#110 夢の中の魔宴
「ぼ、母艦型幻獣機が……? でも何で!? 何で宇宙に!?」
青夢は目の前の恐らくは母艦型幻獣機――アルカナ曰く、ワイルドハントを見つめる。
しかし、その幻獣機は紛れもない魔男の戦力。
だとすれば魔男が、宇宙装備を使っているということである。
どうやって?
「ま、まあ落ち着いて夢零さん! 何はともあれ、あいつは今の所ただの幻獣機! 宇宙に浮かぶことはできても、そ、そこを自由自在に飛び回るなんてできっこないわ!」
青夢も夢零同様に、動揺しつつも。
やはりいざという時の備えは、役に立つ。
青夢たちは宇宙服のまま、第一電使の玉座内を泳ぐように進んで行く。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
そこへ参戦したマリアナと元女男ら、そして巫術山らとの共同戦線が何とか危機を回避したのである。
その後も度重なる厳しい訓練を乗り越え、仮想空間における模擬宇宙飛行へと移った青夢たちだが。
最終選抜も兼ねたその訓練開始の矢先、突如として鳥男の騎士団が現れ戦闘となるも青夢たちは辛くも退け。
これにより選抜に青夢・マリアナ・夢零・レイテが内定し。
木男の騎士団との発射台攻防戦になりつつも、辛くも空中の母機から発射された杼船に乗った青夢たちは宇宙へと至る。
そうして、宇宙での作業に取り掛かろうとした矢先にこの有様である。
「で、でも魔女木さん! あいつ、明らかに動いていたわ!」
「ま、まあそうね……ともかく! 何はともあれ、早く私たちの法機に急ぎましょう!」
青夢と夢零は、ひとまず。
無重力状態の第一電使の玉座内を宇宙服姿で走る。
今は、あの敵に見た目から圧倒されている場合ではないのだ。
青夢もそう思いあまり効果はないと知りながらも、気休めを言ったのだった。
――さあ、マリアナよ……今こそ憎い仇を討て!
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「! こ、この声魔法塔華院マリアナ? ……くっ!」
「な、何……? 何か、眠気が……」
しかし、そんな青夢たちの脳内に何故かマリアナの声が響き。
刹那意識が、遠のいて行く――
◆◇
「!? こ、ここは……」
――やあ……一晩振りいや、数時間振りかな?」
「!? あ、あんたは……いや、その声!」
ふと青夢が目を覚ますと。
そこは何やら、暗闇の中だ。
だが、眠りに落ちる前に聞いた声は。
そして、夜眠っている時に聞いた覚えのあるその声は。
頭に響く声としてではなく、空気を震わせ耳に入る音として入って来たことで青夢は、その声の方を向く。
そこには声の主――魔男の騎士団所属騎士シュバルツの姿が。
「……気持ち悪い言い方だけど、夢でお会いして以来ね。」
「ははは! ああ、そうだ。名乗り遅れたが私は、魔男の騎士イース・シュバルツ。……さあ、お前の夢をもう一度。」
「……その言葉には、前に会った時と同じ答えを返すしかないわね!」
「おや。」
しかし自己紹介ついでに前と同じ言葉を放って来たシュバルツに、青夢は素気無く返す。
「相変わらずしぶといなあ……お友達のマリアナは、割合簡単に落ちてくれたというのに!」
「! な、魔法塔華院マリアナが!?」
が、このシュバルツの言葉に青夢はさすがに面食らう。
それは一瞬、自分に揺さぶりをかけるための嘘を疑うべき内容ではあるが。
青夢はこの眠りに落ちる前の状況を思い出し、その考えを振り払う。
そう、確かにあの時脳内に響いた声は。
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間違いなく、マリアナのものだったからだ。
「もうあのお高い女め、つくづく自分には甘いんだから! まあいいわ……それを聞いたら、尚更お断りよ! 何が何でも魔法塔華院マリアナを助け出さなきゃ、さあ早く目覚めさせなさい!」
「はあ、どこまでもしぶといな……まあいい、ならば救ってみせるのだな、多勢に無勢であっても!」
「!? くっ……!」
が、青夢が尚も突っぱねるや。
シュバルツはため息をつき、ならばと指を鳴らす。
たちまち先ほどまで、青夢とシュバルツの姿のみが浮かんでいた暗い空間は。
一瞬で、光に包まれ――
◆◇
「……ん? こ、ここは……って! そうよ、私現実世界に戻って来られた。……って! む、夢零さん、夢零さんしっかり!」
青夢が目覚めた時には、先ほどと同じく第一電使の玉座内であり。
彼女は傍らに倒れ込む夢零を起こそうとするが、反応はない。
「ま、まさか夢零さんも!? まあ、いいわ……とにかく、早く私たちの法機に」
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「!? こ、この声は魔法塔華院マリアナ……くっ! な、何か急に重く……っ!? ま、まさか重力を!?」
しかし夢零の肩を持ち法機のドッキング場所へと急ごうとする青夢だが。
またも響いたマリアナの声とともに、突如として自分の身体も夢零も重くなり始める。
マリアナがカーミラの能力により、この電使の玉座内の重力操作システムに干渉し操っているのだ。
さらに、それだけではない。
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「!? こ、この声は夢零さん! まさか……」
青夢は更に聞こえて来た声に、輪を重ねて驚く。
まさか、夢零も。
――ああ、よくぞやってくれた夢零……さあマリアナ、憎い敵の位置は把握したぞ!
