#113 ソドムとゴモラの炎上
「く、このワイルドハントを使ってあの空宙列車を運ばせたというの!?」
尹乃は屈辱に悶えながら、今自艦より吐き出されたものたちを見る。
それらは見た目こそ空宙列車に近いが、車体の上半分を砲身として起き上がらせたもの――アルカナ曰く空宙列車砲という魔男側の兵器である。
――ああ、貴様らの吠え面が目に浮かぶようだ……シュバルツよ、そしてその姫なる者よ!
「!? え、何これは……仲間割れ?」
「ま、まあ何にせよ……何でもよくってよ!」
「何はともあれ……あれが地上を狙ったらマズイんだから!」
ワイルドハントをあくまで魔男の兵器だと思っている青夢たちは、今一つ状況が呑み込めないが。
ひとまずは、アルカナの今しがた放った空宙列車砲を殲滅する方向で考える。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
そこへ参戦したマリアナと元女男ら、そして巫術山らとの共同戦線が何とか危機を回避したのである。
その後も度重なる厳しい訓練を乗り越え、仮想空間における模擬宇宙飛行へと移った青夢たちだが。
最終選抜も兼ねたその訓練開始の矢先、突如として鳥男の騎士団が現れ戦闘となるも青夢たちは辛くも退け。
これにより選抜に青夢・マリアナ・夢零・レイテが内定し。
木男の騎士団との発射台攻防戦になりつつも、辛くも空中の母機から発射された杼船に乗った青夢たちは宇宙へと至る。
宇宙での作業に取り掛かろうとした矢先に当初アルカナに率いられた宇宙仕様の艦ワイルドハントが彼とシュバルツを乗せやって来たが。
実はシュバルツと通じていた尹乃の命令により、アルカナはシュバルツに追放されていた。
が、アルカナはこうして今や魔女同士の宇宙戦争となっている戦場に戻って来た。
――ははは、さあ魔女共! この宇宙でここまでの数と相見えるとは以前には想像もつかなかったが……これも並々ならぬ悍ましいまでの縁というものであろう! さあ空宙列車砲よ……動け!
「ええ、気持ち悪いくらい同感よ、マージン・アルカナ!」
青夢は尚も響いて来るアルカナの声に、顔を歪めている。
本人がどこにいるかは知れないが、今は自身の手足とも言うべき空宙列車砲を動かしている。
その力が未知数であること、そしてやはりアルカナ本人の位置把握ができていないことを思えば。
「出し惜しみをしている余裕はないわね……hccps://Hades.char/、セレクト コネクティング! エグゼキュート!」
――!? ほほう……やはり、あの忌々しい魔女辺赤音が横領した力を使うか!
「横領じゃないわよ! これは魔女辺赤音が正当に勝ち取ったもの……そして私に与えてくれた力よ!」
青夢は自分でも言った通り出し惜しみは無用とばかり、聖杯の力を展開する。
するとその自機たるジャンヌダルクの胴部からは、女性を思わせる上半身が生えて来た。
法機の強化型たる、戦乙女の法騎である。
――ふん、まあ何でもよい……さあ、駒よ進め!
「! な、電使の玉座が!?」
アルカナはそのジャンヌダルクの姿にやや面食らいつつも。
すぐに駒たる空宙列車砲を動かす。
すると数多のうち二編成の空宙列車砲は、なんと第一電使の玉座に絡み付き。
そのまま編成後部より爆炎を噴射し、第一電使の玉座を現在の衛星軌道より北の衛星軌道へと移す。
「な、何をする気!?」
――さあ、衛星軌道を駆けよ空宙列車砲! そうしていずれここに戻って来るがよい……ソドムとゴモラと化した地上を、その砲身より放つ硫黄と炎の雨で焼き尽くすその時にはなあ!
「!? まさかあんた……その列車砲で地上を!?」
魔女たちを尻目に素早く空宙列車砲を配して行くアルカナに、青夢は問いかける。
見れば第一電使の玉座からは、いつの間にやら入り込んでいた空宙列車砲が出始める。
そういえば、先ほど初めて空宙列車砲が現れた時にもアルカナは。
この空宙都市周辺や地上は魔女に穢されたとしてソドムとゴモラの名で――聖書に出て来る罪を犯した街の名で――呼んでいた。
すなわち、彼の言う硫黄と炎の雨とは空宙列車砲による地上への砲撃である。
――ああ、先ほどから言っている! だが安心したまえ、空宙列車砲はまずこの日本から焼き尽くす! だから攻撃に移るのは、全てが衛星軌道を一周しここに戻って来てからだ!
