#133 完璧な世界
「青夢ちゃん、起きなさい! 今日は家から学校行く日でしょ?」
「……ん、はあい、お母さん!」
青夢は母たる藍の言葉に飛び起きる。
起こされたが、爽やかな目覚めだった。
自分は確か、楽園の中にいたはずだが。
青夢は戸惑いつつも、階段を降りる。
「おはよう……」
「おはよう、青夢。」
「おはようお父さん……んん!?」
が、食堂にやって来た青夢は。
テーブルに当然の如くいる亡くなったはずの父・獅堂の姿に驚愕する。
「? どうしたんだ、青夢?」
「う、ううん……何、でも……」
「青夢ちゃん?」
「え……?」
青夢は両親から心配され、ふと自分の目の下の感覚に気づく。
彼女は、泣いていた。
「どういうことなんだろう? 一体……」
「おっはよー、青夢!」
「うおっと! ……あ、ま、魔導香! いや間違えた真白!」
「いや、相変わらず間違えてないよ?」
青夢が道を歩いていると。
後ろからやって来た真白と黒日に会う。
「あ、真白……間違えた黒日、あ!?」
そのまま素で黒日に真白と言ってしまった青夢は、真白をちらりと見る。
怒られる――
「もう、青夢ったら!」
「ほんとだよ、体色で間違えないでよ!」
「……へ?」
が、真白と黒日の二人は。
事も無げに笑うだけであり、青夢の方が拍子抜けする。
「マメキさん!」
「!? ゲ、ま、魔法塔華院マリアナ!? ……に、ら、雷魔法使夏と使魔原ミリア!?」
と、そこへ。
なんとマリアナが、法使夏とミリアを引き連れて後ろからやって来た。
青夢は思わず、身構える。
同じ飛行隊員同士とはいえ、長らくいじめられて来たが故の癖だ。
さあ、どんな嫌味を――
「おはようマメキさん!」
「おはよう!!」
「……へ?」
が、その身構えは徒労に終わる。
なんとマリアナ・法使夏・ミリアは、にこやかに青夢に挨拶して来たのだ。
「ど、どうしちゃったのよ魔法塔華院マリアナも雷魔法使夏も……」
青夢は、更に拍子抜けだ。
「おはようマリアナちゃん! ホシちゃんミリちゃん!」
「……ええ!?」
「え? 何、青夢?」
が、更に更に彼女が驚いたことに。
真白と黒日は、マリアナたち三人ににこやかに挨拶したのだ。
「どうしたの、青夢?」
「え? う、ううん何でもない……」
青夢は戸惑いつつも、平静を装う。
「……まもなく、真仏院コンツェルン創業100周年を祝う……」
「!? っな!?」
「え? どうしたの青夢?」
が、ビルのモニターからニュースの声が聞こえ。
そこで青夢はまたも驚き立ち止まる。
それは、魔法塔華院コンツェルンが百年も続いていたこと……ではなく。
字が、違っていたことに驚いたのだ。
「ま、真仏院……? え? ま、真仏院って、マジックの魔法にタワーの塔に、華の院て書くんじゃないの!?」
「ちょっ、いやあねえ豆木さん! そんなの、DQNネームも大概じゃあなくって?」
「ど、DQNネームね……」
それはブーメランでしょ、と言いかけて青夢は止めた。
聞けば、自分の名前も皆の名前も青夢が知るものとは違っていた。
いや、正確には読みは同じだが漢字が違っていた。
真仏院マリアナ、来馬星夏、島原ミリア。
自分は豆木青夢。
円真白に、井島黒日。
「! な、そういえば……空飛ぶ法機が、一つも飛んでない……」
「え? う、う、ウィッチ……?」
「何それ、青夢?」
「!? う、ううん何でもない……」
そこで青夢は、ふと気付いた。
そうだ、法機が飛んでいない。
ということは。
「あ、あのさ……魔法は使えない?」
「え? ま、魔法?」
「ちょっと青夢……どうしたの、どっか悪い?」
「う、ううん……」
青夢は周囲の反応に、確信を得る。
そうだ、ここは魔法無き世界。
そして、青夢が望んでいた世界なのだ。
と、いうことは。
「皆!」
「あ、おはようアンヌちゃん!」
「!? あ……アンヌ!」
「おはよう、青夢も……って! ど、どうしたの?」
走り来るアンヌの姿を見つけると、青夢は自分でも気づかない内に走り出しており。
そのまま彼女に、抱きついていた。
◆◇
「さあさあ、動けないでしょう? そのまま平伏せばよいのよ、売り払われた者たち!」
「くっ、この……」
その頃、フラン星界南西部ボルトーでのフラン星界軍とブリティ星界軍の戦いでは。
クイーン・バベルにより支配された戦場で、剣人やマリアナ、そしてフラン星界軍は動きを封じられてしまっていた。
「(おのれ、売国妃めが!)」
「ええ、私は売国妃だけれど……あなたたちごときに言われたら酷く苛立つわねえ!」
「なっ!? こ、心が読めるのか! ぐあっ!」
「ぶ、部隊長!」
しかし、心中で毒づいた部隊長のその声をバベルは読み。
より一層、フラン星界軍の枷を強くする。
「ふふふ、まあもう少し遊んでいたいけれどこのくらいで。さあて……私の可愛いナアマちゃん! 今のうちに止めよ!」
「ぐっ……」
バベルは勝ち誇ったように笑う。
「……hccps://camilla.wac/、セレクト、ファング オブ バンパイヤ!
