#130 その名はヴイヴル/目指せ戦線突破
「な、何今のは!?」
――ああ、力が欲しいだろう。……ならば与えてやれないこともない。
「あなた……もしかして、魔男の黒騎士さん?」
術里は脳内に響いた声に、はっとする。
――その通りだが。しかし今は聞いている、さあ……
「……そうね、私の望みは。」
術里はその言葉に、何故脳内に声が響いているかの疑問よりも自身の望みに意識が向いた。
「……私たち自衛隊は、この日本を守るためにいる! だったら、もう私たちで戦えるようになりたい!」
――……よくぞ言った、ならば唱えよ! さらば与えられん! hccps://baptism.tarantism/!
「……サーチ! セイビング ジャパン バイ アワセルフ!」
その時。
術里は何やら、奇妙な感覚に襲われ――
◆◇
「こ、ここって……?」
見れば、真っ暗な空間に。
光の線で繋がれた網のようなものが下に見える。
そう、ここはダークウェブの最深部。
「ようこそ。」
「! あ、あなたは!」
ならば、そこにいる人物は当然。
「ええ、お馴染みというべきかしら……私はアラクネ。あなたは」
「は、はい! 白魔術里二等空曹であります、本官は!」
見慣れているとはいえ、既に経験した人物たちから聞いたとはいえ。
術里は、目の前にいる曰くダークウェブの女王たるアラクネに形式張って挨拶する。
「いいわいいわそんな! 私は上官ではないし、あなたも私の部下でも何でもないのだから。」
「し、しかし……」
が、アラクネは術里を宥める。
術里もそれは分かってはいるのだが、やはり自衛官と性というべきかつい姿勢を正さずにはいられなくなってしまうのである。
「いいのよ、本当に。今の私にもあなたにも一番大切なことは……あなたの望みよ。」
「! は、はい……そうね……」
が、アラクネにより。
術里は自分の本分を思い出したのだった。
この日本を、自分たち自身で救う。
「……これまでの魔女木さんたちに頼り、後方支援をしてきた形ではなく。自分たちが最前線に立ちたい、私たち自身が日本を守りたい!」
「……よくぞ言ったわ。さあ、これを!」
アラクネは、術里の言葉に満足げに微笑み。
彼女の前に、URLを示す。
hccps://vouivre.wac/
「その内あなたや赤音たちには、特に迷惑をかけることになると思うけど……どうか、戦い抜いて!」
「え……? どういう……あっ!」
しかし、術里はアラクネの言葉にはっとする。
そうだ、そういえば。
この女王は、少々信用できない所があるのだった。
が、それでも。
「……いいわ、今は少なくともあなたの力が必要だから!」
「……ありがとう。」
術里はアラクネに与えられた力を使うことを決意する。
「hccps://baptism.tarantism/、サーチ! セイビング ジャパン バイ アワセルフ! セレクト、hccps://vouivre.wac/ ダウンロード!」
◆◇
「hccps://vouivre.wac/、セレクト デパーチャー オブ 金剛鎌弾! エグゼキュート!」
そうして、今に至る。
突如として枝の揺り籠と化した幻獣機父艦の内部より、何やら誘導弾のようなものが複数躍り出て揺り籠の方々を破壊したのである。
それはヴイヴルの力により生成された新兵器・金剛鎌弾である。
「じ、術里……?」
「し、白魔二等空曹!?」
「やりました、教官、妖術魔二等空曹! 私たち自衛隊にも、法機が!」
揺り籠内の潜水法母に搭載された女神の織機パーツ内の術里からは、歓喜の声が響いていた。
「ま、まさかそれは……あの魔女木さんたちと同じ!?」
「うん、妖術魔二等空曹! ……そして、申し訳ございません教官しかし! 今は」
