#101 爪と牙vs実質四機
「あらあら……今日は、可愛いお客様付きなのね?」
「っ!? え、ええ……お邪魔していてよ!」
アラクネが、キルケ・マルタ・メーデイアにしがみつくマリアナに微笑みかけ。
思わずマリアナは赤面する。
争奪聖杯が終わり、一か月と半月ほど後。
魔男襲撃に備えて厳戒態勢が敷かれていた市井も、その態勢が解かれ日常が戻って来た矢先。
青夢たちはまたも、大きな動きに巻き込まれることになっていた。
それが、この空宙都市計画。
争奪聖杯の一件により信頼性が低下した法機に代わり、宇宙ステーションへと吸引光線により上昇し宇宙ステーション間は新たな飛行手段たる空宙列車により移動するというものだ。
しかしそのためには、実際に女神の杼船――すなわち、スペースシャトルに乗り宇宙作戦に従事する必要があり。
そのための訓練が、今日この僻地の山奥でのサバイバルをもって開始されていたのだが突如として魔男の十二騎士団が一つ・狼男の騎士団が襲来し。
これを教官たる巫術山たちが、その新兵器たる仮想電使戦機により迎え撃っていたのだが。
狼男側の現実世界にまで影響を与える技により、術里の擁する仮想電使戦機がやられてしまい窮地に陥った所に赤音率いる元女男の騎士団がやって来て攻防となるが。
「ああ……今回はほんまにお邪魔であってやで魔法塔華院の姉ちゃん!」
「離れなさい、しっし!」
「ミリアを可愛がってくれて感謝するよ……さあ、次はあたしが可愛がってやろうかあ!?」
機体が急降下した際に、マリアナがしがみついており。
元女男の騎士団からは、当然というべきか塩対応が。
「悪いけれども今は、こんな低次元なお話をしている場合ではないのではなくって? さあ……hccps://camilla.wac/、サーチ! コントローリング 空飛ぶ法機カーミラ! セレクト デパーチャー オブ 空飛ぶ法機、エグゼキュート! この声を聞きつけたならば来なさい、わたくしの法機よ!」
「! おやおや……その強かさはやっぱり魔法塔華院やな!」
そんな元女男の騎士団たちの誹りなどどこ吹く風とばかり、マリアナは。
その本来の目的を果たすべく今、仮想空間を介してキルケ・マルタ・メーデイアが繋がる電賛魔法ネットワークに向けて術句を唱える。
すると――
「!? う、ウルグル騎士団長! 十二時の方向より法機影接近中! これは……か、カーミラです! あの魔法塔華院の!」
「何い!? またもクソアマ共が増えるというのか……許さん!」
カーミラは果たして、主人の呼びかけに応えて姿を現し。
それに動揺したのは、狼男の騎士団の方であった。
「ええ、その通りですウルグル騎士団長! …… hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 月喰 エグゼキュート!」
しかし、すぐさま側近も術句を唱える。
が、それと時同じくして。
「hccps://camilla.wac/、セレクト、ザ ファング オブ バンパイア エグゼキュート!」
マリアナは未だ、自機と合流できないながらも。
彼女もまた、自機に対し遠隔で術句を唱えていた――
◆◇
「あ、あれはカーミラ!」
「やっぱり魔法塔華院マリアナの奴、あの魔女辺赤音たちの法機にしがみついて……まったく! 究極の軍規違反だっつーの!」
一方、地上の青夢たちも。
現れたマリアナ専用機に事情を察していた。
「マリアナさんだけずるい! 私たちもできるなら」
「くっ……私たちにも法機があれば!」
「待って、皆! ……今のうちに、完全に下山し切ってしまいましょう。」
「!? ま、魔女木さん。」
空を見て悔しがる夢零やレイテ、更に龍魔力の妹たちやかつての新候補組だが。
青夢はそんな彼女たちを制する。
「だ、だけど!」
「あれはあんまり……いえ、まったく褒められたもんじゃないわ! むしろ、責められて然るべきものかもね。まああのお高い令嬢は置いといて……私たちは、下山しましょ? それとも……後で教官から、大目玉喰らいたい?」
「う……それは」
まだ食い下がる夢零たちだが。
青夢の言葉に、返す言葉に詰まる。
「……く、マリアナさんに手柄を取られたままなんて!」
