#105 選抜、そして宇宙へ
「こ、この感覚は……?」
夢零が尚も戸惑うは。
彼女は知る由もないが、レイテが気まぐれに授けたその法機の能力である。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
そこへ参戦したマリアナと元女男ら、そして巫術山らとの共同戦線が何とか危機を回避したのである。
その後も度重なる厳しい訓練を乗り越え、仮想空間における模擬宇宙飛行へと移った青夢たちだが。
最終選抜も兼ねたその訓練開始の矢先、突如として鳥男の騎士団が現れ戦闘となっている。
そして今、龍魔力四姉妹の末妹・愛三は。
敵機群を乗っ取り即席のスフィンクス艦を作り出して魔男を一時追い詰めるも、逆にスフィンクス艦を現実世界から乗っ取られて窮地に陥っていた。
「さあさあどうしたあ! そんなものか!」
その即席のスフィンクス艦――インスタントスフィンクス艦を今操るは、その根幹たる愛三専用法機と同名の幻獣機スフィンクスを専用機とする虎男の騎士団所属リオルである。
「……皆さん、愛三のあのスフィンクス艦内に行きましょう!」
「! え、む、夢零さん?」
「な、何をおっしゃって?」
が、夢零の言葉に。
青夢やマリアナは、動揺する。
仮想世界とはいえ、今火を吹くあのスフィンクス艦。
あそこにいきなり飛び込むというのか?
しかし、夢零に迷いはなく。
「大丈夫! 今何でか分からなくて根拠もないけど、あの空魔法さんたちと同じ力を授かった」
「え、ええ!?」
「気がするわ!」
「き、気がする!?」
曖昧な言葉とは裏腹に、既に心は決めており。
「さあ、行くわよ皆! ……セレクト、楽園への道 エグゼキュート!」
「!? くっ、行くわ皆!」
「分かっていてよ!」
「いいから行けばいいわ!」
そのまま高速でグライアイを駆り、インスタントスフィンクス艦めがけて軌跡を描き。
その軌跡に青夢らの機体を乗せ、チーム1を連れて行く。
「愛三いい!」
「さ、サロ騎士団長! 魔女の機体が!」
「何ですって!? ……まあ、いいわ! ならばその仮想世界の機体ごと葬ってあげるわよお! ……セレクト、空裂 エグゼキュート!」
しかし、そのチーム1とインスタントスフィンクス艦の間にいるサロも即応し。
そのままロックバードの爪の形を群れで成している構成機群をチーム1の機体群に差し向ける。
この爪で、魔女たちを――
「……hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
「ぐうっ! つ、爪が!」
が、当然ただでやられる青夢たちではなく。
青夢のジャンヌダルクにより放たれた光線が、ロックバードの爪を脆くも打ち砕く。
「さあ……突っ切ります!
「hccps://graiae.wac/pemphredo、セレクト グライアイズアイ エグゼキュート! 呪法院さん、仮想恋電使之弓矢を!」
「はいはい! ……セレクト、仮想恋電使之弓矢 エグゼキュート!」
そのまま夢零たちはインスタントスフィンクス艦へと突撃を続け。
夢零に力を既に貸していることもあってかレイテは、かつてとは違い特に躊躇うこともなく彼女をアシストする。
「!? この私の攻撃に対して果敢に突っ込んで来るとは……だが懐に飛び込むとは甘えなり! 喰らえ!」
チーム1の姿を認めたリオルは、怒り狂い。
そのままインスタントスフィンクス艦の全砲門を、チーム1に向ける。
「……hccps://jehannedarc.wac/、セレクト ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
「hccps://camilla.wac/、セレクト サッキングブラッド エグゼキュート!」
「!? くっ、攻撃が!」
しかし、チーム1の機体群は砲撃を無視するかのように尚も突撃を仕掛ける。
そうして――
「はあー!!」
「ぐうっ!」
刹那、グライアイを始めとする機体群は旋回し。
その高速移動により生じた軌跡により、インスタントスフィンクス艦を斬りつけ。
そこに生じた穴へと、また旋回し入り込んで行く――
◆◇
「愛三、愛三!」
「……ん? お、お姉さん! あ、あれ? み、皆?」
そうして入り込んだ、インスタントスフィンクス艦内では。
法機スフィンクスへの夢零の呼びかけにより、機内の愛三は目を覚ます。
「妹さんは大丈夫そうであってね……さあ、わたくしのカーミラのハッキングで、このスフィンクス艦のコントロールを奪い返しますわ!」
マリアナはその様子を見て、次の構えを取る。
しかし。
