#115 宙からの帰還
「くっ……き、貴様らまでも聖杯と電使衛星の力を与えられていたというのか!」
アルカナは目の前のワイルドハントを睨み、叫ぶ。
それは、今や艦体全てに怪物を敷き詰めたような醜悪な外観の一点に、似つかわしくない艦首を備えた姿をしていた。
その艦首にいるのは、女性に似た上半身を生やした法機――いや、それは未だボディの材料たる幻獣機が足りないながらも一応は法騎と呼べる代物。
レイテが乗る戦乙女の法騎モーガン・ル・フェイである。
その姿はさながら、怪物の群れ――野蛮な猟兵団とそれを率いる首魁のようである。
艦体各所から噴き出す推進用の爆炎は、全て翼のような形をしていた。
称するならばそれは、宙飛ぶ法騎幻獣機母艦ワイルドハントと言うべきか。
「本来は私がくるはずの艦首だけど……そこを開け渡したんだから、協力の見返りには悪くないでしょ?」
「ええ、そうねお姫様。まあとか言っちゃって……本当は体よくまた生贄にする気でしょ!」
「さあ、何のことだか。」
艦体中枢部より聞こえるは、レイテをはじめほかの魔女もアルカナさえも知る由もないシュバルツの“姫”――尹乃の声である。
聖血の杯をデフォルトで備えるモーガン・ル・フェイと、電使翼機関をデフォルトで備えるヘカテー――本来ならばいがみ合うレイテと尹乃が手を組んだ、まさに呉越同艦と呼ぶべき存在だ。
「さあ、改めて力を貸してもらうわ呪法院!」
「それはこっちの台詞よ姫様! さあ……もう戻って来ちゃったわね。」
――ええ、姫! さあ、今こそそのお力をお見せになる時です!
そうして瞬く間に地球一周し、元の位置に戻って来たワイルドハントの中に。
艦首のレイテ、艦中枢の尹乃、彼女の乗機ヘカテーに幻獣機としてのその姿を現し融合しているシュバルツの言葉が響き渡る。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
そこへ参戦したマリアナと元女男ら、そして巫術山らとの共同戦線が何とか危機を回避したのである。
その後も度重なる厳しい訓練を乗り越え、仮想空間における模擬宇宙飛行へと移った青夢たちだが。
最終選抜も兼ねたその訓練開始の矢先、突如として鳥男の騎士団が現れ戦闘となるも青夢たちは辛くも退け。
これにより選抜に青夢・マリアナ・夢零・レイテが内定し。
木男の騎士団との発射台攻防戦になりつつも、辛くも空中の母機から発射された杼船に乗った青夢たちは宇宙へと至る。
宇宙での作業に取り掛かろうとした矢先に当初アルカナに率いられた宇宙仕様の艦ワイルドハントが彼とシュバルツを乗せやって来たが。
実はシュバルツと通じていた尹乃の命令により、アルカナはシュバルツに追放されていた。
が、アルカナはこうして今や魔女同士の宇宙戦争となっている戦場に戻って来た。
「よくも空宙列車を……! パンドラの函船!」
アルカナも出し惜しみをしてはいられないと、先ほど分離し放置していた自艦を呼び戻し再び艦首に合体する。
「あらあれは! く、どこに行ったのかと思ったら!」
「ははは、無防備に貴様らの前に置いたままにはしておくまいよ!」
レイテは歯軋りする。
勿論先ほどこのワイルドハントに四大要素が備わった時、真っ先にこのパンドラの函船を破壊しようとしたのだが。
いつの間にか、消えていたのである。
「さあて……パンドラの函船を形成する空宙列車砲たちよ! ここは貴様らだけでも地上に雨を降らせるために使おうと思うが……まずは、あの忌まわしきワイルドハントを破壊する!」
アルカナの意思が伝わり。
パンドラの函船を形成する空宙列車砲から展開されている砲身には火力が滾り。
ワイルドハントを、狙う。
「あらあら……どうするの姫様? 私たち、完全に狙われているけど?」
「勿論、あんなのにやられる気はないわ! あなたなんかと心中するつもりもね!」
「な……そ、そんなのお互い様よ!」
――こら、貴様! 姫様に向かって!
