#104 仮現戦入り乱れる
「な、何だこれ!?」
ジニーは突然の感覚に、自機内を見渡す。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
そこへ参戦したマリアナと元女男ら、そして巫術山らとの共同戦線が何とか危機を回避したのである。
その後も度重なる厳しい訓練を乗り越え、仮想空間における模擬宇宙飛行へと移った青夢たちだが。
最終選抜も兼ねたその訓練開始の矢先、突如として鳥男の騎士団が現れ戦闘となっている。
「こ、これは……?」
「何、これは?」
そんな中、先述のジニーに加え。
雷破や武錬もまた、強力な法機ではない自機に力が宿った感覚を覚えていた。
「(私の法機の力を分け与えたのよ……) さあ、お行きなさいジニーたち!」
「! は、はいレイテ様!!!」
しかし、レイテは戸惑っている場合ではないとばかりジニーらに命じ。
それに触発された彼女たちは、それぞれに機体を駆り動き出す。
「分かる、分かるぞ!」
「どんなふうにこれを使えばいいかが!」
「さあ……行くよ、二人とも!」
「……セレクト、楽園への道!」
ジニーたちは、何故か知っていた法機の使用法に則り。
術句を唱える。
すると。
「!? 機体が、急加速を!」
「くっ、結構反動が!」
「だけど……やれるよ、ジニーに雷破! 私たちなら!」
「うん!!」
ジニーたちの機体は急加速し、彼女たちは一瞬怯むがすぐに気を取り直し。
そのまま目の前の敵艦ロックバードへと、突撃を仕掛け。
かと思えば。
「くっ! 艦首、敵機翳めました!」
「ぐっ! 削られたですって!」
サロも部下たちも驚いたことに。
あわや激突しそうな瞬間、三機は転回し。
そのまま描かれた軌跡が、まるで刃のごとくロックバード艦首を斬りつけたのである。
「あ、焦っちゃダメよ! 所詮こんな攻撃!」
仮想空間上の攻撃に過ぎず、現実の艦体に傷をつけられた訳ではない。
サロはそう部下を鼓舞するも、実は最も動揺しているのは自身であるとは気づかぬまま。
「キー、うざったいわ魔女の小娘共お! やっておしまい!」
「り、了解!」
部下らに、再度の攻撃を命じる。
たちまち原型は保ちつつも構成機群に分かれていたロックバードを始めとする鳥男の騎士団艦隊が、再び動き出す。
「くっ、また動き出した!」
「私たちも防がないと!」
それを見た剣人や法使夏たちも動くが。
「その必要はない!」
「そうよ、私たちに任せなさい!」
「驚いて腰抜かさないでよお!」
そんな彼らを制しジニーたちは、尚も突撃を仕掛ける。
「ふん、調子に乗るんじゃないわよ小娘たちい! 如何に仮想空間だけのダメージとはいえ、あたしをバカにし続けてえ!」
サロは尚も憤慨し、爪部分を成す構成機群を広げる。
たちまち爪の形をした幻獣機の群れは、三機を握り潰そうとし――
「さあ、行くよ!」
「応!!」
「……セレクト、楽園への道! エグゼキュート!」
が、ジニーたちの動きも素早く。
三機はそれぞれ別々の方向へと、放射状に素早く動き。
先ほどと同じくそれにより描かれた軌跡が、構成機群を薙ぎ倒して行く。
「くっ!? もうう、何なのよお!」
サロは更にヒステリーを起こすが。
「ぐっ!」
「こ、構成機が次々に……ま、魔女の機体が構成機の群れの隙間をすり抜けながら破壊して行っています!」
「な、何ですって!」
その頃ジニーたちにより起こされていた攻撃に、更に更に心を乱される。
そう、通常時の幻獣機が物理的に接続し合っている状態とはまるで違い、今は構成機群に分かれつつ群れで巨鳥としての原型を保っている群集形態。
それはこの幻獣機父艦という巨大兵器が、巨体に似合わぬ機動性を最大限に発揮できる形態なのだが。
艦体に隙間を生じさせるその形態の特性を見抜いたジニーたちは、それを攻撃の隙と捉え攻撃を仕掛けていた。
