#108 女神の機織
「……そろそろかな?」
「まだよ! まったく、相変わらず短気ね!」
「ご、ごめんミリア……」
外の様子を窺おうとする法使夏に対し。
ミリアは、やや厳し目に諫める。
時は、少し前に遡る。
その頃、高知県沖の海中にて。
海上にバレぬようそれなりの深度を取り突き進む水流があった。
その水流内には、なんと。
横一線で四隻を成す二列並びのまま突き進む――合計八隻もの潜水法母の姿が。
潜水法母はいずれも、これまで水流内に入ったことがある法機たちとは違いその中に浮かぶ形ではなく。
上半分を水流内に入れ、下半分を水流外に出した状態で突き進んでいる。
しかし海中を突き進む水流――それは言うまでもなく、法使夏のルサールカによるものである。
が、少し様子がおかしい。
何と、その水流を八隻の潜水法母を先導する形で突き進むルサールカは、双胴機の姿をしていたのだ。
「さあミリア……一緒にこの機を送り届けよう!」
「……ふん、そんなのあんたに言われるまでもないわよ!」
そう、これは。
先ほど出港する際に、ミリアのメーデイアと法使夏のルサールカが合体した機体である。
これがキルケが、メーデイアを介してルサールカの力を借りられた理由でもある。
「さあミリア!」
「はい! ……セレクト、アンアセンブライズ エグゼキュート!」
出港時のことである。
他の護衛部隊も飛び立つ中、出港時メアリーの呼びかけに、ミリアは。
キルケ・メーデイアの融合を解き、二機に分離させ。
そのまま自機たるメーデイアを、ルサールカの横に移動させる。
「騎士団長!」
「はいな! 空飛ぶ法機ルサールカ、メーデイア! セレクト コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム 空飛ぶ法機ルサールカ・メーデイア! エグゼキュートやねんで!」
そのまま港に自機マルタを待機させる赤音も、その機内より術句を詠唱し。
それを受けた空飛ぶ法機二機は変形を始める。
たちまちルサールカが左翼を畳み。
メーデイアが右翼を畳み合体した、双胴機。
空飛ぶ法機ルサールカ・メーデイアである。
「ミリア!」
「か、勘違いしないでよ! こ、今回はメアリー姐様の温情でべ、別にまた仲良くしようとかそういうんじゃないんだからね!」
嬉しそうに叫ぶ法使夏に、ミリアは少々照れ隠しのような口調で叫ぶ。
形だけとはいえ、ここにかつての半身同士が集っていた。
「うん、私は別にそれでいいよ!」
法使夏が微笑む。
こうして、今に至る。
「……さあ、行っちゃって下さい!」
「了解! ……AWF01/、パーツ1、2、3、4! セレクト コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム 女神の織機 エグゼキュート!」
そして、法使夏の合図と共に。
先導されている潜水法母の後ろ一列の四隻より各一機ずつパーツが射出され。
それらは瞬く間にルサールカ・メーデイアのごとく合体を遂げ、一機の大型機へと変貌を遂げる。
更に。
「……パーツS1、2、3、4! セレクト コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム 女神の杼船 エグゼキュート!」
「!? くっ!!!!」
前一列の潜水法母四隻からも各一機ずつパーツが射出される。
それらのパーツは、宇宙用ブースターのつけられたジャンヌダルクやカーミラ、グライアイ――青夢たちが擁する強力な法機たちを搭載したものと、残る一機は宇宙仕様に改造された通常機である。
当然それぞれの専用機に、青夢たちが乗っており。
さらに通常機には、レイテが乗っている。
「! め、目の前が晴れた……ってえ!? こ、ここは雷魔法使夏の水流の中!?」
「こ、これはどういうことであって?」
「これは……」
「ど、どういうこと?」
さらに窓にかけられた覆いが外れたことで青夢たちは、外を見たことで混乱している。
が、彼女たちの混乱など置き去りとばかりに。
「う、うわあ!」
「くっ! すごい重力であってよね!」
「くう!」
「ぐっ!」
先ほど命じられたままにパーツ群は、無機質に合体し。
女神の杼船を形作る。
更に。
「さあ行くぞ! 女神の織機、女神の杼船! セレクト コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム AWF01/ エグゼキュート!」
「! こ、これは巫術山教官……ぐっ!」
巫術山の声が響くと同時に。
実は巫術山や力華、術里が駆る女神の織機下部に青夢たちが乗る女神の杼船がドッキングする。
「こ、これって……?」
「感謝なさい、トラッシュにマリアナたち! それは私たちがキルケ・メーデイアの技術を提供したことで完成した杼船母機・女神の織機よ!」
「!? あ、アテナーズウェイビングフライングマシン!?」
「あ、あなた使魔原さんであって!?」
青夢たちは前を行くルサールカ・メーデイアから聞こえたミリアの声に、大いに動揺する。
まず、お尋ね者のはずのミリアがいることに動揺していた。
「ああ、彼女たちは技術提供の見返りに罪を許された! まあ一種の……司法取引だ!」
「し、司法取引……」
彼女たちの混乱の訳を察した巫術山の説明に、青夢たちはまたも混乱する。
自衛隊への技術提供の見返りに免罪して司法取引とは。
それは、場合によっては三権分立に反するのでは?