「な……シュバルツ! 私を騙したあんたなんかには!」
「お喋りをしている時ではないぞ!」
レイテは艦内の尹乃とシュバルツと言い争いになるが。
アルカナは容赦なく、その艦体にある無数の砲身を光らせる。
そのまま、砲身は火を――
「hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
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「hccps://graiae.wac/pemphredo、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!」
「!? くっ、貴様らか!」
吹かず。
ワイルドハントに敵意を向けており気づかなかったアルカナのパンドラの函船をジャンヌダルクとカーミラ、グライアイの攻撃が容赦なく襲う。
「わ、わたくしたちを忘れるなど不逞の極みであってよ魔男!」
「そ、そうね……魔女木さんたちだけにいい格好させられないわ!」
カーミラからはマリアナの、グライアイからは夢零の声が。
先ほどから放置されていたと言えば、彼女たちも同じだったか。
さておき。
「なるほど、この戦場においては全ての魔女が有象無象ではないということか……面白い、ならば!」
アルカナは戦場を見渡してにやけ。
再び、パンドラの函船ひいてはその艦体から伸びる無数の空宙列車砲の砲身に命じる。
再び、砲身に光が灯るが。
それは今度は、ワイルドハントだけを狙っているわけではない。
「あらあら、今度は私たち全員を狙っているみたいね!」
「なるほど……全員と一緒にされるのは面白くないけどこれは見物ね、ならば!」
パンドラの函船の砲身がこの戦場全体を狙っていることに気づいたレイテと尹乃は、すかさずワイルドハントを動かす。
「? くっ、私には貴様の考えも読めんがなシュバルツ……私に体当たりをしようとはなあ!」
アルカナはこの戦場での最大建造物の一つたるワイルドハントが動いたことを見て身構える。
今彼自身が言った通り、予知をもってしても考えが分からない人物の中にはシュバルツもいる。
なので彼や尹乃の意向は分からないながらも、ワイルドハントが自身に体当たりを仕掛けて来たと思っているのだ。
――はっ、姫のご意志とあらば! ……セレクト、ビーイング トランスフォームド イントゥ 群生形態 エグゼキュート!
「!? く、これは!」
が、ワイルドハントは一応はアルカナの予想通り体当たりを仕掛けて来たが。
次にはその怪物ごとに艦体を分裂させた形態―― 群生形態になり、パンドラの函船に絡み付く。
「さあどう? これで空宙列車砲とやらは撃てないでしょ!」
「ふん、知ったことか! ならば最大出力で撃ち、貴様らと相撃ちになってでもこの空宙都市諸共地球を!」
驚きつつもアルカナも、未だ引かない。
「じ、呪法院さん!」
「hccps://MorganLeFay.wac/、セレクト 九姉妹! エグゼキュート!」
「!? な、何だこれは!?」
が、なんとレイテは。
アルカナに自機の能力を、分け与える。
そう、幻獣機メインになっているとはいえ。
ブレイキングペルーダには、法機パンドラが含まれているのだ。
つまりそのパンドラは、今しがた一時的にではあるがモーガン・ル・フェイの子機になったのである。
「き、貴様あ!」
「……では、ごゆっくり♡ hccps://MorganLeFay.wac/、セレクト 楽園への道 エグゼキュート!」
「な、呪法院んん!」
――き、貴様!