「!? ま、待ってお姉さん! 今ならできるかもしれない、このスフィンクス艦ちゃんの本領発揮が!」
「え? な、何ですって?」
愛三の言葉に。
その場はやや、混乱する。
「さあ行くよお、スフィンクスちゃん! hccps://sphinx.wac/、セレクト、大いなる謎 エグゼキュート! 幻獣機スフィンクス、幻獣機メデューサ、空飛ぶ法機スフィンクス コーレシング トゥギャザー トゥー フォーム 空飛ぶ法機スフィンクス! エグゼキュート! さあ、頼むよー!」
「な!? くっ、龍魔力の小娘……ぐうっ!」
が、愛三はお構いなしとばかりに術句を唱え。
そのまま自身を乗っ取っていたスフィンクスに逆アクセスを仕掛け、更に龍魔力の整備場に安置された幻獣機メデューサにもアクセスする。
そう、この一機の法機に二機の幻獣機――これにより今初めて空飛ぶ法機スフィンクスは一切の制約なしにその力を発揮できるようになった。
「くっ、こ、コントロールが! この私が、魔女の小娘ごときに!」
現実世界でのリオルはせめてもの争いを見せるが。
「さあさあ、これでできるよ! hccps://sphinx.wac/、セレクト 王獣の守護 エグゼキュート!」
「!? な!」
愛三は尚もお構いなしとばかりに、術句を発動する。
すると、仮想と現実両世界のインスタントスフィンクス艦周辺に結界の守りが顕現する。
「な……ははは、やはり小娘だな! ここで守りの技など使ってどうする気だ、はは」
「さあ、インスタントスフィンクス艦ちゃん! 獅脚主砲に咆哮主砲旋回! 目標――インスタントスフィンクスちゃん自身! さあお姉さん、早く瞬間移動して!」
「な、こら聞け! ……って、何!?」
「え!? な、何ですって!?」
「な!? め、愛三さん!」
笑うリオルをよそに愛三がしれっと恐ろしい命令をインスタントスフィンクス艦に降し。
その意味に気づいたリオルも夢零も、青夢・マリアナ・レイテも慌てる。
「せ、セレクト 楽園への道! エグゼキュート!」
「ぐうああ! こ、小娘貴様ああ!」
慌てて愛三とその他チーム1の機体を引き連れた夢零のグライアイは、離脱し。
その間にもインスタントスフィンクス艦は命令を忠実に実行すべく三基の主砲全ての砲口を自身に向け。
そこより放たれた光線は、インスタントスフィンクス艦自身を蜂の巣にして行く。
「くっ! わ、私諸共かあ!」
当然現実の艦体も自滅することになり、リオルは乗機諸共今爆発に呑まれかかっている。
しかしこの状況を見ている全員が、まだこの技を自爆程度にしか考えていなかったが。
それでは王獣の守護を使った意味がまるでないことには、まだ誰も気づいていない。
「まだまだこれからだよ……セレクト! キャンセリング 王獣の守護! さあインスタントスフィンクス艦ちゃん、綺麗なお星様になってね♡」
「!? き、貴様……貴様あ! サロ殿、艦隊を離れさせてくださいいい!」
「は? ……って、ぎゃあああ!」
愛三はそのまま、悪魔的な天使の笑顔を浮かべ。
それまで爆発を燻らせていた結界を解除する。
すると、燻っていた爆発は枷を解かれたように膨張し。
そのまま周辺の鳥男の騎士団艦隊を巻き込まん勢いで大爆発となる。
「くうう! セレクト、不死鳥の炎 エグゼキュート!」
サロはそのまま、苦し紛れか術句を唱える。
すると、爆発はより激しさを増し。
鳥男の騎士団艦隊を、呑み込んでいく――
「やったー! どう、お姉さん?」
「め、愛三……」
仮想世界でも当然、同様の爆発により魔男艦隊は消滅し。
その様子を仮想世界の選抜候補生たちは、安全圏から自機に座乗し見ていた。
「め、愛三……あんたまさかこれを最初から?」
「うん、せっかく王獣の守護が使えるんだし♡」
「……はああ、まったく!」
末妹の無邪気な言葉に、夢零は頭を抱える。
そうだ、長らく忘れていた。
こんな天真爛漫さを装いながらもこの末妹が、場合によっては姉妹で最も強かと言える存在であることを。
「む、夢零さん……中々あなたの妹さんはたくましくってよね!」
「こ、今回ばかりはマリアナに同意ね……」
「う、うん私も……」
青夢たち他のチーム1メンバーも、若干引いた様子である。
さておき。
「(とはいえ、現実でもスフィンクス艦は爆発して……ああ、また魔男を救えなかったか……)」
青夢は戦場の爆煙に目を向け、爆散した鳥男の騎士団やリオルに思いを馳せる。
――貴様ら! 全員無事か?
「! 教官……はい、全員無事です!」
その時。
現実の施設と通信回線が復旧したようで、仮想世界に巫術山の声が響く。
――そうか……まあ、今回ばかりは褒めてやってもよい! 全員ログアウトせよ!