青夢たちはそう考えるもそれを言葉には出さない。
「そ、それにウェイビングフライングマシン? 織機なんだか飛行機なんだか」
「どちらもよ! そもそも杼とは機織りで横糸を通す部品のこと。そう、この杼船は今通信を担っている電使衛星を打ち上げて電賛魔法ネットワークに横糸を通して来た杼なの!」
「は、はい! 妖術魔二等空曹!」
青夢の呟きに力華が、補足説明してくれた。
「そうだ、だから今回も! これは言うなれば貴様らという新たな横糸をこの電賛魔法ネットワークに通すプロジェクトだ! そしてこれはそのために宇宙へ杼を打ち出すための織機だ! さらに杼とはな……行って帰って来てこそ、初めて横糸を通したと言えるのだ!」
「!?」
「き、教官……?」
「教官……」
「……」
さらに巫術山が放った言葉の意味を悟った青夢たちも、はっとする。
それは、まさか――
「……だ、だからな! 行きっぱなしの杼では役に立たん! よって……必ず、地球に帰還せよ! 教官命令だ!」
「は、はい!!!!」
巫術山は照れ臭そうに、青夢たちに告げる。
「……巫術山教官、魔男の目は完全に囮の発射台に向いています!」
「……よし、海上へ出ろ! 一気に魔男めに目に物見せてくれる……」
「はい! ……さあ、ミリア!」
「……ふん、言われなくたって!」
巫術山の言葉に法使夏とミリアは。
既に潜水法母が離脱しており杼船を抱えた織機が飛ぶ水流を海上に飛び出させた。
◆◇
「あ、あれが杼船だというのか!? まさか法機から発射するとは……」
「……発射準備開始!」
「!? い、いかん! 直ちに部隊を」
「よそ見している場合じゃないぜ! ……hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズファング! デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート!!」
「ぐっ! こ、このお!」
種子島の木男の騎士団本陣にて。
アントンは動こうとするが、やはり英乃に阻まれてしまう。
◆◇
「くっおのれ魔女め! ……おい、クランプトンだったな? 俺はセブルス・ズネイ! 魔男下がりの分際で、この現役魔男様を妨害するのか?」
鹿児島発射台でも。
ズネイもこの有様を見て高知県沖へと移ろうとするが。
それを尚も暴風で妨害する剣人に、鋭い目を向ける。
「魔男下がりだろうがなんであろうが、今の俺には関係ないズネイ殿とやら! いずれにせよ我らが飛行隊長たちが宇宙へと飛び立つことの邪魔はさせんぞ! hccps://clowrey.wac/、セレクト アトランダムデッキ!」
「くっ……おのれえ!」
が、剣人も負けじとばかり。
クロウリーに再び、術句を唱える。
◆◇
「何ということか……今からでも間に合わないことはない、早くバロメッツを」
「おおっと、よそ見してていいのかなー?」
「くっ! 敵艦からの攻撃か!」
「あたしも忘れてもらっちゃ困るんだけどねえ……セレクト! 儚き泡 エグゼキュート!」
「ぐっ! このお!」
一方。
自身の部隊の旗艦たるバロメッツを駆り離脱を図るアップルシードだが。
スフィンクス艦からの砲撃と再びルサールカをコピーしたキルケを駆るメアリーの攻撃を前に怯む。
「まだまだあ! さあ行きな、グレンデルマザー!」
「くっ……艦が!」
さらにメアリーが仕掛けたハッキング攻撃の前に一層怯む。
◆◇