hccps://camilla.wac/GrimoreMark、セレクト 吸魔力源 エグゼキュート!」
「! あら……あなた!」
「ま、魔法塔華院!?」
が、マリアナから突如として術句が唱えられ。
たちまちフラン星界軍の、枷が取れていく。
「ああら……変ねえ、私は領域内にいるあなたたちの心の中までちゃんと読んでたのに!」
「ええ、お生憎様であってよ……わたくしは、並行思考ができるのであってよ!」
「あらあら……残念。」
今度はマリアナが勝ち誇る。
そう、マリアナは表向きは別の思考をしながらも。
裏で、法機に秘められた力たるグリモアマークレットの習得と術句の編み出しに勤しんでいたのだった。
「ま、魔法塔華院……お前そんな」
「ミスター方幻術、あなたもであってよ! わたくしが時間を稼ぐ間に、あなたもこのグリモアマークレットを習得なさい!」
「り、了解だ!」
マリアナはそのまま、使い魔たるフィーメイルバンパイヤを前に出す。
剣人はその間、術句の編み出しに専念しようとする。
「ふふふ……それで私を出し抜いたつもりかしら! さあ、hccps://IsabeauDeBaviere.wac/edrn/fs/succubus.fs?assault=DreamIN――ドリームインドリーム、エグゼキュート!!」
「ぐっ!?」
「な、何であって!?」
が、その時であった。
バベルが発動した術句は、マリアナたちやフラン星界軍に眠気を催させて行く。
「さあさあ眠りなさいな……永遠にね! あなた方が眠れば、その隙にやってしまえるわ! さあ兵の皆さん!」
「クイーン・バベル殿、万歳!」
バベルのこの攻撃は、軍の士気をも高める。
◆◇
「さあ……貴重な暗黒通神衛星に傷が付いては敵わんな! 離れてもらおうか!」
「へえ……奇遇ね、私も今この星を傷付ける訳にはいかないのよ!」
現実世界では。
第二電使の玉座へと迫って来た幻獣機父艦は、近くのワイルドハントを誘き出す。
ワイルドハントは、第二電使の玉座を離れる。
「姫!」
「あら、あなたも人の心配している場合じゃないでしょう? ……さあ! あなたの後ろにいる者たちを渡してもらおうかしら?」
「……いや、それはできない。」
第二電使の玉座のコントロールルーム内では。
ペイルとシュバルツが、睨み合っていた。
「あら……その娘たちに情でも湧いたかしら? 姫のことしか頭にないはずの黒騎士にも、そんな一面があるものなのね。」
「まさか。これは単に我が姫の命令であるから守っているだけよ! こいつらに情などないが……それでも姫の命であれば止むを得ないからな!」
「ふふふ……ははは! まったく、素直じゃないのね。まあなら、仕方がないわ。」
「! あれは……イザボー・ド・バヴィエールか!?」
シュバルツが毅然として、ペイルの挑発を受け流すと。
彼女の言葉と共に、外に法機が見えた。
「さあ、少しばかり傷ついてもまあいいのよ……でもまあ、加減を誤るといけないから!」
「くっ、おのれ!」
敵はどうやら、法機により多少第二電使の玉座を傷付けてでも自分たちを殲滅するつもりらしい。
シュバルツはそのことを悟り、歯軋りする。
「さあてと、この状況ならあなたたちが圧倒的に不利だけど……まあ、一息に潰すのもつまらないから少しお話ししましょう。このネメシス星――あなたと私の故郷について!」
「! こ、故郷だと?」
シュバルツはペイルの言葉に、驚愕する。
「そう、あなたは覚えていないかも知れないけど……私たちはVI、仮想知権能。ネメシス星で生まれ、この世界に召喚された者たちなの。」
「わ、私たちが……?」
シュバルツは少なからず動揺していた。
「私たちだけではない、魔男の騎士団所属の騎士たちもそう。そして私は違うけれど、あなたや魔男の騎士団の騎士たちはそのVIが、ダークウェブの王様によって与えられた幻獣機ミュルミドーンにインストールされたもの。まあVI云々は知らなくても、あなた自身が幻獣機であることは知ってるわよね?」