――ええ、ありがとうであってよ…… ……hccps://camila.wac/、セレクト ファング オブ バンパイヤ エグゼキュート! ……チェンジ グラビティレベル……
「くっ! このままじゃ……押し潰れ……」
青夢は隣の夢零と自身、更に宇宙服の本来の重さに苦しむ。
そもそも宇宙服とは、重力下ではかなりの重量があるものであり。
まず無重力状態でなければ、フワフワと浮くものではなかった。
もしものためにとしておいた備えが、裏目に出てしまった。
―― ……まあいい、ならば救ってみせるのだな、多勢に無勢であっても!
「くっ! あれは、そういう意味だったのね……」
夢から覚める時のシュバルツの捨て台詞の意味に、ようやく気付くが。
さりとて青夢も碌な抵抗はできず。
ただただ、宇宙服の重量により苦しんでいき――
――シュバルツ、やはりこの作戦ではすぐに片が付いてしまうわ。ただちに作戦を変更よ!
「!? こ、この声……誰?」
が、その時。
唐突に頭に飛び込んで来たのは、何やら女の声。
それは青夢の聞き覚えのあるものだったが、何故か彼女にはそれが誰か思い出せない。
――ひ、姫! かしこまりました……
「! え……?」
次の刹那、シュバルツが彼女に応えた声と共に。
青夢たちを襲っていた重力場は止み、再び無重力状態となる。
「ひ、姫……? じゃああの声はあのアリアドネとかいう女の子の……? いや、違うわ……」
青夢は起き上がり、先ほどのシュバルツの言葉から声の主を類推しようとするが。
分からず、更に混乱を深めるばかりだった。
◆◇
「おやシュバルツ……何故、攻撃を止めたのだ?」
「騎士団長閣下……申し訳ございません。我が姫より、お達しがありまして。」
「……ほう? ダークウェブの姫君から?」
一方、ワイルドハント艦内司令室では。
急に攻撃を止めたシュバルツを、アルカナも訝しむが。
「ええ、まあ……」
「ん、どうしたのだシュバルツ?」
「いいえ、騎士団長閣下。」
「そうか。」
何やら煮え切らないシュバルツをアルカナは尚も訝しむが。
すぐに、気にしないことにし。
「さあ魔女共、手出しができないだろう! この幻獣機父艦ワイルドハントには!」
「騎士団長閣下……このワイルドハントは幻獣機父艦ではございません。法機幻獣機母艦でございますれば!」
「な……うぃ、ウィッチーズアンドクリプティッドマザーだと!?」
が、またもアルカナの訝しみは再発する。
いや、再発せざるを得なかった。
シュバルツの唐突な言葉にアルカナは動転したからである。
何故、魔男の兵器の名にウィッチ――忌々しく、穢らわしい魔女の名が?
しかし、アルカナを動転させる出来事はこれだけに留まらなかった。
「……セレクト、ア パージ フロム アワテリトリー エグゼキュート!」
「な!? し、シュバルツ、貴様何を!」
シュバルツが術句を唱えるや否や。
アルカナの足元には何やら空間の穴が開き。
そこに彼の身体は、吸い込まれて行く。
「申し訳ございません騎士団長閣下……私にはただ一人の、私を救い出してくれると言って下さった姫がいらっしゃいます! 情報を提供していた姫が。……姫は約定通り、見返りに私を救い出して下さった! 後は……私が姫を守る番でありますが故に!」
「姫? 情報? ……貴様! よりにもよって内通者側に寝返るというのか!」
アルカナは吸い込まれながらも必死の抵抗を見せ。
シュバルツが言っていた姫という言葉が、ダークウェブの姫君の意味ではないことに気づくが。
「ええ……この時を私はずっと待っていたのですから! 今更退けませぬし退く気もありませんので、申し訳ございません!」
「くっ……貴様ああ!」
時すでに遅し。
そのままアルカナはこれまでの抵抗も虚しく、穴に落ちていった。
「……ひとまず艦内の邪魔者は排除いたしました我が姫。」
「ええ、ご苦労様。さあて……改めて始めましょうか、この宇宙での私たちの舞台を!」
シュバルツの声に答えたのは、彼が姫と呼ぶ唯一無二の存在。
それは。
「憎きあのメアリーとやらのおかげで散々私はコケにされたけれど! この我が法機ヘカテーと法機幻獣機母艦ワイルドハントをもって我が王魔女生グループの再起とさせていただくわ、覚悟なさい!」
それは――アルカナはこの艦に乗っていながら知る由もなかったが――このワイルドハントの中核を成す法機ヘカテーに乗る人物。
王魔女生グループのうら若き社長・尹乃だった。