「! くっ、列車砲が!」
アルカナの言葉通り、空宙列車砲は魔女たちが止める間もなく衛星軌道という線路上を車体後部噴流器より爆炎を発して走って行く。
「くっ、追わなくては!」
――ははは、如何な空宙列車砲が行き先を読みやすいからと法機で地球一周し追い回すことが現実的だと思うか? 法機も今は、その宇宙用噴流器を付けている状態でなあ!
「くっ……まあ一理はあってよね!」
マリアナも動こうとするが、アルカナの言葉に止まる。
いや、それはアルカナの言葉によるものだけではない。
「! そこにいるのね、マージン・アルカナ!」
青夢もマリアナを立ち止まらせたそれを見て叫ぶ。
それは、この宇宙に突如浮上して来た複数の空宙列車砲が融合した巨大建造物である。
更にその艦首部分に見えるそれは。
「ああ、いるさ……このパンドラの函船になあ!」
アルカナがかつて見せた空飛ぶ魔人艦ブレイキングペルーダである。
しかし、今回はややその姿が変わっている。
龍人のような上半身の根本に当たる機体首部分は、かつては尖っていたが。
プロペラこそないが今のそれは、かつての零戦を彷彿とさせる形に変わっていた。
「まあよいさ……さあ、日本を焼き尽くす前に貴様らには、特別に味わせてやる! この空宙列車砲の降らす、硫黄と炎の雨をなあ!」
が、アルカナもようやく自ら動き出す。
たちまちパンドラの函船艦体各所より砲身が無数に展開され。
それぞれに火力の光が滾り始める。
「そうね……他のことはもうどうでもいいわ! hccps://jehannedarc.row/、セレクト! ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
しかし青夢も、他の魔女たちも動き出す。
青夢は戦乙女の法騎を駆り、かつてブレイキングペルーダを相手取った時と同じく自らが数多分かれた光線と化し突撃をかまして行く。
「くっ、わたくしたちも!」
「ええそうね……だけど。」
マリアナと夢零も自機を動かそうとするが。
夢零は自機に、宇宙での攻撃能力が特にないことを思い出し二の足を踏む。
「四の五の言ってはいられなくってよ! hccps://camila.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ」
「hccps://graiae.wac/pemphredo、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート! ……! ま、マリアナさん、死角があるからそこに攻撃を打ち込むといいわ!」
「っ!? わ、わたくしに指図するというの夢零さん!」
マリアナはそんな夢零を尻目にアルカナに立ち向かおうとするが。
その夢零の言葉により、やや出鼻を挫かれた気分である。
「ええ、全ては攻撃を成功させるためよ! さあ、座標を指定するから!」
「……まあ、よくってよ! エグゼキュート!」
が、結局は夢零のサポートを受け。
指定された座標に対し、ハッキング攻撃を開始する。
「! ほほう、このパンドラの函船に――ブレイキングペルーダに攻撃とはな! しかし甘い!」
「くっ、このわたくしの攻撃を!」
「ま、マリアナさん!」
しかし、何と。
マリアナは自身に、何やら衝撃が逆流して来るのを感じる。
「ははは! 貴様らは所詮その程度だ! ……しかし。魔女木青夢、やはり煩わしいな貴様は!」
アルカナはそんなマリアナを笑うが。
すぐに、自身が艦に融合させた空宙列車砲の火炎弾により迎え撃つ青夢のジャンヌダルクを睨む。
「さあ、こんなもんなのマージン・アルカナ!」
青夢は光線と化したジャンヌダルクで、パンドラの函船の攻撃を避けつつ時折その艦体に掠めて傷を負わせる。
それはさしたる痛痒にはなっていないが、アルカナには煩わしさそのものである。
「貴様のせいで、この空宙列車砲は全力による砲撃を見舞えないではないか! まあいい……だが!」
「……セレクト、オラクル オブ ザ バージン エグゼキュート!」
「……全知之悪魔、エグゼキュート!」
「くっ!? や、やっぱり妨害されるのね……」
そのまま予知を使おうとする青夢だが。
やはりアルカナの予知に、阻まれてしまう。
「hccps://graiae.wac/pemphredo、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート! ……!? ま、魔女木さん避けて!」