「ええ、まあ……魔女木さんの言う通りじゃない?」
「! ま、またあなたなの王魔女生さん。」
そこへ助け舟を出したのは、尹乃だった。
「そこの魔女木さんの言う通り、私たちまで巻き添えを食うつもりはないわ! あの忌まわし……いえ、まあ魔法塔華院さんの巻き添えをね!」
「お、王魔女生さん本音が漏れてるけど……まあいいわ、とりあえずそういうこと! さあ、行きましょう!」
「……はい!!」
尹乃の言葉に青夢もやや苦笑するが。
結局、皆下山の方向に落ち着けられた。
◆◇
「き、教官あれは!」
「ああ……まあやはりというべきか、カーミラとかいう法機か!」
青夢たちと地上という点では同じながらも、青夢たちは後方に対し、最前線にいる巫術山・力華も。
マリアナのカーミラの姿を認め、驚きと予想通りのないまぜになった気持ちでいた。
「こ、これは規則違反ですよね?」
「まあな。ただ……何にせよ、あいつらはこうして法機によりあの魔男たちと戦って来た身。ならば生還してから咎めるとしよう……」
力華の言葉に巫術山は。
強く咎めの視線を送るでもなく、見届けようとしていた。
この戦いの顛末を。
◆◇
「くっ、マリアナ! 勝手に」
「ええ、ありがとう元女男の皆さん! これでわたくしは、この仮想空間も飛べるわ!」
一方。
仮想空間に切り替わった今でも、尚キルケ・マルタ・メーデイアにしがみつくマリアナだが。
そのキルケ・マルタ・メーデイアの側を自機たるカーミラが通過する刹那、マリアナは待っていましたとばかりにミリアらに礼を言って機体を離れ。
そのままカーミラに乗り込む。
「こ、こら! 最後まで」
「まあ、いいんじゃない? ……さあ、あなたたちも、負けていられないわよ!」
「! はいな、姐様!」
「はい!!」
尚もマリアナに不満げな赤音たちだが、アラクネに背中を押され。
勢い付き、狼男の騎士団へと彼女らも向かって行く。
「そう、あなたたちはそれでいいわ……さあ、頑張ってね!」
アラクネは、キルケ・マルタ・メーデイアを見送り。
そのまま、姿を消す。
「さあ、随分と久しぶりな気もしましてよカーミラ! だけどわたくしたちなら……あんな品もない方々には負けはしなくてよ!」
その言葉が誰に向けられたかは定かではないが。
マリアナはカーミラを駆り、赤音らを追い抜かん勢いで狼男の騎士団に迫って行く。
「敵機――カーミラ、マーナガルムに接近中!」
「うおおん! さあ側近、脆くも噛み砕いてしまえ!」
「はい、ウルグル騎士団長!」
そんなカーミラの姿を見咎め。
ウルグルの命令に対し側近は、カーミラへとマーナガルムの牙を向ける。
たちまち、他の父艦よろしく無数の幻獣機に形作られたその口先はガバリと開かれ。
そのままカーミラへと迫り――
「ミリア!」
「はい! ……セレクト、ツインストリーム エグゼキュート!」
「!? くっ、わたくし諸共!?」
「ぐっ、艦首被弾!」
が、そこへ。
カーミラの後方、キルケ・マルタ・メーデイアの左端機体メーデイア――その中でも機体に融合するゴグとマゴグの能力が放たれ。
その射線上にいて巻き込まれる所だったカーミラをマリアナは間一髪避けさせ、それにより開けられていた巨狼の口へと光線は命中し。
それは構成機群を、薙ぎ倒して行く。
「回頭、面舵一杯!」
「わたくしも忘れないで欲しくてよ! hccps://camilla.wac/、セレクト、ザ ファング オブ バンパイア エグゼキュート!」
「くっ、魔法塔華院の小娘……邪魔だ!」
その攻撃を受けながら回避を試みる最中の狼男の騎士団だが。
その隙を狙いカーミラが、再度急降下して来た。
「うおおん! 見るがいい…… 月喰、空裂を!」
「あたしらも忘れんといてや……ぐっ!?」
「き、きゃ! き、騎士団長、姐様!」
「焦るな、ミリア!」
が、狼男の騎士団もやられっぱなしではないとばかり。
同時に迫るカーミラには牙を剥き、キルケ・マルタ・メーデイアには爪を向ける。
二機は、それぞれに間一髪回避する。
「さあ、後方の父艦サンドッグ隊! もう見てばかりいねえで援護に入りやがれ!」
「はい!!」
旗艦からの檄に、手を拱かざるを得なかった後方の父艦隊も。
ようやく、動き出す。
しかし。
「さあ、妖術魔二等空曹!」
