#106 杼船発射台攻防戦
「やはり来たか……」
この台詞は魔男・魔女双方の側から同時に発せられたものである。
「アントン騎士団長! 敵部隊、目的地の一つの捕捉を完了いたしました!」
「よ、よし! 第一部隊、至急そこに向かえ!」
木男の騎士団長アントンは部下の騎士たちに命じる。
そう、魔男側が来たと行っているのは、今杼船と発射台のパーツを運ぶ戦闘車両を駆る自衛隊部隊である。
「! 十一時の方向より、機影多数! パターンからして、これは魔男かと!」
「……来たか!」
そうして、魔女側が来たと言っているのは。
「さ、さあ行くぞ! 我らが木男の騎士団にようやく回って来たこの好機……逃すものか!」
魔男の12騎士団が一つ・木男の騎士団。
その団長たるリーフ・アントンは部下たちに命じる。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
そこへ参戦したマリアナと元女男ら、そして巫術山らとの共同戦線が何とか危機を回避したのである。
その後も度重なる厳しい訓練を乗り越え、仮想空間における模擬宇宙飛行へと移った青夢たちだが。
最終選抜も兼ねたその訓練開始の矢先、突如として鳥男の騎士団が現れ戦闘となるも青夢たちは辛くも退け。
これにより選抜に青夢・マリアナ・夢零・レイテが内定し今、宇宙に飛び出そうとしているのである。
「(だけど大丈夫だろうか……僕にできるんだろうか?)」
しかしアントンは持ち前の心配性を発揮し内心怯える。
こうして旧ソード・クランプトン――方幻術剣人の魔女訓練学校襲撃時点から現在まで振り返れば。
魔男の12騎士団長それぞれに手柄を上げるべく積極的に声を上げる中で、アントンは最後に名乗りを上げた。
これも彼自身の、そんな心配性から来る慎重さ故とも言える。
「だがもう、後には引けない! 見ていろ、魔女たち……」
何にせよ、もう賽は投げられている。
アントンは既に、覚悟を決めていた。
◆◇
「な、何あれ!? き、木の群れ?」
一方。
この様子を見ていた杼船輸送団防衛最中の空戦隊のうち、グライアイの一機に乗る二手乃が声を上げる。
それは木男の騎士団の名違わぬ、木の乱立したような艦隊。
食人木型幻獣機父艦の大群である。
「こちらにも、同様の母艦型幻獣機の艦隊が向かって来ている! あれは木男の騎士団――アントン殿か。」
通信を受けた剣人も、報告を返す。
彼の言った"こちらにも"という言葉が意味するものは。
「こちら第三部隊! こちらにも同様の艦影接近中、やはり魔男かと!」
法使夏も今言った、第三部隊という言葉通り。
現在杼船の発射場は一箇所が本物、二箇所が囮という合計三箇所用意されており。
当然護衛の機体も、それに合わせて三部隊が用意されていた。
◆◇
「ではこれより、貴様らに作戦内容を話す! 一度しか言わん、言い直させれば時間の無駄になるから言わせるなよ!?」
「は、はい!!」
この作戦の二日前、選抜された青夢・マリアナ・夢零・レイテの四人と他の候補生たちも共に集められた。
しかし相変わらずの巫術山の言葉にその多い一言こそが時間の無駄では? と思う青夢たちであった。
さておき。
「さて、それでは杼船の今回の発射だが……種子島の発射場より行われる! 選抜及び、護衛につく候補生たちは心得ておくように!」
「はい!!」
が、意外にも話はすんなりと終わった。
しかし、全員が部屋を立ち去った後。
「……ん?」
青夢は自身のスマートフォンに何やら、連絡が入っていることに気づく。
「え、お、囮の発射場を設けるのですか!?」
「ああ。この作戦は護衛を務める候補生たちにも当日告げられるが……選抜たる貴様らには第一に明かされた!」
「は、はい!!」
その後でまた呼び出された青夢たち選抜メンバーは。
今度は巫術山より、真の作戦を告げられる。
その内容は。
「今回は種子島・鹿児島・鳥島沖のうちいずれか一箇所が真の発射場となる! だがそれはまだ貴様ら選抜に告げる訳にはいかない。貴様らにも当日のお楽しみとしよう、話は以上だ!」
「はい!!」
「(やっぱり、魔男との内通者がいるかもしれない状況の中であんな作戦を取るわけがないか……まあ、私もその程度は分かっているんだけどね!)」
先述の通り、発射場を囮含めての三箇所設ける作戦についてだった。
尤も、それは魔男側に情報が漏れることを懸念してのことであろうが。
その情報はこともあろうに選抜メンバーの誰かか、はたまたこの件を立ち聞きしている他の誰かか。
いずれにせよ、その内通者自身に知られてしまうのであった。
◆◇
「三箇所共にバレるとはな……まあよい! さあ自衛隊……共に、アントン殿の部隊を蹴散らそう!」
そうして、再び作戦当日。
鹿児島発射場の護衛にあたる、剣人が駆るクロウリーは。
自衛隊部隊との連携を取りつつ、やって来た木男の騎士団を前に闘志を燃やす。
「え、英乃お姉様!」
