#127 神にして悪魔
「勝手は許さない? はははっ、だあれがあ? あんたみたいな存在があ?」
「ええ、お生憎様ではあるけどその通りよ!」
法機イザボー・ド・バヴィエールのハッチを開けてわざわざ高空域で身を晒す蒼の騎士ペイル・ブルーメ――青夢の身体を乗っ取っている――は現れたダークウェブの女王アラクネと対峙する。
「ふん……ふざけんじゃないわよ! 私を許す? あんた、偽物のくせして何をほざいてんのよ!」
ペイルは鼻で笑いながら、アラクネに言い放つ。
「あ、アラクネ! ……殿。そいつに法機を与えたのは卿だったな……よくも!」
「ははは! 私がこんな偽女王からもらう訳ないでしょ!」
「! な、何ですって……っ!?」
が、剣人が口を挟み言い放った言葉へペイルが返した言葉に。
剣人・法使夏は驚く。
「やはりであってよね……あなたたち――いいえ、正確にはそのイザボー・ド・バヴィエールのVIさんとアラクネさん。口では協力しているようなことを言っていたけど、どこかギクシャクとした雰囲気が見られていてもしやとは思っていてよ。」
「ま、マリアナ様!」
しかしマリアナはこれまで予想していたことを明かす。
やはりこの女王とあのペイルたちは、対立していたのだ。
「あら……察しが本当にいいわねあなた! そうよ……こいつはあなたたちにとっては優しい女王様かも知れないけれど、私にとっては! 偽物の、偽りの、紛い物の! 女王様にすぎないわ!」
「偽り、ね。」
マリアナはそこで、ふと気がつく。
そういえば蒼は、そしてこのペイルは、所々アラクネに対して不自然な表現を使っていた。
それがどこか、思い出そうとするが。
「そうよ、その女王はあんたたちにとっては神の私にとっては悪魔! 誰かにとっての神は、誰かにとっての悪魔でしかない時もある……さながら、フラン星界にとっては救国の乙女だったあの魔女木青夢が、この現実世界にとっては電賛魔法システムの侵略者だったようにね!」
「! くっ……」
その思考は、ペイルのこの言葉により遮られた。
「貴様、まだ言うか!」
「ええ、何度だって言ってやるわよ! ……さああんたたち、早く跪きなさいって言ってるでしょ!? さもないと……本当にこの女どうなっても知らないわよ!?」
「くっ、やめなさいと!」
「ああ、止めた方がええで……hccps://martha.wac/、セレクト! 子飼いの帯 エグゼキュート!」
「!? くっ、イザボーちゃん!」
再びペイルが、これ見よがしに青夢の首筋にナイフを翳したその時。
どこからか高エネルギー波が向けられ、慌ててペイルは躱す。
その特徴的な口調の主は、無論。
「赤音!」
「アラクネ姐様……水臭いでえ! あたしを置いて一人でなんてなあ!」
「あたしたちだって」
「いまーす!」
元女男たちが、やって来たのだ。
「まったく……まあいいわ! 今日はこの辺にしておく……どちらにせよ! 覚悟も法機の使い方もなっちゃいないあなたたちでは私には勝てないだろうけどね!」
「な……あなた! いい加減に」
「じゃっあねー!」
「ま、待ちなさい!」
ここでペイルは、分が悪くなったと見てか。
自機イザボー・ド・バヴィエールを駆り、戦場をそそくさと離脱する。
「こうらー! 待たんかいわれえ!」
「待って、赤音たち! ……まったく、大人しくしてなさいって言ったでしょうに。」
深追いしようとする赤音たちを、アラクネが制する。
すぐにイザボー・ド・バヴィエールは、見えなくなる。
「……さあて。わたくしたちは、今後を話し合わなくってはよね?」
「は、はいマリアナ様!」
「あ、ああ……」
こうして彼女たちには。
目の前の課題が残されたのだった。
◆◇
「あ、ああ……」
その頃、ネメシス星――暗黒通神衛星ネメシスと化した第二電使の玉座内の仮想世界にて。
フラン星界コンピューティエーニュ上空。
使い魔たるレッドドラゴンに騎乗しながら、青夢は脳内に押し寄せる記憶に苦しんでいた。
記憶は、あのオルレアンとの戦から始まっていた。
青夢が、ペイル・ブルーメとして戦っていた時である。
◆◇
「行くよ、レッドドラゴン!」
ペイルは交渉だけでは状況は動かせないと感じており。
自身が騎乗する二匹のドラゴンの融合である、レッドドラゴンに呼びかける。
するとレッドドラゴンは、すかさず応じ。
その首を、オルレアンの城壁に向ける。
「ひ、ひいい!」
「狼狽えるな! あの化け物と女たちをひたすら長弓で狙ええ!」
「ぶ、部隊長!」
「何だ!? ……ぐああ!」
レッドドラゴンに畏怖するオルレアンのブリティ星界軍は、そのレッドドラゴンに長弓を向けるが。
彼らが矢を放つより前に、レッドドラゴンの口からは光線が出て――
「い、今のはこ、光線?」
「まったく、このマリアナに随分なご挨拶であってよ……な、何あれは!?」
「! な!?」
「え!? あ、あれは!?」
一方、現実世界では。
光景にマリアナや法使夏、剣人は驚く。
目の前に現れたのは、何やらドラゴンの形をした"もの"。
それをただ口頭でのみ聞けば、幻獣機かはたまた幻獣機父艦かと思われるだろうがさにあらず。
それは、ドラゴンの形をした"もの"というより。
