#128 西を目指して
「……とまあ、こんな次第であってよ。」
「へえ、おもろいこと考えるやんけ!」
縦浜の別邸にて。
マリアナの話に、赤音は笑顔で応えるが。
「また、宇宙に……」
「で、でもマリアナさん。魔男はまた妨害するんじゃ」
「そん時や……またあたしらでぶっ潰せばいいだろ呪法院ちゃん!」
「な……あ、あなたね!」
「こら、英乃!」
レイテと英乃が言い争いを始めたため、夢零は長妹を窘める。
「はいはい、そこまでになさって! 今すべきは言い争いではなく、建設的な議論であってよ。……それに、今回は呪法院さんの懸念も一理はあってよ。」
「! え、ええ……そうでしょ! だから、私は慎重にやった方がいいと言っているの!」
「慎重にやり過ぎて後手後手に回ったら、元も子もないって言いてえんだよあたしは!」
「英乃、そこまでになさい!」
「姉貴、けどよ!」
「そうだぞ、レイテ様に向かって!」
今度は、レイテをジニーが庇い。
場は次々と、困惑していく。
「まあ皆さん……一旦落ち着いてほしくってよ! まあこれはやむを得なくってよ……わたくしたちが前に、あのネメシス星の仮想世界にログインした時のリンクはもう使えないのだから。」
「ああ、そうだ! だからどうか、他の皆の力を借りたい頼む!」
「お、お願いミリア! 皆さんも……少しいけすかない奴だけど、あんなんでも私たちの飛行隊長なんです!」
しかしマリアナ・剣人・法使夏は他のメンバーに呼びかける。
必死の叫びである。
「……貴様ら! 勝手にこんな話し合いを」
「!? は、き、教官!!」
と、その時である。
突如、女性としては野太い声と共に。
宇宙作戦時の彼女たちの教官たる巫術山が、力華と術里を連れてやって来た。
「な、何故教官が」
「ああ、あたしが呼んだんや……こういうときは、まず国の防衛担うとる人呼ぶんが筋やろ?」
「くっ、余計な……こととは言えなくってよ。」
赤音の言葉にマリアナも、ため息を吐く。
「貴様らだけで、どう宇宙に行けるというのだ? 如何に貴様らが強力な法機を持っているとはいえ、今は世界で電賛魔法システム障害が起きている! 貴様らの法機だとて、例外ではないかも知れないんだぞ!」
「そ、それは……」
巫術山の言葉に、マリアナたちは言い淀む。
マリアナは思い出していた、確かに自分たちの法機が電賛魔法システム障害の影響を受けていたと思しき光景を。
だから悔しいが、巫術山の言う通りであった。
「た、確かに……わたくしたちの法機も電賛魔法システムの影響を」
「いいや、それはシステムちゃうで! あのペイルとかいう不逞な女の法機、イザボー・ド・バヴィエールの力や! 姐様が言うとったで。」
「! そうね……ならば魔女辺さん。あなたたちに――というより、できればアラクネさん本人にお聞きしたいことがあってよ。」
「へえ? 何や。」
マリアナの言葉を遮る形で赤音が言った言葉に。
マリアナは、ここぞとばかりに問いの言葉を返す。
「……まず。あのペイル・ブルーメとやらが言っていたことであってよ。あのアラクネさんは偽物であると。それは、どういうことであって?」
「なるほど……姐様より、あんなどこの馬の骨とも分からん奴のこと信じるや言うねんな?」
マリアナと赤音は、睨み合う。
「ち、ちょっと! 魔女辺赤音、あんたマリアナ様の前で」
「よくってよ、雷魔さん。……まあそうね、少なくとも彼女はどこの馬の骨ではなく魔女木さんの身体を今乗っ取っているAI――VIと呼ばれる人工知能だということは分かっていてよ。でもアラクネさんこそ、それ以上に素性が分からないどこの馬の骨とも知れない身ではなくって?」
「ほう? ……今まで散々助けてもろうてる言うのに、姐様をそんな風に言うんか!?」
マリアナと赤音は、火花を散らし始めていた。
「お止めなさい、赤音! ……そうね、あなたたちにそう思われても仕方ないわね。」