そうして、子機と化したパンドラを介して出力を調整された砲撃がパンドラの函船から放たれ。
それはレイテが自機を駆り逃げ出した瞬間、パンドラの函船自らとワイルドハントを諸共に爆発させる。
「悪いわね……言ったでしょ私の方があなたたちを利用していたって!」
かなりの幸運にも、ブースターを喪失していなかったモーガン・ル・フェイを。
レイテは尹乃とシュバルツとアルカナからの怨嗟を尻目に飛び立たせた。
「な!? hccps://jehannedarc.row/、セレクト! オラクル オブ ザ バージン エグゼキュート!」
「じ、呪法院さん!」
「だ、大丈夫?」
「ええ、只今! まあ……悪者たちはやっつけてやったわよ?」
「え、ええ……そうね……」
青夢・マリアナ・夢零の下に帰って来たレイテを。
彼女たちはやや呆れて見つめる。
いや、青夢だけは。
「(!? よ、よかった……マージン・アルカナもあの母艦型幻獣機に乗ってた人たちも無事なのね……だけど。結局姫って何?)」
予知を駆使して爆発に巻き込まれた者たちを確かめるが。
アルカナと同様、結局シュバルツに関連した彼の姫は分からずじまいであった。
「ま、まあいいわとにかく! もう地上と連絡はとれるでしょうし……早く、連絡して指示を仰ぎましょ!」
「! え、ええ……そのくらい分かっていてよ!」
「そ、そうね……」
その後、青夢の言葉に皆従い地上と連絡を取り。
ひとまずは選抜四人の安全確保のため、何より衛星軌道がずれた電使の玉座を戻す術もないことから任務は不可能と判断され、すぐに帰還することになった。
マリアナ・夢零・レイテは再び女神の杼船に合体させた自機により。
青夢はその戦乙女の宙飛ぶ法騎ジャンヌダルクで地球へと降下する。
「まったく、それにしても……法機を手にしているのなら、言ってほしくてよ呪法院さん!」
「まあそれは……聞かれなかったからね。」
「いや、そういう問題じゃ……」
女神の杼船の中では三人が、舌戦を繰り広げるが。
その時。
――ご機嫌いかが?
「!? くっ……何、今のは? 気のせいかしら……」
――気のせいじゃないわ、私はここよ。
「! あ、あなたは……さ、さっきは力をくれてありがとう!」
青夢は響いて来た声に、礼を言う。
彼女に電使翼機関の力をくれた、謎の声の主である。
尤も、未だその正体は不明だがさておき。
――ああいいえ! あんなの、大したことじゃないわ。まあそれより……これから気をつけなさいね。
「? え、ええ……あの、あなたは一体?」
――そんなの言うまでもないわ……今すぐにだって、ちょっと考えたら分かるわよ。
「!? そ、それはどういうことなの?」
青夢は声の主の素性を問うが。
もう声は、返って来なかった。
◆◇
――申し訳ございません姫……私が
「いいわ、シュバルツ! さあ、今は地上への降下に専念するわよ!」
「は、はい! ありがたきお言葉……」
そんな中、ここにも地上へ降下して行く法機が。
尹乃のヘカテーである。
ワイルドハントを失ったが、ヘカテーは今や宇宙にも耐えられる幻獣機による機体と電使翼機関を備えた法機――宙飛ぶ法機ヘカテーになっている。
宇宙航行には、何の憂いもなかった。
「(しかし、呪法院レイテめ……ただ利用されるだけかと思えば意外にやってくれるじゃない。私には出遅れがあることを差し引いても、魔女もまだ私以上の力と練度を持っていることは厄介だわ……何とかしなければ。)」
しかし尹乃は一人憂う。
そう、これからのことには多々憂いがあるのだ。
「……シュバルツ、これからも私の騎士として働いてもらうわ。」
――!? は、ははあ姫! 必ずや……
尹乃の言葉に。
今、法機に融合しているシュバルツは、勇んで答える。
そして、降下する法機――正確には、宙飛ぶ魔人艦ブレイキングペルーダ――はまだいた。
