#122 三形態と売国妃
「い、イザボー・ド・バヴィエール……?」
「ええ、そうよ! さああなたたち。第二電使の玉座になんて行かせやしないわ!」
片や宙飛ぶ法機ヘカテー、片や空飛ぶ法機イザボー・ド・バヴィエール。
二つの法機が対峙している。
「へえ、私たちの目的までお察しとはね……」
――姫、我らならば振り切れます! 電使翼機関を加速させましょう!
「ええ、そうしたいわね……」
最大警戒をしながら、尹乃はイザボー・ド・バヴィエールを睨んでいる。
先述の通り、尹乃は宙まで飛べる法機を持っている。
一旦宇宙まで振り切ってしまえば空までしか飛べないこの法機は追いつけまい。
ストレートに考えれば、そうなのだが。
「……でも、駄目よ油断は。能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものなんだから!」
――……はっ、姫。
尹乃は一旦、シュバルツの考えを引っ込ませる。
そして。
「hccps://hekate.wac/、セレクト 三形態 エグゼキュート!」
「ああら、潔く退くの?」
尹乃は自機を促し、海の方へと飛行する。
「まさか! ……さあ、行くわよ私の騎士!」
――はっ、姫!
そうして尹乃とシュバルツのヘカテーは、何と。
海の中へと飛び込むが、そこでも問題なく飛行して見せる。
海中を問題なく移動するその様は法使夏のルサールカを彷彿とさせるが、それは水流の中を進むルサールカとは異なり直接水中を進んでいた。
地中・海中・空中を進むヘカテーの能力・三形態である。
「hccps://hekate.wac/、セレクト 獰猛なる魔軍 エグゼキュート!」
そうして、ヘカテーは。
海中で術句を唱える。
たちまちヘカテーの周囲には、幻獣機スパルトイが生成され。
それらは数機ずつ組み合い、かつてのワイルドハントを構成した龍や鬼など大きさはさほどでもないが数々の怪物を形作る。
そうしてそれらは、ヘカテーを守るようにして同機にくっついて行き集まり。
法機幻獣機母艦ワイルドハントを形成する。
「へえ……それは前に宇宙で見覚えのあるものね!」
「? 宇宙で? まあ、いいわ……hccps://hekate.wac/WildHunt.fs?assembled=false――セレクト、アンアセンブライズ エグゼキュート!」
それを見た蒼の言葉に、首を傾げる尹乃だが。
それでも冷静に、自機に――ひいては、ワイルドハントに命じる。
たちまち海中のワイルドハントからは、組み合う怪物のうちいくらかは分たれ。
分たれた鬼や龍の形をしたパーツ群は海中を飛び出し。
そのままイザボー・ド・バヴィエールに突撃を仕掛ける。
「なるほど、そう来たのねだけれど!hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト! 売買領域 エグゼキュート!」
が、蒼は落ち着き払い。
すかさず自身も、術句を唱える。
するとイザボー・ド・バヴィエールより光線が放たれる。
――姫!
「大丈夫よ、所詮あんな攻撃ではね……ほら見なさい、明後日の方向に飛んで行ったじゃない。」
しかしイザボー・ド・バヴィエールのその攻撃は、あらぬ方向に飛んで行く。
が、そこで尹乃らはおかしな光景を見る。
――!? ひ、姫あれは!?
「な……馬鹿な! 幻獣機たちが!?」
なんと、イザボー・ド・バヴィエールの方へと向かったパーツ群は徐に動きを止めると。
そのまま、海中のワイルドハントめがけて光線を放って来たのである。
「ふふふ、実にいい幻獣機たちね! だから私が、いただいたわ!」
――姫! 御身は必ず
「ええ、ありがとうシュバルツ……艦各所より電使翼機関噴流開始! 取舵いっぱい。海域を変えるわ!」
――はっ!
不利になったと見るや、尹乃はワイルドハントを全力で回頭させる。
「あらあら、逃げるのね…… hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト 王権否定!」
――ひ、姫!
「!? くっ、大きな王冠!?」
が、蒼は逃がさんとばかり自機に命じ。
たちまちイザボー・ド・バヴィエール頭上には、巨大な光り輝く王冠が生成され。
「……エグゼキュート!」
そのまま海面めがけ、その王冠が落とされる。
――姫、かくなる上は!
「ええ、そうね! hccps://hekate.wac/WildHunt.fs?assembled=false――セレクト、アンアセンブライズ エグゼキュート!」
それに対し尹乃も自機に命じ。
たちまち、ワイルドハントの艦体は全てパーツ群に分かれ。
時同じくして王冠が海面に炸裂し、砕け散り――
「ああらあら……なるほど。外殻の爆発を隠れ蓑に逃げたのね。」
全てが終わった後の海面を眺めながら、蒼はため息をもらす。
既にヘカテーの姿は、無くなっていたのである。
と、そこへ。
「一つ聞いていいかしら? あなた、随分と色々知っているようだけど……まさか、あなたがあの第二電使の玉座のシステムを狙ってフラン星界を支援している人なの?」
「あら……警戒してお使いを寄越して来たのね?」
一機の幻獣機スパルトイがやって来て。
そこからは尹乃の声がする。
「どうなのかしら?」
「ふふふ、色々ご存知なのね……でも、少し外れよ。今、フラン星界を勝たせているのは別人。ただ、あたらずとも遠からずね。……私は、その別人を今は助けているってだけよ。」
「そう……ありがとう。」
スパルトイからの声は、そこで途絶える。
――姫……恐れながら。あの爆発に紛れてその隙に宇宙へ飛び立つこともできたのでは?