「分かった……責任は、私が取る。」
「……ありがとう、ございます!」
力華と巫術山も即座に事情を察し。
術里は巫術山の言葉に背中を押され、改めて前を見る。
「め、メアリー姐様これは……」
「ああ、こりゃあアラクネさんが改めてやってくれたみたいだねえ! 楽しいじゃないか!」
水流の先頭を行っていたキルケ・メーデイアでも。
ミリアは今一つの様子だったが、メアリーはすぐに状況を呑み込んでいた。
「くっ、これは! 敵の新たな力か……っ!? き、貴様は!」
一方、当然外側から水流を抑え込んでいたマンイーティングツリーを率いるアントンは堪ったものではなく。
改めて金剛鎌弾により内部から貫通された揺り籠の部分を見る。
そこには。
「魔男……今も邪魔をしているのですね、消し飛びなさい!」
「くう、一旦離脱だ!」
アラクネの姿が顕現し。
彼女を中心に、エネルギーが弧を描き炸裂する。
それにより揺り籠の部分はほぼ原形を止めなくなり、これではいかんとアントンは座乗艦たるマンイーティングツリーを離脱させ空へと逃がれる。
「おのれ、よくもお! またも私に失態を上塗りさせようというのか!」
「誰もそんなつもりはないのだけど……私たちが進む先にあなたが立ち塞がるというなら、相応の痛手を負ってもらわなければいけないからよ!」
アントンの恨みを帯びた言葉が響き、アラクネがそれに応える。
「hccps://graiae.wac/deyno、セレクト グライアイズファング エグゼキュート! さ、さあ行きなさい誘導銀弾!」
「ぐううっ! ぐぬう、クソアマ共お!」
一方、鳥島沖の狼男の騎士団も。
龍魔力四姉妹の攻撃に、ジリジリと後退を迫られていた。
「まだまだあ! さあスフィンクス艦ちゃん!」
「くっ! て、敵艦より砲撃!」
「ぐう……このお!」
ウルグルは、怒り心頭に発する。
「さあどうした、鳥目さん!」
「私たちに、そんな苦戦しちゃってえ!」
「くうう……チョロチョロと、不愉快極まりなし!」
更に、種子島沖上空でも。
海中のワイルドハントを守るレイテら旧生徒会新候補たちが、着実に鳥男の幻獣機父艦ロックバードを追い込んでいた。
「hccps://MorganLeFay.wac/、セレクト!」
「楽園への道!」
「エグゼキュート!!」
「ぎゃあああ!」
レイテの駆る法機モーガン・ル・フェイを筆頭に。
ジニー機が、雷破機が、武錬機が、次々と飛行の軌跡を斬撃のごとくロックバードに叩き込んで行く。
――今です、姫!
「ええ……hccps://hekate.wac/WildHunt.fs?departure=true、セレクト デパーチャー オブ ワイルドハント エグゼキュート!」
「! マリアナ様!」
「ええ……いよいよであってよね!」
「魔女木……待ってろ!」
そうした三方面での勝ち戦を受け、ついに。
海中のワイルドハントが、動き出す。
それは艦の各所より、電使翼機関の噴流を発し。
そのまま、とてつもない水しぶきを上げて宇宙へ――
「ウォーン! かかりやがったなクソアマ共お! hccps://baptism.tarantism/!」
「私の、見せ場ようやくね♡ セレクト! ファイヤリング」
「ああ、私にとってはこれが雪辱だ! 神龍の雷!」
「エグゼキュート!!!」
が、その前に。
突如、高空域よりエネルギー流が宙を飛び。
それは、飛び立とうとしていたワイルドハントを狙い過たず貫いた。
「!? な!」
「ま、マリアナさんたち!」
「そ、そんな……」
「くっ……な!?」
それは三方面の守備隊に、少なからず動揺を与える。
「ウォーン、ワォーン!! はは、見たかクソめが⚫︎✖️▽◆◇」
「うーん、相変わらず品がないけど……今回ばかりはおまけよ♡」