「あ、ああ……」
知っているも何も、今の彼の本体たる幻獣機ミュルミドーンは今空飛ぶ法機ヘカテーの一部になっているのだ。
信じがたいがペイルの話は、確かに筋は通っていた。
「そうして私は! この女の身体に宿った……まあ、私が目覚められたのもこの女が宇宙に来て戦乙女の宙飛ぶ法機を完成させてくれたおかげだけど。でも、それもおしまいよ……」
「!? くっ!」
が、ペイルは徐に話を止めると。
外に手を振り、合図を送る。
すると外の法機イザボー・ド・バヴィエールが、再び迫って来る。
「さあ……終わりよ!」
◆◇
「一つだけ教えていただけるかしら、十魔女さん。……あなた、何のためにフラン星界をお売りになられて?」
再び、ネメシス星内。
フラン星界軍をまたも足止めし得意げなバベルに、マリアナが尋ねた。
「ふふ、本質的な質問ね……決まっているじゃない、こんな小さな世界を売ってもっと大きな世界を得られるなら!」
「な……大きな世界? クイーン・バベル殿、何を……」
「なるほど……それが、わたくしたちの世界ということであってね?」
バベルの言葉に混乱するブリティ星界軍やフラン星界軍をよそに。
マリアナや剣人は、納得する。
どういったきっかけかは彼女たちは知る由もないが。
バベルは先ほどペイルがシュバルツに話した、彼女自身の目覚めの経緯の中で現実世界について知ったのだろう。
「しかし……あなた方も可哀想にねえ! もっと大きな世界を知っているというのに、こんな小さな世界で戦って……まさに、蝸牛角上の争いといったところかしら?」
「蝸牛角上の争い、ね……」
バベルは、殊更にマリアナたちを煽る。
「か、蝸牛角上の争いでも! 魔女木はこの世界のために戦ったんだ! 今も、恐らく戦っている!」
「あら……なあに、美しい仲間ってことかしら?」
が、そこに剣人の声が響く。
「ああ、そうだ……何にせよ! 貴様ごときが魔女木を馬鹿にするな!」
「あら……ごときがあ!?」
「くっ!」
剣人の声に、バベルは眉根を寄せる。
その心にシンクロするかのように、彼やマリアナ、フラン星界軍にかかる圧力は増している。
「もはや、一息に葬ってあげるわ! hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト! 王権否定!」
バベルは怒りに任せ、ナアマに命じる。
たちまちその頭上には、王冠型エネルギーが生成され――
「……セレクト、ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
「!? な……きゃあああ!」
「ぐああ!!」
「! み、見ろ……ブリティ星界軍が!」
「な、何であって?」
が、そこへ。
突如として飛来した光線により、王冠型エネルギーは貫かれて爆発し。
その爆発はたちまちバベルを始めとするブリティ星界軍を巻き込み、彼らはさながら自滅の様相を呈する。
「……まったく! 助けに来てくれたのはありがたいけど……結局、私がいないとダメなのかしら?」
「! こ、この声は……」
「ま、まさか……」
突如として声が響き。
マリアナと剣人は、その声の方角を見る。
そこには――
◆◇
「……セレクト、ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
「ん……? な!?」
現実の第二電使の玉座でも。
内部を外から狙っていた法機イザボー・ド・バヴィエールが、突如飛来した光線を避ける。
その術句は、間違いなくペイルの口から唱えられていた。
「ま、まさか……っ! ……ええ、ようやく会えたわ、本物のペイルさん? ……っく! おのれ、あんた!」
「魔女木、青夢か?」
唱えさせたのは、その身体の本来の持ち主である。
魔女木青夢、その人であった。