「ええ、その程度は私も考えたけれど……駄目よ。万に一つでも大気圏離脱前にバレたら、撃ち落とされるリスクが高いわ。」
戦場から既に、かなり離れた海中。
尹乃はヘカテーを駆り、既に帰路についていた。
――はい、ごもっともでございます。浅はかな考え、申し訳ございません……
「いいのよ、しかし……あれは魔男と通じているのかしら? あのイザボー・ド・バヴィエールとかいう法機の持ち主は。」
尹乃はシュバルツと会話しつつ、先ほど飛ばした使いのスパルトイを介し蒼から聞いた情報を吟味していた。
―― 今、フラン星界を勝たせているのは別人。ただ、あたらずとも遠からずね。……私は、その別人を今は助けているってだけよ。
「今は……? どういうことなのかしら。」
――姫?
「! い、いえ何でもないわシュバルツ。さあ……あなたは引き続きブラックプリンスとして、あの第二電使の玉座システム掌握に勤しみなさい!」
――は、はい!!
尹乃は情報の数々を訝しみながらも。
シュバルツに改めて、命令を降す。
「そうよ……あの第二電使の玉座システムさえ掌握すれば! 私たちは、この電賛魔法システムを掌握できる……!」
尹乃は操縦桿を握りしめる。
そう、そもそもシュバルツを使い彼女が魔男側から盗聴した内容というのは。
あの第二電使の玉座のメインシステムを掌握し、そこを足場に電賛魔法システム全体を掌握するという計画についてのものだった。
◆◇
「さあ皆、続きなさい!」
「応!!!」
一方、ネメシス星では。
フラン星界軍は、そのまま各地で快進撃を続けた。
「行くよ、ペイル!」
「うん、アンヌ!」
無論その要因は、フラン星界の先頭に常に立つペイルとアンヌ、そして彼女たちの使い魔たるレッドドラゴンだった。
「お、おのれえ! またあいつら!」
「長弓を構えよ! 今度こそあの忌まわしき者たちを殺せえ!」
その恐ろしさを既に肌で感じているブリティ星界軍だが、一応は抗おうとするものの。
「……さあ行くわよ、レッドドラゴン! hccps://jehannedarc.wac/GrimoreMark、セレクト ビクトリーサンダー エグゼキュート!」
「ひいい! り、龍が来たぞ逃げろー!」
やはりその力を見せつけられては敵わぬと。
皆、そそくさと逃げ出してしまうのである。
「さあ行きましょう、皆さん!」
「ええ、分かっていてよ……でも、あなたが仕切らないで欲しくってよ!」
「そ、そうよ十魔女蒼!」
それに関連してか。
現実世界でのドラゴンの出現事例が増え、その度に蒼を加えた凸凹飛行隊は出撃するが。
「hccps://camilla.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ エグゼキュート!」
「hccps://rusalka.wac/ 、セレクト、儚き泡 エグゼキュート!」
「hccps://clowrey.wac/、セレクト アトランダムデッキ! 星――星空弾」
「! や、やっぱり駄目であってなのね……」
彼女たちの攻撃は、尽く擦り抜けてしまうのである。
「やっぱり……蒼さん、お願い!」
「はいはーい! hccps://IsabeauDeBaviere.wac/、セレクト! 売買領域 エグゼキュート!」
そうして青夢から指示を受けた蒼が、イザボー・ド・バヴィエールから技を放つが。
「きゃあっ!」
「くっ、これは!?」
その瞬間ドラゴンは、最初に凸凹飛行隊を相手取った時と同じく。
突如、光線を周囲に放ち。
「くっ……ま、またいなくなっている!?」
光線が止んだ後で皆が目を覚ませば。
ドラゴンの姿は忽然と消えているのである。
「ハロー、ママ……え!? あ、アメリカでも!?」
現在日本に駐屯する米軍女性軍人、マギー・I・C・フォスターは母との電話で驚く。
それは、アメリカでも使われている電賛魔法システムの通信障害についての話だった。
「え!? あ、あんたのところでも?」
「うん、そうなの小鬼……香港も今、度々魔法が使えなくなってて……」
日本に留学中の麻鬼苺も、友人とのチャットで驚いていた。
中国でも、同様の現象が起きていたのだ。
「母さん……そっちでも!?」
同じく韓国から日本への留学生陰陽玄も、母との会話で驚く。
韓国でも、電賛魔法システムに障害が見られていた。
今や電賛魔法システムの障害は、全世界に波及していたのである。
◆◇
「……そなたをフラン星界国王とする!」
そうして、ネメシス星フラン星界北部ランカスの国教会にて。
シャルルの戴冠式が行われていた。
「念願の御即位おめでとうございます、シャルル陛下!」
「うむ……改めて大儀であったぞペイル、アンヌ!」
式直後のシャルルは。
ペイル・アンヌの両名と謁見していた。
「……しかし! 我らの望みはまだ果たされてはいない。そうだな?」
「……はい!!」
が、シャルルは顔を引き締め。
ペイルとアンヌに告げる。
そうして国教会の窓から、南側を見る。
「そうだ……今の私たちにならばできる! ブリティ星界軍に支配されたかつての王都パレス奪還を!」
シャルルは、高らかに告げる。