「さあさあ、行くよ二人とも!」
「応!!」
もはやチームが違うことも忘れ三人は、思い思いの共闘をする。
「ええ、いいわジニーたち!」
「こ、これは何であってなの!?」
「(これは、通常法機がこんなに……? いえ、違うそんなはずは……だとしたら、ジニーさんたちは強力な法機たちを?)」
それを見るチーム1のうち青夢は、首を傾げ。
彼女たちの力の源について考えていた。
◆◇
「な、何なんしょあれは!?」
「て、敵が新しい法機を?」
一方。
戦いをいつも通りというべきか見守る魔男の円卓では騎士団長たちが驚き混乱する。
「(ううむ、かかる事態は私の予知でも……だとすれば、またもあの忌々しい女王か!)」
アルカナはその中で一人、違うことで歯軋りしていた。
この前の争奪聖杯で知ったことであるが、ダークウェブの王や姫君、更に忌々しい女王の考えは如何な彼の愛機たるディアボロスと言えど予知できないのである。
されば、またあの女王めにしてやられたのか。
アルカナの心は、暗澹たる思いで満ちて行く。
◆◇
「お姉さん、私たちも!」
「だ、だけど私たちは」
再び、仮想空間では。
この様子を見ていた愛三は、二手乃を促す。
しかし、今姉たちにグライアイの能力が使われている二手乃は打つ手が思い浮かばない。
「大丈夫、お姉さん! ……hccps://sphinx.wac/、セレクト、大いなる謎 エグゼキュート!」
「め、愛三!」
しかしそんな三姉を尻目に愛三は、スフィンクスの力を使う。
その機体から光線を発し。
「くっ、敵機より攻撃!」
「な! 小娘ちゃん共めえ!」
旗艦ロックバード周囲に展開された巨鳥型敵艦隊に、浴びせて行く。
たちまちそれによりコマンドを暗号化された敵艦からは構成機たるスパルトイが分離して行き。
それは、瞬く間に、愛三が今座乗する自機スフィンクスを囲い――
「こ、これはスフィンクス艦なの? 愛三!」
それを見た二手乃が、驚いたことに。
スフィンクスを取り囲んだスパルトイ群は、みるみるスフィンクス艦の艦橋とその前部及び左右に配された三基の主砲を形成して行く。
しかしそれらの構造物下部たる艦体は、ほとんど甲板部以外は形成されていない不完全な形である。
「ちょっと不完全だけど……さあ行くよ、インスタントスフィンクス艦ちゃん!」
「い、インスタントね……」
愛三の言葉に三姉が苦笑するが。
「さあ……撃ちまくっちゃえー!」
「ぐああ!」
その緩い名前とは裏腹にスフィンクス艦――もとい、インスタントスフィンクス艦は。
三基の主砲をそれぞれに動かし、幻獣機父艦の艦隊を砲撃する。
しかし、これは仮想世界だけではなかった。
「ぐっ!? な、こ、これは!」
「て、敵艦からの砲撃あり!」
「くっ、まさか現実の艦体にまで干渉してきたというの!?」
サロは驚き混乱する。
目の前に浮かぶのは仮想世界と同じ、インスタントスフィンクス艦である。
これまで魔男側が仮想世界から現実世界に攻撃を加えようとしていたこととは逆に、愛三という魔女側から仮想による現実世界攻撃を仕掛けて来たのである。
「さあさあ、行っくよーインスタントスフィンクス艦ちゃん! わたしもお姉さんたちも、あの幻獣機の塊にやられてきたから! だから、わたしがここでやり返してあげるの!」
愛三は空飛ぶ法機スフィンクスから仮想・現実双方のインスタントスフィンクス艦を操作しつつ高らかに叫ぶ。
そう、思えば龍魔力姉妹が赤音より与えられたゴルゴンシステム。
その再照準不可能という欠点をついて来たのが、単艦の巨大な幻獣機を装って自身を照準させ、その後で無数の幻獣機の集合体という本性を表す戦法を取るこの幻獣機父艦であるが。
今回はスフィンクスのコマンド暗号化による無数の幻獣機乗っ取りという攻撃特性が、その父艦の方が無数の幻獣機の集合体という特性を弱点に変えているのである。
