#111 その名はヘカテー
「さあて……魔女木青夢は自分の法機に乗ったようね!」
ワイルドハント――正確には、法機幻獣機母艦ワイルドハントの中核を成す空飛ぶ法機ヘカテーの操縦席より、王魔女生尹乃は叫ぶ。
見れば、第一電使の玉座よりドッキングしていた法機ジャンヌダルクがブースターを使い飛び立ったのだ。
敢えて法機を駆らせての、直接対峙である。
先ほどまでマリアナのカーミラによる第一電使の玉座への重力システム干渉による作戦を止めての、新たな作戦である。
「ええ……さあ、姫! 何なりと私に、ご命令を!」
魔男の騎士団所属騎士イース・シュバルツ――正確には、尹乃の守護騎士となったばかりの彼は。
嬉々として司令室に跪き、法機ヘカテーに乗る主人へと呼びかける。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
そこへ参戦したマリアナと元女男ら、そして巫術山らとの共同戦線が何とか危機を回避したのである。
その後も度重なる厳しい訓練を乗り越え、仮想空間における模擬宇宙飛行へと移った青夢たちだが。
最終選抜も兼ねたその訓練開始の矢先、突如として鳥男の騎士団が現れ戦闘となるも青夢たちは辛くも退け。
これにより選抜に青夢・マリアナ・夢零・レイテが内定し。
木男の騎士団との発射台攻防戦になりつつも、辛くも空中の母機から発射された杼船に乗った青夢たちは宇宙へと至る。
そうして、宇宙での作業に取り掛かろうとした矢先に当初アルカナに率いられたこのワイルドハントが彼とシュバルツを乗せやって来たが。
実はシュバルツと通じていた尹乃の命令により、アルカナはシュバルツに追放され。
こうしてワイルドハントとシュバルツは、名実共に尹乃のものとなったのである。
「誰か分からないけど、あのワイルドハントにいる女の人は恐らく味方ではないわね! ……そしてごめん夢零さん! 絶対に勝ったらあなたも救われるから!」
一方ジャンヌダルクを駆り、青夢は。
先ほど止むなく、今も第一電使の玉座にドッキングしているグライアイに乗せるしかなかった気絶したままの夢零に呼びかける。
そうして再び、目の前の敵たる法機幻獣機母艦ワイルドハントを睨む。
「ごちゃごちゃ怪物が生えてる……まあ、魔男の兵器らしいかな?」
今その上を飛んでいることで、青夢はようやくその全体像を見て取ることができた。
全体的な形はアーモンド型であるが。
先ほど第一電使の玉座から見上げた時にちらりと見た通り、やはりその艦体の各所からは龍や馬の頭、牛や獅子の頭、鳥の頭、更には鬼の上半身などまさに死角を作るまいとばかり怪物の姿が所狭しと見て取れる。
が、青夢が最も確認したいのはそんなことではなく。
「どこかに、あるはず! あの母艦型幻獣機を宇宙でも飛ばしているあれが……あっ!」
果たして、青夢は。
ワイルドハント艦体後部に、これ見よがしに突き出たブースターを発見する。
見ればそれは、杼船をそのまま艦体に突き刺したものだ。
「これは、これ見よがしすぎるけど……とにかく壊しちゃえば!」
青夢はワイルドハント艦体が生やす無数の怪物像を警戒して迂回しつつ。
ジャンヌダルクのスラスターを急噴射し、ワイルドハント後部のブースターを目指す。
「……hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン!」
青夢はジャンヌダルクを駆りつつ詠唱を開始する。
これさえ壊せば――
――hccps://graiae.wac/pemphredo、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!
――ああ、よくぞやってくれた夢零……さあマリアナ、またお前の憎い敵の位置は把握したぞ!
――ええ、ありがとうであってよ…… ……hccps://camila.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ エグゼキュート!
