#107 バベルの塔への道
「そもそも、天高く飛び立とうなんて! お前たちは分かっているのかい? かつて天高く塔を築き上げようとして神の怒りに触れた話を!」
木男の騎士団長アントンは目の前にある種子島発射台を睨みながら叫ぶ。
既に組み立て作業が始まろうとしている発射台は未ださほどの高さもないが。
それは組み上がれば、かつて天高くを目指し人々が立てようとし神の逆鱗に触れた建造物――バベルの塔のごとく。
そのまま忌まわしい魔女たちを乗せた杼船を、天高くすら飛び越え宇宙に運ぼうとしている。
「許せないな、魔女たちい!」
「おやおや、あんたたちこそ! そんな馬鹿でかい幻獣機を空高く飛ばしているじゃねえか? 人のこと言えんのかい?」
「!? な……おのれえ!」
しかし種子島発射場護衛部隊の一人英乃は、負けじとアントンに返す。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
そこへ参戦したマリアナと元女男ら、そして巫術山らとの共同戦線が何とか危機を回避したのである。
その後も度重なる厳しい訓練を乗り越え、仮想空間における模擬宇宙飛行へと移った青夢たちだが。
最終選抜も兼ねたその訓練開始の矢先、突如として鳥男の騎士団が現れ戦闘となるも青夢たちは辛くも退け。
これにより選抜に青夢・マリアナ・夢零・レイテが内定し今、宇宙に飛び出そうとしているのである。
「え、英乃お姉様! そんなに敵を」
「ったく、相変わらずお人好しだな二手乃は! いいんだよ、あたしは殴られたら殴り返す主義だからなあ!」
「ひ、ひいお姉様!」
次姉の言葉に二手乃も、思わず怯える。
しかし、そんな話をする間にも。
「……行け! あんな発射台など潰してしまえ、奴らに宇宙など行かせるな!」
アントンは今パーツ群に分割された――群集形態を取る食人木型幻獣機父艦群を嗾けて種子島発射場攻撃に向かわせる。
「お、お姉様!」
「おおっと! さあて……二手乃! 再照準は済んでるよな?」
「は、はい!」
「よおっし……hccps://graiae.wac/enyo、セレクト グライアイズファング エグゼキュート!」
しかし迫り来る敵に対し。
英乃は怯まず、再照準に基づき迎撃体制を整える。
そうして。
「……セレクト、デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート!」
敵艦隊に向け、誘導銀弾群を放つ。
◆◇
「hccps://clowrey.wac/、セレクト アトランダムデッキ! 塔――捩くれた塔、エグゼキュート!」
一方、鹿児島では。
こちらも発射台を前に戦う剣人は、クロウリーに術句を唱える。
たちまち機体は、高速で螺旋状に広がりつつ竜巻を描き。
組み立て中の発射台を取り囲んで守り、種子島と同じく迫り来る敵部隊を牽制する。
「い、いかがなさいましょう!?」
「案ずるな! アントン騎士団長からお受けしたこの部隊、ここで負けるわけにはいかぬ! さあ私の機体マンドレイクよ……hccps://baptism.tarantism/、セレクト 死の産声! エグゼキュート!」
しかし鹿児島方面部隊長であるマンドレイクの騎士セブルス・ズネイは術句を唱える。
たちまち、彼の部隊が駆る食人木型幻獣機父艦の一角より幻獣機マンドレイクが顔を出し。
剣人が張り巡らせた風の防壁に対し、周辺の空気を歪め地形をねじ曲げるほどの衝撃音波を放つ。
「ぐうう!! くっ、この……!」
剣人は耳を押さえながら、引き続き機体を旋回させ続ける。
「ははは、しぶといな! だが」
「くっ……hccps://clowrey.wac/、セレクト アトランダムデッキ! 吊るされた男――オーディンズフィッシング エグゼキュート!」
「!? くっ、風向きが……こちらを、引き寄せようとしているのか!?」
ズネイは少し余裕を湛えていたが。
剣人の術句により風向きは変わり、ズネイの部隊が引き寄せられそうになる。
「ああ、いざとなれば差し違えてでも守り切る! 自衛隊、早く!」
「よ、よし! 誘導銀弾、戦闘車両より撃ちまくれ!」
「ぐう!? 貴様らあ!」
その隙に誘導銀弾群が自衛隊より放たれる。