「はい、巫術山教官! ……仮想恋電使之弓矢、発射!」
「くっ! 全艦隊……まずはあの邪魔な二機を葬る!」
「応!」
そこに忘れてもらっては困るとばかり、巫術山と力華の仮想電使戦機が襲来し。
通り過ぎざまに、敵艦に着弾させて行く。
「教官……まあよくってよ! これで後ろの有象無象は少しは動けなくってよ、ならば!」
マリアナはこの光景を見て。
ならばと、本陣たる父艦マーナガルムへと再び向かう。
「う、ウルグル騎士団長!」
「くう、サンドッグ共が動けないだと! このままでは」
これにより狼男の騎士団も、混乱する。
「うおうわおん! 狼狽えるな下僕共、なら……こっちで二機のうるせえクソアマ共の法機を!」
「は、はい! ウルグル騎士団長!」
「うがるっ! 覚悟しろ!」
しかしウルグルは部下を纏めると。
再びマーナガルムの牙を、爪をカーミラとキルケ・マルタ・メーデイアに向け。
突撃を、仕掛ける。
「来ましてね!」
「騎士団長!」
「ああ、これで決まるでえ皆! さあミリアさんや!」
「はい! ……セレクト、アンアセンブライズ エグゼキュート!」
これに対し。
キルケ・マルタ・メーデイアは、その機体を再び三機に分裂させて行く。
「う、ウルグル騎士団長!」
「うるせえ! 今更数機に分裂した所でえ!」
ウルグルは事も無げに言い。
尚も、マーナガルムを突撃させる。
そして。
「がるるっ! hccps://baptism.tarantism/、セレクト! 月喰、空裂 エグゼキュート!」
「hccps://camilla.wac/、セレクト、ザ ファング オブ バンパイア エグゼキュート!」
「hccps://martha.wac/、セレクト! 子飼いの帯 エグゼキュート!」
「hccps://circe.wac/」
「hccps://medeia.wac/」
「アセンブリングシザース、エグゼキュート!!」
幻獣機父艦マーナガルムに、空飛ぶ法機カーミラ、マルタ、キルケ、メーデイアが。
すれ違いざまに、技を仕掛け合い――
「くっ、第一戦闘区画、いや第二、第三まで壊滅!」
「そ、その被害居住区画にも……ぐああ!」
「し、システムに障害発生!」
「ぐるるるっ! おのれえ、クソアマ共お!」
結果、マーナガルムの牙に爪は避けられ。
マルタの光線が、キルケとメーデイアの挟み撃ちが。
そしてカーミラのハッキングが父艦の艦体を、破壊して行く。
しかも本来ならば、ここは仮想空間であり現実の艦体に影響はないはずだったのだが。
「さあどうだい……あたしのグレンデルマザーによって仮想空間のダメージを現実にフィードバックされて行く気分は!」
メアリーの自機キルケ融合の幻獣機グレンデルマザーにより、それは現実にも影響を与え。
現実の艦体も今、同様の惨状になっていた。
「ぐるるる! これでは終わらんぞクソアマ共!」
――ウルグル、撤退なさい。
「!? な、ひ、姫君……で、ですが!」
尚も闘志を滾らせるウルグルだが。
その時響いたアリアドネの声に、動揺する。
――今は、先の戦いで少なからず損耗したリソースをあなたたちに振り分けている段階なの。つまり……分かるわよね?
「くっ……わおおん! り、了解……がるるる! 全艦隊、撤退!」
「お、お痛わしやウルグル騎士団長……はっ! 総員、撤退!」
「は、はい!」
しかしウルグルは一時は食い下がるも、無駄な足掻きと悟り。
そのまま全艦隊に呼びかけ、仮想電使戦機を相手にしていたサンドッグ部隊も本陣の惨状を目にしては拒否する気も起きず。
そのまま、撤退して行く。
◆◇
「て、敵艦隊が!」
「撤退して行くわ……」
「ええ……(さあ、これでいいのよね、騎士さん?)」
「ああ、撤退して行くわ……(さあ、まだまだこんなんじゃ終わらないわよね騎士さん?)」
そんな空を見上げる青夢たちの中。
尹乃とレイテは、それぞれに同じ相手のことを考えていた。
◆◇
「シュバルツ……貴様からの情報、大儀であった!」
「はっ、アルカナ様……(これでいいのですな? 私の……たった一人の姫よ。)」
一方、ダークウェブの最深部で。
アルカナの前に跪く"アイアコスの鍵"イース・シュバルツもまた、ある相手について考えていたのだった。