「!? く、またあんたたちなの!?」
が、その時。
青夢は更に聞こえて来た声に、自機を離脱させる。
何と青夢が駆るジャンヌダルクの後ろを、先ほどまで第一電使の玉座にドッキングしていたはずのカーミラやグライアイが尾けて来たのである。
「夢零さんも魔法塔華院マリアナも、皆操られちゃって……もう!」
青夢は歯軋りしつつ、未だ尾けて来ている二機を睨む。
「我が姫よ……今私たちはあなた様のため、あの娘をそこそこ追い詰めています!」
「ええ、そうね……でもまだ足りないわ!」
シュバルツの言葉に尹乃は、今座乗するヘカテーより叫ぶ。
青夢は中々にしぶとく、マリアナと夢零の追撃を交わしている。
「くう、せっかくの再起祝いの篝火にすらなってくれないのねあなたたちは……まったく!」
尹乃は歯軋りする。
ようやく、力を手に入れ。
魔法塔華院や龍魔力と、これから並び立ち超えようというのに――
◆◇
「魔法塔華院や龍魔力ばかり力を……私もやってやるわ、絶対に!」
王魔女生グループの本社屋上にて。
社長の尹乃は、燃えていた。
時は、宇宙作戦用訓練が始まる少し前に遡る。
と、その時。
――お前、は……誰だ?
「!? だ、誰!?」
頭の中に響いた声に、尹乃は驚く。
その声の主は、無論。
――私は、魔男の騎士団所属の騎士、イース・シュバルツ……私を、ここから出して、ほしい……そうすれば……願いを、叶えよう……
「!? な、何ですって? ……分かったわ。しかし、順番が逆よ! まず私の願いを叶えなさい。」
尹乃は意外にも、すんなりとシュバルツの取引に応じる構えを見せる。
もともと、己の目的のために私掠空賊まで雇っていたような彼女である。
胡散臭いとは思いつつも、利用できるものは何でも利用しようという精神なのだ。
――ああ、それで私をここから出してくれるならばお易い御用だ……さあ! 私が唱えたドメインの後に、お前の願いを口にせよ……hccps://baptism.tarantism/!
「サーチ! 王魔女生グループ カミング バック! ……っ!?」
シュバルツも尹乃の言葉を快諾し。
そのまま尹乃に、願いを唱えさせる。
すると尹乃は――
「!? こ、ここは……?」
尹乃がふと、目を覚ませば。
そこには、見慣れない景色が広がっていた。
見れば、真っ暗な空間に。
光の線で繋がれた網のようなものが下に見える。
そう、ここはダークウェブの最深部。
「ようこそ、王魔女生尹乃さん。」
「!? あ、あなたは!」
と、突如聞こえた声に尹乃は振り返り驚く。
そこには、アラクネの姿が。
「ええ、初めまして。私は」
「アラクネさん……だったかしら?」
「あら! 名前をすでにご存知なんて!」
「ええ、まあ……嫌でも耳に入ったというべきかしら!」
「……あら。」
が、友好的な笑みを浮かべるアラクネに対し。
尹乃は、何やら殺気立った雰囲気である。
尹乃はこれまで、見て来ていた。
凸凹飛行隊や龍魔力、更にあの憎きメアリーまでもが彼女の導きで法機を、力を得て行く様を。
「そうよ……あなたのせいじゃない! 私を差し置いて他の奴らにばかり力を貸して……おかげで私は!」
割合にとばっちりも甚だしいが、尹乃はこれまで王魔女生グループが雌伏の時を過ごさなければならなくなったのはアラクネのせいとまで考えていたのだ。
「あらあら、それはごめんなさい……じゃあ。お詫びと言っては何だけど、これをあげるわ。」
「!? こ、これは!?」
しかし、アラクネは尹乃の怒りを受け流し。
彼女の前に、URLを表示させる。
hccps://hekate.wac/
「さあ……これを使って、まずはあのシュバルツという騎士を救い出してね。」
「え、ええ! よし、これがあれば……ん!? あ、あなたそこまで知ってたの!?」
「ええ、私は何でもお見通しよ♡」
「! え、ええ……」
尹乃は喜びつつも、アラクネがシュバルツのことまで知っていたことに驚くが。
アラクネの微笑みに、思わず顔を赤らめる。
「で、でもいいの? あいつは魔男だし……何より! 私はあなたが力を与えた奴らを攻撃しようとしてるのよ?」
