね!」
「! クイーン・バベル……!」
が、そこへ。
ブリティ星界軍を包み込んでいた爆煙が晴れたかと思えば、大きな羽ばたきと共に。
何やら巨大な蝙蝠の翼を持つ、レッドドラゴンに勝るとも劣らぬ体躯の女性が現れる。
先ほどまで背を丸めていたため全体像の知れなかったバベルの使い魔・ナアマだ。
「はあ、はあ、か、かたじけないクイーン・バベル殿……あ、あれ? ば、バベル殿?」
ブリティ星界軍の兵士たちも庇われており無事だったが。
ナアマの背に乗っているべき彼らの恩人の姿が見当たらず、混乱する。
「ああ、私は使い魔と同化したのよ……この小憎らしい娘共を、自ら叩き潰すために!」
「! ぐ、ぐああ、バベル殿おお!」
「な……あ、あいつ!」
「敵も味方もお構いなしとは……もはや、破れかぶれであってね!」
ナアマの口からはバベルの声が響き。
刹那、その羽ばたきによりブリティ星界軍もフラン星界軍も関係なく吹き飛ばされていく。
「ええ……もうあなたたちなど要らないわ! この世界にはすでに全ての電使衛星の力が集まったの、もうあなたたちなど!」
バベルは、もはや怒りに任せてのみ動いていた。
「くっ、それでも……青夢からこの世界を託された身! 負けられないの!」
アンヌは歯を食いしばり、視界をこじ開けるようにして突風の中目を開く。
そう、青夢を。
あの完璧な世界――ともすれば、彼女が本当に幸せになれる世界だったかもしれない――から救い出した自身の責任を、果たすべく。
「……hccps://jehannedarc.wac/、サーチ クリティカル アサルト オブ ジャンヌダルク! セレクト ビクトリー イン オルレアン! エグゼキュート!」
術句を、唱える。
◆◇
「アンヌ……よかったああ!」
「ど、どうしたの青夢?」
垂久路アンヌは青夢に抱きつかれ、ひたすら困惑していた。
時は少し前、件の青夢が望んだ世界にて。
青夢はアンヌの姿を見つけるや否や、走り寄って抱きついていた。
「……ご、ごめん。ちょっと感動して……」
「そ、そう……なんで泣いてるの?」
「え……う、ううん何でも……」
顔を上げた青夢の目に浮かぶ涙を見たアンヌは、首を傾げる。
「いやいや、ちょっとアンヌちゃんズルいなあ〜! 私たちと、青夢からの反応が全然違うじゃない!」
「ええ!?」
「さあ青夢……私の胸に、飛び込んでおいで!」
「ち、ちょっと真白!」
が、それを見た真白と黒日が嫉妬して来た。
「お待ちなさい! ……さあ豆木さん、わたくしたちにも!」
「も!」
「も!」
「え……ええええ!?」
が、彼女たちに留まらず。
何とマリアナや星夏、ミリアも。
「さあ!!!!!」
「ち……ちょっとお!」
青夢はそんな彼女たちに、ドン引きした。
◆◇
「はーあ……」
「うん、どうしたの青夢?」
「アンヌ……うん、それが。」
その昼、通う高校(無論、聖マリアナ学園ではない)のカフェテラスにて。
青夢はアンヌに、午前中のあらましを話す。
それはまず、高校に着いてからというもの。
「いやー、ありがとう豆木! お前は生きているだけで全てを救っているよ!」
「は、はい?」
「豆木! この前のテスト……また百点だったぞ、さすがだなあ!」
「……はい?」
「きゃあああ、豆木センパーイ!」
「ち……ちょっとおー!」
更に、決定的だったのが。
「ま、豆木さん……頼む、僕と付き合……いや、結婚してくれえ!」
「え、えええ! や、山道さん……」
青夢の想い人、山道士。
まさかの告白に、戸惑うが。
「待った、体育教師の山道! ……豆木、俺と結婚してくれえ!」
「ほ、法玄寺……えええ!?」
同級生の法玄寺剣人まで乱入して来た。
「さあ、どちらを選ぶ!?」