「はい!!!」
かくして全員はログアウトし。
図らずの模擬宇宙戦闘は幕を閉じた。
「今回は本来ならば無効な評価としたいものだが、同時に訓練ではない実戦での貴様らを評価するいい機会になった! よって、少々予定外ではあるがここで貴様らに結果を言い渡す!」
「はい!!!」
ログアウト後。
施設は危険ということで、そこから移動する車内で巫術山は皆に告げる。
「……チーム1の勝利により、魔女木青夢・魔法塔華院マリアナ・龍魔力夢零・呪法院レイテの四人を選抜メンバーとする!」
「! は、はい!!!」
巫術山の発表により青夢らの表情は明るくなる。
何はともあれ、ようやく選抜が決まった。
そして……龍魔力愛三!」
「は、はい!!」
「敵に押されるという失態だったが、最終的な解決によりペナルティは帳消しにしよう……次の選抜候補生に推薦する!」
「! は、はい!」
巫術山は愛三にも声をかける。
「(私も思惑通り選抜に通れたわ……まあ、あなたのおかげね私の騎士!)」
「(ふん、まあ今はせいぜい夢を見るといいわ……今に見てなさい! さあ次はわたしたちのターンだわね私の騎士!)」
その影でレイテと尹乃は。
やはり、同じ人物について考えていた。
◆◇
「まったく……レーヴェブルク殿。この失態はどう埋め合わせるのかしら?」
「……面目なく候、姫君。」
魔男の円卓では。
戦いの終わりを受け、アリアドネがリオルの失態でレーヴェブルクを責める。
「ええ、その通りザンス姫君! おまけに鳥男の騎士団重役は全滅とは!」
「ああら……ボーン殿お? 誰が全滅ですってえ?」
「! さ、サロ殿!?」
が、ボーンが言いかけた言葉に。
通信回線を介しツッコミを入れて来たのは紛れもなく、サロの声だ。
「ええ……あたしの幻獣機フェニックスちゃんの力よおん! どうお?」
サロの唱えたあの術句・不死鳥の炎。
あれは一時的に自爆することにより、復活する術だったのだ。
まさにサロ専用機の、不死鳥の名のごとし。
「れ、レーヴェブルク騎士団長……」
「!? り、リオル! 無事也、ならばよし……」
「は、はい……面目もございません……」
リオルもまた、フェニックスの力により一時自爆させられた後復活していた。
無論、専用機のスフィンクスも。
「そう、まあ生き残ったならば結構よ。」
「ああら、身に余る光栄なお言葉……ありがたく存じますわ姫君。」
サロは恭しく接する。
「……姫君よ。次はわ、私たちに!」
「……ええ、お願いしますアントン殿!」
そこへ恐る恐る名乗りを上げたのは。
木男の騎士団長リーフ・アントンだった。
◆◇
「……戦闘車両、発進せよ。焦るな……積まれている杼船には、燃料が入っているからな。」
「はい……!」
そうして、数日後。
極秘の回線からの命令を受け。
自衛隊の戦闘車両が数台、基地より発進する。
その長大な荷台には、既に話にある通り。
女神の杼船と、その発射台の部品が積まれている。
「……これより、杼船発射準備に入る! 護衛の部隊は、周囲を警戒せよ!」
「はい!!」
その上空にて。
夢零を除く龍魔力四姉妹のグライアイや、剣人のクロウリー、更に法使夏のルサールカの姿が。
彼女らは、護衛に当たっているのである。
魔男の12騎士団
不明だった騎士団の内訳が全て判明したために、改めて12騎士団のみ記述。
サイバーテロリスト魔男の実行部隊。
各騎士団長は魔男の最高諮問機関たる魔男の円卓に一席ずつ議席を持つ。
本来序列はないが、魔男の騎士団長マージン・アルカナによりダークウェブの王や姫君に纏わる記憶の封印や彼子飼いの騎士によるスパイの送り込み等の工作が他11騎士団に施されており事実上彼の支配下に入っていた。
ちなみに各騎士団の分類は使用する幻獣機の類型ごとによるもの。
1.魔男の騎士団
悪魔モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はマージン・アルカナ→ラインフェルト・ウィヨル→マージン・アルカナ。
2.龍男の騎士団
龍モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はギリス・バーン→テグル・ベリット。
3.蝙蝠男の騎士団
死霊・妖精モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はブラド・ヒミル。
4.雪男の騎士団
野人・亜人モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はギガ・クラブ。
5.牛男の騎士団
牛モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はジャード・ボーン。
6.魚男の騎士団
水棲生物モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はオーブ・ホスピアー。
7.巨男の騎士団
巨人モチーフの幻獣機を擁する。
但し、擁するのは大半が幻獣機父艦。
騎士団長はゴーグ・アロシグ。
8.木男の騎士団
植物モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はリーフ・アントン。
9.虎男の騎士団
猫類モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はアスラン・レーヴェブルク。
10.馬男の騎士団
馬モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はゲイリー・チャット。
11.鳥男の騎士団
鳥モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はタンガ・サロ
12.狼男の騎士団
犬類モチーフの幻獣機を擁する。
騎士団長はウィズ・ウルグル。