「くっ…… hccps://baptism.tarantism/、セレクト 死の産声! エグゼキュート! マンドレイクう、全力で衝撃波を歌い上げろ!」
「くっ! 誘導銀弾が!?」
が、それらの弾幕に対し。
攻撃こそが最大の防御と言わんばかりにズネイは、更に強い衝撃波を放つ――
◆◇
「あーもう! しつっこいなあ!」
一方、鳥島沖では。
発射用民間船舶を護衛する自衛隊ウィガール艦隊と、愛三の駆るスフィンクス艦は、向かい来る敵機群に対し対空攻撃に追われていた。
「ははは、どうた! 我が騎士団長より与えられたこの幻獣機父艦バロメッツ! そこから生み出される幻獣機バロメティックスパルトイの力は!」
鳥島方面軍旗艦たる幻獣機父艦バロメッツ。
そこに座乗する騎士ジョン・アップルシードは高らかに笑う。
何せ、木男の騎士団保有の他と同じくただの木にのみ見えるその父艦は。
枝より大量の羊型幻獣機バロメティックスパルトイを無尽蔵かと思えるほどに生やして行き。
それらを全面展開し、攻めて来ているのである。
「さあ、スフィンクス艦ちゃん! 獅脚主砲に咆哮主砲旋回! 角度調整……えいっ、えいっ!」
愛三も、何とか踏み止まり。
今まさに発射準備が行われている船舶へは近づかせまいと、スフィンクス艦より火を吹いて敵機を撃ち落として行く。
「さあ……海にこの艦を打ち立てろ! これそのものを橋頭堡として、そのまま」
「hccps://rusalka.wac/ 、セレクト、儚き泡 エグゼキュート!」
「ぐう! 海中にはあのルサールカがいたか……捕捉できるか?」
「は、はい! ……ううむ、まだ照準できません!」
「くう……急げ!」
うっかり海中から攻撃を食らったバロメッツは、そのまま空へ離脱する。
「しかし……何としてもあれを破壊せねばな!」
「はい!」
しかしアップルシードは慌てず。
尚も闘志を、滾らせる。
◆◇
「ふん、そんなものか!」
「くっ、敵機が!」
再び、種子島では。
アントン直々に率いる部隊は、その旗艦よりパーツ群を全面展開し。
英乃たちを、徐々に追い詰めていく。
「他の方面も、まずまずの結果か……まあよい! このまま」
「! あ、アントン騎士団長あれは!」
「何だ、一体何が……な!?」
と、その時だ。
部下から受けた報告が、波乱を呼ぶ。
それは――
「!? な、なんだあの大型機は? あ、あの腹に抱えているのは……杼船か!?」
アントンは大いに動揺する。
場所は、高知県沖上空。
その海面より突如として、水流が飛び出したという報告だった。
彼が言う通り、その水流の中に浮かぶのは杼船を腹に抱えた大型機である。
「やっぱりそう来るわよね? あれだけ発射台を必死に守って、更に囮の発射台まであるとなれば、その発射台を攻撃しに来るわよね?」
「そうでしょうとも……残念だったわね! 本当の発射台は地上でも水上でもない、この空中よ!」
そうしてその水流を操るのは、法使夏のルサールカである。
そこには何故か、ミリアの声も響く。
しかし。
「! 待てよ、あれは水流……し、しかし! 何故だ、ルサールカは報告によれば鳥島沖で!」
アントンはまだ混乱している。
そう、鳥島沖で愛三のスフィンクスと共闘しているはずのルサールカが何故?
が、その理由はすぐに明らかとなる。
「はははっ、そりゃああたしのことかい? ……hccps://circe.wac/、セレクト! キャンセリング 変身薬! エグゼキュート!」
「!? な、あ、あれはまさかキルケか!? くそ、あの裏切り女魔男がルサールカに化けていたのか!」
その"ルサールカ"は、たちまちキルケの姿に変わる。
いつもとは異なり、メーデイアと一体化した姿ではない単機の姿であり。
その機内にいるは、当然メアリーだ。
そう、メアリーは自機キルケの能力によりルサールカの姿をコピーし。
更に、ある理由によりいつも融合しているメーデイアを介し、ルサールカの力を借りていたのである。
しかし、これに驚いたのはアントン率いる木男の騎士団だけではない。
「う、嘘!? グレンデルちゃんが?」
「な!? な、何故だ?」
「う、嘘でしょ!」
「マジかよ……」
この情報を知らされた、味方側である護衛の剣人たちも初耳であり驚く。
「さあ……行こうミリア!」
「ふん……指図しないで!」
その水流の中で、ミリアと法使夏は尚も言葉を交わす。