が、尹乃は首を横に振りつつアラクネに問う。
そう、アラクネがしていることはいわば、敵に塩を送るようなものではないか。
しかし。
「ええ、いいわ! 誰しも最初はうまくいかなくても、ぶつかり合って仲良くなることもあるでしょ?」
「なっ……!? だ、誰があんな奴らと! あいつらは憎き商敵よ!」
アラクネはまたも微笑みかけて尹乃に言い。
尹乃は、激しく首を横に振っている。
「ええ、いいわ尹乃さん! 今はそれでいいの、さあお行きなさい! そうして、シュバルツを救ったら……魔法塔華院や龍魔力の娘たちや、その他皆も救ってあげてね?」
「だ、だーかーら! はあ……もういいわ。」
アラクネはそんな尹乃を面白がるように言うが。
尹乃はもはや言い疲れて口を噤む。
「ふふふ、まあちょっと言いすぎたかしら? ごめんなさいね……さあ! あなたの望みを、もう一度。」
「ええ…… hccps://baptism.tarantism/! サーチ! 王魔女生グループ カミング バック! セレクト、hccps://hekate.wac/! ダウンロード!」
そうして、尹乃はアラクネに言われるがままに。
術句を、唱えた――
◆◇
「そうして私はあなたを通じて魔男との内通者となり! 油断した魔男の馬鹿たちがあなたを連れ出した隙を利用してあなたを、こうして助けたのよ……さあ、分かっているでしょうシュバルツ!」
再び、現在。
尹乃は自機を手にするまでを思い出し。
それを引き合いに出す。
「はっ、我が姫よ! この御恩、言われるまでもなく……」
「いいわ、それで! さあ私の騎士よ……あのジャンヌダルクをこの艦のブースターにまた追い立てなさい!」
「ははあ、我が姫よ!」
尹乃の命令を受けてシュバルツは。
そのままカーミラとグライアイに、ジャンヌダルクを追い立てさせる。
「くっ、しつこいわね! こうなれば…… hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン! エグゼキュート!」
青夢はジャンヌダルクを駆りつつ詠唱を終える。
たちまち、自機より自身のブースターを巻き込まぬよう調整された光線が。
ワイルドハントの艦体後部より突き出したブースターに届こうとし――
「……甘いわね!」
「!? ぶ、ブースターが!?」
が、その光線は。
なんとワイルドハントのブースターがその艦内部に潜り込んで見えなくなり、回避される。
「ふふ、飛んで火に入る夏の虫ね! ワイルドハント、ジャンヌダルクに突撃!」
「!? ぼ、母艦型幻獣機が!?」
なんと、ワイルドハントは。
そのまま青夢が駆るジャンヌダルクへと、急速に近寄って来る。
しかもジャンヌダルクの後ろには、今や敵と成り果てたカーミラとグライアイが。
「さあ、カーミラもグライアイも……諸共に体当たりで潰してあげる!」
「! くっ!」
青夢はジャンヌダルクを避けさせようとするが、間に合いそうになく。
もはや、手遅れ――
「……hccps://MorganLeFay.wac/、セレクト! 楽園への道 エグゼキュート!」
「!? くっ!」
「ひ、姫!? ……くっ、艦尾被弾!」
「! え?」
が、その時。
ワイルドハントの艦尾――先ほどまで艦首だった場所――から爆炎が上がり。
艦は動きを止める。
そうして、天高く飛び上ったのは。
「!? あ、あれって……じ、呪法院さんの!?」
青夢が驚いたことに。
それは、レイテの機体だった。
一つだけ通常機体が宇宙仕様に改造されたもの、であったはずだが。
「あーあ、もう馬鹿馬鹿しいわ、何もかも!」
レイテは下に見えるワイルドハントに向け、舌打ちをする。
そう、思い出してほしい。
シュバルツのことを考えていた人物が、宇宙選抜の中に二人いたことを。
しかし、シュバルツは内通者のことをただ一人の姫と呼んでいたことを。
それはつまり。
「あなたみたいな裏切り者は最低よシュバルツ……ここからは! 私のモーガン・ル・フェイがお相手するわ、覚悟していなさい!」
レイテの方が、万が一内通者を探られた時のための生贄だったという訳である。




