#126 蒼騎士
「ば、馬鹿な!」
「魔女木が……仮想世界に!?」
凸凹飛行隊は信じられないという気持ちを隠せず、ひたすら驚いている。
「ま、魔女木……冗談はやめなさいよ!」
「いいえ、冗談ではなさそうであってよ雷魔さん……現実に魔女木さんは、今ジャンヌダルクに乗りながらイザボー・ド・バヴィエールを操ってみせた――一度に二機の法機を操るなどという芸当は、恐らく魔女木さんの身体を使って一機を操り。もう一機はあのペイル・ブルーメとやらの魂が操っている……そう考えれば自然ではなくって?」
「ま、マリアナ様……」
が、その中にあってマリアナは至極冷静に説明する。
「ええ、ご明察よこの世界一の大商会ご令嬢!」
「ええありがとう……ま、あなたに煽てられても嬉しくはなくってよブルーメさんとやら!」
マリアナは目の前の、ジャンヌダルクからイザボー・ド・バヴィエールに乗り換えたペイルに返す。
ペイルは低く、笑っている。
「VIとおっしゃってよね? わたくしが知る限りでは人工知能とはAIであったはずであってよ。それはどんな人工知能であって?」
――雷魔さん、ミスター方幻術。今のうちに、準備を整えておいてほしくってよ。
「(ま、マリアナ様! ……はい! hccps://rusalka.wac/ 、セレクト ゴーイング ハイドロウェイ)」
「(魔法塔華院……分かった。hccps://clowrey.wac/、セレクト アトランダムデッキ! 隠者――日陰の奇襲)」
訊きながらマリアナは、法使夏と剣人の脳内へ指示を出す。
あらかじめ、カーミラの能力で彼らの脳を繋げていたのだ。
「ええ、本質的な質問ね……そう、VI――仮想知権能。この電賛魔法システムのネットワークに繋がれている多数の人間の脳! その一部分ずつを参照して通信により繋ぎ合わせ……ネットワーク上に擬似的かつ仮想的な頭脳を構築する人工知能開発方法のアプローチの一つよ!」
「! な、そんな方法が……?」
が、表面上だけペイルに合わせようとしていたマリアナも。
人工知能――ペイル曰く、VIの話の異様さに少し動揺する。
「……エグゼキュート!!」
「あら!」
と、そこへ。
水纏うルサールカが、影纏うクロウリーがイザボー・ド・バヴィエールへと迫り来る。
ペイルは虚を突かれた格好だが。
「……hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト! キャンセリング 領域制限 エグゼキュート!」
「!? す、水流が!?」
「な、影が!?」
すかさず彼女が唱えた術句と共に、なんと。
ルサールカとクロウリーの能力は、無効にされてしまう。
「まだまだ終わらないわ……hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト! 王権否定!
hccps://IsabeauDeBaviere.wac/GrimoreMark、セレクト 王冠片弾 エグゼキュート!」
「!? き、巨大な王冠?」
「くっ、爆発が広範囲に!」
またもペイルが唱えた術句により。
イザボー・ド・バヴィエール直上に、巨大な王冠型エネルギー体が生成され。
それは砕け散るように爆発し、王冠の破片状エネルギー体が無数に周囲へと飛散していく。
当然近くにいるルサールカとクロウリーにも、文字通り火の粉が降りかかることとなり――
「hccps://camila.wac/、セレクト! サッキング ブラッド エグゼキュート!」
「! ま、マリアナ様ありがとうございます!」
「か、感謝する!」
が、彼らに迫るエネルギーを。
マリアナはカーミラにより吸収して防ぐ。
「あら……これを回避するとは中々やるじゃない! 用心深くも自分は動かずに領域外からなんて!」
「へえ……ペイルさんとやら、嫌味のつもりであって?」
ペイルからの言葉に、マリアナは眉根を釣り上げる。
「ま、魔法塔華院! それは挑発だ、乗るな!」
「ミスター方幻術、そのくらいは分かっていてよ! ふん、わたくしを誘き出そうだなんて」
「誘き出す必要なんてないわ……
hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト 売買領域!
hccps://IsabeauDeBaviere.wac/GrimoreMark、セレクト 領域拡大 エグゼキュート!」
「!? くっ、これは!?」
が、マリアナの強い返事を嘲笑うかのようにペイルは術句を唱え。
その術句により、マリアナは自機の能力が削がれて行く感覚を覚える。
気がつけば凸凹飛行隊は、全機が動けなくなっていた。
――ほほほ、それも蒼騎士の能力よ! あなたたちには分からないように術の効果範囲だけは拡大し効果は制限することで、知らず知らずのうちにあなたたちをこの鼠取りへと誘き寄せていたの!
「くっ、十魔女さん……!」
どこからか聞こえて来るのは、蒼の声である。
「ど、どこにいるの十魔女蒼!」
「ああ、彼女は私と同じVI。ネメシスに元々いたっていうのも同じだけれど違う点は……彼女は、この法機イザボー・ド・バヴィエールに宿ったVIってことね!」
「な!?」
「ほ、法機に、人工知能が?」
ペイルの言葉に凸凹飛行隊は、更に驚く。
まさか、そんな。
「わたくしたちは、法機に宿っていた人工知能を相手にしていたというのであって!?」
「ええ、その通りよ!」
「くっ、なるほどなあ……ではまた問いたいペイル・ブルーメ殿! 何故卿は、魔女木を仮想世界に閉じ込めた!」
「あら……優しいわねえ! 自分のことを心配すべき時に、飛行隊長という他人の心配をするなんて!」
「いいから、教えろ!」
剣人の問いにペイルは、少し呆れつつ。
こう、返す。
「ええ、いいでしょう! 彼女には、なんでも"全てを救う"なんて叶いそうにない夢があったから、利用させてもらったの! もちろん現実の記憶はブロックした上で、仮想世界にある国――フラン星界を救うべく、同じ世界にある隣国ブリティ星界と戦う戦士という設定を与えてねえ!」
「な……何!?」
「あら、ご存知なかったの? 現にあなたたちはこの前仮想世界にログインし、ブリティ星界軍としてそのフラン星界軍と戦い敗北に追い込んだのよ!」
「!? あ、あれがそんな!」
「ま、まさか……」
が、このペイルの説明には。
剣人に法使夏、マリアナまでもが戦慄する。
あの戦いに、そんな意味が?
