#121 その名はイザボー・ド・バヴィエール
「い、イザボー・ド・バヴィエール……?」
「な、何ですのそれは?」
目の前の法機を前に、凸凹飛行隊は混乱に見舞われている。
「今申し上げました通り、私の法機ちゃんですよ? ……さあ! このドラゴンは私の獲物ですから、皆さんはちょっと休んでいて下さい!」
「な……な、舐めないでほしくってよ! わたくしたちだって!」
「は、はいマリアナ様!」
が、イザボー・ド・バヴィエールから響いた蒼の声に。
マリアナと法使夏は、戦闘体勢に入り。
「hccps://camilla.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ エグゼキュート!」
「hccps://rusalka.wac/ 、セレクト、儚き泡 エグゼキュート!」
法機より、それぞれに攻撃を放とうとする。
しかし。
「!? な、こ、これは!」
「ま、魔法が発動しない!?」
何と、魔法は不発に終わってしまう。
「わ、私たちを忘れていないかしら!? hccps://graiae.wac/pemphredo/edrn/fs/stheno.fs?eyes_booting=true――セレクト ブーティング "目"! ロッキング オン アワ エネミー エグゼキュート!」
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しかし龍魔力四姉妹も負けじと。
それぞれに術句により自機に命じるが。
「くっ!? な、何故?」
「は、発動しないだって!?」
「そ、そんな!? お姉様これは?」
「う、うっそー!」
結果は、同じだった。
「ま、マリアナ様これは」
「! 待て……これはまさか、電賛魔法システムへの通信障害がまたか!?」
「いやあんたには聞いてないわよ方幻術!」
「いや待って……そうね、今回ばかりはあなたの言う通りかもしれなくってよミスター方幻術!」
「そうね……私も同感。」
が、凸凹飛行隊はそれを見て気づく。
前に見られた電賛魔法システムへの通信障害ではないかと。
「ふふふ……だあから言ったでしょ? 私のこのイザボーちゃんがやってあげるって! さあ!」
そうしてイザボー・ド・バヴィエールを駆る蒼は、彼女たちを尻目に。
ドラゴンへと、突撃を仕掛ける――
「……って! あら……消えちゃった?」
が、その矢先。
ドラゴンの姿は、ふと消える。
◆◇
「ひいいい! 逃げろお!」
「おお……ははは、見たか! ブリティ星界軍は退いていくぞ!」
「ま、また我らが軍の勝利だ! 我らが乙女たるペイルとアンヌによって!」
「おおお!!!」
ネメシス星ブリティ星界に侵略されたフラン星界の街たるジョウジョー。
ここでもペイルとアンヌ率いるレッドドラゴンは。
一時ペイルが頭痛に苦しんだこともあったが。
すぐに彼女は立ち直り、再びのレッドドラゴンの攻撃によってジョウジョーはブリティ星界軍より解放された。
「やった、やったわペイル!」
「う、うんそうね……」
「ん? 大丈夫? この前のオルレアンから、ペイルは度々苦しんでいるわね。」
「あ、う、ううん! 何でもないわ……」
喜びつつもペイルを案じるアンヌだが。
ペイルは、事も無げに言う。
「何ということだ……フラン星界軍にそんな奴が!?」
玉座より立ち上がり。
部下のレッドドラゴンについての報告にブラックプリンスは驚きを露わにする。
フラン星界旧王都パレスの王城にて。
そこは無論、今はブリティ星界の占領下にある。
ブラックプリンスは専らそこに鎮座し方々から連絡を受ける身であるが。
今回の報告は、彼の肝を冷やすものだった。
「まあ戦力そのものは、最悪我が力を使えば良いだろう……しかし。奴が使っている力、本当にこの世界のものか?」
ブラックプリンス――現実世界で尹乃に仕えるイース・シュバルツとしての思考で、状況を分析する。
だとすれば――
「既に魔男が動いているとすれば、情け無いが姫に助力を請うしかあるまい……」
ブラックプリンス、いやシュバルツは密かに、そう独り言ちた。
◆◇
「……さあて、話を聞かせてもらわなくってはよね。」
再び、現実世界。
スフィンクス艦、後部飛行甲板下格納庫にて。
着艦許可を得て龍魔力四姉妹と共に自機を置かせてもらった凸凹飛行隊は。
自分たちの他にもう一人着艦許可を得て法機昇降エレベーターに自機を乗せ格納庫へと降りて来ている最中の人物を待つ。
それは、勿論。
「改めまして凸凹飛行隊、そして龍魔力四姉妹の皆さんですね。初めまして、私は十魔女蒼。この法機――空飛ぶ法機イザボー・ド・バヴィエールを駆る者です。」
「ええ……よろしくお願いします。」
後ろから仲間たちの警戒の目を向けられる中。
青夢と蒼は、握手を交わす。
十魔女蒼。
年齢は青夢たちと同じ十代くらいと見え。
金髪などエキゾチックな外観の美少女だった。
「ええと……改めまして。十魔女さん、わたくしは」
「魔法塔華院マリアナさん、ですね? 魔法塔華院コンツェルン社長ご令嬢の。」
「ええ……どうやら分かる方で助かるわ。」
マリアナは進み出る。
素性が分かりづらい人物の前例としては、あの赤音が挙げられるが。
彼女とは違い当初顔を隠していることもないとあってか、マリアナは彼女の時ほどには警戒していない。