「ははは、参ったか小娘共!」
高空域に待機していたのは、何やら全体的には木を思わせるがそこから犬の多数の首や翼の生えた得体のしれぬ巨大構造物。
三騎士団の幻獣機群を融合させた合作、幻獣機父艦彭侯である。
三人の騎士団長により、遠隔操作で操られている。
密かにそれは、高空域に待機し。
隙を見て三方面の内いずれかから飛び立とうとするもの――すなわち、それが凸凹飛行隊を宇宙に運ぶものである――を、撃墜しようと虎視眈々と狙っていたのであった。
「ははは、前回と同じく四方面目を用意しているのかと思ったが……裏の裏を掻いて三方面の内いずれかからだったか! しかし……どうやら、あまり意味のない行為だったな!」
「はっはーん! どうかしら小娘ちゃんたち♡」
「ワオオオン!! 勝利の雄叫びだクソアマ共お!」
三騎士団長はすっかり、この勝利に酔いしれている。
が、三騎士団長ともあることを見落としていた。
「(いやしかし、奴らの断末魔が聞こえなかったが。まあ上げる間もなく一瞬で果てたということか……ははは!)」
いや、正確には用心深いアントンの頭をその違和感が翳めていたが。
正常化バイアスがかかり、あろうことか彼も最終的には見落としてしまった。
「……hccps://hekate.wac/WildHunt.fs?assault=true――セレクト、王神の槍 エグゼキュート!」
「ははは……ん!? あ、あれは! た、ただちに戦闘態勢を!」
「ウォーン、なんだアントン殿お? そんな……っ!?」
「ほほほ、相変わらず慎重すぎ……っ!?」
そういった事情により、三騎士団長が事態に気づいた時には既に遅かった。
「くうっ!!! な、ほ、彭侯が!」
三騎士団長が気づいたその僅かな後には。
妙に加速された誘導銀弾群――曰く、王神の槍により彭侯は貫かれて爆砕されていた。
――姫、今です!
「ええ……さあ、電使翼機関出力最大! 一気に宇宙へ!」
「くう、マリアナ様あ!」
「なあに、訓練を思い出しなさい!」
「魔女木、今行くぞお!」
そのまま、なんと。
鹿児島の地より、土煙を大きく上げ。
ワイルドハントの巨体が飛び出したかと思った瞬間には、一気に大気圏外へと飛び立って行く。
「わ、ワイルドハント!? な、何故?」
「悪いわねえ魔男さんに呪法院さんたち! その海中のワイルドハントは偽物……本物は地中にいたのでしたあ!」
――姫、一気に!
「ええ、分かっているわ!」
尹乃は得意げに笑い。
そのまま襲いかかる超重力などものともせずにワイルドハントを大気圏外へと離脱させた。
「ワ……ワオオン!! このクソアマ共オオン!」
「くっ、今回ばかりは……ウルグル殿に同意よおおん!」
「お、おのれええ!」
三騎士団長は悔しがるが、もはや後の祭りだった。
――ありがとう、尹乃さん。あなたなんだかんだで、マリアナさんたちを助けてくれたわね!
「な……ふ、ふん! こっちが利用してやるついでよ!」
――ふふ……
尹乃は聞こえて来たアラクネの声に、照れながら言う。
かくして、凸凹飛行隊は宇宙へ行く――
◆◇
「……この辺の、はずだけど。」
その頃、ネメシス星――暗黒通神衛星ネメシスと化した第二電使の玉座内の仮想世界では。
青夢は使い魔たるレッドドラゴンを駆り、フラン星界の最西端までやって来て地に降り立つ。
「この、辺かなあ……きゃっ!?」
と、その時である。
突如として、落雷が青夢を襲い。
慌てて、彼女は避ける。
――我が回転炎剣防壁の前にはいかなる異物も無力である……何の用か?
「だ、誰?」
青夢は上空を仰ぎ見る。
するとそこには。
「よ、四つの頭……?」
そこには、逆光によりはっきりとは見えないものの。
四つの頭と翼を備えた人影があった。