「ええ!? う、うーん……」
青夢は突然の状況に。
ひとまず、答えを保留にした。
◆◇
「すごいじゃない! そんないいこと」
「で、でも……いや、確かに山道さんは好きよ? でも、それ言ったら……法玄寺の奴が、どんな思いを」
「大丈夫だよ、青夢! みーんな、あなたのこと大好きだから、あなたが何をやっても大丈夫!」
「……え?」
青夢はアンヌのその言葉に。
徐に立ち上がり、少し距離を取る。
まさか。
「ど、どういう……?」
「だってここは、あなたが思う最高の世界だよ! いいじゃない、あなたは山道さんと結婚して! それでずーっと、この世界で生きるの! それがあなたの、幸せでしょ?」
「……そうね。お父さんも生きてるし。うるさい真仏院――ううん、魔法塔華院マリアナや雷魔法使夏もうるさくないし。方幻術も私のことばかり常に考えてくれるし。ちょっとふざけが過ぎたら怒る真白や黒日も、怒らないし。そんな最高に思い通りで」
「でしょ!」
青夢は嬉しそうに、アンヌに話す。
「……そんな最高に思い通りで、つまらない世界。」
「……え?」
が、青夢は最後にそう言い放つ。
「……はーあ、うん。生命の実の世界かあ……永遠の命、ね。素晴らしいけど……やっぱダメ。私、慣れちゃってたわあの世界に。お父さんは死んでて、全てを救うどころか魔法塔華院マリアナも皆も中々ままならない。そんな最低かもしれないけど、やり方によっちゃあ最悪にはならないかもしれない世界に! 私は慣れちゃってたのよ……」
「……何で? 生命の実があれば、ここでずっと暮らせるんだよ!? そうだよ、そんな最低な世界とは違う、立派で最高な人たちとの世界に!」
青夢にアンヌは、食ってかかる。
が。
「……ごめん、アンヌ。私は行かなきゃ、皆が待ってる。」
「そ、そんな……」
「!? え? な……きゃああ!」
青夢はあくまで、考えを変えず。
アンヌが落胆すると同時に、たちまち周囲は眩い光に包まれ――
◆◇
――さあ。全てを、救いたいのだろう……?
「! ……私は。」
と、青夢が気づけば。
そこは、楽園の中である。
「わ、私は生命の実を受け取ったんじゃ……?」
「いいえ、まだ受け取っていない。……お帰り、青夢。」
「!? あ……あ……」
突如聞こえた声に、青夢が振り向けば。
何とそこにはレッドドラゴンと、アンヌの姿が。
「あ……アンヌ!」
「……青夢。ごめんなさい、あなたに今見せていたのは、予知による未来よ。」
「……え?」
青夢を抱きしめつつ。
アンヌは彼女に説明した。
それはジャンヌダルクの能力、オラクル オブ ザ バージン。
予知により、青夢は生命の実を受け取った未来を見ていた。
「ごめんなさい青夢……これはもしかしたら、あなたの為には必ずしもならないだろうけど。それでも、私はあなたが惑わされないために生まれたの! だから、その務めを果たさないと」
「え、ど、どういうこと?」
アンヌの言葉に、青夢は首を傾げるばかりだが。
――レッド、ドラゴン……赤き竜! かつて知恵の実を選ばせたもの……惑わされるな人類! 早く、生命の実を
「……ええ、ごめんなさい。私はやっぱり、知恵の実を選ぶ!」
楽園に響く声は、アンヌを、レッドドラゴンを否定するが。
青夢は、毅然として答える。
――馬鹿なことを……人類に不死ではない、"死"が齎されるぞ! それに不死を齎せば、お前の全てを救うという望みも叶うものを
「ええ、恐らくそれお父さんにも言ったのよね……でも、残念だけどお断り! まあお父さんがどんな理由で振ったのか知らないけど……私はあくまで、私の意思でお断りよ!」
――……分かった、誠に残念だ人類よ……お前たちは、再び失楽園だ!