「あなたも」
「ええ、ダークウェブの女王様からこの法機を授かったという点ではあなた方と同じです。」
蒼はにこりと微笑む。
「……そうですよね、そこにいらっしゃる今のダークウェブの女王様?」
「! あ、アラクネさん!」
「アラクネちゃん!」
そうして、蒼が明後日の方向を向くや。
果たして、そこにはアラクネの姿が浮かぶ。
「ええ……お久しぶりね。皆さんも」
「ええ、私もお久しぶりよ。」
「ええ……そうね。」
「(……? 何なのであって、この空気感は?)」
が、蒼とアラクネの間には何やら剣呑な空気が漂っているのをマリアナは見逃さず。
心の中で、小首を傾げる。
「……まあとにかく! 私をあなたたちに味方させてくれれば一騎当千の力を得られると約束しましょう。」
が、次には蒼は青夢たちに向き直り。
笑顔を浮かべる。
「一騎当千とは、中々に自信がおありであってよね十魔女さんとやら? でもねえ、わたくしはさっき感じましてよ……あのドラゴンが現れてから起こっている電賛魔法システムへの接続障害。あれは先ほど、わたくしたちの法機にまで及んでいてよ。」
「! は、はいマリアナ様!」
「そ、そうねマリアナさん……」
しかしマリアナは。
蒼のその言葉に反論し。
その反論については、法使夏や龍魔力四姉妹も頷いている。
確かにあの戦場で、彼女たちの魔法は不発だった。
「……えっと、蒼さん。あなたは、もしかしたら電賛魔法システム接続障害とは無縁だったりするの?」
「! ええ、ご明察よ!」
が、青夢は徐に口を開き。
それに対して、蒼も首肯する。
「ど、どういうこと魔女木さん?」
「さっきの蒼さんの機体――イザボー・ド・バヴィエールだっけ? 私たちの機体が接続障害に見舞われた時も平然とあのドラゴンに突っ込んでいけてたわ。それは要するに、そのイザボー・ド・バヴィエールに接続障害を無視できる能力があるってことなんじゃないの?」
「! な!」
「ええ……その通り! 私のかわいいイザボーちゃんは、戦場の電賛魔法システムリソースを掌握する力があるのです!」
更に青夢の言葉に、蒼が続く。
「ほ、本当であって?」
「ええ。ですから私の法機なら、あのドラゴンを倒せるかもしれないということです!」
「なんてこと……」
蒼の言葉に、その場の皆は呆気に取られる。
「……ですよね、ダークウェブの現女王様!」
「え、ええ……」
「(! やはり変であってよねこの女王様と蒼って娘は……何かありそうであってよ!)」
が。
蒼とアラクネのやりとりを見たマリアナは、先ほどの二人の間に流れていた変な空気感を思い出し。
今その違和感を、確信に変えたのだった。
◆◇
「ふふふ……ああ、楽しいわ籠の外というのは!」
――随分楽しんでいるようで何よりね、女王様!
「! あら、あなたね。」
スフィンクス艦の一室で一人になった蒼が独り言ちていると。
ふと脳に、声が響いた。
――若い頃のあなたの姿を与えてあげたわ……どう、着心地は。
「ええ、とてもいい気分よ。……でもなあに? 私のこの世界での呼び名が十魔女蒼だなんて。」
――そこは少し多目に見てほしいわね、女王様。あなたの名前を捩った飯綱法バベルという名前もあったんだけど。あからさま過ぎて止めたの。
「ああら……ま、この名前も嫌いじゃないわ! これはあなたのお名前を捩ったものでしょう、蒼の騎士さん?」
声の主は、蒼の騎士である。
そして蒼は。
フラン星界を売り渡した売国妃、クイーン・バベルだったのだ。
――ええ、まあね……まあ、それはさておいて。昼間の脅威は取り除けたけれど、ブラックプリンスたちが違和感に気づき始めたわ。
「まあ……それは大変ね。」
が、蒼の騎士は蒼にブラックプリンス――シュバルツの動向について告げる。
――力を貸して。
「ええ、あなたの望みなら勿論。でも……本当に大丈夫なの? アラクネはどう動くか。」
蒼の騎士の要求には応えつつ。
蒼はふと、騎士に尋ねる。
――ええ……あいつらは何もできはしないわ! こちらにはとっておきの人質がいるんだから。そう……今も馬鹿みたいに、茶番を必死で演じてくれている人質がね!
蒼の言葉に。
蒼の騎士は、ふっと笑う。
◆◇
「さあて……私自ら行かなくてはならないとはね。」
――私の不甲斐なさ故に……申し訳ございません。
龍魔力四姉妹と凸凹飛行隊が二度目のドラゴン出現に対処したその日の夜。
夜空を進むは黒騎士シュバルツと幻獣機シュガール、更に電使翼機関の力をその身に宿す宙飛ぶ法機ヘカテーだ。
当然それを駆るのは王魔女生グループ社長の尹乃である。
「いいのよ……しかし。魔男が既に動いているということかしら。私たちの他にあの第二電使の玉座のシステムを掌握しようとする不埒な輩がいるなんて。」
――それは……申し訳ございません、私めにも。
「そう……ううん、いいのよ。」
尹乃は気を取り直し。
宇宙へと飛び出すべく、電使翼機関を急加速しようとする。
「お待ちなさい! そうはさせないわ……」
「! あ、あなたは!?」
が、そこに立ちはだかるは。
尹乃が見たこともない、一機の法機。
「今はあなた方にどうこうさせる訳にはいかないのよ! ふふふ……この空飛ぶ法機イザボー・ド・バヴィエールが直々に相手をするわ、心してかかりなさい!」