「……え?」
「……黒い太陽風 エグゼキュート!」
「!? な、後ろから!?」
しかし夢零の言葉に、青夢が振り返れば。
何と後ろから、いるはずのないブレイキングペルーダが攻撃を仕掛けて来たのである。
そう、艦首の方はただの囮であった。
それに夢零は気づいたのだが、時既に遅く。
アルカナの攻撃によりジャンヌダルク後部のブースターは破壊されてしまう。
「くっ、ブースターが!」
「ははは、さあ魔女木青夢! それが貴様の最後だ……精々大気圏との摩擦により燃え尽きて死ぬがいい!」
「魔女木さん!」
「くっ……飛行隊長!」
如何な戦乙女の法騎といえど、推力を頼り切っていたブースターを破壊されては当然宇宙では飛び続けられず。
そのまま重力圏すれすれを飛んでもいた青夢のジャンヌダルクは、落ちて行く。
「ははは! よし、ならば一足早いが……魔女木青夢! 貴様諸共、地上の一部を焼き尽くしてやろう!」
アルカナはその、落ちて行くジャンヌダルクめがけて パンドラの函船に絡みつく空宙列車砲の砲身を向ける。
これで、終わりだ――
「待ちなさい、かつての騎士団長閣下いや、マージン・アルカナ!」
「おや? ふん、忌々しいワイルドハントか!」
が、大気圏へと落ちて行くジャンヌダルクとそれを狙うパンドラの函船の間に割って入るは尹乃とシュバルツのワイルドハントだった。
「今さら先ほどまで敵だった小娘を庇うとは、どういう風の吹き回しだ?」
「庇うつもりはないわ、だけど……せめて、あんたの思い通りにはさせない!」
「ふん……ならば、この硫黄と炎の雨を凌げるか!?」
アルカナがワイルドハントに向ける無数の砲身には、炎が滾っている。
「くうう! ……このまま何とか聖杯の力で回復し続ければ……いや、それだけじゃ限界があるか!」
青夢は歯軋りしながら、自身の戦乙女の法騎を見回す。
如何な戦乙女の法騎と言えど、大気圏との摩擦熱の中で不死身ではいられまい。
それでも何とか強引に機体を回復させ続けることにより、保っている状態である。
「くっ、助けてくれるでもなく浮かぶあの母艦型幻獣機に隠れて宇宙の様子が分かんないし! くっ、だけどあの幻獣機もマージン・アルカナも、ブースターなしで宇宙を飛べてた……もう! 私にもその力があれば!」
青夢は今の自命の危機も省みず、ただただ宇宙戦用の力を求めて歯軋りする。
が、その時。
――なるほど……それであなたはどうしたいの?
「!? だ、誰!? ……いえ、私はあなたを……知っている!?」
ふと脳内に響いた声に、青夢は混乱する。
聞き覚えのある声ではある。
しかし、何故か思い出せない。
女には間違いないが、それはアラクネやアリアドネとも、あのワイルドハントに乗るシュバルツの姫とも違う声だ。
――ええ、私とあなたはずっと一緒にいた者同士よ……覚えてないなんて最低ね。
「そ、それはごめんなさい! と、とにかく……私は! 全てを救いたいの!」
――全てを、ね……まあ何でもいいわ。さあ、これをどうぞ!
「!? こ、これは?」
声の主が青夢の目の前に浮かび上がらせたのは、一つのURL。
hccps://ophiuchus.mc/ophiuchus.engn
――一つ見せてもらうわ、あなたのその望みというものの強さを! でも、一つだけ覚えておいてほしいわね。……誰かを救えば、誰かが救われないかもしれないと。
「! よ、よく分からないけど……ありがとう! 謎の声の主さん! さあ、行くよジャンヌダルク! hccps://AomuMameki:××××××@ophiuchus.mc/ophiuchus.engn、セレクト、コネクティング! ダウンロード 電使翼機関、エグゼキュート!」
青夢は躊躇いつつも、術句を唱える。
すると。
「ん!? な、何この感じ……きゃあっ!」
青夢は急に、宇宙に来る前に感じた大気圏突破の重力を感じ――
◆◇
「!? な、あ、あれは!? ま、魔女木青夢……まさか貴様も手にしたというのか!?」
今度は、アルカナが驚く番であった。
何しろ、先ほどまで大気圏に囚われていたはずの法騎が、突如ワイルドハントを飛び越えて戻って来たのだから。
「これがあればどうにかなるわ……この、戦乙女の宙飛ぶ法騎ジャンヌダルクがあればね!」
青夢は嬉々として叫ぶ。