「ね、姐様!」
「ほう……一応は、逃げ隠れしないというおつもりであってなのね?」
そこへ。
突如、アラクネの姿が現れる。
「ええ。私に聞きたいことがあるんでしょう?」
「その通りであってよ……まず、アラクネさん。あなたは偽物だと、今の女王であるとあのブルーメさんは言っていてよ。ということはつまり……本物の女王、前の女王がいるということではなくって?」
「こ、こらあ! アラクネ姐様に」
「赤音! 一旦黙っていて。……ごめんなさいマリアナさん。それは、まだ……」
マリアナの言葉に、アラクネは言葉を濁す。
「はあ、アラクネさん……率直に申し上げて、わたくしたちはあなたを信じ切れなくなっておりましてよ。そこの使魔原さんやメアリーさんを救う事情があるにせよ、例の争奪聖杯の時もわたくしたちにもそれを告げず欺いたのですから。」
「あ、あんた! 姐様に」
「赤音。……ええ、当然のことですね。」
「ね、姐様!」
マリアナの言葉にアラクネは、決まり悪げな有様である。
「そうですね、マリアナ様……私もアラクネさん、あなたのことは」
「ああ……恐らく、あのブルーメに法機を与えたのもその前の女王なのだろうが。それについてあんたの口から聞かない限りは俺もあんたを信用できない。」
法使夏、剣人もアラクネに自意を表す。
「ええ、当然ね。……でも、これだけは信じてほしいわ。前にあのブルーメを相手した時は、私も情け無いながら彼女に強く出られなかった、だけど! 私も魔女木青夢さんを救いたいのは同じだって!」
「ね、姐様……」
「アラクネさん……」
しかしアラクネも、本心を打ち明ける。
「そ、そうよマリアナさん! アラクネさんはずっと私たちを助けてくれたんだから」
「はあ……本当に単純であってよね、あなたたちは。」
「な、何や! まだ疑うんか!」
夢零の言葉にマリアナは、呆れの言葉を返し。
赤音はそれに、抗議する。
「まあでも……確かに、あなたがいなければ戦いは更に厳しくなるというのは本当であってよ、アラクネさん!」
「! ま、マリアナ様……」
「け、結局彼女を信じるというのか魔法塔華院! 彼女は」
「分かっていてよ、ただ! ……信じ切るわけではなくってよ。あくまで、必要とあらば利用させていただくだけであってよ!」
マリアナは法使夏と剣人の苦々しい視線を受けつつも、弁解するように言う。
「り、利用って! あんた、ほんまに」
「いいえ、赤音落ち着きなさい! ……ありがとう、マリアナさん。あなたたちに協力できれば、なんでもいいの。」
「ね、姐様……」
「……決まりであってよね。」
アラクネは、言葉を紡いで微笑む。
「……おほん! まだ終わっていないだろう。私たちを差し置いて!」
「! は、はい教官!!」
が、そこで口を挟んで来たのはやはり巫術山だった。
「……まあ、よい。ともかく、ここにいる勢力が今動かせる者たちということだな? 私たちも電賛魔法システム障害により全力を出せる状態にはないが、宇宙装備を提供することはできる。」
「あ、ありがとうございます教官!!」
巫術山の言葉に、この場にいる全員が大きく頭を下げる。
「うん、ところで魔法塔華院さん。あの魔女木さんの法機は宇宙で活動できたはずだけれど、使えない?」
「あ、はい。今は……やはり、飛行隊長本人がおりませんと……」
「そう、やっぱり……」
術里がマリアナに尋ねるが、マリアナは言葉に詰まる。
幸いというべきか、ジャンヌダルクはペイルが乗り捨てて行ったが。
やはり法機の持ち主たる青夢がいなければ使えないのだ。
と、その時。
――皆さん、ようこそお揃いで。
「!? だ、誰?」
「ああ、私が呼んだの……魔男の黒騎士イース・シュバルツの姫よ!」
「!? な!」
突如として響いた声と、アラクネのそれに関しての説明に場は更に混乱する。
魔男の黒騎士の姫?