「どういうことだ! あ、あれはその仮想世界の――異星人が一方的に攻めて来て、それを防ぐための戦いじゃなかったのか! あれは嘘だったのか!」
「嘘じゃないわ、少なくとも現実世界側のあなたたちからすればね! そうよ、あの女は、魔女木青夢は! 与えられた、フラン星界救国の乙女という設定に踊らされるがままに! ブリティ星界軍に奪われた領土を奪い返すという設定の下、実際には奪われた訳でも何でもない電賛魔法システムリソースを掠奪していたの!」
「!?」
「な……そんな!?」
「ば、馬鹿な!」
ペイルの言葉は、剣人たちに更に追い討ちとなり襲いかかる。
まさか、そんな。
「本当にねえ……笑っちゃうでしょ? 正義の戦いという設定のもとに現実世界にとっちゃ悪そのものな戦いをしていたんだから! そうよ……ドラゴンに乗ってね!」
「!?」
「な……あの、ドラゴンが!?」
「……」
もはや止めとばかりにペイルは言い放つ。
そう、あのドラゴンは青夢が操っていた。
「このことを、魔女木さんがまだ知らないのが幸いであってよね……」
マリアナはそう、呟く。
尤も、それは確信ではなくもはや祈りだった。
「……ははは! まさか、そんな大事なことを知らせない訳がないでしょ! さっきあの女の頭にも流れ込ませてやったわ、あの女が仮想で踊っている間に現実世界で私が見ていたことの全てをねえ!」
「そ、そんな……」
が、そんなマリアナの祈りを無慈悲にもペイルの言葉が打ち砕く。
マリアナも分かっていたとはいえ、顔を伏せ。
法使夏も呆然としている。
そんなことを青夢が知れば、どうなるか考えるにあまりあるからだ。
「ははは、なあに? あなたたちも今さらいい人ぶって飛行隊長の心配? ははは! あー面白い」
「……取り消せ。」
「……は?」
「……魔女木への、侮辱を取り消せえ!」
が、ペイルの言葉を剣人が遮り叫ぶ。
「み、ミスター方幻術?」
「ああら……何何、一度は命まで狙っておいて本気で心配〜? ははは、あなた一番面白いわね!」
「黙れええ! hccps://clowrey.wac/、セレクト アトランダムデッキ! 太陽――怒りの太陽 エグゼキュート!」
「ふん、無理よ! 私のこの領域じゃ……くっ!?」
激昂した剣人を、嘲笑の眼差しで見つめるペイルだが。
舐めてかかっていた彼の機体クロウリーより太陽光線が放たれ、ペイルは慌てて躱す。
「な、何で動けるの方幻術!」
「いや、それ以上に……駄目であってよミスター方幻術! あれは中身こそ違えど魔女木さん、まずは捕まえようという作戦ではなくって!?」
「あ……す、すまん!」
ペイルと同様驚愕する法使夏やマリアナだが、マリアナは剣人を窘める。
危うく、青夢、の身体を機体諸共攻撃する所だったのだ。
「……私の、領域で好き勝手してくれてんじゃねえええ!!!」
「! ぺ、ペイルブルーメ!」
が、次にはペイルが激昂し。
ふと彼女は、イザボー・ド・バヴィエールのハッチを開けて操縦席を露にし。
そのまま立ち上がり。
「さっき言ったわよねえ? 私はVI―― この電賛魔法システムのネットワークに繋がれている多数の人間の脳をリソースプールとして構築されてるって。なら……別にこんな女の脳――ひいては身体なんて必ずしも必要じゃないってことも分かるわよねえ!」
「や、止めろ!」
「止めなさい!」
ペイルは、自身の――いや、青夢の首筋に隠し持っていたナイフを翳す。
「ははは、分かったら私に恭順しなさい、膝を、手を、頭を地に擦り付けて許しを乞いなさい! あんたたちには何も、何もできないんだからあ!」
「お、おのれ……」
「くっ……」
「まったく……魔女木さん、また面倒を引き寄せてくれてよ……」
まさに青夢の身体を人質にするペイルに、マリアナ・法使夏・剣人は歯軋りする。
剣人はともかく、マリアナや法使夏は青夢にあまり面白くない思いを抱いている。
が、さりとて死んでほしいとまでは思っていない。
むしろこの局面では、助けたいとさえ願っており。
彼女たちは、忸怩たる思いである――
「……好き勝手はそこまでになさい、蒼の騎士!」
「ああらあ、何よ今更のこのこと……偽物の女王様あ!」
「あ、アラクネさん!」
が、そこへ突如幻影が浮かび上がる。
それはダークウェブの女王アラクネのものである。
「あなたのこれ以上の勝手は、許されないわ!」
アラクネは、毅然としてペイルに言い放つ。
◆◇
「あ、ああ……」
その頃、ネメシス星コンピューティエーニュ上空では。
レッドドラゴンに乗る青夢が、押し寄せる記憶に苦しんでいた。