それはまさしく、仕返しといえる光景だ。
◆◇
「あ、あれは!?」
「あの争奪聖杯で、龍魔力の末娘が手にしていた法機により作り出された艦か……仮想から現実への攻撃ができるとは。」
再び、魔男の円卓にて。
この有様を見た騎士団長たちは更に驚く。
アルカナはその形に幾分か覚えがあり、感じ入っている。
と、その時である。
「おや? あれは……あなたの側近ではありませんか、レーヴェブルク殿。」
「!? リオル。」
アリアドネの指摘にレーヴェブルクも、思わず目を剥く。
そこには現実世界戦場のどこかより、突如飛来する影があった。
◆◇
「おのれええ、魔女ごときがスフィンクスの名を汚すなあ!」
「!? あ、あれは!」
果たして、それは虎男の騎士団長側近たるリオルが騎乗し駆る幻獣機スフィンクスである。
たちまちリオルは自機を巧みに駆り、インスタントスフィンクス艦砲撃の隙間を縫って肉薄し。
「それ!」
こともあろうに、艦橋に張り付く。
「こ、これは!? い、インスタントスフィンクス艦ちゃんが動かなく……きゃっ!」
「め、愛三!」
「ははは、やはり所詮は小娘ごときが! 少し取り付いただけで簡単にシステムを掌握できたぞ……さあ!」
現実でも仮想でもインスタントスフィンクス艦が、ピタリとその動きを止める。
かと思えば。
「魔女共……今に纏めて蜂の巣にしてくれるわ!」
「! め、愛三!」
「きゃっ! や、止めてよインスタントスフィンクス艦ちゃん!」
次には仮想世界の方のインスタントスフィンクス艦体が、再び主砲を旋回させ。
集結しているチーム1を除き散開している他の機体を重点的に狙い砲撃を再開する。
「!? な、何が!」
「どうやら、現実の方から敵に乗っ取られた模様であってよ!」
「! くう……厄介ね!」
かろうじて的にはなっていないものの、警戒し飛び回るチーム1の中で青夢は歯軋りする。
しかし、すぐに。
「とはいえ……チーム1! 今固まって動けるのは私たちだけよ、なら! 早くあれを止めて、愛三さんを救い出しましょう!」
「命令をしないでほしくてよ、魔女木さん! ……まあ、偶然にも同感なのでよくってよ!」
「ふん、まあマリアナに命令されるよりはマシね!」
「愛三……待っていなさい!」
チーム1を促し、四機は結集状態のまま動き出す。
「あらあら、この声はレーヴェブルク殿の側近坊やかしら? ここはあたしたち鳥男の騎士団の舞台、あんたたち虎男の出しゃばる場所じゃないんだけど!」
「まあ今はお互いに利用し合いましょう、サロ殿!」
「ふん……ま、そうね!」
サロはリオルに苦言を呈すが、さりとて舌戦の場合でもなく。
「あれは龍魔力の……くそ! 却って足手纏いじゃないか!」
「本当ね、このままじゃ」
「さあロックバードちゃん……忌々しい羽毛に潜む虫は、こうしちゃいなさい!」
「!? きゃっ!」
歯軋りするジニーらの三機を、座乗艦の構成機群の間隙に入ったそれらを巨鳥型の群れ全体でさながら巨鳥の羽ばたきを起こすことにより追い出す。
「さあ、虎男の坊や! その虫たちを」
「……hccps://jehannedarc.wac/、サーチ クリティカル アサルト オブ ジャンヌダルク! セレクト ビクトリー イン オルレアン エグゼキュート!」
「ぐっ!?」
「! サロ殿!」
しかし、そうやって邪魔な羽虫を追い出したとサロが安堵した矢先。
ロックバード艦体を、ジャンヌダルクの光線が襲う。
「自分から来るとは……つくづく小娘たちにしちゃあ上等じゃないのよ!」
サロは目の前の青夢らチーム1を睨む。
既に、その間合いは縮まりつつあった。
「(まあ仕方ないわね、ここは後で龍魔力への借りになるでしょうし……セレクト、九姉妹 エグゼキュート!)」
「!? こ、これは?」
そうして、レイテの気まぐれにより。
今度は夢零が、自身の機体に何やら力が宿ったことを感じた。