「くっ……おのれえ、魔女木青夢もほかの魔女も! このままでは……私はもう!」
――……ひどくお困りのようね。
「? お前は誰だ……っ!? な、お、お前は!?」
しかしその時アルカナがひどく驚く。
それは一瞬、アリアドネの声かと思ったがさにあらず。
この声は――
しかしアルカナは、思い至ったその人物の顔を思い浮かべて表情を歪める。
◆◇
「よし、宇宙作戦は失敗したが……これは敵の妨害があったとはいえ、単に貴様らの未熟さ故である!」
「はい……」
そうして、無事に種子島発射場に法機降下後。
準備運動も済んだ青夢たち四人は、早速巫術山より文句を言われる。
それには否定できないマリアナや夢零は、俯く。
「まあしかし……私の言った通り、貴様らは杼として行って戻って来た! そのことは、褒めてやってもいい!」
「!? は、はい!!!!」
しかし、巫術山は。
結局は彼女たちの帰還を讃えたのだった。
こうして宇宙作戦は、失敗の内にではあったが終わりを告げた。
◆◇
「ま、まったく! 宇宙にまで行ってあの体たらくとは何てことなんしょ!」
「あ、ああまったく! 格好悪いザンス!」
宇宙戦を見ていた魔男の円卓では。
当然と言うべきか、アルカナに対する非難が。
「ええ、そうね……さあアルカナ殿。どうなさるおつもり?」
「ええ、しかしそのお話の前に! 姫君や騎士団長諸氏に会わせたい者がおります。」
「? 何ですって?」
アリアドネは詰問しようとするが。
アルカナは失敗したとは思えぬほど堂々としており。
それどころか、何やら不可解なことを言う。
「……この女です。」
「!? な、あ、あんたは!?」
「な、何でザンス!?」
「アルカナ殿……これは一体?」
しかしアルカナが指し示した人物を見て。
円卓は大混乱となる。
それは、その人物の姿が問題だったからだ。
「ええ、彼女こそ……我らの、次なる作戦の要です。」
アルカナは、不敵に笑う。
話はこの円卓会議の少し前。
アルカナが帰還してすぐのことだった。
「まずはあの黒騎士を嗾けなさい。そうすれば……私も完全に外に出られるから。」
「外にか……貴様、やはり。」
アルカナが会話をする人物は。
先述の、円卓の場でアリアドネや他騎士団長たちに対し紹介された人物だ。
それはなんと、青夢に電使翼機関を授けた人物でもあり。
アルカナに降下時、声をかけた人物でもある。
「そう、私はVI……仮想知権能。」
「VI……仮想知権能? 何だ、それは?」
しかしアルカナは、その人物の言葉に驚く。
その仮想知権能なるものは、彼も知らなかったからだ。
「あら? 知らなかったの……まあ分かりやすく言うならば、魔男の騎士団の騎士たちと同じ存在よ。」
「!? そ、そうか……いや、私はその程度知っていた! 貴様に言われるまでもない!」
少し嫌味を言う相手に対し。
アルカナは苛立ちの言葉を返す。
「とにかく。あの裏切りの騎士シュバルツ――破門され黒騎士となったあの者を使うのだな?」
「ええ。黒騎士の後でなければ蒼騎士は立てないわ。ふふふ……」
蒼の騎士と名乗るそれは。
不敵な笑みを浮かべる。
◆◇
そうして、青夢たちが宇宙から帰還した日の夜のこと。
第二電使の玉座内のモニターに、突如として謎の光景が映し出される。
それは、第二電使の玉座内サーバーに広がる仮想世界。
いや、仮想星界と呼ぶべきもの――
◆◇
「ペイル、起きて! 水汲みの時間だよ?」
「ん……? あ、アンヌ! ごめん寝坊して……あんたは元気ね……」
ネメシス星国家の一つ、フラン星界。
王都パレス郊外の村・フトゥーコルスワ。
その一角にある、ブルーメ家の長女が目を覚ます。
その長女は。
「はいはい……身支度するわ。」
何と、青夢に瓜二つの少女。
ペイル・ブルーメだった。