「さあ……飛び立てえ、横糸共お! AWF01/、セレクト デパーチャー オブ 女神の杼船 エグゼキュート!」
「はい!!!! ……くうう!!!!」
「!? く、杼船が!」
こうして、各方面で木男の騎士団が怯んでいる隙に。
巫術山が力を込めた術句は、刹那青夢たちを乗せて女神の織機下部に接続された杼船を発射する。
たちまち凄まじい重力が、青夢たちにのしかかるが。
「……皆、大丈夫よね!?」
「だ、誰に聞いていてよ魔女木さん! 当たり前であってよ!」
「た、龍魔力の長女を舐めないで頂戴!」
「わ、私だって呪法院の名にかけて!」
当然彼女たちは訓練を受けているのだ、この程度ではやられない。
「くっ……え、直撃炸裂魔弾を!」
「む、無理です! 今からでは照準が!」
「だーかーら、よそ見している場合じゃねえって!」
「くっ!」
遅ればせながらも発射を許した失態を取り戻そうとするアントンだが、時すでに遅しである。
やがて杼船は、大気圏ギリギリの空域に迫り。
そのまま摩擦により、とてつもない熱を纏い――
◆◇
「まったく……木男の騎士団もここまでとはね!」
「ええ、まったくでございます……シュバルツ!」
「はっ、騎士団長閣下。」
「!? だ、誰ザンスか!」
一方魔男の円卓では。
この戦いの一部始終をアリアドネや騎士団長らが見ていたが、そんな中アルカナはシュバルツを召集する。
「紹介が遅れ、申し訳ない……彼こそ、今回魔女側に内通者を作り情報を流してくれた我が騎士団所属のイース・シュバルツだ! 以後、お見知りおきを。」
「! な、なるほど……そいつがっしょ。」
騎士団長らはざわめくが、アルカナの説明に一応は納得した様子である。
「つきましては……姫君。身勝手なお願いとは存じますが……私いや、我が魔男の騎士団に今一度機をお与えください!」
「な!? あ、あんた何言うザンス?」
「そ、そうっしょ!」
しかし次には。
アリアドネに再び機会をもらおうとするアルカナに、他騎士団長からは当然というべきかブーイングが。
「ほう……できるのでしょうね?」
「は、はい! どうか!」
アルカナはアリアドネに、恥を偲んで頭を下げる。
◆◇
「……せ、セレクト! アンアセンブライズ 女神の杼船! 各機、各個に電使の玉座へドッキング!」
「ふん、言われなくてもよくってよ!」
「了解、魔女木さん!」
「心配無用よ!」
そのまま大気圏を離脱し電使の玉座へと近づく女神の杼船は、ジャンヌダルク・カーミラ・グライアイ・通常機の四機に分離し。
青夢が命じるまま、各個に電使の玉座へとドッキングして行く。
「魔女木さん、偉そうにしておいて遅くってよ!」
「ご、ごめん……だけど! い、一応リーダーなんだから偉そうも何もないでしょ!」
「あら、わたくしを否定する気であって?」
「や、止めましょう皆!」
「まあ放っておきなさい龍魔力さん。……こんな素晴らしい景色なのに、勿体ないわ争うなんて。」
「! あ、ごめん皆……そ、そうよね……ん!?」
さながら某電波塔展望室のような電使の玉座居住区へとやって来た青夢たちはすったもんだありつつも。
そこから見える景色に、目を奪われる。
それは――
「……綺麗……」
「ええ……こんな綺麗さは、どんな宝石にもなくってよ……」
「す、すごい……」
「……ええ。」
青夢・マリアナ・夢零・レイテが見る先には。
青く巨大な地球が、広がっていた。
かくして、彼女たちは。
宇宙に来たのだった――