「まあそう心配すんなよ二手乃! じゃねえと姉貴が心配しちまうぞ? ここはあたしらに回してもらったグライアイズアイと、グライアイズファング……あと、ゴルゴンシステムで乗り切ろうぜ!」
「は、はい!」
そうして、種子島発射場上空では。
やはりこちらも自衛隊艦隊と連携を取りつつ、グライアイ二機を駆る龍魔力の英乃・二手乃の二人もまた闘志を燃やす。
「さあて、やっちゃわないと!」
「そうね……でも、気をつけて愛三さん! あなた、この前魔男に乗っ取られているんだから!」
「わ、分かってるよ! それは言わないでえ!」
こちらは鳥島沖にて。
スフィンクスを駆る愛三が、その機を介して操るスフィンクス艦――以前即席で作り上げられたものとは違い、正真正銘のゴルゴン旗艦から変化した方のオリジナル版――と、法使夏の駆るルサールカの姿が。
彼女たちが守るのは、鳥島地上に設けられた発射場――などというそもそも存在しないものではなく。
鳥島沖を行く、発射場に使用される民間船舶である。
やはりこちらも自衛隊のウィガール艦隊と連携し、発射船舶を守っていた。
「何はともあれ……これより、杼船発射台護衛戦闘を開始する! 三部隊全隊、死力を尽くして護衛に当たれ!」
「はい!!」
かくして、杼船発射のための護衛戦闘が幕を上げたのだった。
◆◇
「さあ……行きましょうルサールカ! あなたも幻獣機のボディと矢魔道さんの改造でようやく本調子だしね!」
法使夏は自機たるルサールカに呼びかける。
そう、以前の戦いにより機体構成用の幻獣機が思いがけず得られたのは彼女のみならず。
「行くぞ、クロウリー!」
「行こうぜ、二手乃にグライアイ!」
「行っくよー、スフィンクス艦ちゃん!」
クロウリーもスフィンクス艦も同様の経緯により、幻獣機を解体し機体を再構成されて今戦場に来ていた。
またグライアイ二機も仕立て直されたスフィンクス艦から削ぎ落とされた幻獣機スパルトイの部品により機体の再構成が行われている。
全てが万全とは言いがたいものの、戦力を強化した上でこうして臨んでいるのである。
「さあ、私のルサールカの攻撃は海中から行くわ! ……hccps://rusalka.wac/ 、サーチ! セレクト、ゴーイング ハイドロウェイ エグゼキュート!」
「オッケー! じゃあ……セレクト! デパーチャー オブ 誘導銀弾 エグゼキュート!」
そうして鳥島沖の防衛部隊は、戦闘態勢に入る。
ルサールカは海中へと潜り、スフィンクス艦はそれをサポートすべく誘導銀弾群を発射する。
「全部隊、群集形態を展開! 戦闘態勢へ!」
「了解! hccps://baptism.tarantism/、セレクト、ビーイング トランスフォームド イントゥ 群集形態 エグゼキュート!」
しかし、木男の騎士団艦隊も即応し。
やはりいつも通りというべきか、パーツ群に分かれての攻撃へと移る。
「行くぜ、二手乃!」
「はい、お姉様! ……セレクト、ブーティング "目"! ロッキング オン アワ エネミーズ! エグゼキュート!」
一方、種子島発射場でも。
護衛に当たる二手乃は、術句を唱えて"目"を起動させる。
たちまち、その力によりアントンが直々に率いる部隊を足止めする。
「! アントン騎士団長、やはり奴らこちらの動きを」
「やはりな……しかしそれはもはやこちらも回避できることは分かっているだろう! となると、セレクト、ビーイング トランスフォームド イントゥ 群集形態 エグゼキュート!」
が、やはりこちらも。
その食人木型幻獣機父艦一つ一つを、パーツ群へと分離させていく。
「hccps://graiae.wac/deyno、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート!」
「ああ、次にお前たちがどうするかも僕たちは分かっているさ! さあ来い……このリーフ・アントン直々に、相手してやる!」
「さあ行くぞ、クロウリー! ……hccps://clowrey.wac/、セレクト アトランダムデッキ!」
そして、鹿児島発射場でも。
クロウリーを駆る剣人もまた、敵部隊に突撃を仕掛けつつ。
術句を唱え始める。
◇◇
「……さあ、もう目隠しを取っていいぞ。」
「!? こ、ここは……どこ?」
一方、その頃選抜メンバーたる青夢たちは。
杼船に接続されている自身の法機にそれぞれ乗っているが、巫術山の通信越しの声を聴き
。
先ほどまでの目隠しを解かれ辺りを見渡す。
が、何と窓も外から布の覆いが被せられているらしく何も見えない。
選抜メンバー本人たちにさえ、今いる場所を知らせないようにしているのだろうか。
「ここまで私たちにも秘密主義だなんて……」
青夢は、何も見えない窓の奥を見つめる。
今まさに護衛と魔男の戦いが繰り広げられているであろう外が、この窓の向こうだ。
「私たちばっかり守られるなんて……」
戦いたい思いを抱える青夢は、忸怩たる思いだった。