「! くっ……!」
青夢の言葉に対し。
声はそう返すと、またも彼女の周囲は光に包まれ――
◆◇
「……ん!? こ、ここは」
「楽園に入る前の場所よ……もう、アドレスは失われたわ。だからもう、あの四つ首の人――智原使ケルビムももういないわ。」
「え……? あ、そ、そういえばいないわね。」
青夢はアンヌの言葉に、周りを見渡す。
確かにあのケルビムなる四つ首人はもういない。
――一度ならず二度までも……愚かなり、人類。だが、いずれ……大局的辻褄合わせとして、人類救済は果たされる……
「! さっきの人……それは、どういうこと?」
が、そこへ響いた楽園の中と同じ声に青夢は驚き聞き返すが。
声は、もう返ってこなかった。
「な、何なの?」
「青夢、今は……あなたは、フラン星界南西部へ向かいなさい! 今その南西部のボルトーという町でブリティ星界軍と皆が……凸凹飛行隊の皆も戦っているわ!」
「! ま、魔法塔華院マリアナたちが……? わ、分かったわ!」
青夢は戸惑いつつも、彼女と共にレッドドラゴンに乗り飛び立つ。
「……さあて、私は!」
――矢魔道さん。
「ん……んん……」
――矢魔道さん!
「!? は、はい! ……え?」
現実の地球、聖マリアナ学園の法機格納庫内にて。
眠っていた矢魔道は、飛び起きる。
今の声は。
「た、樽奇術さん……?」
いつぞやの転校生――すなわち、アンヌの声だ。
――ええ……矢魔道さん、お願いがあります! 私、いや法機ジャンヌダルクを滑走路上に置いてほしいんです。
「え? じ、ジャンヌダルクを? ていうか、どこから」
――お願い、矢魔道さん!
「わ、分かった……」
矢魔道はアンヌの声に戸惑うが。
彼女の有無を言わさぬ様に、急いで牽引用車両を出し。
滑走路上に置き、離れた。
「これで、いいかな……?」
――ありがとう矢魔道さん……いつも整備ありがとう、愛してる♡
「え!? あ、ああ……」
――ふふ……hccps://jehannedarc.wac/、サーチ! コントローリング 宙飛ぶ法機ジャンヌダルク! セレクト デパーチャー オブ 宙飛ぶ法機、エグゼキュート!
矢魔道にアンヌは、何故か愛の言葉と共に術句を唱える。
するとジャンヌダルクは、内部に電使翼機関を具現化させ。
そのまま爆炎を噴き出し、空へと繰り出す。
◆◇
――くっ……hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、サーチ! コントローリング 宙飛ぶ法機イザボー・ド・バヴィエール! セレクト デパーチャー オブ 宙飛ぶ法機、エグゼキュート!
「あら……どこから声出してんのかしら!」
かくして、今に至る。
現実世界、第二電使の玉座コントロールルームにて。
青夢の身体から追い出されたペイルの声が、どこからか響き。
再びイザボー・ド・バヴィエールが、第二電使の玉座へと迫って来る。
「……hccps://jehannedarc.wac/、セレクト デパーチャー オブ 宙飛ぶ法機、エグゼキュート!」
そこへ、ジャンヌダルクも迫る。
「! あ、あれは……ジャンヌダルクか! まさか」
「ああら……他の女に浮気されちゃ堪らないわねえ!」
「くっ! 忌々しい!」
その不倶戴天の敵の姿を捉えるアルカナだが。
彼の操る彭侯は、今ワイルドハントを前にしており阻まれる。
かくして仮想と現実両ネメシス星にて会戦は再開され。
役者は揃いつつあったのだった。