あの宇宙作戦で一度はやり合った相手が、何故ここに?
いや、そもそも何故魔男の協力者がここに?
「皆さんには更に隠していたことだけど……そのイース・シュバルツは魔男を裏切ったの、だから黒騎士なの!」
「な……う、裏切り!?」
が、そんな彼女たちの疑問を汲み取りアラクネは補足する。
しかしそんな説明は、より場の混乱を深めさせるだけだ。
「な、何にせよ! わたくしたちを襲ったことは事実であってよ!」
――ええ、信じてくださるかはあなた方次第。でも私の力を使えば……魔女木青夢さんを救い出せるかもしれませんよ?
「うう……くっ……」
しかし"姫"は、動じず。
マリアナたちとの交渉を、始める。
◆◇
「ど、どういうことでしょうか陛下!」
「今申した通りである……アンヌの返還交渉は、諦めよう。」
「へ、陛下!」
その頃、ネメシス星フラン星界フォートルジュでは。
ペイル、いや青夢は命からがら逃げ帰り。
目の前の現実に打ちひしがれながらも、せめてもの願いとばかりにブリティ星界に捕らえられたアンヌの救出を懇願する。
しかしシャルルは首を縦には振らない。
「いいか、ペイル! そもそも貴様の独断による攻勢が今回の事態を招いたのだ、それを分かっているのか!」
「そ、それは……」
しかし、近衛騎士に嗜められ。
青夢は押し黙る。
が。
「……お願いします! この世界には……ネメシスには時間がないんです! だからお願いします、アンヌを!」
「な……何を言っている貴様は!?」
「ペイル……それはもしや、地母神ゲーの御託宣か?」
「へ、陛下!」
青夢は迷いつつも、この世界の実情を一部明かす。
近衛騎士はますます困惑するが、シャルルはそれに食いつく。
「……はい。この世界は……異世界に間もなく好き勝手されるでしょう! ですから」
「ペイル! 貴様いい加減に」
「……西の楽園ならば、何とかなるやもしれぬな。」
「!? え?」
「へ、陛下!」
が、シャルルは徐にふと呟く。
西の楽園――それは青夢にとって初耳だった。
「西の楽園――そこには永遠の命を得るという生命の実がある。国教会で言い伝えられている話だ。」
「永遠の命……」
「アンヌを私が助けることはできぬが……そこに、そなたがアンヌを助ける力があるやも知れぬ。」
「陛下……はい、ありがとうございます!」
青夢は立ち上がる。
「ま、待てペイル!」
「うむ、待てペイル!」
「! は、はい!」
が、近衛騎士とシャルルは揃って青夢を呼び止める。
「陛下、そうです! 早く、あの娘を」
「未だブリティ星界がどう動くかはしれぬ……よって! 必ずや、任を果たしたら早く戻れ!」
「! へ、陛下……」
「な!? へ、陛下!」
しかしシャルルは、青夢を止めはせず。
むしろ、送り出す。
「……はい! ありがとうございます陛下!」
青夢は笑顔を返し、走り去る。
◆◇
「早く行かなきゃ、アンヌ!」
――ふふふ、本当にできるかしら? あなたが?
「! ペイル・ブルーメ……よくも、私を!」
青夢は脳内に響いたペイルの声に、抗議の声を上げる。
――ふふふ……まあ、どうでもいいわ! それより……あなたにこの力を与えるわ!
「!? こ、このドメインは……! え、幻獣機!?」
が、ペイルが青夢に示したのは。
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――さあ、力がもっと欲しいのでしょう?
「……いいわ、そんなものがなくても! 私は西を目指す!」
――ふーん……まあ、後で後悔しても知らないわよ……
しかし青夢はペイルの誘惑を振り切り。
「……行くよ、レッドドラゴン!」
レッドドラゴンに飛び乗り、そのまま西を目指す。