「ほ、本物のドラゴンが!?」
ドラゴンそのものである。
「hccps://rusalka.wac/ 、セレクト、儚き泡 エグゼキュート!」
何はともあれ、戦いは待ってはくれないとばかりに。
法使夏は、自機より泡の攻撃を放って見せる。
たちまち泡の塊たる水流は、ドラゴンへと迫り――
「!? な!」
が、そこで法使夏は――いや、凸凹飛行隊の面々は予想だにしない光景を見た。
なんと、泡がドラゴンを擦り抜けその背後に炸裂する。
「ば、馬鹿な! 何だ今のは……」
剣人はドラゴンを睨む。
相変わらずドラゴンは、ただただ唸るのみだ。
「くう、ならばわたくしの一撃をお見舞いして差し上げてよ! hccps://camilla.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ エグゼキュート!」
一方、ネメシス星では。
急にペイルは頭痛を感じ、俯く。
「くううう! 私の後ろにいる兵士たちには当てさせないいい!」
「ぺ、ペイル!」
が、ペイルは、頭痛を振り払い。
法機の爆炎が放たれた像を見た時と、そして城から矢が多数放たれた時をほぼ同じくして。
レッドドラゴンより再び、光線を放つ。
「な、矢が! ……っ!? ぐああ!」
その光線は、たちまち迫る矢の大群を一掃し。
また宙に伸びるが。
先ほどまでとは比べ物にならないほど眩く、その光は炸裂し――
「hccps://crowley.wac/、セレクト アトランダムデッキ! 魔術師――炎法撃 エグゼキュート!」
そして現実では剣人が、クロウリーに向けて術句を唱える。
たちまちクロウリーからは火炎エネルギー流が射出されるが。
ドラゴンからも、再びその火炎エネルギーにぶつける形で光線が放たれる。
それにより空中では、エネルギー乱流のぶつかり合いとなる。
そして――
「くっ!?」
「きゃっ! ま、眩しい!」
かつて、かの幻獣機父艦バハムートと戦った時のごとく。
たちまち凸凹飛行隊は、クロウリーの炎とドラゴンの光が対消滅により眩く輝く――
◆◇
「あ、あれはそういうことだったの……? そんな、そんな、嘘よ、嘘よ!」
再び、現在のネメシス星では。
青夢はあのオルレアンとの戦いで、まず自身が知らずして現実世界に攻撃を仕掛けていたことを知る。
いや、それだけではなく。
「あ、あの戦いもこの戦いも!? ぱ、パレス奪還作戦も……!?」
次から次へと、彼女の脳内へはこれまでの戦いに関する現実世界側の視点からの記憶が流れ込んで来る。
「い、いや……嫌ああ!」
青夢は泣きじゃくる。
自分は何をしていたのだ。
全てを救う、という目的を振りかざして。
結局はそのエゴの押し付けにより、このフラン星界を救う一方で現実世界を窮地に陥れていた。
これでは、全てを救うどころか。
「まるで……何もかもぶち壊しているみたいじゃない!」
青夢はしゃくりあげる。
もはや、自分は――
「……! そ、空が暗く」
――よくぞ戦ってくれたわね……もう一人の私!
「!? あ、あんたは……本当の、ペイル・ブルーメ!」
――……ふふふ……
その時。
青夢の脳内には、ペイルの声が響いて来た。
――ええ、あなたはアホみたいに働いてくれたわ! おかげで、この世界を売った甲斐があったわ……かなりの利益を回収できるから!
「り、利益……?」
青夢はペイルの言葉に、茫然とする。
◆◇
「何ですって!? あの第二電使の玉座にアクセスできない?」
「も、申し訳ございません姫! 私の」
「いいえ……まさか、あのイザボー・ド・バヴィエールとかいう法機の使い手が……?」
その頃、現実世界の王魔女生グループ本社社長室にて。
シュバルツから報告を受けた尹乃は、頭を抱える。
しかし、その時。
――……ええ、あの世界はもう販売中止です! なので……代金を回収させていただきます!
「な……あなたはイザボー・ド・バヴィエールの!」
「わ、私の脳内にもその声は響いています!」
尹乃とシュバルツの脳内には、蒼の声が。
「代金の回収とは、どういう意味だ?」
――ええ、あの第二電使の玉座には十三基の電使衛星の力を集結させることが私たちの目的だったの! だからもう、この世界のアクセスをできないようにさせていただきます!
「! くっ、やっぱりあなただったのね!」
尹乃は腹立ち紛れに、地団駄を踏む。
◆◇
「……集まってよね、皆さん?」
「はい、マリアナ様!」
そしてペイルが正体を明かした翌日、縦浜の魔法塔華院別邸にて。
青夢を欠いた凸凹飛行隊・龍魔力四姉妹・レイテを筆頭とする生徒会新候補たち・元女男たちと、法機を駆る勢力が尹乃らを除き集結していた。
既に彼女たちには、青夢のことは話してある。
「ま、マリアナさん……今の話は本当なの?」
「ええ、信じがたくってでしょうけど本当であってよ夢零さん……わたくしたちは、魔女木青夢を助けなければなりません! そして取るべき方法はもはや一つ……」
マリアナは、空を指差す。
「……わたくしたちが、直接第二電使の玉座――ネメシス星へと上陸し。そこから内部の仮想世界に直接通信で割り込むやり方であってよ!」
「な……!?」
マリアナの言葉に、この場には驚愕の空気が満ちる。